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さあ盛り上がってまいりました
「……なんだこの戦い」
「この二人だけ別ゲーやってません?」
もしかしたらお忘れかもしれないが、この戦闘が試合である以上、この常軌を逸した殺し合いは全世界に生配信されている。
片やトップランカーを四対一を捩じ伏せた今大会きっての暴君、片やたった一人でマップの半分近くを殲滅した近代兵器を扱うスナイパー。
その二人が展開する戦場は、巨大駅の中で二丁拳銃による壁に反射させた跳弾をコンビニを突進で破壊しながら斬るなり掴むなりして対処してお互い走り回りながら戦っているという、文字にするとまるで意味が分からない状況であり、凡そ剣と魔法のVRバトロワゲームの決勝戦とは思えないカオスがそこで起きている。
一瞬一瞬が数分は語れるであろう曲芸が大安売りされていき、実況解説である二人は語りたい場が常に叩き付けられる情報量の暴力で最早笑うしか無くなっていた。
拮抗、それは熱戦を生む。
FPSと違って瞬時に決着が着きにくいこのゲームの狙い通りの展開に、今その場で殺し合っている当人達を他人事として観戦出来る視聴者達は、何度も想像を超えてくるこのマッチアップに魅入られていた。
スナイパーライフルの跳弾狙撃を見た、貫かれた頭を掴んで再生させた、マッハ2.5の弾丸を斬った、斬撃でビルを破壊した、列車を火力で吹き飛ばした、マッハ1の弾丸を手で掴んだetc……
ツッコミ所が渋滞し、ただこのエンタメのジェットコースターを"楽しめ"と見せ付けられる視聴者は……第三の壁を越えて述べさせて貰うなら、読者と同じ気持ちで、或いはそれ以上に、この戦闘を"楽しんでいる"。
「……もう戦闘に実況は追い付かないので、解説に力を入れましょうか。場面は皆様凄いことしか起きてないって楽しんでいますし、この配信だけ見て戦闘画面見てない視聴者がいたら今すぐこの枠閉じて見に行ってください、こんな激戦どのゲームだろうと中々見られませんよ」
「わぁ公式の人とは思えないほどの発言! いや実際めっちゃ熱いけど!」
「これ、実はまだ様子見の段階ですよ。"冒険家さん"の方はまだあの時に見せた触手を出してませんし、"Enj"の方も接敵前にあれだけ仕掛けたトラップハウスを使ってません」
「ああ確かに! ……リソースを温存してる感じですかね、殺し切れるか確証が持てないから、お互いにまだ初見殺しに使えるカードは握ってるってとこでしょうか」
「現状不利と言えるのは唯一被弾している"冒険家さん"の方ですかね。ただまだ震天動地……あのマップ兵器の蹴りと、ステルスは見せてないので、切りどころによっては一気に勝敗が傾くかと」
彁がEnjとの戦闘中に見せたのは、まだ肉弾戦の能力と"断天"による広範囲攻撃のみ。逆にそれだけで銃弾を捌けているのがおかしいのだが、それには敢えて突っ込まず、鳶は期待を煽るように言葉を続けた。
「そして今大会未だノーダメージの"Enj"ですが、これって彼女実は薄氷の上の記録なんですよ」
「というと?」
「"冒険家さん"はある程度ダメージを負っても問題無いフィジカルと再生力がある故に、被弾を戦略に組み込めますが、"Enj"はゴリ押しが効かない紙装甲です。一発も貰えないから無傷でいるってのが正しいですね」
鳶は語る、まだこの試合はこれからだと。
運営権限で二人のステータスを見ることが出来る彼は、彁の有り余っているMPがどんな展開を生むのか楽しそうに眺めていた。
******
「あークッソこれだから初期の商船はぁ!」
私の持っている遺装はボスの初ソロ討伐×2と、森のボス二体を倒したことによる特別報酬の計三つだ。
内一つであるチャリオットから出たゴミはオークションに出してきたが、私と同等の戦闘力を持ち、かつボスのソロ報告的にコイツが持ってる遺装は最低でも三つ以上。
その中から偶スナイパーライフルと拳銃2つを引いた? 馬鹿言っちゃいけねぇそんなの確率的にまず有り得ない。
「遺装を商船にぶち込んで同ランク帯の拳銃二丁に変えやがったろコイツ!」
初期調整の商船特有の遺装錬金とか悪用しなくていいんだよクソが、来ると覚えてりゃアレ売らなかったのに本当さぁ!
