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もし壁に直面したとして、人間は挑むか逃げるかの選択を強いられる。
その壁が高ければ高いほど人間は逃げたくなるもので、高過ぎる目標への障害物は挫折や絶望を生むものだ。
或いは……それを極小数の例外だとして思考から切り捨てることは、人間誰しも日常的にしていることだろう。
では、それは挑むだけ無駄な、意味の無いものなのだろうか?
「断じて否」
絶望させてくれるだけのどうしようも無い壁というものは、最強を目指す上で絶対に経験する必要がある。
強くなるにはどうすればいいか?
何千何万通りと人によって答えが変わるその問への私の答えは、"絶対に勝てない奴を探して、そいつはどうやれば殺せるかを考えて実行する"だ。
超えられないと思う程の理不尽に直面することは稀だ。
なぜならそれ程遥かに遠い実力差を持つ奴なんて、上に登れば登るほど出会うことが出来なくなるからだ。
読み合いの延長線上で、じゃんけんの結果次第で、技と技の噛み合い次第で、自分のマックスパフォーマンスが出ていたら、運による結果如何で……そんな、たらればのワンチャンすら浮かばない絶望に出会える機会は、人生において余りにも貴重だ。
そしてそんな理不尽にもし出逢うことが出来たのなら、きっと心をズタズタにされることだろう。
馬鹿らしくなって、見て見ないふりをして、虚しさが身を染める中で。その化け物を殺す方法なんて、アホみたいな暴論の仮説の先にしか無いのだから。
貫くには辛過ぎて、例外だと相手にしなければ精神が乱れることもないその解法。
成せば絶対に自らの限界を超え、更なる強さを手に入れられるその方法は……然し。
それ求めてする思索自体が、自分を変えるほどの難題に出会えなければ挑戦すら出来ないものだ。
「あははははっ! だからこそ私にその目を向けるってんなら! 私には絶望させてやる義務がある!」
それが出来る人間だから、それに出会えた人間だからこそ、私はコイツに"脳火事場"を切る義務がある。
かつて狂気を宿してアイツに挑んだ私のように、その偏執的で執着的な意思と理由があるのなら!
テメェの前に座す絶望として、お前に思索への挑戦権をくれてやる必要があるよなぁ!
「これがお前の本気かよっ!」
「いや? まだ二割くらいだよ?」
「……はぁ!?」
足首まで浸かる河原にて、妹の攻撃を吹き飛ばす。
ステータス有利を取って、有利盤面を押し付けて、それを読みで補強する。
なるほど、それだけすれば私との差は埋まるのかもしれないな? イメージの中で私という壁を壊してきたのかもしれないな? 誰が壁じゃボケェ!
でもそれは……興味の無い奴に向ける私の像。
今ここでその到達可能に見えていた虚像を、実感のある絶望へと更新してやるとしよう!
「どうしたの? 私の本気が見たかったんでしょ? 一発入れればひーちゃんの勝ちだけど?」
「ふっ、ざけんなぁ!」
彼女の双剣が閃く。
縮地で一気に間合いを詰めてくるが、その攻撃予測線に雑に振った長巻が当たり……何の感触もなく、妹ごと遥か後方へと吹き飛ばす。
ズガァン! という人体から鳴っちゃいけない音が鳴る。まるで車に轢かれたように20、30mと飛ばされる彼女は、それでもまだ諦めちゃいない。
「……ッ"転雷球儀"!」
「で?」
過剰な自傷の痛覚刺激で出力された筋力の100%、それはVR空間においてステータスが強化される程に、加速度的に凶悪になっていく。
これを果たして『彁』のステータスで振るえばどうなるか?
天よりダメージを落とすそのAFはあくまで魔法判定だ。
圧倒的速度によって発揮されるエネルギーは……然して、所詮エネルギーでしかない。
今の私の発揮する物理エネルギーに、その程度の物が貫通するとでも?
轟音、然しそれだけ。
軽々と切り飛ばされたエネルギーの残滓が、空気を裂いて霧散する。
神速の破壊はそれに比べれば遥かに遅い迎撃に、ダメージ対ダメージで相殺された。
あはっ、迎撃が間に合うのなら、私に通る火力はねぇよ?
「……第二仮説の絶対性は、あくまで運動能力の上昇にある」
「STRが上がったんなら機動力で……!」
「人体における筋肉が、まさか攻撃にしか使われてないとでも?」
空中を蹴って移動し始めた妹に対し、軽く力を入れて地面を蹴る。
直後、大砲が直撃したかのように、爆音が地面を吹き飛ばした。
「は──「遅ぇ」
肉体性能の強化なんだぞ? そりゃあ当然、AGIにも干渉する。
爆発的に強化された私の加速力に着いていけない挑戦者は、咄嗟に防御体勢を取っていた。
ああ受けてみるの? ならお望み通り。
適当な体勢からの乱雑な縦振りは然し、筋力の飛躍によって馬鹿みたいな攻撃速度を叩き出す。
触れた瞬間、何の抵抗も感じずに。
バットで打たれた球のように、人体が砲弾となって吹き飛んだ。
「ぐっ、あっ、はっ……!?」
轟音と衝撃。
盛大に水飛沫を立てながら地を削るその肉塊はまだ生きていた。
おっかしいな? 一撃貰えば普通武器ごと人体なんて軽くぶっ壊れんのに。
「第二仮説は肉弾戦において最強」
それは正しく文字通りに。
筋力じゃ相手にまず勝ち目は無く、なのに速度ですら圧倒する。
あらゆるダメージ判定は超速度の攻撃で破壊出来るし、軽微な攻撃なら微動で出力される全身の物理エネルギーだけでかき消せる。
果たして私のステータスはSTRに極振りしていた奴とは違い、AGIにも振っている超肉弾戦特化型。
近接職にとっての人権技術であり、理不尽なまでの絶望だ。
笑えるほどにどうしようもないでしょ?
