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時間とは距離÷速度である。
故に、可動域限界に対し可動速度が上がる程モーションは短縮され……銃には構造上射撃レートの限界があるため、Enjのマッハ2すら叩き出す加速射撃には"加速中の射撃回数に限界が存在する"。
音速に達そうが達しなかろうが、腕の可動域には限界がある。その極短"距離"を音"速度"で走るのだから、発射レート上マッハ1を乗せらる"銃弾"はごく僅か。
強制的な加速のブレーキと、その衝撃を殺す時間の発生に加速した思考で気付いた彁は、Enjの絶対的な破壊力は中〜近距離限定だと結論付けた。
連射が効かない。故に、瞬間的に発生する超至近距離なら、加速射撃を思考誘導の餌に使う。論理的にそこまで仮説を立てた怪物は、超至近距離に用意された必殺が何かを思考する。
徹底的な理詰めでEnjの全情報を洗い出した彁が目を付けたヒントは……SP
ここまで圧倒的に強く、自身と同等以上の戦闘力を持つ彼女なら……逆説的に、自身の持つAF以上の数と種類のAFを持っている筈だ、と。
ならば、MPを『緊急召喚』を銃の弾倉の中に直接弾を装填するのに使っていたEnjは──
ならば、クソほどばら撒かれていた『覚醒の霊薬』を所持している私以上に、AFを持っているはずのEnjは──
ならば、初見殺しに使いやすく、今まで一度も観測していないそれの使用は──
一度も使われていないSPは、一体何のために温存しているのだろう?
──最初の賭けは、それが放たれる前提で策を組んだことだった。
勝ち筋がそこからしか無いからそれ以外の前提を全て消去法で殺した、崩れればイコール即死な薄氷の上で成り立たせる前提。
あるEnjの性質から90%以上だと踏んで仕掛けたそれは見事的中し……そして想定通りに、最悪の試練が目の前に権限する。
ぶち撒かれた総計30発の弾丸の嵐。
ワイヤーの細い線、壁、天井、床、弾丸……あらゆる物体に反射して襲い来る絶死の檻はアーツの一つだ。
システムに制御された、およそ人間には処理不可能な演算の暴力を前に──勝ち目を見い出した怪物は思考を飛ばす。
次の賭けの対象は……つまるところ自分自身。
第六仮説モドキの"心眼"とは、ゲームシステムそのものを頭でぶっこ抜き、欲しい対象のデータを抜き取る荒業だ。
通常、人間の脳は現実世界と繋がっていない。
空気にお互い作用することの無い脳波は然し、全てが電気信号で処理される電脳世界に限っては……脳波が機械で繋がれ直接やり取りするゲーム内の環境に限っては……暴論ではあるが、脳はこの仮想世界において繋がっていると言える。
脳波が電気信号に変換され、あらゆるデータに作用するこの世界において、空気中のデータのやりとりを僅かでも観測する事例は、この時代ではさして珍しいことでは無い。
電脳世界で感じる一瞬の違和感は、勘であったり、微細な頭痛の欠片であったり、脳が逆流のように受信してしまう、誰にでも起き、且つ誰一人として気付くことなく刹那に忘れる出来事だ。
単純な話、人の脳とVR空間を処理するサーバーとでは、スペックが違い過ぎるのだ。
人の脳が電気信号を観測しようとするならば……それを簡単に例えるなら、幼稚園児が複雑計算をするエクセルを見て理解しようとするようなことだ。
何が、何を、何の目的で、何と何が、どう計算されているのか。何億以上もの箇所で同時に起きているその計算を脳で処理し理解するなどまず不可能で──第六仮説から着想を得て、そのエクセルの存在を認識出来るように"した"彁は、"データの変動そのもの"を観測することで、"何か仕掛けた"という情報だけを抜き取ることに成功していた。
エクセルの計算が分からなくても、どこで計算が起こったのかの……変化という現象の観測なら、幼稚園児だろうと出来るように。
言わばそれはスキルの抹殺だ。
"ステルス状態"という目にも感覚にも捉えられないプレイヤーに対し、"ステルスというデータ"が加わり変動したデータ量の差で位置を特定──いや、そもそも"プレイヤーというデータの塊の移動"を観測出来る彼女に、何らかのデータを使った大抵の初見殺しは成立しない。
