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ダジャレを言うのが誰であっても、私じゃなければそれでいい

作者: やまなし

 私の名前は大村おおむら さき。二十四歳、独身のOLです。


 突然ですが一つ、カミングアウトをしたいと思います。

 たいへん恥ずかしいことなのですが、私はこの年になるまで、一度も恋人というものができたことがありません。

 男友達なら何人かできたことがあるのですが、それ以上に発展しないのです。いつもいつも、友達止まり。


 友達百人できるかな、という歌もありますが、百人の友達よりも一人の彼氏が欲しいと声を大にして言いたいです。


 さて、なぜこんなことを言い出したのかといいますと、実は明日は私の誕生日なのです。

 

 今夜の零時を過ぎてしまえば、私はもう二十五歳。

 今までは四捨五入すればまだ二十歳、まだ若いよね、と自分に言い聞かせてきたその言葉が、まるでブーメランのように私に襲い掛かってくる年齢です。

 子供の頃は、誕生日を迎えることが楽しみで楽しみで仕方なかったのですが、もはやこの年になってくると殺意すら湧いてきますね。


 しかし、このまま黙って二十五歳を迎える私ではありません。

 実は今日このあと、高校時代に好きだった和田君の家にお邪魔させてもらう約束をしているのです。


 私、頑張りましたよ!

 ものすごく緊張しましたが、和田君がいい人で良かったです。本当に。

 今日のために美容院にいって髪も切ってもらいました。流行りの服も買いました。ネットで恋愛ノウハウについても学びました。ばっちりです。

 これで私の悪い癖さえ出なければ、きっと大丈夫なはずです。


 そう、悪い癖さえ出なければ。

 

 ここでもう一つ。大事なカミングアウトをしたいと思います。


 実は私、大のダジャレ好きなんです。

 数ある日本語の中から、その言葉と似通った、あるいは同じ音の言葉を見つけ、組み合わせ、文章にする。

 日本語の巧みさというか、言葉遊びというか、そんなところに私は大いに魅力を感じるのです。


 ですが、このダジャレというもの。世間一般としては何となく程度の低いものであるとみられています。

 私がダジャレを言うたびに、周りの人はそれをやめるように諭してきました。


 そんな声を全く聞き入れず、むしろ私は、お前にダジャレの何がわかるんだー、ダジャレは日本の文化だー、といった反骨精神で、あえてダジャレを積極的に使ってきましたが、ちょうど成人になったくらいの時、あることに気付いたのです。


 モテないんです。ダジャレを使っている女子は。


 いままで、私に恋人ができなかったのはそれのせいなんじゃないか、なんて思えるほどに、男子受けが悪かったのです。

 ああ、思い出すは高校の夏。

 私がダジャレを言うたびに微妙な顔をする男子たち。それでもなお、ダジャレを言い続ける私。

 ……モテないはずですね。


 それに気付いた私は、その日からダジャレを使うことをやめる決心をしました。

 しかし、長い間、ダジャレを言い続けてきた私の体は、思いつくと反射的にダジャレを言ってしまいます。

 五年かけて、何とか抑えることができるようになりましたが、それでも時々、我慢できずに言ってしまいます。


 そう、つまりこれが私の悪い癖。


 和田君の前でダジャレを絶対に言わないように頑張らないといけません。気合い入れていきましょう。

 なんて考えているうちに、和田君の家が見えてきました。和田君が玄関の前に立っていて、こちらに手を振ってきます。


 私も手を振り返すと、和田君はこちらに向かってきました。

 高校時代よりも、ずっと大人びていますね。まあ当然ですが。

 それでも、スポーツマンのようなきりっとした顔つきは昔と変わりません。こちらとしてはドキッとさせられます。


「久しぶりですね。和田君」


「そうだな。大村と会うのは高校の卒業式以来だもんな」


「同窓会もまだですからね。会う機会もないですし」


「何言ってんだ? 同窓会はやっただろ。大村は来なかったけど」


「……え? なんですかそれ、聞いていませんけど。もしかして除け者にされましたか、私。皆さんに迷惑をかけるようなことはしてこなかったはずですが。友達だって何人かいたはずなのに。ひょっとして私、嫌われていたんですか」


 だとしたらショックです。立ち直れません。

 あたふたする私を見て、和田君は笑いを堪えるように口を結んでいます。


「何を笑っているんですか」


「心配すんな。嘘だから。相変わらず、からかい甲斐のあるやつだな」


 なんと、嘘でしたか。安心しました。

ホッとすると同時に、和田君に対して怒りがこみ上げてきます。いったい何のつもりなんでしょうか。


「本当にびっくりしましたよ。まったくもう」


「悪かったって。なんだか大村の顔を見てるとからかいたくなるんだよな」


「いったいどんな顔をしているのですか、私は」


 なんだか、懐かしいです。こんなやり取りをするのは高校時代以来。なんだか心も体も若返ったような気がします。

 緊張して、うまく話せるかどうか不安でしたが、これなら何とか平常通りいけそうです。


「まあ、せっかく家がすぐそこなのに、いつまでも外にいるっているのもなんだしな。そろそろ入ろうぜ」


「それもそうですね」


 さて、ここからが本番です。この友好的な感じからいって、脈が全くないというわけではないでしょう。何とかして和田君を落として見せます!


