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才能があるかないかで言えば、きっと私に大したものは無いのだろう。
反応速度も動体視力も平凡で、どちらかと言えば不器用な人間で、仮にある物として述べれるものは気持ちの持ちよう……あくまで精神的な長所くらいだろうか?
私は最強じゃあ決してない。
成長なんてのは掛けた時間とその濃度に依存する。だからこそ電車は自分の前を走ってる電車に追い付けないように、才能のある奴が私と同じだけゲームをすれば、当然ながら私はそれを超えることが出来ないのだ。
もしも他人より遥かに多くの時間VRゲームをやれたとしたら、こんな凡才だろうと天才を凌駕する怪物にでも育つかもしれないが……まぁ、土台無理なたらればの話でしかないか。
自分の実力を評すなら、そこら辺の対人ランカーとやり合える程度に強くはあるけど、上の中がいいところなよく居る感じのゲーマーってとこになる。
でも、幾ら凡才の私と言えど、VRゲーム黎明期から四年もやってりゃそこそこいいとこいけるわけで……そうして最近出会った愉悦こそが──才能の否定。
「ねぇ、集団で奇襲しといて一人に負けるってどんな気持ち?」
「ッ……!」
「ねー? 黙ってないでお話しようよー」
大した才能の無い私が、才能のある奴を捩じ伏せて否定する。
順風満帆に生きている奴の日常が、理不尽に荒らす私を否定出来ずに踏み潰される。
絶対的上位にいる奴や集団を、才に欠けた私が純然とした実力だけで理解らせる。
一度味わって以来ハマってしまった、そんな軽いコンプレックスから来るこの暗い愉悦が、今の私を動かす主な原動力。
今は丁度その燃料を捕食したところで、相変わらず悔しさに顔を歪ませる正義の使徒は自尊心と嗜虐心を満たす最高のエンタメだ。栄養価高いなー。
「あはっ、これだからPK辞められないんだよねー」
「ウキウキ浮かれポンチで言う内容じゃないだろサイコ女……」
「仲間肉盾にされたくらいで躊躇するお前らの方がサイコだろ。えいっ」
十分味わった後のガムの頭を踏み潰す。ポリゴンとなって消えていくその青年はターゲットとはかけ離れていて、メインカラーから性別まで私の探すプレイヤーとは違う。
仮想仮説第四候補……そう呼ばれる少女が目撃されたのは"天エク"でもかなりの僻地。
道中で補給をして、私の真っ赤なプレイヤーネームを見て突っかかってくるPKKをあしらって、差し掛かったのは木々が鬱蒼と生い茂る森。
"常雨の森"と表示されるこの場所は、ほぼ年中雨が降ってる攻略推奨Lv42程度のエリア。特徴としては……障害物と雨で視界不良、集団で連携が取り辛そうなことくらいか。
「ゲリラ戦にもってこいな地形だな、ご当地殺人鬼住んでそう」
ああ、だから私襲われたのかな? えー? 私無関係な一般通過レッドネームなんですけどー? 自治でPKKしてんなら人違いしちゃダメでしょ、酷い交通事故食らったんだが。
(……にしても低レベ向けマップ、それも大して美味い話を聞いた事が無い、特に用事がないエリアか)
アリアドネから得たターゲットの目撃場所は、"常雨の森"とそれを抜けた先にある"商業街セントクレア"という小さな街。
周辺エリアを調べても話題になるような物は無く、推奨攻略Lvも30~45くらいなこの場所に拠点を構えるプレイヤーは数少ない。
「なんでそんなとこにVRの到達点がいるんだろうねー?」
仮想仮説ってのは極論、VR世界の才能の極地だ。私とは比べものにならない天才の中の天才……そんな奴がこんな辺鄙な場所にいるってのは、噂が噂で収まってる所以だろうか。
(本来爆発的に拡散するような話題の筈だけど、そうならないのは仮説本人が隠してる感じか? 若しくは第三みたいに傍目からはPSやスキルシステムの延長線に見えてるか……)
ぴちゃぴちゃと雨音が鳴る。
弾かれた葉っぱから水滴が舞い、落ちた先の水溜まりが曲を奏で、びしゃびしゃの土が泥として靴を飾り、ただ一人この森を歩く生き物を、へばりつく様な不快感と湿度で満たしていく。
余りにもなレベル差によって動物は寄ってこず、何の起伏も無い獣道によって、私は自然と思索に耽っていった。
(ま、二時半にこんな町にプレイヤーがどれだけいるかって前提問題もあるんだが。そも少女ってんなら平日だし、十中八九学校行ってるだろうし)
歩くには道は長すぎて、されど走ろうという気は起きない。
そんな静かで平穏な道の先に、やがて長い川を挟んで人工物の影が差す。
増水を阻む堤防と、向こう岸へ渡るための橋。スキルで強化された目はそこに人影を捉え、インベントリから仕方無く白いローブを取り出し装備した。
「……ま、入らなきゃダメだしね」
プレイヤーネームの色を偽造し、PKでも街に入れるようになる"宵鴉の羽霧"は、私の持ち物の中でもトップクラスに高いだけあって便利で強力だ。
……まあ、アサシンクリードの主人公みたいでカッコよくはあるんだけど、これ着てるとプレイヤーから襲われなくなるからあんま好きじゃないんよね。気楽に殺し合いにならないし。
「見破れる奴はこんなこといないでしょ」
これまでの雨が嘘のように晴れ渡る空の下何人かのプレイヤーとすれ違うが、誰一人として私がつい一時間前まで監獄にいた指名手配だと気付きやしない。
喧嘩売られないのは寂しいが、衛兵に絡まれる方が色々とだるいしなぁ。前街中で正体バラしたら即20人くらい飛んできたし、やるにしても目的が無い日じゃない……と?
「……なんだあの人集り」
ふと視界に映ったのは、私より小さな女の子に何かを言い募る数人のプレイヤーの姿。
見て取れる雰囲気は険悪、方向は一方通行。向かう先の少女はただ怖そうに縮こまるだけで、それを眺めるだけの外野のプレイヤー共は、自覚無しに揉め事を中心に取り囲み、逃げ道を潰しながら事態を傍観するだけだ。
「イラァ……」
ああ、ダメなパターンだこれ。今日は目的あるっつってんのに、これは流石にダメ過ぎる。
揉め事、それ自体は別にどうでもいい。女だろうが子供だろうが、そんなことは関係無い。ただ、それを眺める傍観者共の姿勢は……私が今傍観者である限り、コレと一緒のカテゴライズになる事実が、どうしようもなく不愉快だ。
「目の前で不快なもん見せんじゃねぇよクソが」
──私はあくまでその時の気分で動く。このゲームを起動してここまで来たのだって、好奇心と暇潰しのネタによるものだ。
「──ねぇ、揉め事なら私の目に入らないとこでやっててくれねぇかな?」
──だからこそ、不愉快であるという理由に則って首を突っ込むのは、私にとって全く迷いの無い当然のことだった。
大体今の霖と本編時間の彁を10が天才だとして比べると、戦闘力、片手剣、長柄、発想力、戦略性の順で、
霖…8:8:2:9:4
彁…13:7:11:12:8
くらいのイメージ。
彁には何があったんやろなぁ……