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1-8 シフォンの同居人

 

 シャイルとスコティーが買い物に繰り出していた頃。


 午前中のトレーニングを終え、昼食を食べ終わったシフォンは部屋で寛いでいた。

 午後もトレーニングをしたい所ではあったのだが、やり続ければいいと言うわけではない事も十分理解している。


 ただトレーニングをしないとなると、何をしようか困ってしまう。

 なので寛いでいるというよりは、これからどうしようかを悩んでいるが故に、返って何も出来ないという状態に陥っているだけである。


 シフォンが椅子に座り、「う~ん・・う~ん」と唸っていた所に・・・


 コンコン


 と、ドアをノックする音が鳴った。


「はぁ~い、どなたですかぁ?」


 シフォンは座っていた椅子から立ち上がり、ドアに向ってノックをした相手に声をかけた。


「あ、すみません。え~と・・・私、こちらの部屋で生活する事になっている者ですが」


 シフォンがドアを開ける前に話しかけた事で、相手もドア越しに声をかける。

 その言葉の内容にシフォンは心が躍った。

 待ちに待った同室の子がようやく来たのだから。


 この部屋に住むのであれば鍵も貰っているんだし、ノックしたらすぐに入ってくればいいのに、とシフォンは思いながらも急いでドアへと駆けそのままの勢いで開け放つ。

 勢い良くドアを開けたものだから、普通ならドアの前に立っている人に激しくぶつかってしまう事が予想される。

 しかし、ドアは誰にもぶつかることなく素直に開いた。


 その相手はドア越しに声をかけた後、足音と気配からドアがぶつからない位置にスッと避けたのだ。

 とは言っても、別にシフォンはドタドタと音を立てて走った訳ではない。

 むしろ戦闘を考えた時、足音を立てるなんて自分の居場所を簡単に教える自殺行為でしかないので、どんな場合でも足音は立てないようにしているくらいだ。

 気配についても同様である。


 とは言え今は戦闘中ではないので、無意識レベル以上に足音も気配も絶っているわけではないので、多少は感じるかもしれない。

 それでも一般人からしたらわからない程度なのである。

 それを感知できる辺りは、さすが学園に合格出来ただけの事はあると言えよう。


 ドアを開けたシフォンが目にしたのは、シフォンよりも少しだけ背が高く、青い長い髪をポニーテールにしている可愛らしい()で、手には背丈よりも長い物を持っているのが特徴的だった。

 手に持っているのは槍なのだが、細長い円錐形をしている事からどちらかと言うとランスと呼ばれるタイプの槍である。


「やあ、君がボクと同室になる娘だね!ボクはシフォン、よろしくね!」

「あ、はい!私はヴェリーです。よろしくお願いします」


 シフォンの元気のいい挨拶に圧倒されながらも、彼女も自分の名前を告げる。


「まあとりあえず、ここで話も何だし中に入って、入って!」


 ヴェリーもここに住むというのに、お客様のように扱うシフォン。


「え、あ、はい!」


 その有無も言わさぬような勢いに押され、ヴェリーは言われるがままに部屋へと入っていく。


「ここがボクとヴェリーのお部屋です!」


 そんなに広い部屋ではないのだから見ればわかるのに、シフォンはよほど嬉しいのかテンションが上がりまくって部屋の紹介をしている。

 そんなシフォンに少しだけ苦笑いで答えるヴェリー。


「あ、とりあえず荷物は適当に置いていいよ」

「あ、はい」


「あ、二段ベッド。すでにボクが下を使っちゃってるけど、上でも大丈夫?」

「あ、はい」


「机もボクがこっちを使っちゃってるから、こっちでもいいかい?」

「あ、はい」


「別にベッドも机も、違う方が良かったら言ってくれて構わないからね」

「あ、はい」


「冷蔵庫もあるから、何か飲み物とかあったら冷やしておいてね」

「あ、はい」


 シフォンはテンションが上がりすぎて、矢継ぎ早に話しているために、ヴェリーは部屋に入ってから「あ、はい」以外は何も言えないでいる事に気づいていない。


「あ、ごめん!なんかボクばっかり話しちゃって」


 ようやく気が付いたようだ。


「あ、いえ。大丈夫ですよ」

「う~ん、固いなぁ。もっと気楽にしていいんだよ。敬語とかも使わないでさぁ」


 シフォンは基本的に、敬語を使ったり使われたりという事にはあまりなれていなく、特に自分に対して使われると落ち着かないのだ。

 自分自身もあまり使った事がないのだが、流石に学園では先輩や目上の人に使わないわけにもいかないだろうし、様子を見ながらにしようと考えている。


「あ、はい・・・うん、わかったわ」


 シフォンに気軽に接して欲しいと言われたヴェリーは、敬語で返事をしてしまった後で一度首を振り笑顔で言い直した。

 それを見たシフォンも笑顔で応えた。


「ところで、さっきから気になっていたけど、それってランスだよね?ってことは、ヴェリーは槍士(ランサー)なんだね?じゃあ、目指しているのは騎馬騎士(ソシアルナイト)って所かい?」