データの変化を観測し、スキルの発動、AFの設置、状態の変化、見え辛いワイヤーの設置etc……それら無数の選択肢の中から相手が何をしたのか、処理能力と判断速度で何をされたか合理的に推理するのが、彁のやった"心眼"という第六仮説モドキの基礎技術である。
そんな理不尽極まりない技術に対する反動は脳への酷過ぎる過負荷だ。
例えその莫大な情報を量だけの観測に留め、処理し理解しようとしなくても、それだけで頭が割れるような痛みに襲われる。
それは例えば一瞬の情報量が生死を分けるような……彁の戦闘力上まず陥らない極限の戦闘でしか働かない、費用対効果が余りにも不釣り合いなこの技は、あくまで出来事の観測しか情報を齎さない。
勝ち筋がPSにしかないと判断し、近距離まで詰めればアーツで殺しに来ると読んだ彁にとって、このアーツを"心眼"で態々観測する必要は無い。
なぜなら既に読めているのだから、或る意味では切る意味すら存在しないのだ。
切ったとして攻撃地点が予測出来ないから、彁は死ぬしかないのだから。
──故に、次の賭けはこの頭に流れる莫大な情報の中からアーツの軌道を演算した、たった一箇所の計算を頭でぶっこ抜けるかの挑戦だった。
文字通り脳が捉えた無数の電気信号を、解読する。
それこそが"心眼"の100%、自身の処理能力だけで電気信号を言語に変換し、欲しい情報を抜き出して理解する本来の使い方。
何から何まで原本の第六仮説と真逆な、愚行を通り越した脳味噌の自殺行為。
そりゃあ一秒も試みれば廃人化なり脳出血なり起こるだろう、余りにもな暴虐だ。
至近距離に発生するデータにしかこの計算は無い筈で、コンマ数秒で弾き出せなきゃどっちにしろ処理出来なくて負けるからと、全て理解した上で立てたPSで勝てる作戦を彁は実行した。
理̵̭̲̰̭̤̦͖̳͖̯̫̰͕͔̅̋̂̃ͅ解҈͕̳͚̘̗̥̥̣̞̠̈̉͐̀͒̈͊́̈́̂̚̚不̵̜͓͓͉̠͙̥͒͋̋̈͋̇̽́͋能̶͔̦͍͕̤̟͕͔̌͂̉͑͑̒̉を̷͓͖̫̥̳̣̬͔͎̝͉̳̤͗̈̌͗̍̃́͑̚極҈̫̣̯̖͈͍͍̖͇̭̊̃̅̑̌̆̄́̈́͆͗̍̀̂̃̍め̶̯͕̙̠͓̽́̒̏͒͊̋͑̀̚る̶̫̗̗̘̖̮̙̦͓̗̠̞̮͐͂̈͌̿̍̀̋͛͗̒電̵̪͕̪̙̰͇̙͌̍͐͋͐͋́͌̀͐̐̾͐気̴̞̤̘̳͈̣̯̜̈́̀̋͑̍̀̏̀ͅ信҉̟̞̣̟̩̟̬͙̠̤̭̣̒̏͐̓̀̒̐̍̅͊̀͑̎͑̈́号̵̭͚̱͙͈͑̆̄̈́̊̿̂̄̊̏を、それでも一粒の砂を探しに海へと潜る彁はやがて──
(──右上一発で四発死ぬ)
──その軌道演算をしたデータを見つけ出す。
(左斜め下、次の跳弾前に弾けば五発死ぬ)
高音が連続する。
(正面ワイヤー13/37地点、二発)
マッハ1程度の弾幕ならば、自身の身体能力には遅いとばかりに。
(0.08秒後に下二発並ぶ)
反射し拡散するための、嵐の形成のために居なくてはならない必須通過点を……
(後命中する七発は──間に合う)
その全てを最小限の動きで──二刀流の手数で叩き落とす!
「──ほら、晴れた」
『ガギギギギギギギギィン!!!』
──そうしてEnjは奇跡を見た。
超加速していた思考が檻の破壊と共に引き戻され、脳波で実行させた通りに体が動き……寸分の狂いなく銃弾の嵐は破壊され、誰も捉えることなく彁の背後へと抜けていく。
「……は?」
絶句。
甲高い切断音が連続して、最高速度で舞う彁の二刀の剣舞。アーツ使用による強制的な硬直と、信じられない光景を目撃したEnjはその一瞬、完全に思考が停止した。
──Enjの振る賽は、3か4しか出ない物だった。
自分の中の安牌を取り続け、相手の能力を理解し、確実に100点でのみ殺しに来る彼女は──オーバーキルという無駄を選択しない。
最小限に、最高効率に、常に最善手を選び続ける彼女は──致命的なまでにゲームについて無知だった。
「"ブラッドジャベリン"」
一瞬だけ彁が降り立った四階と二階。そこから今いる三階のEnjへ向けて、天井と床を貫いて血の投槍が現れる。
"操血"はあくまで血を操る魔術であって、自分に接続して触手として使う方がイレギュラーな使い方だ。
弾幕を自分なら切り抜けられると信じ、殺すための策を既に置いていた彁は今この瞬間、血塊として四階の床と二階の天井に張り付けていた"操血"を魔法へと変換する!