「いやーお姉ちゃんってば優しいと思わない?」
「はぁ!? どこが!?」
「こんなに懇切丁寧に絶望させてくれる人なんてそうそういないよ? ひーちゃんから感謝の1つもあっていいと思うんだけど?」
「こんのッ……価値観クソサイコ野郎が!」
「アイアムパーフェクトレディ」
「スーパーウルトラハイパーミラクルサイコパスの間違いだろ!」
「小学生特有の多重修飾言語やめろ」
「小学生並の胸してる奴がなんか言ってんなぁ!?」
「英語より先に国語の授業が必要みてぇだなァ!?」
授業内容は肉体言語じゃクソボケがぁ!
双剣で地を叩き衝撃と水飛沫で作られた刹那の煙幕、それを見ると同時に足を斜めにめり込ませてアーツを起動。
それは本体スペックが最強であるが故に辿り着いた、私がビルドを最適化していった末の補助技の解答例。
「面制圧!」
格闘アーツ"震天動地"、これは自身の攻撃判定を超倍率で拡張する技である。
威力、衝撃、攻撃範囲etc……それを筋力依存で増幅強化するだけのこのアーツは、普通に使えばそこまで強くは無い。
……そう、あくまで普通に使えばの話だが。
今度は真下では無く斜めへと。蹴り出した右足が沈み、凄まじい爆音を立てながら大地が砕け、前方にでたらめに捲れ上がる。
超範囲の回避不可能な地形破壊、それこそが私のビルドの震天動地の真骨頂。
いつか見た使徒の放つ大地の津波のように、高さ10mはあろうかという程の巨大な物理が、小細工ごと妹を飲み込んだ。
「あああああぁぁぁぉぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「暑苦しいわ」
爆撃。
恐らく魔剣で大地の壁を破壊してきた姫雨は既に満身創痍。
瞳はもう震えていた。
狂気と熱はまだあるけど、必死の形相で維持しているに過ぎない。
まぁまるで相手にされてないし、憧れた相手にこうされりゃそうなるか。
「ふざけんなよ……」
「んぅ?」
「こんなに……遠いわけないだろっ!」
魔剣を効果発動より速く切り飛ばす。
「そういうもんだよ? 君が目指してたこっち側って」
仮説に挑むということ。
私と彼女の立ち位置が、私達の差そのままだ。
理不尽を超えた側とそうでない者の距離は、彼女の心を易々と折っていく。
「ほら、次は?」
小細工は通用しない。
いつの間にか持っていた初心者武器の刃を腕で……攻撃力の差で生身で弾き、これまで隠していた魔法の零距離発射を、微動で出力されたステータス値で掻き消す。
「ほら、勝てる手を考えなよ」
超速のローキック。
初動を見ようが人間の反応速度じゃ避けれない、肉体性能という無慈悲な理由によってその両足が切り飛ばされる。
姿勢が崩れたので腕を掴んで支えてあげれば、メキョッと音を鳴らして潰れた。あーあ、親切心でしてあげたのに、耐えられない体なのって酷くない? お姉ちゃん酷く傷つきまちた。
あ、もう片方の腕が一人で寂しそうだからついでにちぎってあげよう。うーん親切親切。
「あーあ、四肢無くなっちゃったね。……で、次は?」
首を優しく掴んで持ち上げ、私は問う。
四肢切断されようが私なら生やせるし、まだ何か私を殺せる手段があるかを聞く。
私ならまだ普通に足掻くので聞き続ける。
「ないの?」
「あるわけ……ないでしょ……!」
「そ。じゃあ、お土産で死なせてあげる」
私には絶望させてやる義務があった。
コイツが強くなるために必要なことだから。
まぁそれで彼女が折れるか思考を続けるかは知らないけど、与える義務が私にはあったから。
「"縮地"」
あと、何よりムカついてたから。
「何が壁ドンじゃボケぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
私の今の最高速度で壁に叩きつけられた妹は、それはもう見事なミンチになった。
第二仮説・筋力の制限解除
例えばステータスが1×10の10を11や12にしていくのに対し、1側を10にする馬鹿みたいな技術仮説。
STRじゃなくてあくまで素体の強化だから、アバターの筋肉を使用する判定……例えば脳指令に対する肉体の反応速度及び加速度、引いてはAGIにすら多大な影響があるのがクソゲーたる所以。
防御不可能なクセして動きが速すぎるので回避がほぼ不可能、火力で殺そうにも機動力で躱されるし、大抵は火力差押し付けた迎撃で潰される。
間違っても縮地だけはしちゃいけない