2-18 シフォン達の疑問とシャイルの回答
シフォン達3人は、背後から聞こえた声に振り返る。
すると、そこにいたのはタルトであった。
「え?シャイルがタルトの師匠!?」
シフォンは驚いたようにタルトに問いかける。
その様子にシャイルは、“余計な事を!”という言葉を乗せてジトーとした視線をタルトに向けたのだが、タルトは“別にそのくらい構わんだろう”という視線を送り返していた。
その視線にシャイルは、はあっと溜息を吐く。
それを了承と捉えたタルトは、そのまま話を続ける。
「まあ師匠というよりも、シャイルの双剣を振るう姿を見た私が、勝手に憧れ・そして真似をした。という表現の方が正しいのだろうな」
タルトは当時の事を思い出しながら、シャイルを手本にした事を自慢気に話している。
普通なら自慢気に話すような内容では無い。
特に魔族は好戦的な種族である上で、自分の戦い方にプライドを持っている。
そのため、他の種族の戦い方を取り入れる事はあっても、ただ“完全に真似”をするという事は殆ど無い。
それにも関わらず、タルトは恥かしげも無くシャイルの真似をしたと胸を張っていた。
それほどまで、当時のシャイルの双剣が格好良く、タルトにとっては他人の事ながらも自分の事のように自慢したくなる程であった為だ。
「そうなんだ・・・でも、それって・・・どういう事なんだい?」
タルトの話を聞いていたシフォンは、タルトの双剣はシャイルの双剣の技術なのだという事が、なぜだか意外とすんなり受け入れる事が出来た。
しかし、受け入れたが故に腑に落ちない点が出てくる。
ただ、それを上手く言葉にする事が出来なかったシフォンは、思考と言葉を放棄して漠然とした質問を投げかけていた。
「ちょっと、シフォン・・・それでは何も伝わらないわよ?」
「そうですよ。質問するのであれば、せめて要点くらいは付けないと相手に失礼ですよ」
シフォンの質問に対して言葉を発したのはシャイルではなく、シフォンを諌めようとするヴェリーとティラであった。
「うう・・・だって、何をどうやって聞いたらいいのやら・・・」
「まあ、その気持ちはわからなくもないのだけどね」
シフォンは聞きたい事をきちんと明確にしろと言われても、頭の中では何が腑に落ちないのかわかるのだが、ややこしすぎて口にしようとすると、やはり上手く言葉にする事が出来ない。
ヴェリーは溜息を吐きながらも、シフォンの気持ちは理解していた。
「そうねぇ・・・じゃあ、私がシフォンの代わりに質問させてもらうわね」
このままではシフォンに任せていては、シャイルの性格を考えると質問に答えてくれないだろうとヴェリーは判断した。
「一つ一つ整理させてもらいながらでいいかしら?もちろん、答えたく無い事であれば答えなくても構わないから」
「ああ、わかったよ」
ヴェリーもシャイルの性格を大分理解してきている。
明確な質問をすれば、シャイルはきちんと回答してくれる。
それは、答えたくないという回答も含めてである。
しかし、シフォンの様に漠然としたものであれば、何が聞きたいのかわかっていたとしても、絶対に答えるような事はないのだと。
そしてシャイルも、これ以上タルトに話を任せていては余計な事まで話しそうだったので、タルトにこれ以上話すなと目配せをした上で、自分が答えるという姿勢を見せた。
シャイル自身も、ある程度自分の力を見せているし、いつまでもずっと隠し続けることが出来ない事も承知の為、ある程度の事であれば答えようと考えていた。
もちろん、全てを馬鹿正直に話すつもりはないが。
「まずは第一前提として、シャイルは元々双剣を扱えるという事は間違いないのね?」
「ああ、そうだな」
「そしてシャイルとタルトが出会った時には、タルトは双剣を扱えなかったのよね?」
「まあ、そういう事だな」
「シャイル、貴方は15歳なのよね?」
「そうだな、肉体年齢は15歳で間違いない」
「・・・そうすると、タルトの双剣の熟練度合いからして、おかしいと思うのだけれど・・・?どう考えても、一朝一夕に身についたものではなくて、数年はかけているはずの技量よ」
「・・・悪いな、それについてはノーコメントだ」
ヴェリーはシャイルの答えの中で気になる事もあったのだが、その事を追求した所でシャイルは濁すだろうと考えてそのまま話を続けた。
そして、一番気になる事。
双剣を完璧に扱えるほどの技術を身につけようとすれば、数年はかかるはずである。
