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昔は可愛げがまだあった
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──きっかけは、ほんの小さなミスだった。
『猿:Lv18』
「…………えーっと、こんにちは?」
「キキ?…………キィ! キキィ! キキィ! 」
「うるさっ、壊れたレコードかよ」
段々慣れてきた樹上の移動中、驚くことに私と同じX軸に生物が現れた。
割と自信のある感覚で捉えられ無かったその生物は、全長1m30cm程度の、茶色い毛皮の人型動物だった。
名を、猿と言うらしい。
「キッ……キィヤァァァ────アァッ!?」
「あっ、即死は無理なんだね」
突発的遭遇かつ、この高さで外して後で回収するのが面倒だったので、剣を投げる代わりに風魔法の『エアハンマー』をぶっぱなす。
INTが低くても命中時の衝撃はあるので、命中した猿は目論み通り枝から落下。何の備えもなく地面に頭を強打して、悲鳴を上げられる程度には元気なことを教えてくれる。
「ウッ……キャア! キャア! キャア! キャッ……
「うるさい」
毎度お馴染みの落下攻撃で嫌に同じ鳴き方をする猿の頭に刃を振り下ろす。肉と骨を砕く感触の後には、真っ二つに両断された猿の遺体。
「木の後は地獄に落ちちゃったねっと……にしても変なヤツだった」
死体が消えるのを尻目に呟いたのは、今し方殺した猿の奇妙な点について。
このゲームでそれなりに生物を殺してきて、あんな狂ったように同じ鳴き方をするモンスターに初めて出会ったってのもあるが、私が気になったのはレベルと強さが釣り合ってないというところだ。
(レベル18なら私より5も上だってのに、出会っても鳴くだけ、攻撃しても鳴くだけ、反撃もしてこなきゃ私のステータスで両断出来る程度に脆い)
私は戦闘中よく敵の頭蓋を叩き割って殺しているが、決してステータスが高いという訳では無い。
STRには割と振ってるけどINTやAGIにも割いてるし、何より職業成長値? が低い上、レベルが圧倒的に不足してるってのに、5レベル上のモンスターを頭から股までぶった切れる攻撃力なんてある筈無いのだ。
「紙装甲は確定だとしてステータスどこに振ってんだよ、AGIもSTRもINTも無さげだったぞアイツ」
モンスターにも高いステータスと低いステータスは当然ある。
例えば、このゲームの性能を表す数値は、このレベルのプレイヤーの適正性能という仕様らしく、各ステータスがバラバラだろうがレベルは平均値で見た場合の数値が表される筈なのだ。
そこから考えるに何匹か殺した猪というモンスターは攻撃力がレベル帯より高そうだけど、防御力はレベル帯より低そうだから、まぁ長所と短所を差し引きして、レベル13のプレイヤーの適正モンスターと評価されているのだろう。
以上を踏まえて、では猿はどのような能力によってレベルが設定されていたのだろうか。
まず短所として紙装甲は確定。加えて身長と骨格からSTRは行って並、AGIとDEXはあるだろうが初期魔法が直撃したので機敏では無く、INTも無いだろうし、ステータス以外にも状況判断能力がお粗末だった。
「ステータスじゃ無かったとしたらまぁ特殊能力だったりスキルだけど、あんなただ鳴き喚「キイ!」「キィキャア!」くだけの猿……に…………んあ?」
口に出して考えをまとめている途中、ノイズが走り思考が中断される。
「今考え事してるから後にしてくん……な………………」
思わず愚痴が口から零れ……然しそれは最後まで形にはならなかった。
