<死の大地の上で>
布張りの複葉機の翼には上下それぞれに穴が開き、それぞれの穴からは違った風景を見ることができる。
下の穴を見れば、死の大地が人の絶対に生きることのできない光景を見せつけてくる。干からびた大地の上には岩山や木の生えていない山がところどころに鎮座し、ぽつぽつと黒い油の池、油池がある光景が果てしなくいつまでも続く。上の穴を見れば真っ青な空に雨を降らすことのない雲が白く輝き、ただ大地を乾かすだけの太陽の光が一筋の光となって差し込んでくる。
もし俺のこの愛機が墜落するようなことがあれば・・・それは確実な死を意味するだろう。不時着してもとても生きていける環境ではない。来るかわからない救助を待つよりはいっそのこと墜落して死んだほうが楽だ。
しかし、それも大空に一人だけであった場合の話だ。どうやら遠くの雲に紛れるような白い船体を見つけた俺はそんなことにならずに済みそうだ。目の前に陣形を組んで進む巨大な飛行艦が現れたのだ。一見普通の飛行船と変わらないように見えるが、気体を入れる気嚢の上には対空監視所が設けられ、そのうち四隻は艦底から砲塔が飛び出している。
飛行戦艦、飛行母艦、それがあの飛行艦たちの正体である。民間の飛行船とは違い、軍事目的のものは「船」ではなく「艦」と区別され、飛行船に対して飛行艦、飛行戦闘艦と呼ばれる戦争に使われるの兵器たちだ。飛行母艦一隻を中心に左右の斜め前後を飛行戦艦四隻が取り囲んでおり、それを全長250mはある飛行戦闘艦が行なっている光景はまさに圧巻の一言だ。
そして、俺はその艦隊の後ろに回り込むとゆっくりと中心にいる飛行母艦の後ろへとつく。砲塔のない真っ平らな艦底には誘導線が引かれており、しばらくするとその先開いた大きな穴からゆっくりと枝分かれしたクレーンとその先についた二つのフックが顔を出した。
ここからが一番緊張する時間だ。飛行機よりも遅い飛行母艦に速度を合わせるのは飛行練習生でもできるだろう。しかしそれから先、上の翼に張られた見えないワイヤーを経験と勘だけでフックへとひっかけなくてはならない。
ゆっくりとエンジンの出力を下げる。うまくワイヤーが引っかかっていれば飛行機は水平になるだろう。
・・・。
どうやらうまくいったようだ。飛行機は水平になり、クレーンが飛行機を引き上げていく。ワイヤーがフックにちゃんと掛かっているかは回収を行なう整備兵にしかわからないのだ。クレーンが上がるということは安全が確認されたということであり、成功した証明でもある。俺は安心して後のことを整備兵たちに任せることにした。
・・・・・
二時間前―――
飛行戦艦の対空監視所。この監視所は飛行機登場後にいち早く敵飛行機を発見するために設けられたもので、出港直前の乗り込み、帰港後に降りるという大空の密室である。
それまでの戦闘は戦艦による砲撃戦が中心で、一発でも砲弾が当たれば撃沈されることは間違いなく装甲や防弾性能が施されてはいなかった。しかし、飛行機の登場により機銃程度の火力でも撃沈させられることが多くなり気嚢や艦橋に防弾性能を施すとともに設けられたのがこの対空監視所なのだ。
しかし空気が薄いうえに酷寒という状況は艦橋と同じであるが、眩しい太陽の光が絶え間なく差し込み続ける。そんな状況もあり、監視兵たちは早く哨戒飛行が終わらないかと考えながら果てしない大空を眺めているのだった。
「ん?」
しかし、彼らはそのような過酷な状況においても任務に忠実である。大空で動く黒い小さな点に気が付くと速やかに報告を行なう。対空監視所から気嚢内の骨組みに沿って作られた伝声管で艦橋に伝えられた情報は無線によって他の艦へ送られた。