 シフォンは、ヴェリーを初めて見たときから気になっていた事を聞いた。


 槍士(ランサー)はもちろん槍を扱う武器職の事であり、それは槍の種類がランスであってもスピアであっても呼び方は変わらない。

 そして騎馬騎士(ソシアルナイト)は、騎乗して戦う事を主とした国の騎士である。

 別に槍士だからといって騎馬騎士になろうとしているとは限らないが、騎馬騎士は比較的にランスを使っている者が多い。

 なぜなら、馬の突進力を活かした最大の威力を発揮する攻撃が突きであり、突きに特化したランスが好まれているのが現状だ。

 それが故のシフォンの質問である。


 もちろん、騎馬騎士でもランス以外の武器を使う者がいないわけではないし、騎馬騎士以外でもランスを使う者はいるのだが、シフォンはその辺は深く考えてはいない。


「うん、その通りよ。いずれは騎馬騎士(ソシアルナイト)になりたいと思って、ランスを使っているのよ。でも学園では馬はめったに扱わないでしょうし、授業とかではスピアを使うつもりなんだけどね」

「そっか。見た所、そうとうな実力がありそうだね」


「ううん、私なんかまだまだ・・・特にランスは突きに特化しているから、スピアに持ち替えたときにちゃんと出来るかどうか不安だけど・・・でも、きっと使いこなして見せるわ」

「うん。ヴェリーならきっと大丈夫だよ!そして、そのうち手合わせをお願いしたいな!ボクは勇者を目指す剣士として、どんな相手にも対応出来るようにしないといけないし」


 シフォンは自分が剣士であり、勇者を目指していることを告げた。

 もちろん自己紹介も兼ねてなのだが、シフォンが自分は剣士であるという事告げたのは、違う武器職で同じくらいの熟練度であれば剣と槍では槍の方が有利であり、それに対して自分は負けられないという意思表示の為である。

