大使
「ただいま帰りました」
ある日の夕方、買い物から帰ってきたアリーが1通の手紙持っていた。
「おかえり。誰宛の手紙?」
「私宛の手紙だったんですが、内容が少々厄介でして・・・」
アリーは困った表情をしながら言った。
「ちなみに差出人は?」
「父でした」
「オーウェンさんから?ちなみに内容は聞いても大丈夫?」
「はい、実は我が家に獣人の国の大使がやってくるそうなんです」
「大使?」
「獣人が集まっているストラウドと呼ばれる国があるのですが、その国とマゼル王国は条約を結んでおり、定期的にお互いの国へと大使を派遣しているのです」
「その人がアリーの実家にやってくるんだ」
「どうやら王城へ向かう途中に我が家で1泊する様なのです」
「それでアリーに手紙が届いたのは?」
「大使の方が私と同じ年齢だそうで、話し相手になってくれとの事だそうです」
「なるほど・・それでその大使はいつ来るの?」
「明日だそうです」
「明日!?それはまた急な」
「はい、ですので私とエレオノーラの2人で1度戻ろうと思います」
「うーん、一応俺も一緒に行くよ」
「良いのですか?」
「うん、夫として同席しても大丈夫だよね?」
「えぇ大丈夫だと思います」
「それならついてくよ。それで行くのは明日の朝にする?」
「できれば今日のうちに向かいたいのですが大丈夫ですかね?」
「俺は問題無いけど、ティーに連れて行って貰えるか確認しないと」
「そうですね、私聞いて来ます」
アリーはそう言い2階へと向かい、しばらくするとティーと一緒に降りて来た。
「連れて行って下さるそうです!」
「ありがとねティー」
「おやすいご用じゃ」
こうして俺達3人は、ティーにアリーの実家まで送って貰った。
屋敷の中へと入ると、オーウェンさんが迎えてくれた。
「久しぶりだなアリシア!」
「お父様!お元気でしたか?」
「勿論、父は元気だとも!それにコタケ殿も久しいが元気そうで何よりだ」
「お久しぶりです、オーウェンさんも元気そうで」
「ちなみにお母様はどちらに?」
「クラニーは明日の準備の指揮をしている」
「それでしたら後で挨拶に向かいましょう」
「明日は忙しくなるからな、3人とも早めに休むんだぞ」
そこで、オーウェンさんとは別れた。
「私は母を探して来ます」
エレオノーラさんは屋敷内にいるであろうメルローズさんを探しに行き、俺とアリーは2人きりになった。
「私達はお母様でも探しに行きますか」
クラニーさんに挨拶する為に、屋敷を探し回っていると厨房でシェフと話しているのを見つけた。
「お母様!」
「あら?アリシアにコタケ様ではないですか、お久しぶりですね」
「お母様は何をされてたんですか?」
「明日出す、料理の最終チェックですよ」
「そういえば大使の方は何時からいらっしゃるんですか?」
「お昼過ぎに到着するらしいわ。それまではゆっくりしていなさい」
どうやら大使はお昼からやって来るそうで、それまで自由時間となりそうだ。
この日は皆んなで夕食をとって、早めにベッドへと入り休みを取った。
そして翌日、獣人の国から大使がやって来る日となった。
屋敷内は朝から使用人達がバタバタとしていた。
「おはよう」
朝食をとろうと食堂へと向かう途中にアリーとエレオノーラさんを見つけた。
「ワタルさん、おはようございます」
「今日って俺達は何をしてれば良いのかな?」
「大使がやって来るのは14時頃らしく、到着してからまずはお父様との会合があるみたいで、その後は屋敷の庭を散策するみたいで、その時に同行して欲しいと言われました」
「なら、それまではやる事も無さそうだね」
「一応出迎えの際も同席するので、時間が近づいたら正装に着替える事になると思います」
「正装なんて持って来て無いけど・・・」
「こちらで準備するそうなので大丈夫ですよ」
それからお昼までゆっくりしていると、大使の到着まで残り1時間となり、執事の人に呼ばれて正装に着替え、それが終わると屋敷の玄関へと向かい外で待つ事となった。
他の人達も丁度身支度をおえたようで集まって来ていた。
オーウェンさんは俺と同じくタキシードの様な姿でアリーとクラニーさんは動きやすい様な余り派手では無いドレスを着ており、エレオノーラさんはいつも身に付けている鎧を纏っていた。
「ちょっと緊張するね」
「ワタルさんは獣人の方と会うのは初めてですか?」
「うん、見た事ないね」
「私も面と向かって話した事はないですね。そう考えたら少し緊張してきました・・・」
