117
次から更新時間を午前午後含めた6時か12時に固定します。良かったら確認しに来てネ!
第六仮説は言ってしまえば誰であろうと似た現象として起こりうる第二・第三仮説とは違い、また、第一・第五仮説のような仮説の定義に則った複数存在する解とも違う……言わば仮想空間でのみにおけるある種の才能の到達点だ。
ただ才能にのみ起因するこの仮説は再現など誰一人として出来よう筈もなく、彁が始めたのは着想は同じながらも定義とはかけ離れた、或る意味真逆の目的のために使う劣化版だった。
第六仮説本人からして「着眼点が同位置だっただけで再現よかもはや別の仮説だろ」と言わしめたそれは、脳火事場と違って彁の戦闘力を激的に変えるものでは無い。有用度で言えば縮地にすら劣るその暴論は、そもそも間違えば脳血管が破裂するクセして費用対効果が全く釣り合わない欠陥品だ。
馬鹿の理論で手に入れたのは大して意味の無いチップ。
然しながらそれを持つのが彁であるならば……処理能力が飛び抜けた彁ならば一つだけ、極限状態でのみ機能する能力へ変貌する。
それは煙幕をスモークグレネードか小麦粉か判別することは出来ない。
それは戦闘力に直結せず、自分の動きが物理的に変わることも無い。
ただ──それによって齎される認識の加速と増加は、厳密にはまるで違うとしても。
──対面したEnjには、今の彁はまるで未来が見えているかのように感じさせた。
******
情報量に酔いそうだった。
叩き付けられる暴力にぐちゃぐちゃにされながら、でもその流れを読み解かず座標だけで捉えることで、私の認識はどこまでも加速する。
さあ、私だけの暴虐を。
この限定状況下のみに刺さる絶望を、私の判断速度で押し付けろ!
「──────」
高速道路のような橋、そこを走るEnjに向けて跳び、投げられてるだろう閃光弾を浮遊させてる盾で防ぐ。
その影から縮地で空を蹴り飛ばし急加速しながら突っ込んで、私に向かうように地を蹴ったEnjを視界に捉え……私はその認識に従って、着地寸前で反転する。
直後、耳に嫌に残る音と共に、私の位置と向く方向が切り替わる。
景色の反転、加速度そのままに起きた位置の交換。Enjの進行方向に跳んでいた私は、仕掛けてきたEnjよりも速く視覚で再捕捉。
「あはっ、感度良好!」
隣の橋に靴底で滑りながら火花を散らし、反転のまま銃弾を二刀流で切り飛ばす。
……うっわコイツマジかよ、跳弾にスキル使ってねぇ気持ち悪っ! 反応ギリ間に合うけどスキルでやれや、脳で見えねぇだろうがクソ!
「あれお前って私の天敵では?」
「私のセリフだ化け物が……!」
ひっどい言われよう! 銃口補正スキル無しにPSで跳弾させるような奴に言われたくないんだけど!?
空中を蹴って私から逃げるEnjは、視覚上そう見えるだけで、空中に張り巡らしたワイヤーを足場に跳躍してるだけだ。
あーやべぇ夜闇に溶ける透明だし目ぇ霞んできてワイヤーがほぼ見えねぇ、いや寧ろ駅内戦より今は認識出来てるけど。
「まぁつまり利用出来るんだけどねぇ!」
跳躍、そして更に空中で足場を蹴って前へ跳ぶ。
Enjが仕掛けた透明なワイヤーに足をかけ、匂いも温度も無い……ただ背景にデータとして置かれたそれを認識して、多角的に空を跳ぶ!
「──ほら追い付いた」
同じ道を辿るなら身体能力で勝る私の方が速いんだよ!
街灯煌めく夜の都市、迎撃の射撃を切り捨てて追い付いた少女に、斬撃を意識させた上で全力で蹴りを叩き付ける。当然ながら防御され真横へ吹き飛ぶEnjを追い、ブラストジャンプでワイヤーでは不可能な角度へ加速ゥ!
爆音、割れたガラスが吹き飛ぶビルが揺れ、そこに加速のまま二刀を叩き付ける。
莫大な火力による破壊が起き、然し視界には映らないEnjは上へ回避していた。
見えてる閃光弾を盾で防ぐ。同時、壁を垂直に蹴り飛ばし長波を頭上へ振った。ガギィン! という硬質な音が鳴り、膂力で吹き飛ばされた人体が重力に逆らって星空に向け飛んでいく。
「どうして見える……っ!」
「生憎、今の私の前で大抵のスキルは死ぬよ?」
バリバリバリィッ! と割れていくビルの窓ガラス、上へ逃げるEnjは態と大袈裟に割って視界を塞ぎに来るが、こんなん使徒とやり合ったあの奈落の終盤に比べりゃそよ風と変わらねぇ!
外壁に足をめり込ませ、そのまま筋力任せに蹴り飛ばし壁を真上へ駆け登る。衝撃で割れるガラスをBGMに、二丁銃剣と長巻と打刀が壁を地面にして切り結ぶ。
吸い付くように技術で走るEnjと、力で無理矢理走る私。銃撃を見てから顔だけで避け、最小限の動きで距離を詰めて手数と筋力でぶち殺せ!
