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デビスローウ物語  作者: 零位雫記
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03 朝メシ

03 朝メシ

街の中心部に近づくにつれ人の姿がポツポツと増えてきた。

オレはそんな人たちを追い抜いたりすれ違ったりしながら真っ直ぐ歩き、数少ない工房の仕事帰りに立ち寄ったことのある食堂に入った。

店の中にはカウンター席とテーブル席が三つあり、オレは一番奥のカウンター席に腰を下ろした。リュックは隣の空いている席に置いた。

店にはオレ以外には、テーブル席に共にフードを被った多分男と思われる二人の客がいた。


「何にする?」


カウンター内にいる肥えた丸坊主の髭ずら店主のおやじがオレの前にフォークとナイフを置きながら聞いてきた。


「メニューはある?」


「朝は、朝食セットしかねぇよ」


じゃあ訊くなよ。

そんなことを思いながらオレは、


「じゃあそれで」


と返事した。


「酒は?」


「酒はいらない」


丸坊主の髭ずらは返事もうなずきもせずにカウンター内の脇に移動すると、すでに焼きあがって長い鉄の串に刺さった肉からその一部を切りはがし、それを皿に置いた。それからパンを肉の横に添え、オレの目の前に置いた。


「銀貨1枚」


「ぎ、銀貨1枚!」


朝食でまさか銀貨一枚の出費とは……。

しかもセットって、肉とパンだけ。まぁ確かにセットではあるが……。しかし確かに肉は分厚く大きいし、パンもでかい。


「水もらえるかな?」


「銅貨5枚」


「銅貨5枚!」


なに? 水だけで銅貨5枚だと!? なんということだ。オレが社会から距離をおいている間に物価というものはこんなにも跳ねあがっていたのか。家まで戻って井戸水を飲んでこようか。まぁそれは冗談。

まさかボラれているんじゃあないだろうか?

しかしここでオレがごねれば丸坊主の髭ずらもきっと対抗してくるに違いない。

旅のはじめでトラブルというか、嫌な気持ちにはなりたくない。

ここは従おう。

オレはポケットにある財布を出し、中から銀貨一枚、銅貨五枚をだした。

ちなみにオレは財布に常時銀貨五枚と銅貨十枚を入れていて、残りのお金は麻の袋にしまってリュックに入れていた。

すぐに水が運ばれてくるとオレはそれを一気に飲み干し、パンをちぎって口内に押し込み、続いて肉をフォークとナイフで切り分けて口の中に入れた。


(うまい)


確かにパンも肉もおいしかった。少なくともパンはうちで食べていたそれよりも格段にうまかった。うちで食べていたパンは、味もほとんどなく、噛むとモサモサして味気ないものだったが、このパンは一噛みすると豊潤な香りが鼻まで一気に広がり、それによってか脳から指令を受けたなにかが口内に唾液を大量に分泌させ食欲をあおるのだ。

そこへだ、そこへ、オレの見立てで、外はぱりッ、中はジューシーという焼き具合抜群の旨味エキスを溜め込んだ肉を放りこめば、元々うまいパンに肉の肉汁がパンと溶け合い、そしてエキスを出した肉にもパンの豊潤な香りがまとわりつき、最強の一団がオレの口内に降臨するのだった。

昨日までのオレが食べる一日のメシのスケジュールは、朝昼は兼用で一発目は正午前、あとは日没後食べるという一日二食の生活だった。

もちろんそれらは部屋でひとりで食べた。

こんな早い時間に胃にモノを入れ込むなんてことはここ十年以上したことがなく、しかし今から始まる旅のため腹ごしらえはしなければと思い出のある食堂に入ったら、思いがけずむちゃ旨いメシに出会いオレは夢中に食べた。

