05 ガウディオとその孫①
05 ガウディオとその孫①
ガウディオの屋敷の門扉の前にオレたちは辿り着いた。
「この門扉を開けてあそこにある玄関の扉まで行っていいものなのか?」
オレは後ろにいる二人に肩越しに聞いた。屋敷は木の柵で四方を囲まれており、門扉だけは鉄の柵で出来ていてその柵の隙間から屋敷の様子は確認できた。屋敷の周りは芝が刈り取られ広々していて、門扉から屋敷の玄関扉までは少し距離がある。オレは門扉をあけあの玄関扉まで行っていいものか二人に聞いたのだ。
「いいや、一度ここから呼び掛けた方がいいかもしれない」
「そうだなそうしよう。――おーい、誰かいないかぁ! 用があって――」
「――待て待て待て!」
ライラがオレの肩をつかんで静止してきた。
「おーい誰かいないかってどういう言葉使いだ! あたいらは今、ガウディオって人にモノを尋ねに来ているんだぞ。もっと丁寧な言葉をおまえは使えないのか? まぁいい。ここはあたいに任せろ。――すみませーん、ガウディオさぁん、ご在宅ですかぁ! ガウディオさんか誰かいませんかぁ!」
ライラは声を張り上げた。
「そうかそうだな、ここは丁寧な言葉を使わないとな」
「当たり前だ。おっ、早速扉があいたぞ」
ライラの声でオレは屋敷の玄関に目をやった。
扉が開いた。開き、その中から出てきたのは――若い女性だった。女性は玄関扉を閉めるとその場で立ったままこちらを見ていて、遠目でもその女性の腰には剣が吊るされているのがわかる。
「あ、あのぉ! ガウディオさんはご在宅ですかぁ!」
ライラは女性に向かって叫んだ。女性はライラの声を聞くとこちらに近づいてきた。
女性は門扉越しにこちらに対した。しかし彼女はその場で立ち尽くしたまま何の言葉もない。
「あの、ガウディオさんはご在宅でしょうか?」
ライラは声を和らげ尋ねた。
「――ガ、ガガ、ガウディオじいちゃんは、い、家にお、おります」
門扉の向こうから女性の返事がかえってきた。
「そうですか。あたいら、いや私たちは、旨いもん亭の店主、ビフさんからの紹介を受けてここにきました。なんでもガウディオさんがコペン村までの道のりに詳しいということで、その道のりのことを教えてほしいのです。どうかガウディオさんにお取り次ぎ願えないでしょうか?」
ライラは丁寧に敬語を駆使して女性に要件を伝えた。
すぐに女性から返事はなかった。
「――わ、わかり、わかりました。す、少しお待ち下さい」
五、六秒のちに女性から返事があった。
女性は門扉から離れていき、しばらくすると女性は屋敷へと入っていった。
「ライラ、君はきちんとした言葉を使うことができるじゃないか」
オレはライラを見て言った。
「そりゃあ、こっちはコペンまで道のりを教えてもらうために来てるのだ。へりくだるのが当たり前」
「そうだな」
それから門扉前で、オレたちは無言のまま屋敷からのなんらかの反応を待った。
しばらくすると女性が出てきて、門扉まで来てそれを開けて、
「どどどどうぞぞ」
と敷地内にいざなってくれた。
オレたちは、門扉を通過し女性を先頭に屋敷へ向かい、玄関から屋敷の中に入った。
入ると板場でできたかなり広い空間が視界に飛び込んできて、その中央には十人は楽に座れる長方形の大テーブルがあり、部屋の奥の隅には革張りのソファーがLの形で設置されていた。
そのソファーにこちらに正面をむけ一人座っている人物がいる。その人物は足を組みソファーに深くゆったり座っていた。
「わしに用だって?」
その人が問いかけてきた。
「あなたがガウディオさんですか?」
ライラが尋ねてくれた。
「いかにも、ワシがガウディオだ」
「どうも突然お邪魔して申し訳ありません。我々はその、旨いもん亭のビフさんからご紹介を受けここに来ました。なんでもガウディオさんがコペンまでの道に詳しいということでそれをお教えいただきたく参上したのです」