「チィッ!」
「くっ……!」
力み過ぎたぶん殴りを受けたEnjは、私の衝撃を利用して私より早く空へと登る。白兵戦なら有利が取れるが、コイツはそれが分かってるからこそ、まともに打ち合おうとせず即座に逃げるのがめんどくせぇ!
上へ、上へ、上へ、上へ。どんどん屋上へと近付いていく私達。やがて先に辿り着いたEnjは屋上の内側へと飛ぶと……即座に床をぶち抜いて一階下に降り、私の横っ腹に飛び蹴りをぶち込んできた。
「見えてるよ?」
「これもか?」
「そうだけど?」
仕込み靴と知っているそれを蹴りで弾き、続けざまに後ろへ刀を振った。
直後に発動したAFによる座標交換によって私達は入れ替わり、刀は認識していた通りに……後ろから来たレーザーを無慈悲に叩き切る。
「!?」
「君って空飛べるっけ?」
設置型AFを利用した多段攻撃は、それを設置する姿を見なければ常人ならほぼ予測不可能だろう。
反応、遅れたね?
或いはさっきまでの私でも読めなかった攻撃をポンポンと打ってくるコイツの発想どうなってんだと引きながら、ピッチャーの投球のように全身を使って加速させた渾身の左足を……空から地上へ向けて全力で振り降ろす!
「──落ちろ」
「ッ……!」
直撃。
骨を砕き肉体を破壊する圧倒的暴力が、Enjを高空から地上へと叩き落とす。
抵抗無く振り抜いた体勢で見た軌跡は、ワイヤーの無い直撃コースだ。
即死対策を仕込んで無きゃまず死ぬだろう空中旅行は一瞬で終わり……抵抗出来ず高速道路に直撃したEnjは、大ダメージを観測しつつも当然ながら生きていた。
「まぁだろうなぁ」
なけなしのMPでブラストジャンプを発動、空を蹴り自由落下を超加速させるが、既にコンクリートに出来たクレーターの中心にEnjは居ない。
つーかあーマジでキメェ、なんでスキル発動してないのに生きてんのアイツ? 普通この距離からぶっ飛ばされたら死んどけよ人間なんだから。
「うぉっえぇ吐きそう」
奴の退避先は工場区域、ドンピシャで私の嫌なとこ選びやがったなコイツ……やたらめったらに仕掛けられてる爆弾は私との戦闘前に仕掛けられたやつなのだろう、中でばら蒔いてる煙は多分これ十中八九小麦粉だな? また大爆発からの崩落オチかよ芸がねぇ!
「『エアハンマー』『死の影』『怪力乱神』──」
魔法で私を叩いて入射角を調整し、ステルスに付属した確定クリティカル状態と、妹から接収した筋力強化スキルを併用。
時間経過によって回復したSPはギリ一発分、断天とは別のアーツなら使用可能な量溜まっている。
──ああそうだ、簡単な話だろ?
──莫大な地雷が待ち構えているのなら、それ以上の火力で上から捩じ伏せればいいだけだ。
この世界がゲームである故に、それが例えどんな物理現象であったとしても、それがダメージであるならば、それ以上のダメージでその物理現象は相殺出来る。
「──"震天動地"!!!」
私の攻撃をただ何百倍にも超倍率で拡張するだけのこのアーツは、仕様通りに物理現象をこの地形へと出力した。
威力、衝撃、攻撃範囲etc……それを筋力依存で増幅強化し、肉体だけで出せる最高速度を超えて叩き付けた、確定が故に地形にすら作用するクリティカルによって火力を何千倍にも乗算されて──
『ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンン!!!!!!!!!!!!!!!』
──駅の崩落を超えた轟音を奏で、大爆発を超火力が捩じ伏せた。
******
「……えんじゅ、負けちゃうの?」
震える声で呟いたその子の手を私は握る。
私だって怖いけど、でも私の方がこの子よりお姉さんなんだから、私が不安を見せるのは絶対ダメ。
まだ知り合って間も無いこの子は、私に出来たたった二人のお友達だ。
おばあさんが死んじゃって、ただ一人右も左も分からないまま死霊術士として彷徨ってた私を助けてくれたお姉さんが、画面の向こうで唯一私と同じ職業の人と戦っている。
「……ううん、勝つよ。だってここなちゃん、エンジュさんと約束したでしょ? 『絶対に勝って助けるから、メルナと一緒に待ってて』って」
「……うん」
NPCだとか、エクストラクエストとか、そんなのはどうだっていい。
ただこの子の幸せな顔を、生涯で始めて出来たお友達が笑って帰ってくる姿を見たいだけの私は……ただ画面の前で祈っていた。
******
人には誰だって、それが例えモブであろうとも、絶対に過去と背景が存在する。
誰であろうと、それが自分であるなら、人生を他人のために使い捨てられてもいい人間なんて存在しないのだ。
