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おひさしぶりです
Garden of Clockworkをnヶ月振りn回目の再走してました
「不機嫌そうだね」
「……じゃあ話しかけないでくれる?」
「嫌」
スタジアムの端っこだった。
苛立たしげに椅子に凭れかかるその女の子の周りに人はいない。
遠慮がちに空けられたスペースの中で、一席空けて隣に腰掛けた私は、空気なんて読まずに彼女に話しかけた。
別に都合なんて知ったことじゃないし。
そんな思考でごく普通に行動した私は、若干あの人に似てきたのかもしれない。
……嫌だなぁ、楽だけど。
「私、今、あなたの姉と一緒にいるんだけど」
「……ああ、あの写真の子か。実在したんだ」
酷い言われようだった。妹さんに信用されて無さ過ぎでしょあの人。
……まぁ、それはともかくとして。
「せーちゃ……彁さんて、なんであんなに飛び抜けて強いの?」
「なにそれ煽り?」
「性格が終わってるのも、精神がおかしいのも、持ってるスキルとかが強いのは知ってる。でも、それだけでここまでこの大会を圧倒出来るものなの?」
彁さんについて私が知っていることは数少ない。
これは言うなれば好奇心だ。
モニターで彼女を追ううちに見つけた、彼女についての重要参考人。
ブラックボックスについて知れるかもしれない鍵があるなら、そんなの話しかけに行かない方が変でしょ?
姫雨という名の異邦人は、ちょっとの沈黙の後に私にこう返した。
「……例えばの話」
「うん」
「あの上半身が裸の男……ノムキンって言うんだけど、あの人はプレイヤーとしてぶっちぎりの天才」
「……異邦人として?」
「うん」
視線を追った先にいる、モニターに映る人物。
私のその人への認識は、偶に実況さんがフォーカスするそれなりに有名で強い人ってくらいだった。
「私達はVRゲームで活動するにあたって、信号変換っていう思考と行動のラグが生まれるの。で、そのラグは変換元の脳の形状……波長って言った方がいいか。兎に角本人のそれが、この世界に近い程小さくなるの」
「……そうするとどうなるの?」
「変換を経ずに脳波が直でそのまま動きにぶち込まれるから反応速度が跳ね上がる。これに関しては鍛えようがない本人の素質によるから、適合率が高い奴はVRの天才だのニュータイプだの呼ばれてる」
「……まぁ最も、あの人でも仮説クラスには及ばないけど」と付け加えた彼女は、今度は別の画面へと視線を移す。
メガネをかけたその和装の剣士もまた、私の知っている強い人だった。
「アイツはミダラって言うんだけど、あの人はリアル……なんて言うのかな、別世界で古剣術を習ってるの。だから強い」
「色んな世界を旅する異邦人にとって、それは普通なんじゃないの?」
「あーっと……私達が武器を使えるのってスキルがあるからじゃん?」
「うん」
「それ無しでスキル並の動きが出来るの、アイツ。それが更にスキルで補強されてる」
「ヤバくないのそれ」
「事実ヤバいからノムキンとやりあえてる。……他の四皇、REMONとはわわジェネシスは対人、心理学ガチ勢」
画面が切り替わる。表示されたのは見るからに後衛なマントを深く被った異邦人と、全身鎧の騎士だ。
この二人も、実況さんが度々名前を挙げていたような……
「視界に異邦人が入ってさえいれば大抵の動きは読まれるし、攻撃をピンポイントで置いてくる。主に強いと言われてる異邦人の強みはこんなとこかな」
「……じゃあ、せーちゃんは?」
「そのどれでもない」
「……え?」
頬杖を着く妹さんは画面をまた切り替える。
映るのはどこかへと一直線に走っているせーちゃんだった。
「別段アイツにVRゲームに有利な変な才能は無いよ。少なくとも脳味噌は極普通だし、リアルは貧弱だし、人外みたいな読みだって通せない」
「……じゃあなんで化け物なの?」
「一度やったことは再現出来るから」
何を思っているのか。
ただ無表情で画面を見つめる彼女は、声のトーンを変えずに静かに語る。
「基本的にアイツは不器用だよ。何やらせても最初は全然上手くいかないし、成長速度も人より遅い。……でもアイツは、一回でも成功したことは何度でも同じことが出来る、言わば再現の天才」
「再現の、天才?」
「新しい技術を覚えるのは苦手だけど、過去にやったことは場面に応じて代用出来るから……経験の蓄積、つまり時間を掛けるほどに強くなっていく生物がお姉ちゃんなの」
「出せる手が増えるから?」
「加えて思考を短縮出来るから。判断速度がイかれてるのは近似例に対して一々思考してないからだし、防ぎ方が過去に実行出来てれば初見殺しだろうと捌いてくる。……算数の問題があったとして、計算せずに答えを暗記して答えるみたいなものかな」
「……それは確かに凄いけど、でもそれだけであんな化け物が出来るの?」
「問題はそれを持ってるやつのメンタルよ」
虚空から暴血狂斧を取り出し振りかぶる姿を見て「チッ」と舌打ちを漏らしながらも、妹さんの言葉は続いた。
この人怖いよぅ……
「百万回に一回くらい出来ることがあったとしても、"人に出来ることが私に出来ないはずが無い"って迷わず信じきれるから、お姉ちゃんはイかれてる」
「……随分な誇大妄想ですね、それ」
「本当に、ね」
彼女の語ったことを、私はまるで才能の模倣だなと思った。
理論上は再現可能な特定個人の技術は、言い換えれば個性であり才能だ。
彁さんは好戦的で意地っ張りだ。そんな人間がそんな能力とメンタルを持っていて、絶えず挑戦目標を設定出来ていたとしたら……
(……あ)
脳裏にふと過ぎったのは、使徒と戦っているあの光景だった。
燃える結晶群の足場を踏み砕いて、ぼろぼろになりながら攻撃を突っ切って、数時間に渡って暴れ倒していたあの死闘。
あの人はあの時、どんな風に何をしていたのだろう?
