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吟遊詩人グラスの異世界怪談  作者: 百鬼萬斎F/ハシビロコウ
3/8

山で逢うモノ

 これは、おもに山で仕事をするレンジャーが体験した話。


 ハイクラスのレンジャーでもあるTさんは、単独でもそこそこのクエストをこなせるので、めったにパーティには参加しなかった。

 その日も、Tさんは独りで霧吹山を登坂していた。目的は高山の山頂付近にしか咲かないというハイザンショーの花から採れる蜜。依頼人は錬金術士で、とある王国からの注文品に必要な素材だとか。Tさんからすると、労に見合う報酬さえもらえれば、あとのことには関心がないので、詳しくは聞かなかったし、依頼人もそれ以上話すつもりはなかったようだ。

 ただ、そのハイザンショーは毒花としても知られている植物なので、若干キナ臭さは感じていたという。


 麓の村で装備を整えたTさんは、まだ暗いうちから宿を出立して、霧吹山の登山道をたどっていった。何度となく通いなれた道なので、迷うこともない。最短コースで山頂を目指した。

 ただ、この日に限って、妙な胸騒ぎを感じたという。胸騒ぎというか、違和感のようなものを感じたらしい。

 Tさんは、感覚を研ぎ澄ませて周囲を注意深く探った。レンジャーならではの超直感もなんらかの危険を察知していたようだ。


 (こんな山奥なのに何人かいるようだな。)

 Tさんのように依頼を受けて山に入ったり、地元の住民が山菜や獲物を求めてということもあるが、すでに山頂近いこのあたりで誰かに遭遇することは珍しい。珍しいというよりあり得ない。


 ただの採取依頼のつもりだったので、ろくな装備もなかったが、短刀は数振り持っている。Tさんは、愛用の一振りを逆さまに構え、気配を消しながら木々の間を走り抜けた。


 (確かにこちらから気配を感じたのだが。)

 謎の集団がいるはずの地点まで、数歩というところまで来たはずが、近づくほど気配が薄くなった。


 (遠ざかっているのか。)

 まさか、気づかれたのではと不安になったが、熟練のレンジャーであるTさんが易々と見つけられるとは考えられなかった。しかも、相手は多人数。まったく、何の痕跡も、一切の音もなく移動するのは不可能のはず。にもかかわらず、"彼ら"は驚くべき速さで、この鬱蒼とした山中を駆け抜けている。


 (まずいなあ、気配がほとんど感じられなくなった。)

 結局Tさんは、追跡するのを諦めた。平たく言えば、ただの好奇心に過ぎなかったわけでもあり、身の危険を感じるほどではなかったので、Tさんとしては、それ以上気にすることをやめた。


 辺りはいつものように、静寂に包まれた。目に見える生き物の営みもなく、静かな山の景色が広がっている。Tさんは、さらに山深く入っていき、ハイザンショーが群生している一帯に向かった。

 先程の集団の気配はまったくなくなったようだし、どうやら、偶々通りがかっただけだと独り合点することにした。


 霧吹山は、中央山脈でも屈指の山岳であり、つねに山頂付近は雲に覆われている。

 この山に分けいった者からすると、まるで山が霧を吹き出しているかのような感覚がするという。もちろん、山が霧を出すわけもなく、Tさんは何度も登頂して、ある程度登れば霧、というより、雲が晴れることを知っていた。

 ところが、この日に限っては、一向に霧が晴れる様子がなかった。道を間違えた、とも一瞬考えたが、見覚えのある岩肌を見て、まさにここが目的地点という確信に変わる。しかし、やはり霧は晴れない。それどころか、雲の切れ目さえない。辺りは、濃霧というだけでは表せないほどの深い霧に包まれていた。


 白髭ヤギの乳のような、という表現がTさんの頭をよぎる。真っ白とは違う、もっと濃密な幕に覆われている感じがした。さすがにTさんも総毛逆立つ感覚に駈られ、最大限の警戒感で辺りを探り、採取目的の花を探り始めた。


 ハイザンショーはすぐに見つかり、必要なだけの蜜を採取すると、下山の準備を始めた。本来なら、群生地から少し登ったところに開けた場所があり、そこで一泊して翌朝下山するのだが、今回は一刻も早く山を出たかった。


 山中で暗くなるので、避けたかったが、とにかく山を降りたい。普段は慎重なTさんらしくもなく焦っていた。

 案の定、下山を始めてしばらくすると、辺りは薄暗くなってきた。レンジャーのTさんにとっては、暗くてもほとんど不自由は感じないが、すでに霧に囲まれている。

 レンジャーといえども、暗闇と濃霧の中では、経路探索に限度があり、かろうじて足元の獣道を辿れるくらいのものだった。いつもならば走るように下っていく路を、足元を確かめるように歩いた。


 どのくらい歩いたのだろう。

 感覚的には、すでに麓が近いはずだが、辺りの雰囲気はまだ山中深いままだった。たぶん、謎の集団とすれ違ったあたりだと検討をつけた。

 突然、Tさんは全身を押し潰すような圧迫感がして、歩みを止めざるを得なかった。

 何かが近くにいる。超直感が警戒モードを発令する。闇と濃霧で視界はほとんどないが、四方に張り巡らせた超直感は、何かの接近をけたたましく告げる。


 目の前に顔があった。

 痩せこけた男が音もなくTさんの視界を塞いだ。その男の背後にも、同じような痩せた男たちが並んでいた。口がなんらかの言葉を話すような動きをしているが、声は聞こえなかった。男たちは、見たことのない異国の兵装をしていた。戦士でもなく騎士でもない奇妙な装備だったが、なぜか彼らが兵士だとわかったという。丸い兜らしきものは被っているが、全身が緑色や灰色の変わった兵服だったという。手には剣の代わりに奇妙な筒を携えて、そこからは死の匂いがした。 

 話し声も足音も、なんの音もなかった。Tさんは、目を見開いたまま硬直した。男たちは、まるでTさんの存在を無視するかのように通りすぎた。



 彼らが視界から消えた瞬間。超直感は警戒モードを解いた。Tさんは、周囲に誰もいないことを確信した。通りすぎたはずの男たちは、この山のどこにも存在していなかった。


 その後もTさんは、何度も霧吹山に登っているが、二度と奇妙な集団には遭遇していない。しかし、あの時の経験が現実だったという確信は変わらないという。






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