「さあどうぞ。上がってくれ」


「お邪魔しま……す?」


 意気揚々と家に入ろうとした私ですが、あるものを見て、思わず立ち止まってしまいました。

 それは、家に入る前に必ず触れるもの。目にするもの。入り口で外と中を区別するために欠かせないものです。

 これが無い家なんて、現代日本では考えられません。


 そうです、ドアです。ドアなのです。

 もちろん、ただのドアでしたら私はドアノブを掴んで、引いて、中にお邪魔させてもらうだけなのですが、それは、ただのドアというには明らかに異常でした。


 甘く、優しく、落ち着く香り。

 見るだけで食欲をそそられる、濃い茶色。

 二月十四日には世の男を惑わす魅惑のお菓子。

 

 そうです、チョコです。チョコレートなのです。

 なんと、このドア、チョコレートでできていやがるのです。

 いったい何をどう間違えたら、ドアをチョコレートで作ってしまうのでしょうか。謎でしかありません。ヘンゼルとグレーテルですか。魔女でも住んでいるのですか。


「和田君。このドアはいったい……?」


「ああ、これ? なんとなく、人とは違う、奇抜なドアが欲しくなってな」


 だからこんなドアにした、と。いやいやいやいや、いくらなんでも奇抜すぎます。こんなおかしなドア、世界中探しても和田君の家にしか……あれ?

 こんな、おかしな、ドア。

 おかしな、ドア。

 お菓子な、ドア!


 まずいです。これはダジャレです。今、一瞬口から出そうになりました。が、まだ言っていません。大丈夫です。ノー問題です。


 しかし、何といいますか、その……すごく言いたい。


 まるで湧き出る噴水のごとく、言いたい気持ちが溢れてきます。でも、言ってしまったら、きっと和田君は私に幻滅するでしょう。

 それは避けなければ。しかし、この気持ちを抑えておくのは容易ではありません。


 おかしなお菓子のドア、おかしなお菓子のドア。


 言ってしまえればどれほど楽か。


「おーい。どうした? ぼーっとしてないで入ろうぜ」


 そんな私の苦悩も知らずに、和田君は家の中へと私を招きます。

 完全にドアへと意識を持ってかれたまま、招かれるままに、玄関へと入っていきました。


「え……?」


 そんな私でしたが、再び、呆気にとられることになります。今度は玄関。ぎちぎちに靴が並べられていました。

 空いている隙間は、わずか二足分。

 私と和田君の分でしょうか。それ以外には、全くと言っていいほどに、スペースがありません。


「悪いな。靴掃除をしてたもんで、そのままだった」


 それにしても、でしょう。大体こんなにいっぺんに靴掃除をしようとするなんておかしいです。


「別にかまいませんが……しかし、これほど靴が並んでいると、少し窮く――」


 はっ! いけません。これもダジャレです。危うく完全に言ってしまうところでした。

 靴がたくさんあって、窮屈。

 クツがたくさんあって、窮クツ。

 ああ、何で今日に限ってこんなにネタがあるのでしょうか。


「どうした? 急に固まって」


「いえ、別に。日本経済について考えていました」


 まずいです。ダジャレのことを考えていたという事実を隠すために、思わず変なことを言ってしまいました。

 咄嗟についた嘘にしてはあまりにもお粗末。

 一体、どんな女性が他人の玄関先で日本経済について思いを馳せるというのでしょうか。


 冷や汗をかく私。しかし、和田君は私の奇妙な話題に対し、思わぬ反応を示します。


「あ、それ俺もよく考えるわ。最近は不景気だからな。少しでもお金は貯めとかなきゃいけないけど、みんながそうしていたら、結局お金の流れが滞るし」


 無駄にはっきりした答え。なるほど、そういうことですか。


「私は無駄遣いを控えるようにしています。収入もそんなにないですし」


「俺は使いまくるぜ。日本経済を回そうプロジェクトだ」


「この無駄に多い靴もプロジェクトの一環ですか」


「無駄じゃない。経済を回した結果、生まれたものなんだからな。いわゆる産業廃棄物」


「それいらないものですね、結局無駄じゃないですか――ってこの話題、まだ広げますか?」


「いや、もういいかな」


「ですよね」


 そういって互いに笑いあう私たち。

 なんだかいい雰囲気です。これ、傍から見たらカップルのようじゃないでしょうか!

 気合入りました。私はもう揺るぎません。

 たとえどんな状況になろうとも、どんなダジャレを思いつこうとも。

 私は絶対に、ダジャレを言ったりなんかしません!



○ ○ ○ ○ 〇 〇


 


 だめですやばいですひどいですむごいです。

 言いたい言いたい言いたい言いたい。


「どうした大村。顔色悪いぞ」


「いえ大丈夫ですお気になさらずに」


 あの後、ダジャレとなってしまう現象や状況ばかり続き、決心から一時間も経たないうちに、私の心はダジャレ色に染め上げられてしまいました。

 今はただ言いたいという気持ちを抑えるのに必死です。和田君との楽しい会話も、全然頭に入りません。

 私のことを意志の弱い人間だと思う人もいるかもしれませんが、むしろここまで我慢している私を評価してほしいです。


 だいたいなんですかこの家は!