「でも家には、ドラゴンだったり魔族だったり、いろんな人達が居るから今更か」
俺は笑いながらそう言うと、
「ふふ、確かにそうですね。そう思ったら少し楽になってきました」
アリーもつられて笑いそう言った。
それから10分程経つと、屋敷の門が開いた。
門から5台の馬車が入ってきて、真ん中の馬車が俺達の目の前で止まった。
ガチャッと他の4台の馬車から鎧を着た騎士やメイド達が降りて整列すると、真ん中の馬車の扉が開いた。
その馬車から、装飾は控えめの赤色のドレスを身に纏った黒髪の女性が降りてこちらへとやって来た。
その女性は狼の様な耳と尻尾を生やしていた。
よく見ると、整列している騎士やメイド達も、猫や熊、キツネの様な色々な形をした耳と尻尾を生やしていた。
「初めまして、大使として参りました。ストラウド王国第3王女のメア・ストラウドと申します」
とその女性は一礼した。
女性が王女と言い、オーウェンさん達は知っていたのか驚いた表情は無かったが、聞いていなかった俺達3人は驚いていた。
「お初にお目にかかります。マゼル王国、公爵のオーウェン・ウッドフォードと申します。そしてこちらが妻のクラニー・ウッドフォードと娘のアリシア・ウッドフォードでございます」
「よろしくお願い致します。確かアリシア様は私と同じ歳だとか?」
メアさんはアリーに聞いた。
「はい、20歳になります」
「他国で同い年の方と話す事は滅多に無かったのでとても楽しみだったんです!ところで、アリシア様のお隣にいらっしゃるのは・・・」
「私の夫です」
「まぁ、ご結婚なされてたんですね!お名前をお伺いしても?」
「コタケ ワタルと申します」
「コタケ様ですね、とても優しそうな方です」
と第一印象は、ほんわかした人だなと感じた。
「メア様、移動でお疲れだとは思うのですが早速話し合いの場を設けてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、そうでしたね。ご案内お願い致します」
そうして、オーウェンさんとクラニーさんはメアさんと一緒に部屋へと移動して行った。
「まさか、大使が王女様だったとはね、びっくりしたよ」
「お父様も教えて下されば良いものの」
とアリーは口をツーンと尖らせていた。
ひとまず出迎えが終わり、会合が終わるまで3人で部屋で待機していた。
それから2時間後、会合が終わった様でメイドさんが呼びに来た。
メアさんは、庭の方にいるらしくそちらへと向かうと猫耳の騎士2人と熊の耳をしたメイド1人と待機していた。
「メア様、お待たせいたしました」
「アリシア様、改めまして少しの間ですがお世話になります」
俺達は庭をゆっくりと歩きながら話をする事にした。
「アリシア様とコタケ様はご結婚なされてますが、どの様にして出会ったのでしょうか?やはり貴族同士のお見合いとかですか?」
「実はワタルさんは貴族ではないんですよ」
「そうなのですか!てっきり、この国の貴族の方だと思ってましたが、尚更気になります!」
同世代の同性とこう言った話を余りしないのか、メアさんは興味津々だった。
俺とアリーは2人で今までの事を簡単に教えた。
「色々とあったのですね・・・でもこうしてお2人が出会えたのはまさしく運命ですね!」
メアさんは目をキラキラと輝かせながら言った。
「誰しもピンチの時に助けに来てくれる王子様には憧れますよね」
「えぇ!アリシア様にとってはそれがコタケ様だったのですね」
「メア様にそういった方は・・・?」
「残念ながらまだ・・・」
「見つかると良いですね」
「はい・・・。その、話は変わるのですが後ろに控えていらっしゃる騎士の方は?」
メアさんはエレオノーラさんに視線を向けてそう言った。
「こちらは私の専属騎士のエレオノーラでございます」
「まぁ、専属の騎士なのですね」
すると、メアさんは少し考える仕草を見せてから、
「あの、いきなりで申し訳ないのですが、エレオノーラ様と一戦交えてもよろしいでしょうか?」
と言ったのだった。
「エレオノーラとですか・・・?」
「実は私は剣術を少し嗜んでいまして、他の国の方と剣を交えてみたかったのです」
そう言われたが、もしメアさんに何かあった場合を考えてアリーは悩んでいた。
「今だけは大使という肩書きを忘れて1人の戦士として戦わせて頂けないでしょうか?」
アリーは悩みに悩んで、