それを考えた時に、シャイルとタルトがいつ出会ったのかは置いといても、今のシャイルの年齢から逆算するとおかしな事になる。
シフォンが腑に落ちなかったのは、特にその点である。
それを上手く言葉に出来なかったシフォンの代わりに、同じような疑問を抱いたヴェリーが聞いたのだ。
しかし核心にせまる質問をぶつけられたシャイルは、その事について話すことはなかった。
ヴェリーは話したく無い事は話さなくていいといった手前、シャイルが拒否するのであればそれ以上の追及はしない。
なので、気にはなるものの、次の質問へと移る。
「そう、わかったわ・・・では、次だけれども、シャイルは双剣を扱えると言ったけど、どう考えても身体能力強化を使った状態じゃないと扱えないわよね?というよりも普段のシャイルでは、あの双剣技術は無理よね?」
「ああ、まあな」
「だとすると、双剣を使おうとするたびに身体能力強化をするというわけなの?」
「・・・なあ、違うだろう?聞きたいのはもっと別の事じゃないのか?だったらはっきり聞いた方がいい・・・それともその質問の答えで、本当にいいんだな?」
ヴェリーは先程、核心にせまる質問には答えてもらえなかったので、今度は多少濁して聞いていた。
それをシャイルに指摘された事で、完全に見透かされているような気分になった。
「・・・・・シャイル、今の貴方の力は偽りであり、本当の力は更に上という事なのね?」
シャイルに指摘された事により、ヴェリーは一度目を瞑って一呼吸置いてから、今度は聞きたい事をはっきりと伝える。
そのヴェリーの質問に、シャイルはフッと笑う。
「その質問の答えは・・・・・正しいとも言えるし、間違っているともいえるな」
「・・・どういう事かしら?」
シャイルのあいまいな表現に、ヴェリーは首をかしげる。
「ヴェリーが予想しているように、今の俺の力は本来の力ではない。だが、現状で俺が出せる力は、授業中に見せた程度の力でしかないという事だ」
「・・それって、シャイルが本当は強いけど弱いフリをしている、というわけではないという事なのかい?」
シャイルの言葉を聞いても、シフォンとヴェリー、ティラの3人にはピンと来ない。
そのため、質問はヴェリーに任せていたシフォンもシャイルに問いかける。
「そうだな。詳しい事を説明するつもりはないが、今の俺はある事により|弱体化してしまっている《・・・・・・・・・・・》。だから身体能力強化の魔法で補わないと、シフォンが期待するような力を出すことは無理だな」
実際の事柄を、ニュアンスを変えつつシャイルは説明していく。
そして、シフォンが強い者を求めるような期待した目を向けていたため、シャイルは期待をするなと暗に告げる。
「なんだ、そっかぁ・・・でも、確かにそれを聞いたら少し納得したよ」
シャイルが本当は強いのであれば、シフォンにとっては越えるべき身近な目標となるかもしれないと期待していたのだが、その目論見が外れて少しがっかりした。
しかし、シャイルの話を聞いた事で、自分の中で不思議に思っていた事の一つが解消していた。
「不思議に思っていたんだよ。普通なら身体能力が8倍になったら、いくら何度も経験した事があるとはいえ、そんな即座に対応なんて出来るはずがないのに、あの時のシャイルはさも当然のように動いていたんだからさ。という事は、元々そのくらいの力はあったという事なんだね」
シフォンが言うように、身体能力強化魔法を同期する事で8倍になるのであれば、その感覚に対して急にはついていけないのが普通である。
それなのに、シャイルはその感覚が当たり前であるかのように動けた事を考えると、魔法の同期を何度も経験したというよりも、最初からその力を持っていたと考えた方が辻褄は合うのである。
「ああ、そうだな。その通りだ」
そしてシフォンの推測の通りだと、シャイルは頷く。
その頷いているシャイルに対して、今度はタルトがジトーっとした視線を向けていた。
シャイルはその視線に気が付きながらもスルーしている。
「授業で騎士の人が言っていた、身体が技術に追いついていないというのは、そういう理由だったんだね」
シャイルが騎士と手合わせした後に言われていた、身体が技術に追いついていないという言葉。
誰もが理解出来ずにいたのだが、シフォンにはその答えがようやくわかった。
身体が弱体化したとはいえ、身についた技術まで衰えるわけではない。