 どうしてアルミ缶の上にみかんが乗っているんですか!

 どうして布団が吹っ飛ぶんですか!

 どうしてストーブがすっ飛ぶんですか!

 どうして靴下が発掘されるんですか!

 どうして猫が寝転んでいるんですか!

 どうして犬がいないんですか!

 どうして……ダジャレを言う人がいないんですか!

 まるで、私にダジャレを言わせるためだけに作られて家のようです。とても魅力的――はっ! 違う違う。とても変な家です。


 ああああ、言いたい言いたい言ってしまいたい。

 恥も外聞もなく、ダジャレの海に沈んでしまいたいなぁ。


「おい、ほんとに大丈夫か? ちょっと横になったほうが――」


「本当に大丈夫ですから」


 だいたい、横になるって。布団は吹っ飛んでるんですから、どこに寝かせる気なんでしょうね。


「それより和田君。この家、どんな目的で建てたんですか?」


 私の当然の疑問に、和田君は少し顔を赤くして私から眼を逸らしました。

 いったい今の質問のどこに恥ずかしがる要素があったんでしょうか。人の言えない理由でもあるんですかね。

 私としてはこんな家に住んでいる時点で恥もへったくれもないような気もしますが。

 素敵な家ですけどね。私から見れば、ですけど。


「……大村がダジャレを言わなくなったって聞いたから」


 テーブルにあったイクラはおいくらかしら、なんて考えていると和田君が何やらとんでもないことをぼそっと言いました。

 え、いや、私の聞き間違いですよね?

 何だか私のために建てたみたいな感じに聞こえたんですが。


「……も、もう一度言ってもらってもいいですか?」


「大村が、ダジャレを言わなくなったって、友達に聞いたから。俺はお前が好きだった。ダジャレを言っているお前が好きだったんだ。だからまた言ってもらいたくて、この家を建てたんだよ」


 え、えええええ! 聞き間違いじゃなかったうえに、とんでもないことまでカミングアウトされている気がします!?

 私のことが好きだったってほんとですか!?

 ぽっかーんと口を開けたまま放心している私に、和田君は照れくさそうにしながら言葉を続けます。


「なあ、大村。いや咲。俺と付き合ってくれないか? 今日一日過ごしてみて、お前と一緒にいて楽しいって思えた。今日は言ってくれなかったけど、これから、俺の傍でずっとダジャレを言い続けてくれ」


 なんということでしょう。言葉になりません。今日は私から告白するつもりだったのに、先に告白されてしまいました。愛の宣誓、先制攻撃です。

 私の心臓が早鐘のように打っているのがわかります。きっと顔も真っ赤でしょう。

 答えを待つ和田君が、不安そうに眼を泳がせていますが、私の眼だってメダリスト級に泳いでいるに違いありません。


「傍でダジャレを言い続けてくれって、酷い告白ですね……でも嬉しいです」


 やっとのことで出てきた言葉は、それ以上に溢れる想いで再び詰まってしまいました。

 泣きそうです。嬉しいです。感無量とはこのことです。

 ただ好いてもらうだけでなく、私のダジャレまで受け入れてくれたんですから。

 それに思い出しました。私が和田君のことを好きになった理由を。


 私がダジャレを言った時、ほかのみんなが微妙な顔をしている中で、ただ一人笑ってくれていた。そんな彼が私は好きだったんです。

 零れそうな涙を拭いましたが、何かが床に滴り落ちました。

 拭いきれなかった涙でしょうか。きっとそうでしょう。嬉し泣きとはこんなにも胸が詰まるものだったんですね。

 ふと、和田君の顔を見ると、僅かに焦った様子です。一体どうしたんでしょう。


「お、おい咲! 鼻血出てるぞ!」


「へ?」


 言われて、床を見てみれば、そこには真っ赤に染まったフローリングがありました。

 なんと、先程零れたのは、涙ではなく、鼻血だったようです。

 ああ、ロマンチックの欠片もない。

 ポケットティシュで床を拭きながら、私はそんな風に落胆しました。


 でも、考え直しましょう。和田君が好きになってくれたのは、こんなロマンスとは無縁の私らしい私なのですから。


「和田君。付き合うのは構いませんが、というよりむしろこちらからお願いしたいくらいなのですが、一つ条件があります」


 一緒に拭いてくれていた和田君が作業を中断し、こちらを向きます。

 少々緊張しますが、和田君に送る最初のダジャレです。どうか受け取ってください。


「結婚を前提としたお付き合いでお願いします……血痕だけに」


 私がこの時言ったダジャレは、人生の中でも最も素晴らしいものだったと思います。

 文脈はめちゃくちゃで、最後に単語をとって付けた様なそんなダジャレ。

 美しくもなんともなく、普段なら落第点なのですが、それでも私はこのダジャレを最高だと評価します。

 

 だって、和田君が笑ってくれたんですから。ね?


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