「──そしてお前はこの瞬間、キルじゃなく逃げを選択する」
縮地で既に距離を詰めている彁に対し、思考停止によって反応が僅かに遅れるEnj。
だが、問題点はそこでは無かった。
仮にここでしたEnjの選択が"正しいもの"であったなら、結末を紙一重のものに変えていたのかもしれない。
Enjが反射的に選択したのは、後退だった。
それが"何のため"であるか推察出来ている彁にとって、この状況でしたEnjの行動は完全に予想通りであり……最悪手に他ならない。
「──敗因は生存の最優先だ」
そもそもこれは、何故この試合がこんなに長引いたのかという話だ。
彁がEnjとの戦闘で感じた違和感は、どんな状況であろうとEnjは自身の生存を最優先して動いていたことだ。
勝つということより負けない……換言するなら死なないために動いていた彼女は、コラテラルダメージを許さず、被弾度外視での攻めを一度もしてこなかった。
リスクを徹底的に嫌い、撤退と仕切り直しをし続けるからこそ決着が泥沼化しているのであって……仮に対面していたのが彁でなくとも、この大会に出た殆どのゲーマーなら意味不明な行動と思うだろう。
彁とEnjの距離は残り4.7m
それは漸く辿り着いた──彁にとっての絶対殺傷圏内!
「ッ!?」
衝撃。
それが走ったのはEnjの背中で、その壁はEnjを退けないように阻む必殺の障害物。
『ディメンションコネクト』の射程距離は半径5m、普段は超至近距離でしか浮遊させられないその物体は然し、同じように射程距離内で操作された血の槍の破壊跡を通り……上から背もたれとして射程限界でEnjの体を捕まえる。
それは彁の最終攻勢で最初に吹き飛ばされ、半径5m以内にある四階を移動させていた──槞の盾だった。
「いいかEnj、ゲームってのはどれだけ死にかけようとコンマ一秒だろうが先に相手を殺しゃあ勝ちなのよ」
蒼刀[長波]が右の銃剣を破壊し、蒼刀[打波]が左の銃口を切り飛ばす。
そうして両の武器を手放して握り締めるのは、ダメージ比率が衝撃に特化した原初からある初期武器だ。
絶対的な真実として、ゲームはゲームでしかない。
生存が最優先? たった一回負けたところで次の試合があるゲームで一体、コイツは何を考えているのだろう?
例え四肢が吹き飛ぼうが、脳味噌を空中にぶち撒けようが……ゲームというのは自分の死亡"判定"よりも先に、相手をぶち殺せば勝ちなのだ。
……それが例えば、デスゲームでないのなら。
(だからこそ最善手は装填……加速射撃による"ワンチャン当たる読みぶっぱ"しか普通はねぇんだよこの状況!)
──言うなればこれは、一度きりの初見殺しでしかない。
彁はEnjに戦闘力で勝った訳では無い。例えこれから何百戦とやろうとも、彁はEnjに負け越すのを分かっている。
時速2448km超の絶対戦闘速度の攻略自体は出来なくて、それを使わせない状況に誘い込み、Enjの思考に依存した賭けに賭けを重ねた上での、きっと一回限りの殺害だ。
不愉快で仕方が無くとも、勝利から殺害に目標を切り替えたゲーマーは、ここまでの流れ全てが計算通り。
或いはEnjの投げた賽が自分を信じた──自身のPSによる超跳弾弾幕射撃であったのなら、軌道演算がEnjの頭にしか無い以上、彁は"心眼"で自爆するか普通に対処して死んでいたことだろう。
最後の最後にスキルによって投げられた人知を超えない出目は──自分の可能性をどこまでも信じ、常に6を出しに行くゲーマーには届かない。
──実力の負けを認め、ただ一回しか通らないようなこの勝利が、時間切れ耐久によるものと何が違うのか?
簡単な話だろう?
「バトロワのチュートリアル見て出直してこいゲーム初心者がぁぁぁぁぁぁ!!!」
どうせ勝つなら命中100%の技で殺すより、30%の一撃必殺で殺す方が気持ちいい。
ゲーマーなら誰しも共感するであろうロマンと脳汁に則った、余りにも合理的かつ論理的な帰結によって──
逃げ道を盾で塞がれ、ダメージの逃し場所も無くなったEnjの顔を、縮地で詰めた彁の渾身の右ストレートが殴り潰した。
『Congratulation!』
『WINNER:冒険家さん』
『キル数:7』
『試合形式:200人戦:ソロ』
『帰投時間まで:60秒』
「Foooooooooooo気持ちいィィィィィィィィィィ!!!!!」
人をぶち殺した感触のまま拳を天に振り上げ、心からの感情を勝鬨としてあらん限りに彁は吠える。
第一回デイブレイクファンタジー公式大会最高位レート総合優勝者──
──白髪赤眼の軍服少女は、こうして世界に姿を表した。