ライラはガウディオにここにやってきた理由を告げた。
「ふむ」
うなずくとガウディオは立ち上がり、中央にあるテーブルに近づきそこへ座った。
「ささ、君らもかけたまえ」
「はい」
ライラが返事し、オレたち三人は着席した。
「ロマーズ、すまないがこの人たちに朝作っておいた珈琲をお出ししてくれんか」
「ははははい」
オレたちをここまで案内してくれた女性はロマーズという名前らしい。彼女は返事すると広間から立ち去った。
「さて、コペンまでの道のりを聞きたいということだな?」
「はい」
「ビフが俺を訪ねろと」
「はい」
ライラが返事した。
今回のガウディオとのやり取りはライラにまかせようとオレは勝手に思っていた。実際、ライラが受け答えをしてくれている。
「珍しい」
「はい?」
「いや、あいつが他人に対してお節介をやくなんてことがだよ」
「はぁ」
「君たち全員か、それともこの中の誰かにビフがなにか感じとったのかな?」
「ビフさんから直接ガウディオさんのことを紹介されたのは、端に座るデ、デ、デ、デなんだっけ?」
「デビスだ」
「そう、デビス。デビスです」
「うん? 君たちは長い間共に旅をしてきた者たちではないのか?」
「いいえ、わたしとこの子はずっと一緒に旅を続けてきたのですが、デビスはさっき私たちの仲間になってもらいました」
「そうか」
ガウディオはそう言うとこちらをじっと見てきた。
「そうか」
ともう一度言うとガウディオはライラに目線を移した。
「コペンまでの行き方を教えてほしいということだったな。簡単に言えば、この町から北西をひたすら目指せばコペンの村に到着する」
「はぁ」
ライラが力なく返事した。
「はっはっはー! そんなことはワシに聞かんでも知っとるわなぁ、きっと」
ガウディオは手を何度も叩いて笑っている。
そこへロマーズが、お盆を持って広間に入ってきた。
彼女は一人一人に珈琲の入った陶器でできた器を置いていく。
「少しぬるくなっていると思うが、もしよければどうぞ」
ガウディオが勧めてくれる。
「わたし、珈琲、大好きなんです」
ライラはそういうと真っ先に飲み始めた。
「あぁ、おいしい。この珈琲とてもおいしい。こんなおいしい珈琲飲んだのいつぶりだろう」
「おお、君は珈琲のことがよくわかっているようだ、ええと名前は……」
「申し遅れました。わたしはライラ・クラースといいます。で、こっちがミラー・ラールといいます」
「うん? 君はライラ・なんと言ったかね?」
「ライラ・クラースです」
「クラースか。そうか」
「どうかされましたか?」
「いや、どこかで君に似た名前を聞いた覚えがあってな。ええとなんだっけ、まぁいいか」
「…………」
ライラは目線をガウディオに合わせたまま珈琲を飲む。
「ロマーズ、何度も使ってすまない、ワシの書斎からペンとインク壺、それと紙を数枚持ってきてくれんか?」
「は、はい」
ロマーズはそう言うとまた広間から出ていった。
「紙にコペンまでの道のりの図と文章を添えて書いてあげよう。ワシはこう見えて絵が上手なのだ」
しばらくするとロマーズが板の上にペンとインク壺と紙を乗せたものを持ってやってきた。
「どどうぞ」
「ありがとう。ロマーズもここへ座りなさい」
「はは、はい」
ロマーズはガウディオの隣に座った。
ガウディオは羊皮紙に鵞ペンでサラサラと、多分この街からコペン村までの道のりを書き始めた。サラサラと書いていき、一枚目を書き終えると二枚目、二枚目を書き終えると三枚目と素早く羊皮紙に道のりを書いていく。
オレはその間、オレの真ん前に座るロマーズを見たりしていた。
彼女は赤毛の長い髪を縛りもせず無造作に背後に下ろしている。目はどことなく虚ろで、視線は多分だがオレの前に置かれた珈琲の器に合わせているように見える。
年は想像で、二十歳を僅か越えているぐらいか。
「――あの」
そんなとき、オレの右隣に座るミラーが声をかけてきた。
