母親
「ママ〜、この2人はだれ〜?」
祭りから皆んなが何事もなく帰って来たと思ったら、オルフェさんをママと呼ぶ、所々が汚れている白のワンピースを着た5歳くらいの茶髪の女の子が一緒に居たのだった。
「今、オルフェさんの事をママと呼びましたか?」
アリーが驚いた表情をしながら聞き、他の人達も困惑した表情を浮かべていた。
「ママは私のママだよ?」
女の子がそう答えると、オルフェさんも困った表情をした。
「とりあえず、どうしてこうなったか教えてくれる?」
ティーによると、事が起きたのは昨日らしく、祭りを楽しみ宿へと帰ろうとした時に後ろの方から、
「ママだー!」
と子供の声が聞こえたらしく、自分達には関係が無いだろうと思っていたら、その子が後ろからオルフェさんの足に抱きついて来たらしい。
オルフェさんには全く面識が無く、迷子として衛兵のいる詰所に送ろうとした所、号泣し始めて周りの目もあったので、そのまま宿へと連れて帰ったらしい。
そして今日の朝、帰る前にこの子の親が迷子の届けなどを出していないか街中を駆け巡り調べたが、その様な物も一切無かったという。
流石に置いて帰る訳にも行かないので、ここまで連れて来たという事だった。
「ん〜、オルフェさんには何も心当たりとか無いんだよね?」
「うん、全く・・・」
「探してる親も居ないとなるとどうしようか?」
「この子に聞いてみるのはどうだろうか?結構しっかりしてるみたいだしな」
とエレオノーラさんが提案したので、俺が聞いてみると事なった。
「初めまして、俺はコタケ ワタルって言うんだけど、良かったらオルフェさんをママって言う理由を教えて貰っても良いかな?」
しかし、女の子は全く反応を示してくれなかった。
「う〜ん?警戒されちゃってるのかな?オルフェさんが聞いた方が良いかな?」
続いてオルフェさんから聞いてもらう事になった。
「え〜っと、あなたが私の事をママって言う理由は何かな?」
「?ママは私のママでしょ?」
「ん〜、でも私はあなたを産んだ覚えは無いんだけど・・・」
「ママは私の事を育ててくれたから!」
「オルフェさん、やっぱり・・・」
皆んな訝しんだ表情をした。
「いやいや!私はほんとに何もしてないから!」
その言葉に反応して捨てられると思ったのか、女の子は泣き出しそうになっていた。
「あぁ、ごめんね〜、別に捨てたりしないからねぇ〜」
とオルフェさんは必死にあやしていた。
「オルフェが母親って事で良いんじゃないのか?責任持って面倒を見るんじゃ!」
「私、子育てなんてした事無いんだけど?」
「そこは皆んなで協力し合えば良いんじゃないですか?」
「そうじゃリッヒの言う通り、妾達も出来るだけ協力するから安心せい」
そういうわけで、オルフェさんの子育て生活がスタートする事となった。
「とりあえず部屋はオルフェさんと一緒で良いかな?ベッドも子供1人増えるくらいなら問題ないだろうし」
「うん、それで大丈夫だよ。とりあえずこの子をお風呂に入れてくるね」
そう言い、オルフェさんはお風呂へと向かって行った。
「一応私も一緒に入って来ます」
アンさんがオルフェさんをフォローする為にお風呂について行った。
「これから忙しくなりそうだね・・・」
「今の所はオルフェさんにしか気を許して無さそうですので、まずは私達に慣れて貰わないとですね」
「アリシアさんの言う通りですけど、幽霊の私を見ても全然驚いて無かったのが不思議なんですよねー」
「幽霊の存在を知らんから、驚かんのじゃろ」
「えー、でも私半透明ですけど?結構ビックリしません?」
「ともかく、あの子の素性はすぐに調べた方が良さそうではあるな」
とエレオノーラさんが言った。
それからしばらくして、3人がお風呂から帰ってきた。
