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デビスローウ物語  作者: 零位雫記
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09 見張り

09 見張り

「起きれますかデビスさま」


ミラーのそんな声でおれは目を覚ました。


「ああ大丈夫だ、起きた起きた」


おれは身を起こした。

肌寒さそっちのけで寝つきがよかったのは多分酒のせい。そして目覚めがいいのは多分肌寒さのせい。いや別の要因もある。


「ミラーすまないが少しだけ見張りを続けてくれまいか。用をたしてくる」


「はい、どうぞどうぞ」


おれは毛布をめくり取ると焚き火から急いで離れ、やや先にあった岩陰に身をかくしすぐさま股間を露にした。

ししどに大地に打ち付ける排尿は、辺りに大きな音を響かせる。

ミラーには確実にこの音は届いているに違いない。

おれは股間のモノをしまうとミラーのもとへ戻った。


「すまないミラー、寝てくれ」


おれは腰にダガーを装着した。


「はい。では寝かせて頂きます。あとなにかありましたら、どんな些細なことでもお気になりましたら、わたくしや、ライラを起こしになって下さいね。たとえそれが只の思い過ごしであったとしても、わたくしたちは、悪く思いませんから」


「わかった。かたじけない」


「これ、砂計りです。今からひっくり返して下さいね。あと、定期的に焚き火に薪をくべてくださいね」


「わかった」


おれは砂計りをひっくり返した。するとさっきまで下にあった砂が上になり、すぐに真ん中の管からそれが落ち始めた。

ミラーはそれを見届けると、横たわり毛布にくるまった。

おれはまた砂計りに目をやった。砂は相変わらず落ち続けている。おれはその様子を見ながら自分の体調を確認した。二日酔いのような症状はなさそうで、このことをみてもおれは酒に強いかもと改めて思った。砂計りの砂は音もなくさーと落ち続けていて、なんだかその光景から目がはなせなくなったのだが、見張りのことを思いだし辺りを見渡した。

焚き火の揺らめく光によって辺りの影という影が微かに動いて――それは小さい石が作り出すちっさな影でさえも――もうそれだけでおれは至るところに魔物が潜んでいるかもと眩みを覚える。おれはこのままでは眩んで倒れてしまうと恐れ、とにかく辺りを歩き、気を散らせることにした。

夜営に選んだこの場所は、緑が少ない地面を露にした大地で、歩みを進めると小石がブーツによって砕かれ小さい音がその度になることが多い。

その音で仲間を起こしてしまうと考えたおれは、音を最小にしようと踵からゆっくりと大地につけ、それから力が爪先へとぬけるように歩いた。

足音以外なんの音もない。虫がさえずる音もなければ、動物が咆哮する音もない。

たまに薪がはぜる音がするが、その他はなんの音もしない。

仲間はすぐそばにいるのだが、なにか急に孤独感を覚えた。

しかし、砂が落ちきるまで見張りを続けなくてはいけない。

いつなんどきさっきみたいなゴブリンかなにかの襲撃があるやもしれない。

おれは、さっき横たわっていた場所へ戻り腰をおろした。

その場でしばらく見張りを続け、またある程度の時間が経てば立ち上がり周囲を歩いて見張りをした。もちろん腰をおろしたときにはたまに薪をくべたりもした。

その座ったり立ったりを何回も繰り返していたらいつの間にか空が白みはじめてきたのがわかった。ふと砂計りを見ると上側の砂はもう僅かとなっていた。

ああ、もう見張りは終わりかと息を吐いたときだった。

なにか音がする。

これは、なにかの呼吸音?

