散策
ラーブルク龍王国に来て4日目。
今朝はテンメルスさん達と朝食を食べる事になった。
「皆さん、今日は我が国の建国祭が開かれますので、是非見に行ってください」
「建国祭ですか・・・」
この国に来た初日にアリーからお祭りがあるとは聞いていたが、それが建国祭だったようだ。
「夕方の17時から始まって、20時頃には花火も上がりますので楽しみにしていてください」
「ワタルさん、今日は16時30分頃にお城の門で待ち合わせでも大丈夫ですか?」
隣にいたアリーがコソッと話しかけて来た。
「うん、大丈夫だよ」
お祭りは夕方からなので、それまでは魔法を使う為の訓練をしようと思い、ティーに時間があるか聞いてみる事にした。
「ティーは、魔道具完成したんだっけ?」
「うむ、昨日の1日で完成したのじゃ。早速、今日からお試しで使ってみて改善点があれば滞在中に手直しといった所じゃな」
「もし、時間があるなら午前中に魔法の事で教えて欲しい事があるんだけど大丈夫?」
「すまん、今日は妾も祭りの準備があって手が空いておらんのじゃ。あっちの家に戻った時に教えても良いかの?」
「それなら仕方ないよな、家に戻ったらよろしくお願いするよ」
というわけで、魔法の訓練も出来なさそうで、アリーやエレオノーラさん達も調理場に行ったり、騎士団の訓練に行ったりと、する事の無い俺は暇だった。
朝食を食べ終えて、1度部屋へと戻りベッドの上に寝転がった。
「はぁ〜、何もすることが無いと暇だなぁ」
家では、狩りの手伝いをしたり、何かを作ったりしていたが、ここでは手伝えることも無いので暇を持て余していた。
何かする事無いかなと考えながら、ふと窓の外を見てみると街中では祭りの飾り付けなどを行なっているのが目に入った。
「そうだ!まだ街を見て回ったなかったし、ちょっと散歩してみるか。クロも一緒に行くか?」
まだ城から一歩も出た事がなかったので、アリーと一緒にお祭りに行く際に迷わないようにする為にも、散策をする事にした。クロも一緒に付いていくとジャンプした。
「ハウザーさん、街中を散歩しに行きたいんですが城から出ても大丈夫ですか?」
「もちろん構いませんが、護衛はいかが致しましょうか?」
「クロも一緒に行くので大丈夫です」
「そうですか、では街に行かれるのでしたらこちらをどうぞ」
そう言ってハウザーさんは小さな袋を渡して来た。
中を開けてみると、そこには金貨が10枚も入っていたのだ。
「こんなの頂けませんよ!」
俺はいきなり1000万円程の価値のお金を渡されて、かなり驚いた。
「こちらは、コタケ様がティーフェン様の事を保護して下さったお礼でございます。我々としてはこれでも足りないくらいです」
「これ以上は本当に大丈夫ですのでありがたく受け取らせて頂きます」
「はい、ではいってらっしゃいませ」
城門をくぐり、まずは大通りと思われる目の前の道をまっすぐに進む事にした。
王都なだけあって、道には多くの人や馬車が行き交っていた。
しばらく進んでいると、大きな広場に出ていた。
真ん中には噴水があり、周りには祭り用の屋台が沢山立ち並んでいたり飾り付けがされていた。
「ここが祭りのメインの場所かな?」
何か食べる時には、ここに来れば良さそうだなと記憶しておくことにした。
再び、大通りを進んでいくと今度は宝石店や高そうな服屋が立ち並んでいた。
そばに停まっている馬車に豪華な装飾がされているところを見るに貴族用の店々なのだろう。
「どれも高そうだなぁ〜」
と飾られている品を見ていると、指輪が飾られている店が目に入った。
「落ち着いた感じで、アリーに似合いそうだなぁ」
(指輪かぁ、俺もそろそろ・・・・)
と考えながら、その場を後にし道を進んでいった。
高級店街を抜けて行くと、住宅街が広がっていた。
さらに住宅街の奥に行くと海に出てきた。
行き止まりとなったので、何かないかと辺りを見渡してみると左側に船が沢山停まっている港があったのでそちらに行ってみることにした。
「小さいのは漁船で大きいのは客船かな?」
船は鉄製ではなく木製の帆船だった。
大きさは様々で小さい物もあればかなり大きめの物もある。
前世では見た事がないタイプの船だったのでワクワクした。
しばらく港を歩いていると市場のような所が見えてきた。
中に入ってみると、今日水揚げされた魚などが競りにかけられていた。
そして競りが行われている会場の奥には、魚屋や料理屋が立ち並んでいた。
美味しそうな物が沢山あるなと見つつ歩いていると隅の方に"生魚"と書かれている旗が立っている屋台があった。
人気が無いのか客は全く居なかったが、少し気になったので見てみる事にした。
そしてその屋台を覗いてみると、
「これって刺身だよな?」
生魚と書かれていた料理は魚をそのまま小さく切った物だった。
「おっ!なんだい兄ちゃん?この食いもんに興味あるのか?」
頭に白いタオルを巻いた店主らしき男性が出てきた。
「はい、食べてみたいです」
「おう!なら試しに一切れ食ってみな。食う時はこの黒色の液体をつけるんだ」
(これはもしや醤油なのでは・・・)
箸は無いので、手掴みで刺身を一切れ取って黒色の液体につけて口の中に入れてみた。
すると、口の中では前世と同じ醤油の香りと味が漂い、魚の脂もとろけ身もプリプリしてとても美味しかった。