「キイ!」「キィキィ!」「キャッキャ!」「キュイィ! キャキャキャキャキャキャ!」「キャア! キャア!」「キュアアアアァ」「ケキャキキャ!」「キイ! キイ! キィ!」「キアァ! キアァ!」「ケキャッ! ケキャキャ!」「キイ!」「キィキィ!」「キャッキャ!」「キュイィ! キャキャキャキャキャキャ!」「キャア! キャア!」「キュアアアアァ」「ケキャキキャ!」「キイ! キイ! キィ!」「キアァ! キアァ!」「ケキャッ! ケキャキャ!」「キイ!」「キィキィ!」「キャッキャ!」「キュイィ! キャキャキャキャキャキャ!」「キャア! キャア!」「キュアアアアァ」「ケキャキキャ!」「キイ! キイ! キィ!」「キアァ! キアァ!」「ケキャッ! ケキャキャ!」「キイ!」「キィキィ!」「キャッキャ!」「キュイィ! キャキャキャキャキャキャ!」「キャア! キャア!」「キュアアアアァ」「ケキャキキャ!」「キイ! キイ! キィ!」「キアァ! キアァ!」「ケキャッ! ケキャキャ!」「キイ!」「キィキィ!」「キャッキャ!」「キュイィ! キャキャキャキャキャキャ!」「キャア! キャア!」「キュアアアアァ」「ケキャキキャ!」「キイ! キイ! キィ!」「キアァ! キアァ!」「ケキャッ! ケキャキャ!」「キイ!」「キィキィ!」「キャッキャ!」「キュイィ! キャキャキャキャキャキャ!」「キャア! キャア!」「キュアアアアァ」「ケキャキキャ!」「キイ! キイ! キィ!」「キアァ! キアァ!」「ケキャッ! ケキャキャ!」「キイ!」「キィキィ!」「キャッキャ!」「キュイィ! キャキャキャキャキャキャ!」「キャア! キャア!」「キュアアアアァ」「ケキャキキャ!」「キイ! キイ! キィ!」「キアァ! キアァ!」「ケキャッ! ケキャキャ!」「キイ!」「キィキィ!」「キャッキャ!」「キュイィ! キャキャキャキャキャキャ!」「キャア! キャア!」「キュアアアアァ」「ケキャキキャ!」「キイ! キイ! キィ!」「キアァ! キアァ!」「ケキャッ! ケキャキャ!」「キイ!」「キィキィ!」「キャッキャ!」「キュイィ! キャキャキャキャキャキャ!」「キャア! キャア!」「キュアアアアァ」「ケキャキキャ!」「キイ! キイ! キィ!」「キアァ! キアァ!」「ケキャッ! ケキャキャ!」「キイ!」「キィキィ!」「キャッキャ!」「キュイィ! キャキャキャキャキャキャ!」「キャア! キャア!」「キュアアアアァ」「ケキャキキャ!」「キイ! キイ! キィ!」「キアァ! キアァ!」「ケキャッ! ケキャキャ!」「キイ!」「キィキィ!」「キャッキャ!」「キュイィ! キャキャキャキャキャキャ!」「キャア! キャア!」「キュアアアアァ」「ケキャキキャ!」「キイ! キイ! キィ!」「キアァ! キアァ!」「ケキャッ! ケキャキャ!」「キイ!」「キィキィ!」「キャッキャ!」「キュイィ! キャキャキャキャキャキャ!」「キャア! キャア!」「キュアアアアァ」「ケキャキキャ!」「キイ! キイ! キィ!」「キアァ! キアァ!」「ケキャッ! ケキャキャ──────
うるさかった。
ただただうるさかった。
耳を塞ごうとした時には音が群がってきていた。
視界の端から端まで茶色で侵された。
世界の綺麗な緑色が濁った茶色に塗り潰された。
甲高く、何かを訴えるような声だった。
野蛮で、意味を捉えられない雑音だった。
様子を伺っている、開戦を待ち侘びるように。
敵意を剥き出している、仲間の仇を前にしたように。
嗚呼成程、そういうタイプか。
「……呼んだって訳? 最初に剣投げときゃ良かったわちくしょうめ!」
数えるのも馬鹿らしい。
いや、寧ろ数えるのも一興かもと思える程度には、それは絶望的で。
