初恋は実らない
「幼馴染み?」
「そ。昴さん、あたしの幼馴染みによく似てるんだ」
「ふーん……」
今日は奮発して百八十分のコースである。北斗はボーナスの出たその日、教師の仕事を早々に切り上げてお気に入りのレズ風俗に直行した。昴は人気の風俗嬢だが、予約は既に入れてあったし、従業員にも既に顔は覚えられている。浮き立った足取りのまま昴の待つ部屋へと案内され、溜め込んだ欲望を吐き出すように、すぐさま一戦交えた。今は二人で大きめの浴槽に浸かり、イチャイチャと身体をまさぐりあっているところである。昴の胸は大きい。
「好きだったのね、その幼馴染みの娘」
「うん。あたしの初恋」
「まあ、初恋は実らないって言うけど、相手も女の子じゃあ仕方ないわね」
「まーねー。好き過ぎて気持ちが先立っちゃって、ドン引きされたわ。高校は別々だったから、それ以来、連絡もしてない。中学生だったんだもん。若かったわー」
「それが今では、女子校の中学教師。身につまされるのかしら?」
「それっぽい娘はいるけどね。でも、いまの娘たちは、あたしらの頃に比べて自由よ。心配なんかしてあげない」
「それが教師の言うセリフ?」
「教師の前に女だもん」
昴と向かい合っていた北斗は身体を巡らせると、昴の豊かな胸に背中を預けた。クッションよろしく、柔らかな肉の塊にもたれかかる。
「それで、その幼馴染みが忘れられなくて、そっくりな私の所に通ってくれるのね。嬉しいわぁ。そんなに似てるの、私とその幼馴染み?」
「いーや、それほどでも」
「はい?」
さっきとはまるで真逆な事を北斗は言った。
昴は思わず目を瞬かせる。
「顔は似てるんだ、顔は。でも中身は全然」
「ふーん。……犬に例えると?」
「幼馴染み? そうだなぁ……。ウェルシュ・コーギー、かな」
「コーギー? あの足の短い可愛い犬?」
「そう。あたしの後ろをチョコチョコとついてくるのがね、よく似てる」
「それじゃ、私は?」
「昴さんは……、ダルメシアン」
「本当に、随分とイメージが違うのね」
「パッと見は可愛らしんだけど、あれって猟犬でしょ? 昴さんのベッドテクって、食べられるみたいなんだもん」
「それは、北斗さんはお客様ですもの。愉しんでもらわないと」
「ふふっ、それじゃ時間はたっぷりあるんだから、もっとあたしを食べて……」
昴に胸を揉まれながら首を後ろに向けた北斗は、淫らに濡れ光る風俗嬢の唇と自分のそれを重ね合わせた。
お気に入りの風俗嬢と長時間のレズセックスを楽しんだ数日後、北斗は朝の職員会議で転校生が来る事を知らされた。もうすぐ夏休みに入るこの時期に、転校生がくるのは珍しい。
職員会議が終わると、北斗は教頭から校長室に来るように言われた。どうやら転校生は、北斗の担当するクラスに編入されるらしい。
教頭と共に職員室を出た北斗は、前を歩く教頭の背中を見遣った。
教頭は、北斗が学生としてこの学校に通っていた頃からの教頭を務めていたハイミスである。学生時代から年齢不詳だと思っていたが、教育実習で母校に返ってきた時、そのあまりの変わらなさに北斗は驚いたものだ。教頭を見ると、未だに学生時代の気分を思い出す時がある。教頭を「先生」と呼ぶ時は特にそうだ。
そんなどうでもいい事を考えながら校長室に入り、応接セットのソファに腰かける少女を見た瞬間、北斗の時間は十五年ほど巻き戻った。ノスタルジックなセピア色の風景が感じられる。
校長室に入ってきた教頭と北斗を見て、母親と思しき中年の女性と立ち上がった女子生徒は、忘れるはずもない、北斗の初恋の少女だった。
「みな……」
「揃いましたね」
思わず幼馴染みの名前を呼びそうになった北斗は、校長の声で我に返った。転校生の顔を見ながら、出来るだけで無表情を装って教頭の隣に立つ。
「本日からこの学校に通う、星月日向さんです」
校長に言われた名前を聞いて、北斗は内心で大きく溜息を吐いた。
