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 さぁ、楽しい事の始まりだ!


「じゃあまずは……世界を、寄越せ!」


 STRを溜め、地面を全力で蹴り飛ばす。

 砕かれる地面に、爆発的な加速。

 対応出来る、この速度なら。

 もっと速い肉体を、何度も制御してきたのだから!


「キッ──

「死ねよ」


 ノイズで使い物にならない聴覚を捨て、視界に五感を集中させる。

 一面茶色。

 ライターに着火。

 右手で鉈を振るう。

 三匹飛ばした。

 空白が出来る。

 即座に埋まった。

 埋めさせない。

 左手で槍を突き込み払う。

 空間が出来た。

 上から新たな壁が増えた。

 足を止めざるを得なかった。

 足を止めない。

 無茶苦茶に武器を振るう。

 指が燃え始めた。

 ライターを切った。

 隙間が出来た。

 隙間を一匹の猿が抜けた。

 口で猿の腕を掴む。

 全身を使い振り回す。

 ぐちゃぐちゃと骨を砕く感触。

 一回転半で重さに止まる。

 止まるな、無理やり回せ。

 口を空白に、猿が吹き飛ぶ。

 大量の粒子を連れて、一瞬だけ視線が通る。

 即座に埋まった。

 埋まらせない。

 刺突、斬撃、斬撃、刺突、薙ぎ。

 連続する粒子。

 壁が出来た。

 押し寄せてくる。

 鉈を振るう。

 槍を振るう。

 足を苛烈に回す。

 一秒で五匹処理。

 四匹が横から詰めてくる。

 背後から数匹が詰めてくる。

 空中から数匹が飛び掛かってくる。

 前方の空白が即座に埋まる。

 処理に対する無尽蔵の増援。

 暴れて、暴れて、暴れて、暴れて。

 その果てに見えた結論は、戦況の天秤が私には傾かないことだ。


「うーん無謀」


 ダメージ覚悟で地面を蹴り飛ばす。

 爆発的な加速。

 身体に走る衝撃と、生物が潰れる感触。

 嵩増しされていく骨と肉を肩で貫いて、重量を筋力で踏み潰して!

 触覚が動物で埋まり、質量で抵抗が重くなる。

 追いSTRに再度踏み込み!

 加速。

 増える気持ち悪い感触とダメージ。得たのは距離と認識のラグ。


 刹那の世界の意識の空白。


 地面を軽く蹴る。

 ベクトルは斜め上。


 ポリゴンが消えるまでの一瞬に、吹き飛んでる死体を踏んで……更に、跳躍!


「──あぁ、いいね、静かだ」


 ゴミみたいな騒音から(鳥葬のような状況から)吹き抜ける風の音へ(刹那の間に空中へ)

 猿達からしてみれば私が消えたように映っただろう。

 耳がイかれてくれた(・・・)らしく、もうノイズ(戦闘音)は聞こえない。

 思考が、延びる。

 息が詰まるように短縮されていた思考が、空気を吸い込んで広がるように。

 重りになっていた水を吐き尽くしたスポンジが、空気を詰めて軽やかに膨張していくように!

 空間の認識が拡がっていた。

 体感時間が引き伸ばされていた。


 嗚呼、世界が遅い。


 腐った弱さのこの身体に、漸く感覚が戻ってきた。


 キメてきたカフェインが、戦闘で回った血流を沸騰させてきた!


「じゃ、更に空へ」


 思ったようにアバターが動かないから、これまで()()()()()()()()()()()()()()()()


 私の記憶には未だ遥かに遠く、遠く。

 されど同期し始めた勘は、やれと、出来ると言っていて。


 空中でしゃがむように、両足を畳む。


 初めて風魔法『エアハンマー』を発動。



 簡単で、貧弱な、衝撃が本体の空気砲。



 発動場所は、()()



 ベクトルは、()()()()()


「──ッツ!」


 スパァン! という炸裂音。

 空気の弾丸が下から私へ迫る!


 空気が破裂し、()()()()()()


 飛ぶ身体が空中を蹴るように両足を伸ばせば、前に置いていた魔法が多大な衝撃となって足裏に直撃し……空中で、更に跳躍が起きた。


 ()()()()


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 身体能力、魔法の理解、タイミング等々。全てを把握し調整しないと出来ないこの技は、前衛の廃人共が風魔法を最強と崇める理由の一つ。


 ()()()()()()()()()()()()使()()()()()、私の慣れ親しんだテクニックだ!