「よりにもよってエルフ二丁とか勘弁しろよ!」
銃士との対面経験は当然それなりにあるが、一番面倒なタイプの遺装が奴の握ってる『エル・イルファ96』(愛称:エルフ)だった。
弾速、装弾数共に平均的なその銃の特徴は、銃の能力によって跳弾回数を設定出来ることだ。
設定した回数は例え何に当たろうとめり込みも貫通もせず反射するエルフは、使い手次第で何倍にも厄介具合が跳ね上がる武器なのだが……
「いや盾無かったら死んでるって」
曲がり角、槞の盾を背に飛び出た直後、正面から来る弾を斬ると同時、角で跳弾させた弾丸が背後から盾にぶち当たる。当然のように跳弾で二面同時攻撃すんのやめてくれませんかねぇ……!
「ねぇ〜! そんな逃げなくても良くない!? このままだと私独り言がうるさい美少女になっちゃうんだけど〜!?」
「……追い付けないお前が悪いんだろ?」
「上等」
まぁ十中八九罠だろうけど"ヘイスト"と"アクセラレート"を発動し、今までより更に速い縮地で直線距離を食い潰す。
届く前に振り始めた斬撃、それがぶつかったのは追い付いたEnjの少し前で、凄まじい抵抗を斬り裂いた直後、急ブレーキを掛けて私はその場を飛び退いていた。
「ワイヤーだぁ!?」
「お望み通り肉弾戦だ」
硬さは筋力で引きちぎれるが、余りに細く透明な糸が辺り一面に張り巡らされている。店が左右に立ち並ぶ大通りの中で、Enjはさっきまでの逃亡が嘘のように一瞬で距離を詰めてきた!
「何が狙い?」
「見れば分かる」
ナイフが取り付けられ銃剣と化していたエルフを弾けば、踏ん張らずその衝撃に乗るように背後へと吹き飛んでいく。咄嗟に盾を掴んで構えた直後、突き刺さった衝撃は銃弾よりも遥かに重い……!?
「なぁるほどぉ!?」
飛び蹴りを弾き返した直後に横から来る弾丸を切り、次いでの攻撃はピンボールのように飛んでくるEnj本人の突撃だ。蹴りで相殺すればまたもや私の膂力を使って自分から吹き飛ばされ、真上に張られているワイヤーに足を掛けて反動で跳んで来る!
どんなバランス感覚だよ! やってること使徒戦の私じゃねぇか!
「人間ピンボールがよぉ!」
辺りに張り巡らされたワイヤーを足場に、空中でも飛び跳ねて360°全方位を高速で行き来するEnj。サーカスの出身なのかな? 漫画に帰れ曲芸士!
これ動き自体は目で追えるけど……
「ワイヤーに跳弾させるとかいよいよ人外だな」
「……ああ、体術には自信がある」
いやエルフの特性上確かに可能だけどさぁ!?
全方位からの出鱈目な跳弾にやってられんと"断天"を切らされて、フィールドの破壊と同時にアーツ使用の隙を狙っていたEnjが咄嗟に距離を詰めて来た。
近距離射撃を想定し盾を構えた直後、腕を襲ったのは強烈な……全身に響くような蹴り。
一瞬の重心の崩れ、そこを突いたEnjの掌が高速で私の胸に突き刺さり……外からでは無く内から、莫大な衝撃が全身を走り爆発する!
「発勁」
「ごほッ!?」
体が浮いた。
肺から空気が抜けて、目ん玉が飛び出るような、意識の線をプツりと切られるような感覚だった。
血液がこの体にあるのなら、勢い良く口から飛び出たことだろう。
臓器が、骨が、内側から砕けるように、力が抜けて、全身が痺れていた。
あーこれほぼスタンだな、PSでこんなん出来るってマジかよコイツ。
刹那に生じる隙だらけの私に対し、Enjは当然のようにエルフで首を狙いに来て……
──その剣身が突き刺さるより速く、私の横蹴りがEnjの体をくの字に曲げて吹き飛ばす。
「ガハッ!?」
メキメキと鳴る人体は無防備故に私の筋力に晒されて、さっきと同じくピンボールのように真横へと飛んでいく。
完全に油断しきってたなぁ〜? 直撃した私の蹴りはクッソ効くぜぇ!?