「店主さん、これ凄く美味しいです!」
「そらゃ良かった!ここじゃあ魚を生で食べる奴なんてまず居ないし、物好きでくる奴も偶には居るが、そいつらも美味しいとは言わんし、そんなに美味しそうに食べるのは兄ちゃんアンタが初めてだよ!」
この世界には刺身の文化は無く、だから人気も出てないんだろう。
「あっ!そうだ、もう一切れ貰っても良いですか?」
「おう、いっぱいあるから構わんぞ」
「クロも食ってみな」
俺はそう言ってもう一切れ取って醤油をつけて、クロの前に差し出した。
クロは訝しげに刺身を見つめてから食べた。
「どうだ?美味しいか?」
と聞いてみたが、微妙だったのか体をプルプル振るわせた。
「あークロには合わなかったか・・・」
(しかし、刺身が売られていてその上、醤油まであるとは思わなかったな、是非とも持ち帰りたい)
「店主さん、この液体なんだが何処かに売られているのか?」
「これは何処にも売ってねぇぞ」
「どういうことだ?」
「これはうちの家内のお手製でな、名前なんかも付いてないんだ」
まさか、醤油を自分で作っていたとはかなり大したものだ。
「そうか・・・譲って貰うことは出来ないだろうか?」
この世界に醤油があるとは思っていなかったので何としてでも手に入れたかった。
「そうだな、初めて美味しいと言って貰えたからな、今持ってる分全部やるよ」
店主はそう言って、醤油が1Lほど入った瓶を渡してきた。
「こんなに貰って店は大丈夫なのか?」
「構わん構わん、どのみち食べる奴なんか滅多におらんからな、ついでにその液体のレシピも付けといてやるよ」
「そんな事までして貰っては申し訳ない」
「持ってけ持ってけ、アンタすげぇ美味そうな顔してたからな、こっちも嬉しかったんだよ」
と笑いながら言った。
「ありがとう!お礼と言っては何だが、これでここにある刺身買える分だけくれないか?」
そう言って、俺は以前の魔物の討伐報酬の残り分の大銀貨を2枚差し出した。
「おいおいこれ大銀貨じゃねぇか、うちにこれだけの分の刺身なんか置いてねぇぞ」
「なら、この液体の分のお金としても貰ってくれ、俺にはそれだけの価値があるから」
「でもそれじゃあ、俺の方が貰いすぎてるんだよ・・・」
たしか以前に一般市民の1ヶ月の賃金は銀貨1枚と聞いた様な気がする。
「じゃあ、また来た時に美味しい魚の刺身を用意してくれるって事でどうだ?」
「そんなんで良いのなら・・・」
「よし!決まりだな!いつになるかは分からないけど、また来るから!」
「おう!次来る時は期待してな!」
こうして、予想外の収穫があった俺は帰路につき、最初通った時に気になった店などに入ったりしながら城に帰ってきた。
途中で調理場から出てきたアリー達と騎士団の訓練を終えたエレオノーラさんと合流し部屋へと戻った。
「ワタルさん、その荷物は何ですか?」
「さっき街を散歩してきたんだけど、港にあった市場で良い物を手に入れて来たんだ」
「良い物ですか?」
俺は、先程貰った醤油と刺身を見せた。
「こちらの黒い液体は何なんですか?」
「これをくれた人は名前をつけてなかったけど、俺は醤油って呼んでるんだ」
「ショウユですか?聞いたこと無い不思議な名前ですね・・・」
「この醤油をこの刺身につけると美味しいんだよ」
「刺身と言うのは、こちらの生の魚の事ですか。魚を生のまま食べるというのは聞いた事が無いですが、試しに食べてみましょう!」
そう言ってアリー達は、刺身を一口食べてみた。
「このショウユが香ばしくてなかなか美味しいですね」
とアリーは刺身を問題なく食べれたみたいだ。
「私はあまり口に合いませんね・・・」
エレオノーラさんは駄目だったようだ。
結果的にアリーとリビアさんは刺身を気に入って、エレオノーラさんとアンさんは一口目以降は遠慮した。
「それで、アンさんとリビアさんにお願いがあるんですけど、この醤油の作り方を貰ってきたので、あっちに帰ってから作ってくれないかなと」
2人はレシピを見て考えてから、
「とりあえず、この国で材料は揃えれそうですので帰って試してみましょう」
「お願いします!」
醤油を沢山作れるようになれば色んな料理も出来るので、今から楽しみになった。
お願いを聞いて貰った所で、
「うまそうな匂いがするのじゃ!」
といきなりティーがバンと扉を開いて部屋に入ってきた。
「なんじゃなんじゃ?妾抜きで美味しそうな物を食べておったのか〜?」
「ティーも刺身食べてみる?」
「聞いたこと無い食べ物じゃな・・・って生の魚ではないか!」
「まぁ、とりあえずこの液体につけて一口食べてみてよ」
ティーは刺身を一切れ手に取って、醤油をつけて口に入れた。
しばらく目を瞑って、口を動かし飲み込んだ。
するといきなりバッと目を見開き、
「美味いのじゃ〜〜〜!」
と大きな声をあげた。
「こんなもの、今まで食べたこと無いのじゃ!どうやって作ったんじゃ?」
「俺達が作ったんじゃなくて、この街の港の市場の隅の方にこれを売ってる屋台があったんだ」
「ほぉ〜、あの市場にのぉ〜」
ティーは腕を組みしばらく考えてから、
「よし!閃いたのじゃ!」
と言って、どこかに走り出していった。
「何だったんだろう?」
俺達は不思議そうに見合った。
その後、昼食を軽めに食べて夕方からのお祭りまで待機していた。
次回はお祭り回です!
 