「エレオノーラ、申し訳ないですがお相手をお願いしても良いですか?」
と戦いを受ける事にした。
「かしこまりました。それではもう少し広めの所に行きましょう」
そして以前、俺とオーウェンさんが戦った庭の開けた場所へとやって来た。
「ルールは、木剣が破壊もしくは致命傷となりうる攻撃を受けた者が負けというものでよろしいでしょうか?」
「はい、そちらで構いません」
メアさんは、いつの間にかドレスから胸と手と足に防具を付けて動きやすそうな格好に着替えていた。
「審判はそちらの騎士のお2人にお願い致します」
エレオノーラさんの言葉に、猫耳の騎士が頷いた。
双方剣を構えて向かい合った。
「模擬戦を開始します!」
という合図と共に、メアさんがいきなり動いた。
ギリギリ視界に捉えられる速度でエレオノーラさんに詰め寄り剣を振りかざした。
不意を突かれて急接近を許したエレオノーラさんは、一歩後ろへと下がりメアさんからの攻撃を剣でふせいだが、少しバランスを崩してしまい、その隙を逃さずメアさんが蹴りを入れて、エレオノーラさんは腕でそれを防いですぐさまその場を離れた。
「すごいね・・・」
「獣人の方は身体能力に優れているそうですが、まさかメア様がここまでとは思いませんでした」
俺とアリーもびっくりしていた。
そしてエレオノーラさんをよく見てみると、蹴られた腕の鎧の部分に少しだけヒビが入っていたのだった。
「驚きました。まさか、メア様がここまでお強いとは」
「少し卑怯ではありますが強襲をさせて頂きました。大抵の方はこの時点で倒れてしまうのですが、やはりエレオノーラ様はお強いですね」
「不意を突かれましたが、ここからは本気を出していこうと思います」
エレオノーラさんがそう言うと、メアさんは何かを感じ取ったのか耳と尻尾の毛が逆立っていた。
「いつでも来て下さい!」
その言葉と共にエレオノーラさんが動いた。
先程のメアさんよりも速いスピードで距離を詰めて、軽くジャンプして上から剣を振り下ろした。
メアさんは剣を横にして頭まで持ち上げて攻撃を防いだのだが、エレオノーラさんの攻撃の威力が凄かったのか片膝をつき地面にも亀裂が入っていた。
メアさんは、すぐに体勢を立て直してエレオノーラさんから距離を取るがエレオノーラさんもそれに対応して詰め寄って来る。
メアさんは逃げるのを諦めて応戦する為に剣を構えた。
2人の剣と剣がぶつかり合う音が庭中に鳴り響いた。
木剣から出ているとは思えない轟音に、屋敷からも人が集まって来ていた。
「アリシア、これは一体?」
オーウェンさんとクラニーさんも音を聞きつけてやって来て、事情を説明した。
「状況は理解したが、あのエレオノーラとやり合っているのが王女様とは驚きだな」
とオーウェンさん達も驚いていた。
「私としては何かあっては困るので中止させたいですが、あの表情を見ると出来なさそうですね」
クラニーさんがそう言う様に、剣を打ち合っているエレオノーラさんとメアさんは楽しそうに笑っているのだ。
なかなか決着がつかない中、20分が経過した。
お互いに息を切らしているが、まだエレオノーラさんの方が余裕がありそうで、決着をつける為にエレオノーラさんが動いた。
どこから来るか分からない攻撃にメアさんは構えて待った。
そして、メアさんに近づいたエレオノーラさんの放った攻撃は突きだった。
メアさんは剣の平らな部分をエレオノーラさんに向けて攻撃を受けたが、剣と剣が触れた瞬間にメアさんの剣がバキッと壊れてしまったのだった。
そのままの勢いでエレオノーラさんの剣がメアさんにぶつかってしまうと思ったが、剣はメアさんの喉元で止まった。
「勝負あり!勝者エレオノーラ!」
審判をしていた、騎士がそう告げた。
大使に勝ってしまっても良かったのだろうかという表情をしていたエレオノーラさんに、
「私も戦士として、戦いを挑んだのですからその様な顔はなさらなくても良いのですよ」
とメアさんに言われた。
「失礼いたしました。メア様との模擬戦、大変楽しかったです」
「はい、私も久々にこんなに戦えて嬉しかったです」
2人は熱い握手を交わしたのだが、
「あの、それでですね・・・」
とメアさんは何かを言いたそうに顔を伏せてモジモジしていた。
「どうかなさいましたか?」
エレオノーラさんの心配する声に、パッと顔を上げて両手でエレオノーラさんの手を掴み、
「その・・・私と・・・結婚してください!」
と衝撃の発言をしたのだった。
 