「ゴホッゴホッ……悪い悪い、私の鎧は思考操作可能なアンデッドなんだよねぇ!」
内側から殴られて私本人が動け無かろうと、私が纏っている槞が生きているなら、槞を思考で動かせば釣られて私の体も無理矢理動かせるんだよ馬ァ鹿!
槞が大抵の状態異常を無効化する無機物が故に、私の動きは基本的に何をされても止まらない。事実上の状態異常耐性たるこの仕様は、"冥王ビルド"の強みの一つ!
「つくづく反則くせぇよなぁこのビルド……ほら頑張って殺してみろよ!」
迎撃の銃弾を切り伏せながら縮地で無慈悲に距離を詰め、網のように何重にも張られたワイヤーの盾を筋力で引き千切り、加速そのままに交差された銃剣に衝突、からの追い縮地。
体勢が崩れていたEnjを鍔迫り合いのまま勢い良く壁まで連れて行き……破壊!
「あはっ、軽いねぇっ!」
爆音を奏でて二人でぶち破った別フロア、地上から凡そ20mはあるその空中。エルフ二丁が吹き飛んで無防備なEnjは然し、だとしても反射的に迎撃を選択していた。
「言っただろう……体術なら私の方が上だ!」
超高速の蹴りが蒼刀[長波]の柄を跳ね上げて、続く回し蹴りが私の顔へと迫る。空中で無加速から秒でここまで動けるか普通?
そのつま先を顔から20cm離して左手で掴めば、衝撃に反応して飛び出た刃が私の掌を貫いた。仕込み靴警戒はしたけどマジで仕込んでんのかよお前!? 私じゃなかったら死んでるぞ!?
「──そうだなぁ、確かに体術ならお前は私より上かもしれない」
掴まれて尚次の手を打とうとしてくるこの女に、空中でのグラップルはまず間違いなく悪手だろう。
ワイヤー跳躍だの人力発勁だの、これまで見てきた体術は私には容易に出来ないことで、そんなやつとこの状況なら何されるか分かったもんじゃねぇし。
「だから雑にダメージで容赦してやる」
「ッ!?」
貫かれた左手を再生し、靴に仕込まれていた暗器を掌で固定。同時に掴んでいたEnjのつま先を全力で掴み直し、腕を伸ばし体からEnjを遠ざけながら一回転。
睨む先は地上、膝は畳んで足裏は天井と水平に。
空中戦が不利なら、さっさと最低限ダメージ出して仕切り直せばいいだけだ。
本当に丁度いい滑り止めがあって助かるよ……絶対離さねぇから覚悟しろ。
「"ブラストジャンプ"!」
縮地でワイヤーも何も無い空中を蹴り飛ばし、地上へ向けて一気に加速。
振りかぶった大重量を肩を大きく使ってぶん回し──全力で私は直撃に合わせてEnjを地上へと叩き付ける!
ドカァァァァァン!!!!!
私のパワーとスピードの乗りに乗ったフリーフォールは、爆風と閃光を連れて私の腕を切り飛ばした。
墜落の衝撃は大したことない、私のステータス上この程度ほぼ無傷だ。どっちかといえばパックリと切り裂かれたお手ての方が重症かな、割と痛い。
「閃光やられは潰して治した方が速いんよねッ!」
言いながら自分の目ん玉を抉りとってポーションを瓶ごと顔で割り、治るまでの間気配でEnjを探し攻撃を仕掛けるが……途端に気配が消失し、私が探知出来なくなった。
「墜落と同時にフラッシュグレネード撒いて、目潰ししてる間にステルススキルで離脱ねぇ……マァジで戦い慣れしてやがる」
その割には今の私を攻めてこない辺りチグハグだが……まぁ、何故奴がここにいるかは兎も角、アイツが一体なんなのかを裏付ける証拠にはなったかな。
そもそも遺装を交換出来ると気付いたとして、最終的に選ぶのがクッソ使いにくい『エル・イルファ96』だぞ。その上であんな曲芸連発されて、戦闘スタイルだってそうだ。こんだけ情報が出揃えば、もう正体の察しは着いている。
「要は第五仮説だろ? アイツ」
──なら、脳火事場からギアをもう一段上げなきゃなぁ!
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