それはおれの背後からするような気がする。それもいくつもの呼吸音が聞こえてくる。

おれは、ゆっくりと後ろへと振り向く。


「なッ」


背後には、おれの背後には、こちらにゆっくりと近づいてくる犬のような四足歩行の獣

けもの

が何匹もいた。四、五匹、いや、辺りは薄暗く、今見えているヤツらの後方にはまだ仲間がいるかもしれない。

おれはヤツらを凝視しつつ、おれから一番近い場所で眠るミラーに小声で彼女の名を呼びかけた。

しかしミラーは起きない。

もう一度呼びかけてみたが、ミラーは起きない。もう少し音量を上げて名前を呼んでみたが、彼女は身動き一つせずにやはり目を覚まさない。

おれはイライラし始め、ミラーミラーと連呼した。


「あ」


おれは獣を凝視しつつミラーを呼んでいたのだが、その間に獣の数はドンドン横へと増えていき、今となってはおれの視界には10匹以上の獣が写っている。ヤツら全員が口から舌を垂らし、明らかにおれたちを捕食しようと包囲網を形成しているのがわかる。

おれはそっと腰にあるダガーの束

つか

に右手を添えた。添えたものの、このダガーを握ったところでヤツらの一匹でさえ倒せないことはおれ自身がよくわかっていた。

これはヤバい。

おれは意を決し大声でライラとミラーの名を呼び掛けようとした。その刹那、おれの視界の上部からなにかの物体が地面に飛来してきた。

その物体は、地面に着地するや否や、獣の群れに突っ込み始めた。果たして物体の正体はロマーズで、彼女は獣の群れに突進すると、剣を抜き、辺りにいるヤツらをバッサバッサ切り払っていく。

ロマーズが、四、五匹だろうかその数を切りつけたならば、残った獣たちは、その場から退散しだした。

ロマーズはしかしなぜか(おれからしたらその行動は謎の行動なのだが)その退散しだした獣を追いかけ始めたのだ。

もうヤツらにはこちらに危害を与える意欲などない。それなのにロマーズは、尻尾巻いて逃げたヤツらの一匹を追いかけたのだ。

ロマーズの姿はおれの視界から消えた。


「何事だ!」


声の方へ顔を向けると、いつの間にかライラがおれの横に立っていた。


「いや、今犬みたいな獣の群れがそこらにいて、おれ一人では対処できないからおまえたちを起こすべく大声を出そうとしたとき、ロマーズが突如現れヤツらに突撃し、追っ払ってくれたんだ」


「はぁ? で、ロマーズはどこいった?」


「退散した獣の群れを追撃しに行った」


「なんでだ? 相手は逃げたんだろ? なんでわざわざ追いかけていったんだロマーズは」


「わからない」


「――何事でございますか?」


ここでミラーが起床し、我々に加わった。

おれは今ライラに言ったことをミラーにいった。

その後三人でロマーズがここに戻ってくるのを待った。

それからさらに時間は経過し、いつの間にか我々の右側から太陽が地平線から姿を現し始めたことにおれは気がついた。


「もしかしてロマーズ、ヤツらに反撃くらってやられたんじゃないのか」


ライラが言った。


「いや、あの迫力ある剣の扱いをみて獣らも退散したと思うからヤツらが再び反撃してくるとは考えられない。しかももし反撃してきたとしてもロマーズはその反撃をも撃退することができるとおれは確信している」


