12
夜明けは遠く。
然して昼時より赤く明るい地獄がある。
閻魔は私、罪人は猿、判決は全て死刑死刑死刑死刑!
「茹だってきたなァ頭ァ!」
突き、払い、薙ぎ、叩き、ぶん回し。
薙ぎ、弾き、殴り、刎ねる。
槍をメインに群がる敵を吹き飛ばし、攻撃を抜けてきた、或いは仲間の背後から奇襲してきた猿は鉈で迎撃する。
攻撃と防御を分けるのはリーチが違う二刀流の基本の形だけど、振るっているのは持ち手が適当な槍と鉈という謎の片手剣。微妙な違いが変なズレを起こして苦手な武器よりやり辛いが、慣れとテンションで捩じ伏せて、強引に殺戮を加速させる!
一応私は意識没入型VRゲームの黎明期からの廃人だ。なんならタイムリープ含めて人より二年以上余分にやっているわけで、大抵の武器なら身体に染み付いたモーションアシストでスキル無しで扱える。
……ただそれは武器一種類って前提の話であって、違う武器、それも特殊な二つを同時に使うってなると、言葉を飾らずに言えばゴミみてぇなクオリティの二刀流にしかなってない。
「まァでもDPS出るならやるでしょ、てかやれ私」
猿軍団は数で来るだけあってクソ弱い。
それがどれだけかっつーと、ガチで殴れば死に、火が触れるだけで炎上するレベルだ。
だからこそ、軽く殴る。
一撃では、殺さない。
「AIがお粗末!」
設定された性質もあるが、奴らは火に恐れながら愚直に突っ込んでくるだけだ。
右から襲ってくる猿Aを鉈を握る手で殴り飛ばし、流れるように回し蹴り。
インパクトの瞬間だけ着火していたライターは敵を軽々燃やしながら吹き飛ばし、その猿Aの背後から来ていた猿達にぶつかっている。
猿Aが死亡して粒子になる頃には、ボーリングのピンのように扱われた猿達に燃え移っている。
消火手段は死亡のみ。つまりあと数秒後だな。
「はい隙間ァ!」
燃え広がる森の中、未だ燃えてない木の辺りに敵影無し。
鉈を叩き込むと同時に着火させ、燃え始める木を気にせず連打。私の隙を狙ってくる勇者へのプレゼントとして大木を蹴り渡し、愚者が仲間と木々を巻き込んで死を撒き散らす。
数瞬置いて、爆音と振動が響く。
ログが爆速で加速した。
ライターが掠るだけで、猿達は燃えていく。
燃える猿を飛ばすだけで、猿達は死んでいく。
かつての私の苦戦はどこにやら、余りに単調な殲滅作業。
「あっはっはっはっはっ! 楽しいねぇ!」
適当に振り回すだけで周囲に空間は作れるので、だからこそ考えて槍を振るい、鉈を使い、蹴りを使う。
嗚呼、凄く忙しい。
自分の操作に、忙しい。
自然に噛み合わない自分の動きが、もどかしい。
まぁだからこそ楽しいのだが。
「もっと踊ろうよ」
次、左。奥、無し。斬首。
その次、右。奥、有り。突き、蹴り。
その次、前。奥、炎上。魔法。
その次、背後。奥、知らん。薙ぎ。
その次、上。薙ぎをぶん回しに変更。
その次、鉈を使いたい。
思考をしながら体を動かす。
これは想像以上に難しい。
コントローラーでするゲームでさえ、私達人間は戦闘中ろくに思考せずに反射的な入力で戦っているというのに、肉体を全力で動かしながらまともに思考するのがどれだけ難易度の高いことか。
だからこそ私は思考をする。
思考を試みる。
何故なら出来れば強いから、もっと出来た筈だから。
そして出来ないのが楽しいから。
「突き蹴り払い殴り斬り魔法飛ばし叩き殴り払い蹴り蹴り魔法薙ぎ刎ね殴り突き────
感想を吐き出すのも飽きてきたので、行動をリアルタイムで口に出してみることにする。
新たな並列作業が増える。
思考。
行動。
実況。
カウント。
キルログに流れた猿の殺害報告が五百回を超えた。
まだまだ終わりそうもない。
脳味噌の酷使は加速する。
******
『スキルフラグメント『奇襲』を入手しました』
『スキルフラグメント『処刑』を入手しました』
『スキルフラグメント『投擲』を入手しました』
『スキルフラグメント『剣術』を入手しました』