「成功、と。……斧でも欲しいけどないなら代打だ」


 迫る長い木の枝を鉈で切り飛ばし、合間に槍をベルトに固定。左手で大きな枝を掴んで無理矢理減速。

 強烈なG(重力)をSTRで捩じ伏せて、そのまま枝を支点に新体操のように体を一回転。完全に勢いを殺し、掴んでいる枝の上に着地する。

 足だけでバランスを取るのは現実じゃ到底不可能だけど『空間機動』辺りが仕事しているからか、こういう曲芸も割と難なくこなせるのがVRゲームの凄いところだ。


 ──ぶっちゃけこういう対多戦において、瞬間的に見れば数は大した殺傷能力を持たない。

 どれだけの数のモンスターが私を殺そうとしても、瞬間的に私に攻撃出来る範囲にいるのは精々五〜六匹くらいだし。


 猿合戦で死ぬのは時間と合わせて終わらない波状攻撃で磨り潰されるからであり……逆説的に、安定した殲滅力さえあれば、ここは安定した稼ぎ場になりうるのだ。


「レベルは13だけどステポは全てSTRに振ってきたし、10秒あればいけるでしょ」


 猿合戦は幾多のプレイヤーによって検証が進められた。

 例えばそれは、一時間が上限の猿が無限湧きする現象だと突き止めたり、最も効率的な殲滅方法を模索したり。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()仕様上、レベリングしたいプレイヤーが求めるのは"ソロで、安定して、大量の経験値を得られる場所"。

 私が今からする破壊活動こそが、この場所がそんな夢の場所リストに数えられるに至った"検証勢の出した解答"だ。


「ぼんふぁいありっと」


 標高凡そ10m、木の全長は目測20m程か。

 眼下には私を見つけた猿共が木を登る光景。


 私の好きなレトロゲーで幾度も見た台詞を呟いて、樹上に着火し鉈を両手で真横の幹に叩き込む。


 硬い手応え、深い切り込み、燃え広がる音。


 二度三度叩き込んで、眼下を確認して丁度いいタイミングで……さあ樹上を蹴り落とせ!


『炎上中の大木』


 それは落ちていく作った道具の名前。


 一瞬を経て、爆音と爆炎が断続する。


 落下する鉄柱のように、無慈悲な物理が重力に従って。


 絶叫と破壊音が木霊する。


 恐れをなした猿達が木から飛び降りるが、無駄だ。


 それより遥かに速く加速した大重量が、破壊を地表に撒き散らし──爆砕。


 世界を揺らす衝撃と閃光が、視界中に広がった。


「うわぁえっぐぅ……」


 燃える破片が飛び散って、あちこちの草木を燃やし。


 炎上が、伝播した。


 地面に生える草花が、燃えた。


 地上にいる猿が、燃えた。


 悲鳴が、耳鳴りのように聞こえた。


 夏夜の蛙のような、秋夜の鈴虫のような。


 その調(しらべ)はどこか鬱陶しくて、美しい。


「さて、隙間が出来たね」


 レッグホルスターからポーションを抜き、悲鳴を後目(しりめ)に一気飲み。空き瓶と化したそれを捨てながら、火の無い方向に飛び降りる。

 落下速度はエアハンマーを下から自分にぶつけて、衝撃は落下先にいた猿をクッションにして無理矢理軽減。

 肉が潰れる感覚と共に着地。ダメージは大体10%くらい?

 まぁこのゲームのポーションはリジェネ式だから実質0%になんだけど。

 それはそれとして足が痛い、骨に罅でも入ったかなこれは。

 じゃあ気合いで無視しよう。


「んじゃ、やろうか」


 彼らは逃げない、逃げられない。

 火を見れば恐れ、散るような性格であろうとも、このイベントの最中は、逃亡がゲームの制約として許されていない。

 ただ尻込みし、遠巻きに恐れ、警戒しているだけ。


 状況は正しく地獄だった。

 最もそれは相手にとっての地獄だけど。

 肌を火の粉と熱風が撫でる。

 地に着く足の近くには燃える木々と、その匂い。

 踏みそうな距離にある炎が、私の行動の邪魔をする。

 ただ、別にそこに敵はいなけりゃ近付かない。

 逆説的な安全地帯、それがあるだけで実にヌルい。


 いい感触。


「暇があったらどんどん追加していくから、よろしくねぇ?」


 "猿の炎上耐性カスだから森燃やして木を薙ぎ倒す"という、道徳の欠片も無い最効率の回答は、やる分には意外と楽しいものだ。


 動きの阻害がうざったい槍を抜き、鉈とライターの持ち方を調整し、今度は別の理由で息苦しい空間で、構える。


 ……普通にやってたけど、思えば鉈と槍の二刀流は初めてだなぁ。




「……まぁ、大体片手剣だしなんとかなるでしょ」




 ならなきゃやめればいいだけだし?

サイコちゃんの得意武器は長柄全般です

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