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吟遊詩人グラスの異世界怪談  作者: 百鬼萬斎F/ハシビロコウ
8/8

魔剣イクソダスの明星

 小麦農家のMさんは、農閑期にはお城で兵士勤めをしていました。兵士とはいっても、所詮は庶民に過ぎませんから、ちょっとした雑用や門番のような仕事がほとんどで、戦に駆り出されるようなことはありません。

 もちろん、本物の兵士たちは、国境警備や、不心得な山賊退治に領地内で暴れるモンスター討伐、はたまた隣国との小競り合いにも出動していきます。

 Mさんは、そんな兵士たちの出陣を何度も見送ってきました。


 なかでも印象深いのが、ある中隊の指揮官だったV隊長です。職業軍人であるV隊長と、季節兵士のMさんに接点になるようなことはないのですが、ちょっとした偶然から、会えば挨拶ぐらいはする程度の知り合いになったそうです。


 その日も城壁前で行われた出陣式で、大勢いる兵士たちの中に他に知人がいるわけもないので、MさんはついついV隊長だけを見ることもなく見ていたそうです。しかし実を言うと、出陣式では隊長クラスの者だけが抜刀し威厳を誇示しながら行進するのですが、この時のV隊長が掲げる長刀に目を奪われてしまったそうです。


 その刀は、ほかのどの剣よりも特別に燦然と黄金色に輝いているように見えたそうです。晴れていても曇りでも、雨が降りしきる暗闇の中でさえ、この長刀は輝きを失うことはない。そう感じたそうです。Mさんは、V隊長というよりも、その刀の輝きに魅了されていたのです。

 その日以降、Mさんは、たとえ小麦の収穫期でも、V隊長が出陣すると聞きつければ、必ず見送りに出ました。


 しかし、同じ兵士仲間たちに聞いてみても、V隊長の長刀の輝きが見えるという者はいませんでした。それどころか、刀が黄金色に輝くわけがない、きっと見違えか幻覚を見ているに違いないと揶揄されました。

 それでもMさんは、何度も出陣式に出かけて、V隊長の刀が黄金色に輝くのを見ていました。


 「どうして他の者たちにはわからないんだろう。あんなにきれいに光っているのに。」

 一度だけ、Mさんは直接V隊長に聞いてみたそうです。

 

 「なんと、そなたにもこの光りが見えるのか。じつはね、私も不思議に思っていたのだ。しかし、よかった。この光りが見える者が他にいたのだね。」

 V隊長は、我がことのように喜んでくれました。そしてMさんにだけ秘密を明かしてくれたのです。


 「じつは、この刀はイクソダスの明星という銘がある名刀でね。さる老精霊術士から譲り受けた一振りのひとつなんだよ。」

 一介の小麦農家でしかないMさんには馴染みのない名前でしたが、その老精霊術士は、かなり高名な賢者のようでした。


 「かの老人が言うには、この輝きはあらゆる勝利をもたらすというのだ。イクソダスの明星が我が手で輝く限り、私はさらなる高見を目指せるだろうと。」

 そう言うとV隊長は鞘に収められたままの長刀を高々と掲げた。抜き身でないのにも関わらず、Mさんの目にはいつもよりも神々しく見えたという。

 ところが刀を下ろしたV隊長の表情は重く沈み。


 「しかし、この刀の価値をわかる者があなた独りとは寂しい話だ。では、こうしよう。

 私に何かあったら、これをあなたに譲ろうではないか。」

 Mさんにとっては、とんでもない提案でした。必死に固辞するMさんに「そう簡単に私は死なんから、安心したまえ。」と、とうとうMさんに承諾させてしまいました。


 その言葉のとおり、V隊長は連戦に連戦を重ね、どんどん出世していきました。Mさんも、勝利し続けるV隊長を誇りに思い、つねに彼の傍らで黄金に輝き続けるイクソダスの明星を眩しく見ていました。

 

 ところがある日。

 

 いつものように出陣式に臨んだV隊長が刀を抜くと、不吉な赤い光りを放ったのです。

不思議なことに、当のV隊長自身はそのことに気づいてはいないようです。いつものとおりに晴れがましい笑顔で、部下の兵士たちを鼓舞していました。

 Mさんは、大きな胸騒ぎがしましたが、V隊長に伝える術がありません。





 数日後、V隊長が戦死したという報せが城下にもたらされました。

 V隊長の遺言通り、あの長刀イクソダスの明星は、Mさんの元に届けられました。



 今でもMさんは、イクソダスの明星を所持しているそうです。ただ、V隊長の死に衝撃を受けたMさんは、農閑期になっても兵士勤めをしなくなりました。

 その後、イクソダスの明星が鞘から抜かれることは二度となかったそうです。






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