よん
ギルはある程度歩いた後、一つの扉の前で私を降ろした。
扉の前には2人の女性が立っていて、私に気がつくと頭を下げた。
ギルによれば、この2人の女性が私のお世話係だそうだ。
媚びを売っておいて損はないなと思い「私、ディアナ。よろしくね」と二人に満面の笑みを浮かべて言った。
それなのに、2人は無反応。それどころか1人からは敵意を感じる。
ここは「お嬢様はなんて愛らしいのかしら」とか「天使? 天使がいるわ!」ってなるところなんだけどな……。
私が笑顔のまま固まっていると、ギルは2人を紹介してくれた。
無表情で私を見下ろす、10代後半と思われる眼鏡をかけている方がモリーで、顔は笑っているが、私に敵意に満ちた瞳を向ける、20代前半ぐらいの方がミラというらしい。
ふーん、モリーの方はどうだかわからないけど、このミラって女ムカつくわね。
「モリーにミラ、お嬢様の身支度が終わり次第応接間にお連れするように」
そう言って、ギルは2人に鋭い眼差しを向けたかと思うと、私には笑みを向け「それではお嬢様、私は失礼致します」とその場から去って行った。
3人だけになった扉の前で一番始めに動いたのはミラだった。
ミラは扉を開けると、さっさと1人で部屋の奥へと歩いて行ってしまった。
モリーは開いた扉の前で「お嬢様どうぞ、こちらの奥が浴室になります」と言って私が部屋に入るのを待っていた。
私は「ありがとう」と言って、ミラが行った方に歩みを進める。
脱衣所と思われる場所にミラはすでに待機していた。
ミラは私が来るやいなや、私の前にしゃがみこみ、無言で私の衣服を脱がし始めた。
「お嬢様、この汚い服は処分しますね」
ミラはそう言って、まるで汚い物を触るかのように私の服をつまみ上げ、モリーに渡した。
「モリー、その汚物を早く処分してきてちょうだい! その間に、私がお嬢様をお風呂に入れるわ」
フフッと笑うミラは明らかに何かを企んでいる顔だった。
モリーはミラの言いつけ通り、すぐに服を持って部屋から出て行った。
そしてミラの思惑通り、2人きりの状況ができあがった。
さて、先程からずっと黙っていたけど、ミラはいったい何を企んでいるのかしら。
子供だと思ってなめないでほしいわね。
元庶民だけど、私は今日からガーヴィラ公爵家の人間。
何かあれば、すぐにお父様に言いつけてクビにしてやるわ。
ミラ、早くお父様に話すネタを頂戴。
そう内心ほくそ笑めば、彼女は沢山のネタを提供してくれた。
私のガリガリの体を見れば「ガリガリでアザだらけなんて気持ち悪い体」と罵り、頭や体は力任せに乱暴に洗われた。
特にアザの所を念入りに。これは地味に痛かった……。
最後にタオルでガシガシ拭かれている所にモリーが戻ってきて、ミラは手に持っていたタオルをモリーに渡した。
「私は他の用事を思い出したから、後はモリー1人でしてちょうだい」
そう言って、彼女は部屋から出て行った。
ギルからの指示なのに、その持ち場を勝手に離れるなんて、おかしいわ。
彼女のネタに職場放棄を追加した所で、ふわっとタオルが私の体を包んだ。
上を見上げるとモリーが無表情で私の体を丁寧に拭いていた。
先程まで乱暴だったからか、余計に自分が丁寧に扱われている気がした。
タオルである程度水気を拭き取ると、今度は服を着せようとしたモリーだったが、眉がピクリと動いた。
そのまま眉間にシワが寄っていき、険しい表情のモリーは淡々と私に服を着せていく。
服を着終わる頃には、シワはなくなり、モリーはまた無表情に戻っていた。
髪を整えるために、ドレッサーの前に座らされて、モリーは私の髪に何かをつけては櫛で髪をとかしていく。
私はこの世界で初めての鏡を前にしているのに、自分の姿を見るよりモリーの表情が気になった。
モリーはずっと無表情で私に害があるかないかわからない、さっきの表情も気になるし……。
私は鏡越しにモリーを見て話かけた。
「ねぇモリー。さっき私に服を着せる時、険しい顔をしてたけど、何かあった?」
モリーはその問いかけにビクリと肩を揺らすと、視線を泳がせた。
その後にこちらをチラチラと見ながら口を開いた。
「あの、アザが……アザが体中にあったので、どうしてこんな小さな子供にここまで暴力を振るえるのかと、勝手に怒りを感じておりました……」
「そう……」
「それに、この枯れ枝のような細い手足。お嬢様が今までどんなに辛い所に居たのかと思うと……」
そう言って、モリーは泣き出した。
「すいません。本当はお嬢様の方が泣きたいのに、私なんかが泣いてしまって……ずっと堪えていたのに……」
あぁ、だから無表情だったのね。
無愛想だなんて思って悪かったわ。モリーは私のために泣いてくれる優しい人だったのね。
今も「すいません、すいません」と言って、必死に涙を止めようとしている。
私はモリーに「大丈夫よ」と言って笑いかけた。
モリーはグッと涙を堪えると、私の斜め前に移動して膝をついた。
「お嬢様、私モリー・サンスベリアはお嬢様に誠心誠意お仕えさせていただきます」
「ど、どうしたの急に?」
「お嬢様を畏れ多くも幸せにしたいと思ってしまいました。不遇を味わった分、これからお嬢様は幸せになるべきだと思います!」
モリーが熱い瞳で私を見つめてくる。
私はその眼差しに若干腰が引けつつも、味方が増える分には何も問題がないので「ありがとう」と返しておいた。
その言葉を聞いたモリーは、満足そうに頷き、また私の髪を櫛でとかし始めた。
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