『スキルフラグメント『暗殺術』を入手しました』
『スキルフラグメント『暗殺巧者』を入手しました』
『スキルフラグメント『軽技』を入手しました』
『スキルフラグメント『棒術』を入手しました』
『スキルフラグメント『妖刀』を入手しました』
『スキルフラグメント『露払い』を入手しました』
『スキルフラグメント『無慈悲』を入手しました』
『スキルフラグメント『継戦能力』を入手しました』
『スキルフラグメント『武芸百般』を入手しました』
『スキルフラグメント『纏刃[炎]』を入手しました』
『スキルフラグメント『早熟』を入手しました』
『アーツ"纏刃[炎]"を習得しました』
「……あー20レベ超えたか、つか超えてるわ……あれ、私こんなヤワだっけ?」
燃やす木が粗方無くなって、槍がぶっ壊れてから暫く経った。
視界を占める茶色の割合が減っていることに気付いて、とうとう殲滅が近いのかなと熱でバグった思考をすれば、そんな長大なシステムアナウンスが脳に流れた。
経験値の一部が、一方向に走り去っている。
時間切れだと気付くまで、数瞬かかった。
「白けるなぁ……二千十二匹……頭かな? どうでもいいわ。そんだけ殺したんだから、この際全滅するまでやりゃいいのに」
掴んで、回して、投げて、蹴って、残党処理。
骨や肉砕いても何も感じないのはいい傾向だ。
いやなんの?
「頭回ってないねぇ、一酸化炭素で脳やられたか?」
戦争中は常に世界が燃えてて問題無かったけど、終戦後の焦土みたいな現状では明かりは僅か、猿達が逃げた先は真っ暗だ。
「取り敢えず燃やそっかー」
近場の木(いうて10m以上離れてるけど)をライターで燃やし、逃げた猿達の方向に倒れるよう鉈と蹴りで切り倒す。
この作業も慣れたもんだ。
「未開拓だから燃料が沢山だね」
順調に火が草木に拡散して行くのを確認し、ログが勢いよく進むのを後目に力を抜いてぶっ倒れる。
「……頭痛い」
熱を持って働かない思考回路と、疲れて動かすのがだるい肉体。
連日連夜殺し合いしてもピンピンしていた私自慢の脳味噌は何処へやら、高々一時間全力で並列思考させたくらいで仮想酔いするとは思わなんだ。
カフェインも効いてるかもだけど、想像以上に疲弊した。
「……あー、現実の脳がVR復帰したてなのか」
アバターに指令を下すのは全て脳信号故に、働かせ続ければ疲労しパフォーマンスは落ちる。
二年前の私から……ああなるほど、半年以上VRゲームから離れていた状態だ。脳味噌は現実にあるし、過度な負荷に耐性も無いのは当然か?
知るか、甘えんな、働け私。いやじゃぁ働きたくないんだよなぁ。
……支離滅裂だな? どうやら本格的にヤバいらしい。
「あー気持ち悪……つかステータス振らなきゃ……あー頭回ってないねぇその前にフラグメント処理しなきゃだ」
スキルフラグメント……直訳して、技能の欠片。
コイツは20レベル毎に生え、それまでの行動から発生条件を満たしたものをシステムの方から「これおすすめですよー!」と言った感じで仮習得させてくる物だった。
メリットは、成長速度に影響せずそのスキルの恩恵を得れること。
デメリットは、フラグメントは一定以上成長しないことと、次回のフラグメント判定時に取得しなかった物は消えること。
進み過ぎたプレイヤーは勿論、普通のプレイヤーであってもおすすめ商品で釣ることで成長を遅らせ、攻略を長引かせてよりボリューミーに感じさせる辺り上手いシステムである。
体験版配布して気に入ったら本体お買い上げさせる手法は昔から使われてきたが、これのタチの悪い所はプレイヤー側から進んで時間をドブに捨てさせる点だと思う。
「最初は神システムとか言ってた記憶あるけど、思っくそ罠なんだよなぁ」
コンセプトを考えてスキルを取るのは簡単だが、出来上がったビルドに合うスキルを後から探すのは難しい。なぜなら腐るほどある名前と説明文しか情報の無いスキルから、新たな手札になり腐らない物を初見で選ばなきゃいけないからだ。
