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「生憎と初対面だな……だがなるほど、お前か」
「あ?」
「想定クラスA、対処を始める」
認識と同時に直撃した蹴り。ギリギリ間に合った腕が体ごと弾かれ、凄まじい力で吹き飛ばされた。
衝撃、次いで衝撃。背に走ったそれをエネルギーでぶち抜き、瓦礫と共に室内へ転がった。
痛ってぇ、私の体重を30mはぶっ飛ばせる膂力って正気かコイツ……骨は……あぁ折れてる治さなきゃ。つかどこに飛ばされた?
「でもなるほどぉ? ロジックは速度か」
迎撃に"断天"を放ち正面を出鱈目に破壊、爆音と残骸を目くらましに周辺状況を把握、処理、認識。
(駅の……連絡通路か、未来都市の駅とかほぼダンジョンだぞ)
いや、逆に使えるか? 地の利があんのは二周目のコッチだろ。誘い込んで室内戦でケリをつけ……
「っとぉ! どっから湧いてきたテメェ!」
勘で捉えた攻撃を弾くと同時、今度はその格闘に迎撃で相殺。そのまま柄で殴るが躱され、続く突きもナイフで捌かれた。チィッ!
「私に対して屋内戦か」
「あは、苦手?」
「いや……自殺行為だ」
黒いコートに身を包み、両手にナイフを握る彼女の立ち振る舞いは、洗練された傭兵のように隙が無い。
約10m程の距離を隔て立ち止まるEnjは……気付けば既に私の懐に居た!
「うん、やっぱり」
「っ!?」
STR任せの超高速の切り上げで弾き飛ばしたEnjの攻撃は、やはり予備動作が余りに短い。
さっきの認識と同時の直撃は、つまるところ私が予備動作を察知出来なかったから起きたことだ。
肉体の微動、力の流れ、重心移動、行動までの無駄な動作etc……それらを認識し、何をしてくるかを判断して、見た行動への反射では無くそれより早い反応で潰す私が、対処に間に合わないと来た。
どうすればそんなことが起きる? 単純な話だ、それらの予備動作がほぼ無いんだこいつ!
「要はPSの極地であって……ステータスが並んでるわけじゃねぇ!」
無駄を省き、予備動作を削り、極限まで行動が最適化されているそれに対し、私が押し付けるのは肉体性能の差だ。
超筋力が叩き出す肉体速度は、確かにEnjの攻撃に間に合った。そしてそれが偶で無いことを証明するように、続く追撃であろうと私の肉体は追い付いた。
全身に力を入れて、認識が追い付かないなら読みで攻撃に先回りして。
高速の剣舞は絶え間なく火花を飛び散らし、四方八方からの巧撃を捌く、捌く、捌く、捌く、捌く!
「単純攻撃速度なら自信あるよ?」
「ふざけた女だ……ッ!」
凡そ把握したEnjの速度は今の私とほぼ同等、ただしそこまでに至るアプローチが私は筋力なのに対し、Enjは言うなればテクニック。
私が同じことが出来るならとうに肉体はボロボロに破壊されてるだろうし、筋力自体はそこまで高い訳では無い。
さあ算数の時間だ。出力ダメージ=筋力×速度という前提で威力の相殺が起きるのなら……私が叩き出した筋力×速度にダメージが並ぶ場合、筋力の劣るコイツのメインウェポンは速度で確定……!