 というのも、距離を取れば槍の方が断然有利となる事は当たり前であり、例え距離を詰めたとしても剣とは違い槍の持つ位置や持ち方を変えればいくらでも対応が出来る。

 もちろんそれは、槍を扱う実力があってこそなのだが。


 シフォンはヴェリーに言った様に、ヴェリーの槍の実力はかなりあると見ている。

 スピアが不安だと言っているヴェリーの言葉とは裏腹に、あまり不安そうな顔をしていない事も理由の一つだ。

 従って、シフォンは自分が不利な戦いになるとは思いつつも、それを乗り越えて自分は強くなるんだと考えているのだ。


「へぇ~、シフォンは勇者を目指しているのね。だったら、私が勝てば勇者を負かせた者として語り継がれるわけね?」

「いっ!?ちょ、ちょっと!なんでボクが負けることになっているのさ!?」


「ふふっ、冗談よ。まあ、負けるつもりが無いのは確かだけどね」

「ボクだって絶対に負けないんだからね!」


 ヴェリーもシフォンに大分慣れてきたようで、冗談めかした発言も出るようになった。

 ただ冗談なのは語り継がれると言った部分だけであり、騎馬騎士を目指している彼女にとっても誰が相手であろうと負けるつもりは最初からない。


 もちろんシフォンも勇者を目指すと決めたからには、誰が相手でも負けられない。

 守るためには力が全てとは言わないが、それでも負けて守れる物などありはしないのだから。


 シフォンは頬を膨らませながらヴェリーを睨むように見つめていたが、すぐに笑顔に変わり噴き出した。


「ぷっ!あははははっ」

「ふふふっ」


 シフォンが笑い出した事で、ヴェリーもつられて笑った。


「ふう・・・ありがとね」

「え?どうしたの急に?」


「ん~ん、何でもな~い!」

「??」


 シフォンは笑った後にヴェリーに礼を言った事に対して、ヴェリーは礼を言われた理由が全然検討もつかなかった。


 シフォンが礼を言った理由。

 それは同室となった相手がヴェリーだった事に対して。

 ヴェリーと一緒の部屋で過ごす事に、素直に嬉しくなったのだ。


 なぜか・・・

 それは、シフォンが勇者になると言った事に対して、彼女はさらっと流した事にある。

 以前にも説明したが、勇者になるという発言をすると基本的には馬鹿にされる。

 しかし彼女はそうしなかった上に、自分は勇者よりも強くなると言ったのだ。


 ティラやショコラも馬鹿にする所か、力になるとまで言ってくれている。

 ただ彼女達は魔法が得意な魔道士であり、シフォンは武器による近接が得意である為、戦いにおいては畑違いなのだ。

 対魔法戦、対武器戦として訓練する事が出来ても、互いの腕を磨き合うという事が出来る訳ではない。

 ただ、友人として掛け替えの無い存在である事には間違いはないのであるが。


 しかしヴェリーは武器による近接戦闘を得意とする為、切磋琢磨して互いに強くなる事が出来るだろう。

 そして良きライバルになれそうだとも感じたのだ。


 もちろんヴェリーが望んでシフォンと同室になったわけではない。

 それはわかっているのだが、それでも感謝せずにはいられなかった。


 ヴェリーはクエスチョンマークを頭に浮かべながらも、「えへへっ」と笑うシフォンを見て、(まあ、いいか)と思いながらつられて笑うのであった。




 ☆




 それから4日経った。

 その数日は、シャイルは街を見て周ったり買い物をしたりして時間を使った。


 時にはスコティーと模擬戦を行ったりもしていた。

 その戦績はシャイルの全敗である。

 別にわざと負けているわけではない。

 純粋な剣技のみだと今のシャイルでは、毎日の基礎訓練だけは決して怠らないスコティーには勝てないのも無理はない。


 というのも、普通の人なら嫌がり面倒くさがってあまりやらない基礎訓練。

 しかし、応用と言うのは基礎が出来ていて初めて成り立つものである。

 その基礎を嫌がらずに毎日続けた上で、応用の訓練もしていたスコティーの剣技は中々の物なのだ。

 今までは自信の無さから、それが表に出なかったというだけの事である。


 シャイルには搦め手を使えば幾らでも勝つ手段はあったのだが、敢えてそうせずに剣技のみで戦った。

 それは、スコティーに自信を付けさせるというのが一番の目的であり、まずはそれをどうにかしない事には次の段階に進むわけにはいかないだろうと考えた故の判断であった。


 もちろんシャイルも負けて悔しくないわけでは無い。

 ただスコティーと行っているのは、あくまで試合であり死合ではないのだ。

 これが死合であれば結果はまた違ってくるであろうが、それを(ワキマ)えているからこそシャイルは納得している。

 さらにはスコティーの為だけではなく、今の自分の力がどの程度なのかを知るいい機会だとも考えていた。


 シャイルとの模擬戦を何度か行った事で、スコティーも少しずつではあるが自信を取り戻していった。

 ただ慢心は命取りとなるため、自分の力量と相手の力量を見定める事の重要性もシャイルは言い聞かせている。

 ただそれについては、言って聞かせるだけで出来る事ではないので、地道に経験を積んでいくしかないのだ。


 そんなこんなでシャイルは、スコティーとの模擬戦や街の探索・買い物以外に特に変わった事などは起こる事無く、今日・入学式の前日まで過ごしたのである。


 そして夜になり・・・



「ようやく明日から学園生活がスタートするね」


 スコティーは楽しみと緊張が入り混じったような面持ちでシャイルに話しかけた。


「ああ、そうだなぁ。スコティーは緊張しているのかい?」


 スコティーの表情を見ながらシャイルは尋ねた。


「うん。楽しみなんだけど、それ以上に緊張もするよ・・・シャイル君は緊張しないの?」

「俺は別に緊張はしてないな」


 シャイルは以前にもスコティーに対しあがり症と言う言葉を使ったのだが、実の所シャイル自身は今までに緊張するという経験をした事がない。

 そのため正直に言うと、緊張するという事に関してあまりよくわかっていない。

 しかし、これまで出会ってきた人達の中にも、何かをするときに「緊張する」という言葉をよく耳にしていたのに加え、スコティーの性格を考えた上で同じ状態なのだと判断しただけなのだ。


「いいなぁ・・・シャイル君が羨ましいよ」

「羨ましい?」


「うん。シャイル君にも言われたし、直さないといけないとは思っていても、こればっかりは流石にどうしようもないからね」

「・・・そっか」


「まあ、考えていても仕方がないし、明日の為に今日はもう寝るね」

「ああ、そうした方がいいな」


「うん。じゃあ、お休み!」

「ああ、お休み」


 シャイルは二段ベッドの上段に上がりながら、スコティーはあんな調子で寝付けるのだろうかと心配していた。

 布団に入りながら、(明日からの学園生活、どんな事が待ち受けているのやら)と別の事を考えながら眠りに付くのであった。





登場人物

シフォン:勇者を志す少女

ヴェリー:シフォンの同室の少女。騎馬騎士を目指す。

シャイル:本作主人公

スコティー:シャイルと同室の少年。



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