この世界はゲームなのだから、特別な人間……主人公になりうる人間には、当然ながら数奇な物語と巡り会うように出来ている。
勝ちたい理由が常人が抱く物ならば、負けられない理由とは特別な人間に現れる物なのだろう。
誰にだって、人の数だけ、人生は存在する。
そこに挫折が生まれるのは、勝者は絶対にただ一人しか存在出来ないからだ。
「……漸くお前を殺す算段が付いた」
迷彩コートは無惨に焼き爛れ、HPポーションも底を尽き、息も絶え絶えで、満身創痍と言って差し支えない16歳の少女は、始めて感情を顕にした。
敗北が間近に迫り、全ての必殺の手札を理不尽に潰してくる怪物を前にして、"負けられない"という彼女にとって似つかわしくない感情を動機に、その少女は立ち上がる。
「あれ? もう逃げないの?」
コツコツと軍靴を鳴らし、蒼い打刀と長巻を携え、悠然と歩いて来る白髪赤眼の少女は、目の前に居る人物のある一点……具体的にはその胸部を見て、気付かれないように舌打ちした。
意識がそこに向くくらいには気負いなく、ただ感情のままに楽しんでいるその生物は、或いは勝ちたい理由も負けられない理由も持ち合わせていないのかもしれない。
この試合が例えどんな結果に終わろうと、「まあ楽しかったからいいじゃんかヒメちゃん?」と平気で宣うだろうその少女は、寧ろ負けてしまえば世界は平和で終わるのに、一切情け容赦無くEnjの前に立ち塞がる。
「「………………」」
──デイブレイクファンタジーはゲームとして、戦闘の最中にスキルやレベルが成長することは無い。
都合のいい進化なんて起こりえないこの世界で、もし戦闘中にプレイヤーに変化が起きたのなら……それはアバターではなくプレイヤーが、限界にぶち当たって尚足掻き、それを越えるために進化した時だ。
強くなるにはどうすればいいか?
妹を前に脳火事場を切った彁が持っていた回答は、"絶対に勝てない奴を探して、そいつはどうやれば殺せるかを考えて実行する"ことだった。
ああ、それは本当に数奇なことに、彁はEnjにとって果たして"何"であったのだろうか?
何十回と進化してきた彁を前に、Enjは人生で始めてとなる──冒険に打って出る!
「"ディメンションコネクト"」
「"緊急召喚"」
廃墟に発砲音が鳴り響く。
時速1224kmで飛ぶ銃弾は、今の彁にとって見てから切れる通常攻撃に他ならない。
仮に跳弾を駆使しようとも、銃弾が当たるより速く予想着弾地点に辿り着く狂った判断能力は、最早マッハ1如きの銃弾を脅威と認識しなかった。
二丁の『エル・イルファ96』から吐き出される全30発の銃弾を二刀流で叩き落とした彁は、第六仮説モドキによって空になった筈の弾倉に、もう次弾が装填されていることを知っている。
極限まで加速した思考で制圧した上で、縮地で彼我の距離を食い潰す。撃たれてからでも対応出来ると盾を前に構えずに、最速で最短距離を詰めていく。
そうして彼女の赤い瞳はEnjまで後10mというところで発砲を捉えた。
射撃によってぶれる腕、銃口から飛び出るマズルフラッシュ、発射された弾丸は計二発。
それら全てを視認し、認識し、肉体に判断を下し──
「がはっ!?」
──もう既にその段階では、銃弾は彁に着弾していた!
(ッ!?!?!?)
一瞬で驚愕と疑問が彁の頭を埋め尽くす。
肩から走る激痛と衝撃は、弾丸の大きさが違うだけで最初に食らったスナイパーライフルによるものと遜色無い。
体感で測ったその弾速はあろうことか……マッハ2にまで到達している!
(コイツッ──)
盾を前に構えて横の壁をぶち破る。それは彁がこの大会で初めて見せた、脅威に対して純粋な退避を取るための行動だった。
視認した情報を分析して即座に頭が叩き出した解答は、なるほどそれは彁がその逆技で銃弾を掴んだのと同じ原理に基づく物だ。
それは時速100kmで走る電車から物を投げれば、投げた物に時速100kmの速度が加わるように……
「──撃つ瞬間に腕を音速まで加速させて、拳銃の弾をマッハ2まで加速させやがった!?」
スナイパーライフルの弾丸を対処出来たのは、距離と射撃間隔があるからだ。
それは断じて近距離戦で連射されて対処出来るものでは無く……それ故に、
この時速2448kmまで加速した絶望的な戦闘速度は、物理的に対処不可能な攻撃性能として彁の対応能力を貫通した!
「正真正銘の化け物じゃねぇか!」
土壇場で自身を進化させた死に損ないと、既に全力で対処しているこの大会における絶望は、優勝を掛けて最後の超音速戦闘を開始する。
お互いに極限を極める死合いの行く末を、全ての視聴者が固唾を呑んで見守る中──
──そうして二つの賽は投げられた。