女の子はオルフェさんに作って貰ったのか、ピンク色のパジャマを着ており、嬉しそうな顔をしていたが、
「皆様、早急にお話しないといけない事が・・・」
神妙な面持ちでアンさんがそう口にした。
「この子をお風呂に入れる為に服を脱がせたんだけど、背中に赤色の宝石みたいなのが埋め込まれてたんだよ・・・」
とオルフェさんが説明した。
「赤色の宝石の様な物が背中に埋め込まれてる・・・何かの人体実験をされていたとか?」
リッヒさんはそう言い、皆不安げな顔をした。
「オルフェが直接聞いて見れば良いんじゃ無いのか?」
「そうだね、そうしてみるよ」
女の子は、オルフェさんの膝の上に座り楽しそうに足をブラブラさせている。
「ねぇ?あなたの背中にある赤い石の事を教えて貰っても良いかな?」
「石?わかんない!」
女の子は元気いっぱいでそう答えた。
「それじゃあ、私に会う前に何処か寝泊まりしてた建物とかあるかな?」
「ないよ?ずっと外にいたから」
「外・・・?」
石の事は諦め、何処かの施設に居たのではないかと考えそう聞いたオルフェさんだったが、更なる疑問が出て来てしまった。
「はぁ〜、結局何も分からず仕舞いなのじゃ」
「ん〜、ヒルズさんも呼んでみますか?」
アリーの提案でヒルズにも何か分からないか聞いてみる事にした。
「こちらの子供に赤い宝石があるですか?ちなみにどの様な見た目ですか?実際に見た方が分かりやすいのですが・・・」
「今着てるパジャマを気にいっちゃったみたいで、盗られると思って背中を見せてくれないんだって、だからアンさんに絵を描いて貰いはしたんだけど」
俺はそう言ってヒルズに、宝石の絵を見せた。
「絵だけではあれですが何処か魔石に似ている様な気がしますね・・・」
少し頭を悩ませた後、ヒルズはそう答えたのだった。
「魔石って言うと、魔物を倒した時に出てくるあの石だよね?」
「えぇ、それです」
「確かにそう言われてみれば似ている様な気がするがどう言う事だ?」
魔石をよく見て来たエレオノーラさんもヒルズに言われて気づいた様だ。
「もしかすると精霊王であれば何か分かるかも知れません」
「今から行く事って出来る?」
「すぐ確認してみます」
しばらくヒルズは席を外し、またこちらに戻って来た。
「急ぎなので直接、王の間に繋げる許可を得ましたのでどうぞお入り下さい」
そう言いながら、ヒルズは精霊の国へと行くゲートを開いた。
「ひとまず、俺とオルフェさんとこの子で行ってくるよ」
俺達はゲートへと入り、以前も来た精霊王のいる城へとやって来た。
「久しいな、コタケ ワタルよ」
そこには既に精霊王が待ち構えていた。
「何やら急ぎの用件との事だが、どうかしたか?」
「実はこの子が何者かを知りたくて、ヒルズが精霊王であれば分かるかもと言っていたので」
オルフェさんの後ろに隠れている女の子を指した。
「ほぉ〜、これはまた面白い奴が仲間になったみたいだな」
精霊王は女の子を見るや否や興味深そうにそう言った。
「何か分かったんですか?」
「あぁ、その幼な子はベヒーモスだ」
「ベヒーモス?」
俺はあまりピンと来ていなかったが、オルフェさんとヒルズは驚いた表情をしていた。
「えっと、ベヒーモスって言うのは何なの?」
「ベヒーモスはこの世界に一匹しか存在していないと言う伝説の魔物です。山と見間違えるほどの巨体を持ち、歩く度に地響きが起こるほどで人間達の間では厄災の様な扱いとなっています」
「この子が、そんなに凄い魔物なのか・・・」
「それじゃあ、背中についてる宝石みたいなのも」
オルフェさんがそう聞くと、
「魔石だな。本来ならば体内にあるはずの物が、魔物の姿ではなく人間の姿になっている事で表面に出て来たのだろう」
精霊王そう答えたのだった。
「う〜ん、仮にこの子がベヒーモスだったとしても、私は会った記憶が無いからママって呼ばれるのが不思議なんだけどな?」