そんなむさぼって朝食セットを食べていたオレに丸坊主の髭ずらが声をかけてきた。


「この辺じゃあ見かけねえ顔だが、あんた、冒険者か?」


「はん?」


オレは手を止め、丸坊主の髭ずら店主に目線を移した。


「あれだろう、あんたもミロスの街で一旗上げようって、あの街目指してんだろ?」


見かけねえ顔かぁ。

そうか、そりゃそうだ。

でもオレはあんたを知っている。

あんたと最後に顔合わせたの今から十年以上前だもんな。

一番初めにこの店に来たのは確か父の勧めで就いた父の工房での仕事帰り。


『――ビフ! とりあえず酒6つ!』


工房の主人のでかい声がオレの脳内に記憶とともに響き渡る。

工房の主人がオレと父と他の従業者を伴ってオレの門出をこの食堂で祝ってくれた。

その一団は、今オレの背後にあるテーブルを二つくっ付けて、ワイワイ騒ぎ飲んだ。


――ビフ


そうあんたの名はビフ。

当時も丸坊主だったが、髭は今みたいなボサボサじゃあなく綺麗に整えられていた。体型ももっとスリムだった。年月ってのはおそろしい。

でも今オレからは見えないあんたの右足は、相変わらず無いままで義足がはめられているのだろう。

ビフは昔、名のある冒険者で、そりゃ、ビフ・ターレンといえば、そこらじゅうの地域で鳴り響いた戦士だった。しかしある山に住みつくドラゴンを退治しようと、五人の仲間とともに挑戦したが返り討ちにあい、ビフと一人を残してあとの仲間は全員死亡、ビフは命は助かったが、右足をドラゴンに食いちぎられ、もう一人の仲間に担がれなんとか逃げることに成功、それからは冒険稼業は引退し、この食堂を開店させたということだ。


「ああ、そんなとこだ」


とビフの問いにオレは答えた。


「どっから来た?」


うっ、どうしよう。この街の者だって言えばめんどくさいことになりそうだ。


「この街の隣の街から来た」


「マナマンの街か」


「ああ……そうだ」


「そうか。しかしその――おめえさん、冒険者っていっても初心者だよな?」


「何が?」


「冒険するってことがだよ」


「なぜそう思った?」


オレは今の今まで、人と会話するのが苦手だった。というのも、人との会話ほど無意味なものはないとこれはもしかして先天的にオレの内面に宿っていたものらしく、会話して自分のことがわかられてまたは相手のことがわかってどうなると本気で思っていた。

しかし今はなぜか流暢に対話の為の言葉が自然と出てくる。

なぜだろう?

多分これからはだれかと対話しないことには、生きるための情報が得られないから。

オレはいつ死んでもいいと開きなおってはいるが生きられる限りは生きてやろうと思っている。


「なぜそう思ったかって? そりゃあんたの格好みりゃわかるよ」


そう言われオレは自分の格好をアゴを引いて見た。

オレの現在の装備は革の鎧と腰にはダガーが一本だけ。

革の鎧は、昨日防具屋で購入した。ダガーの方は、家にあったのを母親に断って持ち出してきた。父の修理した物ってことは知っていたが、父には何も言わず持ってきた。


「大剣も持って無さそうだし、あんた、本当にその格好でミロスまで行く気なのか?」


「ああ、本気で行くつもりだ」


「まぁガタイが大きいから力はありそうだが、装備があまりにも貧弱すぎる。それともなにか、あんた、魔法でも使えるのか? そういやぁ色白だし、そうなんだろ?」


「いや、魔法は使えない」


「それじゃあ今から剣や鎧を購入する予定とか?」


「いや、これでミロスまで行く」


「はぁ? おめぇマジか。そんな装備だとネロスに着く前に死んじまうわ。なんてたってミロスまでの道のりには、追い剥ぎや猛獣が出没するって話だ。時には怪物の類いも出るってことらしいぞ」


「仕方がない。先立つ物がないんでね。これで行かなくては」


「そうかい。まぁ他人の人生だからおれが口を挟むことはできんが。おれならそんな装備じゃネロス行きはやめるね」


「忠告はありがたく受け取っておくよ。それより、この街からミロスまでは道が続いてるのか?」


「いや、この街からミロスまでは整備された道はないようだが、その道中にあるコペン村からミロスまでは石畳で舗装された道はあるってきいたことはある」


「コペン村……。そのコペン村まではどれぐらいの距離があるんだ?」


「歩きで5日ってとこだ。この街を出発して西にずっと行けばティルセ川っていう川にぶちあたる。その岸辺にコペン村はあって、そこから対岸に渡れる舟が出ている」


「そうか」


オレはそう言うと、残ったメシを平らげ店を出るべく席を立った。


「これ持ってけ」


リュックを背負ったとき、ビフがカウンターに革製の袋を置いた。


「なんだこれ?」


「酒は飲めるんだろ? ぶどう酒だ、持ってけ」


「……。ありがとう、遠慮なくもらうよ」


オレはぶどう酒の入った革の袋をリュックに入れた。


「それと、この店を右手に進んだ街外れに、昔乗り合い馬車の店を出していたガウディオて男の家がポツンとある。そこへ行ってガウディオに会いコペンまでの行き方を尋ねてみりゃあ、詳しい道のりを教えてくれると思うからきいてみるといい」


「そうか、そうしてみる」


オレはビフに会釈して店を出た。

ビフ。

見た目と口調はもひとつだが、冒険ど素人のオレをみて、親身になってあれこれ助言をくれ、酒までくれた。

有難い。

オレはビフに教えられたとおりに街外れへと向かった。

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