しかし、その技術を使える身体では無くなってしまっているために、使おうとする技術に身体が付いていく事が出来ずにいたという事だったのだと。
そして本来の力を取り戻したシャイルは、自分達よりも断然強いのだという事を理解した。
「それにしても、シャイルに貰った指輪のおかげで空間把握が向上したにも関わらず、君の動きは全く捉えられなかった時には本気で焦ったよ・・・」
「確かにそうね・・・私もシャイルのおかげで、相手の攻撃を格段に見切れるようになったと思っていたのにね。それを上回られるなんてね・・・」
2人は自分が身につけている指輪を見ながら、悔しそうにそう呟いた。
しかしだからこそシフォンは、シャイルに力を取り戻して欲しいと思う。
「何が原因なのかは聞かないけど、その力を元に戻す事は出来ないのかい?」
「ああ、今の所は無理だな」
本来の力を取り戻したシャイルと戦いたいと考えるシフォンの願いは、シャイルによって否定される。
そしてそんなシャイルに対して、また更にジトーっとした視線をタルトは向けていた。
それにはさすがにシャイルも鬱陶しいと、手で振り払う仕草をしてタルトの視線を遮る。
「そっか、残念だなぁ。あれほど強い人と戦う事なんて、そう滅多に出来る事ではないから期待したんだけどね」
シフォンは心底残念そうに呟く。
項垂れるシフォンを横目に、タルトがシャイルに近寄る。
「・・・お前は嘘ばっかりだな」
タルトは呆れながら、シャイルに小声で呟く。
「は?俺は嘘なんてついていないぞ」
シャイルは、さも心外だという表情をタルトに向ける。
「はあ・・・お前の力があの程度なわけないだろう」
「何を言ってんだ?シフォンに、そのくらいの力はあったんだね?と聞かれたから、そうだと答えただけだろう?」
「まあ、確かにどのくらい強いのかは聞かれていなかったが・・・」
「だったら別にいいじゃないか」
「・・・それだけじゃなく、別に元の力に戻せないわけじゃないだろう?」
「確かに出来ないわけじゃないが、それこそ今の段階で力を戻す意味がない。戻す意味が無いのなら戻す必要もないだろう?だから無理だと答えたんだ」
タルトはシャイルが思いつきで話すような者では無い事を知っているし、複雑な思考を持つシャイルを自分が完全に理解出来るとも思ってはいない。
しかしそれでも、シャイルの強さを知るタルトにとってはもどかしくもあり、それをぶつけたいと思うのは仕方の無い事であった。
「つーか、何でお前がそこまで気にする必要がある」
シャイルからしてみれば、タルトがなぜそこまで自分の事を気にするのかがわからない。
「・・・正直、お前が周りから弱いと思われている事自体が我慢ならん。もちろん、あいつ等の様に徐々にわかってきている者もいるようだが、それでもシャイルの本当の凄さを知らなさ過ぎる」
タルトにとって、かつてのシャイルは憧れであった。
そのシャイルが、周りから弱いと馬鹿にされている現状が許せない。
だから周りに、シャイルの凄さを知らしめたいというのがタルトの本音である。
それにシャイルが褒められる事は、タルトにとっては我が事以上に誇らしく嬉しいと感じるのだ。
しかし、シャイルにはシャイルの考えがある。
それを知らない自分が勝手な事をして、シャイルを怒らせるわけにはいかないというジレンマもあった。
そんなタルトの思いを知ってか知らずか、シャイルはタルトを諭すように話しかける。
「いや、それは当たり前の事だろう?俺がそういう風に仕向けているんだから・・・・・タルトの気持ちはありがたいが、俺はこのスタンスを変えるつもりはない。だからタルトもあまり気にせず、そして余計な事だけは言わないでくれると助かる」
そこまで言われると、タルトには何も言えなくなってしまう。
だから、ただ一言。
「わかった」
と答えるだけに留めておいた。
シャイルとタルトのやり取りが終わったのを見計らったかのように、シフォンがシャイルに話しかける。
「じゃあさ、取りあえずもう一回やろう!!もちろんシャイルは、さっきの身体能力強化の同期?をしてもらってさ!」
楽しみで仕方がないとウキウキした顔をしながら、シフォンはシャイルへと詰め寄る。
「悪いが、もう時間だ」
「え!?ええええええええ!!」
そう、模擬戦が終わった時には授業の時間はたっぷり余っていたのだが、シャイルの解説を聞いている内に授業の終了時間が迫ってきていた。
「それと、さっきの戦法は暫らくは使わないぞ」
「ええ~!?どうしてさ!?」