それを試用期間ありでおすすめをリストアップしてくれるこの仕様は悪くないが、成長速度腐るから取りすぎたら死ねるんだよコレ。
「……よっしゃ『奇襲』『処刑』『無慈悲』『暗殺術』生えてる、後はネクロ転職で冥王リーチだ」
全部効果は知っているが、一応全フラグメントの説明を読んでいく。脳のクールダウンを兼ねた暇潰しとも言えるけど。
『スキル・奇襲
相手の視覚外からの攻撃時、ダメージとクリティカル率に補正』
『スキル・処刑
クリティカル判定と範囲に補正』
『スキル・投擲
投擲行動がより上達する』
『スキル・剣術
剣の扱いがより上達する』
『スキル・暗殺術
暗殺行動がより上達する』
『スキル・暗殺巧者
クリティカルダメージに補正』
『スキル・軽業
平衡感覚と身体能力に補正』
『スキル・棒術
棒の扱いがより上達する』
『スキル・妖刀
抜刀中、敵を10回倒す度に一部ステータス強化』
『スキル・露払い
敵数が5の倍数になる度に攻撃力上昇』
『スキル・無慈悲
敵を倒した後の数秒間、攻撃力上昇』
『スキル・継戦能力
敵を倒す度にHP、MP、SPが2%回復』
『スキル・武芸百般
あらゆる攻撃手段がより上達する
※このスキルは他の技術スキルより効果が低く、成長補正低下率が高い』
『スキル・纏刃
MPを消費し武器に属性を纏わせれるようになる』
『スキル・早熟
成長速度上昇』
「多いね」
口から出た感想はそれだった。
『PN:彁 人間
職業:サバイバーLv21
▪ステータス
HP:0
MP:0
SP:0
STR:35
INT:0
VIT:0+2
MND:0
AGI:27+2
DEX:0
SECRET+【今は表示出来ません】
ステータスポイント:0
▪習得スキル
職業
『マッピング』『罠』『潜伏』『調合』『空間把握』『空間機動』『サバイバル』
武術『暗殺術』『武芸百般』
魔法『風魔法』
防御『被弾上限』『継戦能力』
戦闘『纏刃』
身体『集中』『加速』『疾駆』『跳躍』『軽業』『露払い』『無慈悲』『視力強化』『脚力強化』
肉体『妖刀』『STR強化』『AGI強化』
探索『水泳』
生産『合成』
特殊『奇襲』『処刑』『暗殺巧者』『虚空接続』『緊急召喚』『早熟』
断片『投擲』『剣術』『棒術』
▪アーツ
纏刃『纏刃[炎]』
▪魔法
風魔法『エアハンマー』
▪称号
『開拓者』
▪装備
頭『幸運のマフラー』
胴『普通の服』
腰『レザーベルト』『サバイバルナイフ』『長鉈』
脚『普通のズボン』『レッグホルスター』
足『普通の靴』
▪アイテムボックス使用量:52%
▪所持金:300G』
必須な物と、合成に使える物と、単純に厨性能な物を取って、整理された私のパラメーターがこれ。
「特定の技術系は取っちゃ駄目なんだよなぁ……にしてもやっぱ肉体に妖刀があるの違和感凄いな、体は剣で出来ていた?」
身体はステータス以外の自身の強化、肉体はステータスの強化、特殊は自身への特殊能力追加といった形で分類されていると分かるまで頭を抱えた人は数知れず。
相変わらず変な分類でごちゃごちゃしてクッソ見にくいステータス画面だが、スキル合成するまでの我慢だ。
「と、時間切れか」
これまでは残り火のお陰で整理中にモンスターは寄り付かなかったが、とうとう火が消え、敵避けの効果は無くなっていた。
今更雑魚狩りすんのも面倒臭いし、寄ってくる前にさっさと移動しなければ。
「因みに何処へだと思う?」
早速覚えた『纏刃[炎]』で鉈を燃やし、単体遭遇した猿に問い掛ける。
猿合戦を殺し尽くした私に今日はもう、彼の呼び声は意味を成さない。
ただ単純に弱いだけの同レベルモンスターに、価値はない。
「正解は君の親玉、エリアボスさ」
跳ね上がったステータスによる踏み込みで一瞬で首を刎ねられた猿の瞳は、恐怖に歪んでいるように見えた。
『アーツ・纏刃[炎]
コスト・最大MPの10%
武器に炎を纏わせる。効果中の武器は耐久値を著しく消耗する』