「ふむ、ちょっと待てお前の記憶を見てみよう」
そういうと精霊王の目が青く光った。
「精霊王はその人物の過去を見る事ができます」
「前に俺の運命も見てたけど、それと同じ感じ?」
「そうです。ちなみに精霊王は未来も見る事が出来ますが、そんな事をしては面白く無いと言ってほとんど見る事はありません」
確かにこの精霊王ならそう言いそうだ。
「なるほど、大方分かったぞ」
精霊王がオルフェさんの過去を見終わった様だ。
「そのベヒーモスを産んだのは先代のベヒーモスだ。だが、育ての親はそこの女で間違い無いだろう」
「流石にそれなら覚えてると思うんだけどな〜」
「茶色の大きい卵を見た覚えはあるか?大体10年程前だな」
「10年前・・・茶色の卵・・・」
オルフェさんはしばらく考え込み、
「あっ!」
と何かを思い出したのか声を上げた。
「確か酔っ払って、山の中を歩いてた時に大きい卵を見つけて食べようと思って、火の魔法で温めた記憶が・・・」
「そうだ、その時にお前の魔法で温められた事で孵化が進んだ上に、魔法を通してお前の魔力を覚えた為に母親と認識しているのだろう」
「そんな事ってあるの・・・?」
と困惑していた。
「フハハハ、やはりコタケ ワタルの周りに集まる者は面白い奴らだな」
と精霊王も大笑いだった。
「やっぱり、オルフェさんがやらかしてたじゃん・・・」
「流石にそんな前の事は覚えて無かったていうか、その卵も結局食べれなさそうで放置して行ったし」
「その数週間後に、そのベヒーモスは産まれ、それ以来お前を探して転々として、つい最近お前の魔力が近くなりその様な人間の姿になった様だ」
「10年間も私を探してたんだ・・・」
オルフェさんは申し訳無さそうな顔をした。
「でも、10年も経ってる割にはあまり成長してない様に見えるんですが?」
「それでもかなり早い方なんだ。ベヒーモスというのは長命の魔物で成長スピードも遅いが、その女の魔力のお陰で一時的に成長のスピードが上がっているんだ」
「私が魔法を使っちゃったのが原因なんだよね」
「そうだ、本来であればそのまま自然の中で母親を知らずに育つはずが、魔力を通した事で母親の存在を認知してしまった。だから、お前にはその幼な子を育てる責任がある」
「分かった!私があなたのお母さんになるね!」
オルフェさんが決意しそう言うと、女の子は満面の笑みを浮かべた。
それから、精霊王に感謝を告げて家へと戻って来て、皆んなに事の経緯を伝えた。
「やっぱりオルフェのせいじゃったか」
「ごめんなさい。私が原因でこうなっちゃって」
「まぁ、良いんじゃ無いでしょうか。子育ての経験がある人は居ませんが、この子に悲しい思いをさせるのは心苦しいですからね」
ソファの上でオルフェさんの膝の上に頭を乗せ寝ている女の子を見ながらアリーがそう言った。
「ワタルさんとの子供の為にも経験を・・・」
最後に何か言っていたが、よく聞こえなかった。
「まぁ、さっき皆んなで育てるって決めてしまったからの、二言は無いのじゃ」
「皆んなありがとう!」
「それで、その子の名前はどうするのですか?」
とリビアさんが聞いたのだった。
「ここは、親であるオルフェさんが決めた方が良いよね?」
「えっ!私が?名前かぁ〜・・・」
オルフェさんは腕を組みしばらく悩んだところで、
「ベル・・・とか?」
「ベルちゃんですか!可愛らしい名前じゃないですか」
「ちなみにその名前にした理由は何じゃ?」
「ベヒーモスのベとオルフェのルを取って・・・ダメかな?」
「まぁ良いんじゃないかの、リッヒの言う通り可愛らしい名ではあるからな」
「それじゃあこれから宜しくね、ベル」
とオルフェさんは寝ているベルに微笑みかけたのだった。