少し対応をミスった程度でこんな理不尽に出会えるんだなと、思わず楽しくなって笑ってしまう。
半ば諦め気味に迎撃を開始したが、死ぬまでそう時間はかからなかった。
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「──なんてことがあったなぁ。……ねぇ?」
歩いた距離からして、大体森の中腹程度。
刺し殺し、斬り殺し。火を怖がるから明かりを作らず、ランタンだけが光源の暗闇の中を往き。
運良く最初にエンカウントしたのは、頭を足で押さえつけられ、潰れた口で必死に助けを求める餌の発生装置。
暇潰しがてら死なない程度に地面にゴリゴリ擦り付けてるが、無力な雑魚を足で踏み潰すというのは思ったより気分がいいものだ。加虐趣味でもあるのかな? 知らねぇけど。
「"シレネの森"の深部手前から稀にエンカウントする、即死させなかった場合大量の同族を最大一時間までその場に呼び続けるクソモンス。単体が弱い代わりに経験値が高くクソほど湧いてくることからパワーレベリング手段としてよく利用されていた。……うーむ、実に今の私向けだと思わない?」
実に懐かしい記憶になる。
このゲームで初めて殺された相手であり、なんだかんだ簡単なリベンジをしただけで、それ以降はノータッチだった。
それが今こうしてタイムリープしてレベリングに使ってやろうと態々来たんだから、運命って本当に面白いなぁ。
「ほら、もっとさっさと鳴けよ」
足にかける力を強める。ミシミシメキメキといった破砕音が足を伝い、無意識に遮断していた騒音が私の世界にとうとう届く。どうやらとっくの昔に鳴いてたみたいだが、私が気付いてなかっただけみたいだ。うるせぇな?
「死ね……あ、ごめん殺しちゃった。殺すつもりは無かったのに。いや多分あったかも?」
イラついて思わずゴシャッて感じで頭蓋を踏み潰してしまった。ワオ短気。
ま、もう視界の端から端まで茶色が埋め尽くしかけてるから別にいっか。
猿合戦が始まった以上、一時間経つか逃げるか死ぬかするまで終わらないし、事が起きさえすれば命のある耳障りな笛が鳴っている意味無いし。
あと汚くてキモいし。
「懐かしい光景だなぁ」
鉈とライターを右手に一緒に持って、左手に槍を持つ。
軽く火を付けてみるが、鉈を炙っても燃える気配は無し。
伝染した炎が指をちらちら掠るが痛みは無い。
辺りを見回してみる。
暗闇に照らされる景色は真っ茶色、360°猿まみれだ。
まるでドームの中心にいるみたい。さしずめランタンがスポットライトで、長槍がスタンドマイクだろうか。
アイドルにでもなった気分だ。
観客が全て敵で、それが更に増え続けてるけど。
数が本当に途方も無い。
ただまぁ別に、数えられる範囲だ。
生温いにも程がある。
「じゃ、全部殺すから」
景気良く殺害予告。
最後列にはきっと聞こえない、最前列だけのファンサービスだ。
直ぐに退場して貰うけどさ?
「この装備でこの状況にこの目的は無謀と言えるのかな?」
軽く思考、結論は全くもって否。
鉈と槍を無造作に構える。
空間に緊張が走った。
私だけがリラックスしている、きっとそんな空間で。
鈍い刃を炙る小さな揺らぎが光を生んで。
鉈に反射して見えた私は獰猛に笑っていた。
ああ、自慢のタレ目がつり上がってるじゃん。
可動域が狭いと言われた口角が三日月みたいになってんじゃん。
「無双ゲーは私、まぁまぁ好きだよ?」
雑魚相手に負ける気はせず、この手のゲームの醍醐味は雑魚を蹂躙する爽快感とスコアアタック。
久方ぶりの純粋な冒険を、荒々しい戦闘の予感の前に。
気楽に生き生きとしている私を見て、全身に血が通う幻覚を、得た。
「さぁ、戦争しようぜ!」
意識して聞いてみた私の声は、いつもより弾んでいた。