「つまり助走不可能な乱打戦にしちまえばいい」
縮地。
脳火事場中特有のとち狂った初速に初めて目を見開いたEnjは、咄嗟に壁へ跳び私の突撃を回避した。
踏み込みで砕け散る駅のホーム、その壁を剣閃の風圧で破壊して、追い縮地を決めて更に詰める。
迎撃から猛攻へと。長い通路をズタズタに変える突撃と回避の応酬は、なるほど確かに屋内戦を自殺行為だと言うだけの事はある。
「何それ反則じゃない?」
「お前に言われたくない」
直線速度は縮地なら勝てるというのに、私は未だEnjに追い付けない。
その理由は単純で、コイツが一切減速をしないからだ。
方向変更は序の口で、直角に曲がろうが壁を走ろうが、果てには天井に足をかけようと、Enjは一切の減速無く常にトップスピードを維持したままで私の攻撃を避けている。
(いや意味不明)
縦横無尽に全方位を最高速度で飛び回るEnjにとって、壁と天井がある閉鎖空間はさしずめ絶好の狩場なのだろう。立体機動で私をいなす彼女は、やってられないとばかりにどんどんと場所を移していく。
連絡通路が終わった先にある馬鹿でかいホーム、既にEnjが跳び抜けた改札を縮地でぶち抜き、視界の右端に捉えた影に"錬血"で作った武器を投擲。破壊される柱と自動販売機は、その下にある広過ぎる階段を降りた人体の代わりだった。
「逃がすか」
床を蹴りで真下にぶち抜き下の階層へダイナミックエントリー。何十車線もある電車乗り場が見えた直後に飛んで来た座席を切り飛ばし、目の前のコンビニを最短距離なので縮地で加速した体でぶち抜く。
乱れ舞うおにぎりとペットボトル、液体が触れるより早く辿り着いた眼前、斬撃を防御するしかなかったEnjを膂力とスピードで後方へと吹き飛ばす。
「あはっ、通過列車にご注意ください」
時刻表を見て次に轢きに来る車線を把握していた私はそのままその車線へと蹴り飛ばすと、直後に揺れと爆音が鳴り響く。
未来都市はライトアップ中、全施設が昔の稼働状態と同じになる。それは電車すらも同じこと。
遠方に見えた光はどんどんと近付いてきて、それは無人の列車が故に止まることなくこちらへ迫る。
あーありゃ新幹線だな、私だろうと轢かれりゃ死ぬわ。
「お前がな」
「あ? ってちょっ待っ……!」
キュイィン! という音と一瞬の明滅と同時、見ていた景色が180°入れ替わる。まるで立ち位置が入れ替わったような感覚……いや感覚じゃねぇこれAFによる位置変更だ!?
「ふんっ!」
咄嗟に下から掬い上げるように"断天"を放ち、私は新幹線を馬火力で上へと吹き飛ばした。
直撃、衝突、衝撃、轟音。
目を瞑りたくなる爆風を浴び、私の"震天動地"なんて目じゃないくらいの破壊現象が、砕けながら脱線した超重量が、轟音と地震を局所的に巻き起こす。
横から拡散弾のように飛んでくる超高速の残骸の嵐の中、見える範囲に既にEnjはいない。索敵しようとした瞬間、ほぼ勘で槞の盾で左半身を隠した。
直後、体に盾が勢いよくぶち当たる。
響き渡る金属音と共に吹き飛んできた硬質な重い金属塊、普通に痛いそれを反射的に体捌きで後ろへ逸らす。
刹那に見えた攻撃物はマッハ2.5の弾丸、少し間を開けたら狙撃かよ戦いにきぃ!
「あーでもくっそ楽しいなおい!」
障害物の網目を縫ってきた曲芸、その元へ向けてさあ何度目かの縮地を打つ。
進路上の邪魔物はぶった切り、開けた視界に捉えた標的。
既にスナイパーライフルを仕舞っていたEnjが片手で握っていたのは……拳銃!?
(──)
視認と同時、瞳孔は反射的にその銃を握る指へと吸い寄せられていた。
それは撃つ瞬間さえ見れれば斬れると知っているからであり、盾がまだ遠方にある現状、そうしなければ死ぬと思った経験からの行動だった。
然し、私の思考はそんな体の動きに反し、情報の処理と同時に全く別の司令を肉体へと飛ばしている。
電車の残骸を斬り裂いた蒼刀[長波]を握る右腕は後ろへと伸び切っていて、自由なのは左手のみ。
その銃から発射される弾丸なら、まだトリガーを引いてないその拳銃なら、予備動作を見ればギリギリ斬るのが間に合うといった状況で……
私は射撃を見ずに最高速度で、前に翳した左手を後ろへと引いていた。
「──あっぶね!?」
ズバァァァァン!!! という、凡そ人体から鳴ってはいけない音が鳴る。
トリガーはまだ引かれておらず、衝撃と熱が走ったのは左手の中からだった。
掌の中にあるのは、銃弾。
態々このタイミングで拳銃を私の目に見せるはずがないと、視線誘導だと判断した私の脳は、隠されたもう片方の手からの射撃を想定して対処した。そもそも遺装をゲット出来る奴が一つしか持ってないわけねぇよなぁ!? と、実に合理的な帰結は、正解として私の視界内に証明されている。
Enjの視線誘導に隠されていたもう片手に握られている物も拳銃だ。
スナイパーライフルと違ってピストルから発射される弾速は精々マッハ1、速くて時速1224km程度。
100キロの球だろうと腕を80キロまで加速させて受ければ着弾の衝撃を20キロまで殺せるように、そんなもん私の体なら最高速度で腕を引きゃ掴んで衝撃殺し切れんだよ!
「私じゃなかったら死んでるぞテメェ!」
「お前であったとしても死ねよ」
はっはーやなこったー!
続く銃弾を切り伏せながら、はてさてどう攻略したものかと、双銃使いに思わず凄惨な笑みを浮かべながら私は更に加速した。
「お前であったとしても死ねよ」が心底からの発言過ぎる