おれはライラの問いにそう返した。


「深追いし過ぎて道に迷っているかもしれません」


と、ミラーが言う。


「むむ」


その可能性はある。


「よし、おれがロマーズを探しに行ってくる」


おれは、ロマーズ探索を志願し、その場を離れようとした。


「待て待て、冒険未経験のおまえが探しに行っても、おまえまでもが迷子になるかもしれない。ここはあたいにまかせろ」


ライラはそう言うと、ロマーズが消えた方角へと歩き始めた。

そんな時だった。歩みを進めたライラが「あっ」と一声出した。

何事かとライラの目線の先を見ると、こちらに向かって走り寄ってくるロマーズらしき姿が確認できた。


「あれ、ロマーズだろ?」


そうおれが言った。


「ああ、間違いないロマーズだ。――ロマーズ!」


ライラが手を振り呼び掛ける。

それに応えるようにロマーズも手を振り返してきてくれる。

すぐにロマーズは我々の元へ到着した。


「大丈夫ですか、ロマーズさま」

ミラーが心配そうにロマーズに話しかける。


「だ、大丈夫です。しん、心配をおかけして、も、申し訳ありませんでした」


ロマーズはぺこりと頭を下げた。

「本当か? 怪我していないか――」


おれが尋ねた。なぜかと言うと彼女の衣服の所々に血のような斑点があったからだ。ちなみに彼女は就寝の為、革の鎧は身につけておらず、白い布製の上着を着用している。


「――ほら、おまえの体、血のような染みがいくつも付いているぞ」


「は、はい?」


ロマーズは顎を下げ自分の体を見た。


「わ、わ、わ、本当ですね。今から拭

ぬぐ

ってきます」


そう言うとロマーズは馬車の方へと走っていった。


「返り血ね多分。あのこ、剣を持ったら人格変わるから、犬みたいな獣を切りつけ全滅させるために追撃しにいったのよ」


ライラはそうロマーズの行動を予想した。おれもその発言に同意する。彼女は剣を握れば性格が豹変する。

さっきの獣らとの戦闘以外では、まだライラとの練習試合の彼女の剣の扱いしか見ていないが、あの時の彼女の動きは俊敏で力強く、度肝を抜かれた。

練習試合前のガウディオの屋敷での彼女の動きはどこか緩慢で、珈琲をテーブルに置いてくれるときの彼女の指は震えていた。

ガウディオはこう言っていた。


――あのこは、どこからともなく剣を持ち出しそれを熱っぽく眺めていた――


それ以降彼女は剣技をみがき今に至るそうだが、剣を鞘から抜いた、戦闘態勢になった彼女は、いつもの彼女とは全く違う動作を現す。

動作だけではない。彼女は明らかに目が変わる。

日頃は焦点が合っていないような半開きな瞳が戦闘に入るとその後獲物を狙う狩人のように眉間に皺が入り、視線に不動の力がこもる。

ともかくロマーズは剣を握れば別人になる。

そのロマーズだが、馬車へ急行し、自分の荷物から布を一枚取り出し体を拭いている。

ロマーズは、体の返り血を拭き終えたのか、おれたちがいる焚き火のある所へいそいそと早足でやってきた。


「ぬ、布で拭いただけでは、ち、ちち、血はとれないみたいです」


ロマーズはおれたちの前まで来ると自分の衣服についた血痕を見ながら言った。


「あ、あ、それは川とかの水で洗いながらこすらないととれないかもしれないぞ」


と、おれは言った。

そう返事したあと、なぜか自分の顔面が紅潮しているのかがアリアリとわかった。熱だ。顔面におれは熱を帯びていた。

やばい、ロマーズの今の格好、多分布の服一枚で上半身を隠している。下半身は革のズボンをはいているが、ロマーズは上半身は薄着。

その薄手な布に彼女は、布についた血痕を一つ一つ人差し指を当てる。その都度、彼女の胸にある二つの膨らみが自然と際立ってしまう。

そうなのだ、彼女はおれにとって当たり前だが異性。よくよく考えればおれだけがこのチームで唯一の男。

なにを今さらと自分自身で改まってしまうが、今この瞬間、おれはそれに正真正銘気がついてしまったのだ。

おれはオトコ。年齢は32。その32年の間に女性とお付き合いをしたことなどなく、ましてや親しい女性の友達すらいなかった。今日

こんにち

まで「女」という存在がおれの世界にはなかったのだ。それが今ではおれの身近に三人もの「女」いる。

おれはちらっとミラーを見た。ミラーは16歳で背は低く見た目は幼くみえる。が、やはり出るとこは出ている。

おれは自問する。

この先大丈夫だろうか?

なにが大丈夫か?

おれは自分の雄性を抑えこいつらと旅を続けるということをだ。

そのとき、はねるような音がした。

音の方を見てみると焚き火。

薪が火ではぜたのか。

火はいつしか小さくなっており、もう夜もあけたので、照明としての火は必要ないのだが、朝食で水を沸かすのに火がいるので、おれば薪を足した。

その後おれたちは朝食をとり、荷造りをしてコペンに向かって出発した。

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