幽霊体験
「みず・・・」
ある晩、喉が渇いて目が覚めた。
体を起こして1階に降りようとドアノブに手を掛ける。
スカッ
何故か手がドアノブに当たらない。
もう一度と試してみるが同じ結果だ。
寝ぼけているのかと一旦ベッドに戻ろうと振り向くと、そこには寝たままの自分の体があった。
『!?』
慌ててベッドに駆け寄り体を触ろうとすると、ドアノブと同じ様にスカッと手がすり抜ける。
そこで初めて気付く、今の自分が透明で透けている事に。
足元を見れば床から少し浮いている様に見える。
『なにこれ!』
大声で驚くが、アリーや子供達が目を覚ます気配は無い。
『アリー!起きてー!』
「んんっ」
アリーは小さく寝息を上げて寝返りをうつだけで起きない。
『もしかして、声が聞こえて無いのかな?』
大きめの声を出しているつもりだが、誰も起きないので聞こえて無いと判断する。
『とりあえず、何とか部屋から出られないかな』
扉の前に向かいドアノブを触ろうとするが、やはり触れない。
『これがもし、ルインみたいな幽霊なら・・・』
1つの案を思い付き、ドアに向かって動き出す。
すると案の定、ドアにぶつかる事なくすり抜ける事が出来たのだ。
『やっぱり、ルインと同じ体になってるんだ』
自分が死んだとは思えないが、ひとまずルインに話を聞いてみようと1階に降りると、リビングにルインの足が犬◯家の様に生えていた。
『ルイン、何してるの・・・』
そう言えば声が聞こえないんだったと思ったが、
「あれ?コタケさんの声がしました」
逆さになったまま、床から顔を出す。
「こんな夜中にどうしたんですか?」
『ルインこそ、何やってたの?』
「私は暇なので遊んでました」
『普通にビックリするから・・・まぁ、それはともかく俺の体見て何か気付かない?』
「体・・・あっ!透けてます!」
上から下まで眺めてようやく気付く。
「コタケさん、死んじゃいました?」
『多分、死んでは無いと思うけど起きたらこうなってた」
「そうなると〜、幽体離脱じゃないですかね?」
『あぁ〜、なるほど。前世でも聞いた事あるけど、こんな感じなのか』
「こっちの世界でも珍しいですよ!でも、どうしてそんなことに?」
『さぁ?分かんない。何処にも触れないし声も届かなかったから、ルインが居てくれて助かったよ』
「何かを動かすにも声を届かせるのにも霊力がいるんですよ。幽体離脱状態のコタケさんには霊力がほぼ無いので出来ないんでしょうね」
『へ〜』
「誰か呼んできます?」
『元には戻れるんだよね?』
「確か自分の体に重なると戻れると聞いた事があります」
『そっか。なら誰も呼ばなくても大丈夫だよ』
夜中なので申し訳ないと遠慮する。
「それでしたら、その状態で少し遊んでみましょうよ!」
『うーん、そうだね。またとない機会だし先輩幽霊のルインに色々と教えて貰おうかな』
「任せて下さい!」
そうして、ルインと共に夜の森へと駆り出す。
『凄いね、全く気付かれない』
魔物の近くを通ったりしたが、気付かれず目の前を素通りだった。
「幽霊同士なら見えるんですけど、生きてる動物からは基本的に見えないんです」
『普段の俺達がルインを見れてるのは何で?』
「私が霊力を使って姿を見せてるからですね」
『ルインっていつも夜はこんな事してたんだね』
真っ暗で静かな森を探索するのは新鮮で楽しかった。
『そう言えば、森の中がはっきり見えるのは幽霊の力?』
普通なら灯りもない森の中は見えない筈だが、今は日中と同じ様にしっかり見えていた。
「勿論そうですよ。幽霊が動く時間帯は夜なんですから、見えないと台無しですよー」
それもそうかと納得する。
「でも、色んなものがみえちゃうんですよねー。例えばあれとか」
ルインが指差す方を見ると、右腕が無く目がうつろな男の冒険者らしき姿があった。
『こんな時間に人!?』
「いえいえ、生きた人間じゃないですよ。この森で死んだ人間の幽霊です」
『えっ、そんなのいたの?』
「はい、まぁまぁ居ますよ。ほら、あそこにも」
次に指差した所には頭の無い冒険者らしき幽霊の姿があった。
「皆さん、魔物にやられて無念があったんでしょうね」
『全然知らなかった・・・その、害は無いんだよね?』
長い事暮らしているが、この幽霊達から何かされた記憶は無い。
「あの幽霊達は抜け殻みたいなもので、既に意識は無いのであんな感じで彷徨うだけで害は無いですよ」
それを聞いて少しホッとする。
『でも浄化はした方がいいよね?』
「確かにずっと彷徨うのも可哀想ですからね〜」
光魔法ならそんな力があるので、アリーかオレイユさん達に頼もうと考えるのだった。
「さっ、そろそろ戻りましょう」
ひとしきり探検を終えたので家へと戻る。
「初めての幽霊体験はどうでしたか?」
『まぁまぁ面白かったよ』
「まぁまぁですか」
『うん、俺はまだ生身の方が良いかな』
「ふっ、コタケさんもまだまだですね」
『そ、そうかな?』
何がまだまだなのか分からないが、珍しい体験が出来たので良かった。
『それで、俺は自分の体の上に重なれば元に戻るんだよね?』
「そのはずです!」
『その筈ね・・・もし無理だったら皆んなを起こすしかないか』
そう結論付けて部屋へと戻って行く。
目の前に自分の体が横たわっているのは不思議な感覚だ。
『さてと、元に戻りますように』
そう言いながら自分の体の上に横たわると、そのまま意識を失うのだった。
〜〜〜〜〜〜
「はっ!」
チュンチュン チュンチュン
目を覚ますと外は明るく、アリー達は既に起きて姿が無かった。
「夢・・・では無いよね」
夢にしては意識もハッキリしていた。
とりあえずベッドから出てリビングへ向かう。
「ワタルさん、おはようございます」
「「パパ、おはよー」」
「おはよう」
「1度起こそうとしたのですが、あまり起きる気配が無くて大丈夫でしたか?」
時間を見れば8時過ぎで、いつもより1時間遅い目覚めだった。
「昨日の夜中に色々とあってね」
「あっ、コタケさーん!おはようございます!」
そこにルインがやって来る。
「・・・今度は生身ですね!」
「言ってた通り元に戻れたよ」
「それは良かったです。戻れなかったら仲間が増えたので、それはそれでアリでしたが」
「それは俺が嫌だよ」
「ですかー」
俺とルインの会話に他の人達は首を傾げていた。
「実は昨日の夜に・・・」
俺が幽体離脱をしていた事を話すと、皆んな楽しそうと興味を惹かれていたのだった。