「あの、デビスさまは、その、そのご自分の珈琲をお飲みにならないのですか?」
「珈琲?」
「はい」
オレはミラーの方に視線を移した。
視線を移してわかったことは、ミラーの向こう側にいるライラもなぜかこちらを見ているということ。
「オレは実は珈琲が苦手なのだ。いや、味や匂いは大好きなのだが、オレはこれを飲むと、そのだな、なぜか尿の回数が増えてしまうのだ」
「そうなのですか。だからお手をつけておられなかったのですね」
「ああそうだ。よかったらどうだ、飲むか?」
「あっいえ、わたくしはいいのです、わたくしはいいのですが……」
ミラーは自分の背中を椅子の背もたれに預けた。
「あたいがもらっていいか?」
空いた空間で直接的に目を輝かせるライラと視線がぶつかった。
「ああ、じゃあこれ」
オレはミラーに珈琲を渡した。ミラーはそれをライラに。
「ありがとー」
ライラはオレの珈琲を受けとると器をユラユラ動かして匂いをかぎ、そのあとそれを口に運んだ。旨そうに飲みやがる。
「――よしこんなもんだろ」
ガウディオが鵞ペンを置いた。
「大分良く書けた地図だと思う」
ガウディオは羊皮紙を一枚ずつ空間で揺らしては、次の羊皮紙もまた揺らすということをした。多分インクを乾かそうとしているのだろう。
「このぐらいでいいだろう」
ガウディオは羊皮紙を重ねてテーブルに置いた。
「さて、ビフの紹介でコペン村までの道のりを教えてほしいということだったな」
「はい、左様です」
とライラ。
「ここにコペンまでの最短ルートを記した羊皮紙がある。これを君たちに渡そうと思うのだが、渡すには、こちらが提示する条件を飲んでもらう必要がある」
「条件?」
うっ、このオヤジ、条件なんて要求してきやがった。まさか金か。陽気であたりの柔らかいヤツと思っていたが、その正体は守銭奴だったのか。
「条件? というとつまりお金とか、ですか?」
「お金? あいや、条件とは金のことではない。条件というのは、このワシの隣にいる孫のロマーズもそなた達と一緒に旅に連れていくというものだ」
「ええ!」
こっちの三人が声を合わせて驚きの声をあげてしまった。
ロマーズも虚ろだった目を見開きガウディオの方を見ている。
「しかも、しかもだ。ワシは今は廃業したがその昔乗り合い馬車の仕事をしておったのだ。で、その時使っていた車が一台未だに残っていて、それを引く馬も二頭おる。それも付けてという条件だ。悪い条件ではあるまい。どうだ受けてくれんかワシの条件を」
「どうする?」
ライラがミラーとオレの方へと顔を向ける。
オレはそれを受けロマーズに視線を合わせた。
「ロマーズ殿、そなたはガウディオ殿の発言にびっくりされているようだが、そなたはどうなのだ、旅に出発する心の準備はできているのか?」
オレはロマーズに話を振った。
ロマーズはこちらを見ずにガウディオを見たままだ。
「お、おじいさん、なぜ、な、なぜ、と、突然そ、そんなことを?」
「いや、おまえを外の世界に出したいということは、前々から考えていたことだ。これまでおまえはこの家の雑用やおまえのおばあちゃんの介護など、ワシらはおまえに頼りきっておまえをこの家に閉じ込めてしまっていた。しかしおまえの先の人生を考えるにあたり、おまえを外の世界に出し、自分の足と手で人生を切り開いていってほしい。おまえはまだ若い。今からでも自分で自分の人生を構築していくのは遅くないはず」
「そ、そんなな、わたしはわたしは、おうちの用事も、す、好きだし、おばあちゃんの面倒を看るのもも大好き。それそれにわ、わたしがいないと誰がおばあちゃんの面倒を看るの?」
「そのことは心配しなくて良い。ワシもばあさんの面倒を看れるし、ばぁさんの介護をしてくれる人も雇おうとも思っとる」
「そ、そ、そんなぁ」
ロマーズは泣き始めてしまった。オレたち三人は黙ってことの成り行きをみるしかなかった。