地獄の環境の中で、圧倒的な格上を相手に、壊れたように笑いながら撃墜したあの人は。
一体彼女は、どれだけの時間をこの世界に捧げていたのだろう。
「……お姉ちゃんって絵書くの上手いんだけどさ、特に顕著なのが模写能力なの。見るか体験した事しか上手く描けないらしいけど、いっそそんな特殊能力なんじゃないかと思うよ」
「……じゃあそんな化け物、どうやったら倒せるの?」
「認識外からの即死、対応能力を貫通するだけの攻撃性能、人間工学的に対処不可能な詰みの生成、ステータス有利取って物理性能で上から制圧、或いは完全完璧な初見殺し」
「……あれ? 意外とある?」
「究極的にはソフトがどれだけ強くてもハードには限界あるし、アバターで性能差付ければ割とどうにかなるよ。少なくとも格下には油断しきってるから、そこ突いて火力叩き付けるのは可能だし」
……逆にそこまで明確な不利状況じゃないと落とせないあの人はなんなんだろう。
まぁ、でも……
「それを聞いて安心しました」
「何が?」
「せーちゃんはどう足掻いても殺されようがないってことに」
天才四人の戦場に、大胆にも喧嘩を売った私の友達は、なるほどそういう理由だったんだ。
「──つまりあの人、人間じゃなきゃ無敵なんでしょ?」
人間に対応不可能な攻撃は届くというなら、物理的な手数と火力が追いつかなければ殺せるというのなら。
果たして私の知っている化け物は、誰よりも飛び抜けた肉体を持つ人外だ。
「え待って何あれ」
「触手ですよ」
「………………は?」
当たり前のように言う。
空中画面にドアップされているのは、唐突に腰から赤い触手を六本生やしたせーちゃんだった。
相変わらずうねうね動いてて気持ち悪いなぁ……
「てかまた進化してるよ」
地味に使徒戦後初めて見るその姿は、やっぱりというか前よりもえげつなく進化してた。
ガルナさんとこに武器を依頼してたけど、アレって触手先端に付けるためだったんだ。確か他にもハンマーとか斧とか、あと形容し難い変なやつもあったっけ?
「あんなのどこで覚えたんだろ」
突発的な発想による解決。それが苦手だとしたら、せーちゃんのやってきた行動は全て体験してきた出来事の流用になる。
最初から手足のように扱ってきたアレも、過去に一度はやって、不器用な人間が慣れる程に扱い、その動きを再現しているに過ぎないのだとしたら。
「どんな人生送ってるの、あの人?」
私の独り言に、妹さんは反応しなかった。
短い会話の中で彼女に見たのは、彁への歪んだ憧れと、偏執的な挑戦欲で。
自分の120%を軽々捻った人間が、まだ手加減も手加減を重ねていたと知ったら絶望もするのかなぁと。
やがて始まった怪物と天才による饗宴。
その驚愕に染まっている顔を横目に見て、私はそう解釈した。
「……何、あれ」
──その言葉が持つ本当の意味が私の想像を超えるものであったことを、この時の私はまだ知らない。
******
乱戦において考えるべきは誰を最初に落とすかだ。
それを決める基準というのは大概において、"最後に残ってタイマンする場合、自分の勝ちの目がどれだけあるか"になる。
各々それぞれの相性的に、残すと苦手な相手へと、乱戦の中状況を動かして火力を誘導する。その四重奏が重ならないからこそ、戦況は混沌を極めていくのであって……
──そいつは突如として現れた。
異質。
これまで戦ってきた誰よりも、そのプレッシャーは飛び抜けている。
装甲で改造された黒い軍服に白髪を流し、赤い触手を生やしたそのプレイヤーは、いっそモンスターと言う方が相応しい。
勝算も、相性も、何もかもが不明な中で。
本能が、ただコイツは危険だと訴えていた。
Awakening Tyrant
「──吹き飛ばす」
──その瞬間、そこにいたプレイヤー達は理解した。最も優先すべき排除対象を。
そして……
フィールドに絶望が現れたことを。
読み返してみると面白い小説が好きなんですよね