――そりゃ、そうよね。美波の訳が無い。
かつて自分を振った少女が、十五年後に転校生として教師となった自分の前に現れた。そんなファンタジーを一瞬でも信じた自分がトンデモなく恥ずかしく思えるが、それも仕方が無いのかもしれない。
歳をとらないように見える教頭。幼馴染みとよく似た風貌の少女。そしてここは、北斗がかつて通っていた中学校である。北斗の心に、苦く懐かしい思いが湧き上がってきた。
「お久しぶりです、教頭先生」
隣にいるでっぷりとした恰幅の良い女性が教頭に挨拶をした。日向の母親だろう。久しぶりというからには、彼女もこの学校の卒業生なのだろうか。娘の挨拶という事で身綺麗に着飾っているが、溢れる肉感が隠しきれていない。肌艶は良いので、単純に裕福な生活をしているのだろう。
「覚えてる、北斗ちゃん?」
「……は?」
日向の母親は、教頭に続いて北斗にも声をかけてきた。随分と馴れ馴れしいが、北斗には目の前のふくよかな女性に見覚えが無い。
「いや…………? み……っ!」
隣に座る日向と母親を見比べて、ようやく気付いた北斗は腰を浮かして驚いた。
「美波っ!」
「北斗ちゃんも久しぶり。日向を見てビックリしてたから気付いてくれるかと思ったけど、全然気付いてくれないんだもの。寂しいわぁ」
そのウソ泣きの仕草で、ようやく目の前の豊満な女性と十五年前の初恋の人が重なった。重なったのだが、まだブレている。北斗の視線は、少女と母親を何往復もした。そして思い出の少女と目の前の女性を無理やりすり合わせる。
「北斗ちゃんは全然変わってないのね」
「美波は随分と……、母親になったな」
十五年の劇的ビフォーアフターを目の当たりにして、北斗は眩暈がする思いだった。理性では理解しているのだが、ビジュアル的にどうしても重ならない。
北斗が日向に目を向けると、視線に気付いた少女はニッコリと微笑んだ。その顔は、北斗の記憶に残る十五年前の美波と瓜二つである。血が繋がっているのだから当然なのだろうが、それはつまり、いずれ日向も美波のようになるという事である。
初恋は実らない。
その理由の一つを実感した北斗は、幼馴染みや教頭との昔談議に花を咲かせつつ、十五年越しの自分の恋が今終わった事を実感していた。
止まっていた恋の時計は……、そのまま動き出す事は無かったのである。
「はあああ……。恋なんてするもんじゃないわねー。ましてや女同士なんて。昴さんもそう思うでしょ?」
「さあ、どうかしら?」
浴槽の縁に身体を預けながら、北斗はマットとローションを用意している昴に愚痴をこぼした。今日は普通の六十分コースである。
「むー、昴さん、もしかして彼女がいるの?」
「いるわよ」
「ウソ!」
孤高の雰囲気を漂わせる昴には、何となくそういう特定の女性が居ないだろうと思っていた北斗は驚いた。裏切られたような気分すら感じられる。
「今は、北斗さんが私の恋人よ」
「は……、なーんだぁ、そう言う事か。お客様が恋人なわけね」
「……」
プラスチックの桶にローションを満たした昴は、ホッとした顔の北斗をジッと見つめた。
「な、なに?」
「今度、食事でも行きましょうか?」
「え、ウソ! ホントに? これまで何回誘っても全然ダメだったのに……」
「そろそろ、このお仕事を辞めようかと思ってるのよ。そうすると、北斗さんにはもう会えなくなるでしょ? だから、ね?」
「……このお店を辞めて、他の店に行くって事じゃないでしょうね?」
それはつまり、太客ごとお店を移るという事である。人気の風俗嬢やホステスなら良くある話だ。
「あー、違うわよ。風俗のお仕事を辞めるの」
「これは、期待しちゃっていいのかな?」
「恋なんてするもんじゃないんでしょ?」
「それじゃ、お友達からお願いします」
「……」
「……」
「「ふ、ははっ、あははははっ!」」
了