更に続けられたシャイルの言葉で、シフォンはショックを受ける。
「同じ戦い方をしても互いに意味がないし、何よりも面白くないだろう?」
そう言ったシャイルは、ニヤリと笑う。
「それはそうだけど・・・」
確かに今の自分では、あの時のシャイルには手も足も出ないだろうとは思うし、毎回同じ戦い方では訓練の意味がないかもしれない。
しかしそれでも、ある意味目標となる強さを見つけたと感じているシフォンには、素直に頷く事は出来なかった。
「それにこれからは、俺がメインで戦うつもりはないからな」
「え?それはどういう事?」
前衛であるシャイルがメインで戦わないとはどういう事なのか、シフォンには全く理解する事が出来ない。
「折角の2人1組なんだ。これを最大限に使わない手はないだろう?だから、今回以上にティラに活躍してもらう」
「え?え?わ、私がですか!?」
試合前に言われていた事だとはいえ、この場で自分の名前が出るとは思っていなかった上に、シャイルよりも活躍しろと言われたように感じたティラは驚きを隠せなかった。
「それって、ティラをメインにして戦うって事なのかい?」
シャイルの言葉を聞いて、シフォンはしきりに首をかしげている。
「さあな。これ以上、馬鹿正直に教えてやるつもりはない。ここから先は、ティラ以外には秘密だ」
「私以外には秘密・・・」
当たり前の事ではあるのだが、シャイルはティラ以外にはこの場にいる者に教える気はないと告げる。
そして、2人だけの秘密と言われた気がしたティラは、顔を赤くしてモジモジしていた。
「それは、私にも教えてくれないのか?」
羨ましそうな顔をしながらタルトがシャイルに詰め寄る。
「当たり前だろう!?お前とも戦う事になるかもしれないのに、俺達の戦法をばらしてどうする」
「そう・・・か・・・そうだな・・・」
タルトは相当ショックだったらしく、肩を落とし項垂れながら去っていった。
そのタルトに声をかける事もなく素直に見送りながら、シャイルはシフォンとヴェリーに声をかける。
「と言うわけで、シフォンとヴェリー。お前達とは、いつまた戦う事になるかはわからんけど、戦う機会がある事を願いつつ楽しみにしておくといいさ」
「え?次の模擬戦で戦ってくれるんじゃないの?」
「いや、それこそ毎回お前達と戦ってどうするよ・・・悪いが、今度は別の相手とやるつもりだ」
「がぁ~~ん・・・そんな・・・まさか・・・まさかだよ・・・」
すぐに再戦出来ると思っていたシフォンは相当ショックだったらしく、タルトと同様に肩を落とし項垂れながら去っていった。
「はあ、全くもう・・・シフォンがごめんなさいね。私も残念だとは思うけど、シャイルの言っている事は至極当然だものね」
ヴェリーは、あからさまに残念な態度を隠そうともしないシフォンの事を謝りつつ、ヴェリーも本当は再戦したいがシャイルの言っている事が正しいと伝える。
その上で。
「でも、もし再び戦う事が出来た時、今度こそは私達が勝たせてもらうわ」
と、負けず嫌いなヴェリーは、次は絶対に負けないと告げてシフォンの後を追っていった。
そして、この場に残っているのはシャイルとティラだけである。
「はあ、ようやく静かになったな」
これ以上余計な事を聞いてくる者がいなくなった事で、シャイルは安堵した。
「私が言える事ではないのかもしれませんが・・・色々とお疲れ様でした、シャイル」
「ああ、サンキューな。ティラも・・・さっきはバタバタして言えなかったが、模擬戦お疲れ様。楽に勝てたものティラのおかげだ」
「いえ、そんな事は・・・」
「いや他の奴だったら、初戦であんなに上手くはいかなかっただろうさ」
「え?それって・・・」
シャイルの言葉に、ティラは少しだけ期待感を滲ませる。
「ああ、ティラが俺の言う事を素直に信じてくれていたからだな」
「あ、ああ、そうですね・・・」
しかし、ティラが求める答えとは違った為、少しだけショックを受けて落胆してしまう。
「ただまあ、相手を完全に信じきるのも考え物だけどな。シフォンの様に思いつきで行動する奴もいるから、あらゆる事を想定して動けるようにしておいた方がいい」
「はい、わかりました」
ティラは落胆したものの、シャイルは自分の事を思って言ってくれていることは伝わっているため、シャイルのアドバイスに笑顔で返事をしていた。
「それに関係してくるが、今後のティラの戦い方だけどな・・・・」
そんなティラの様子に気が付いていないシャイルは、まだ授業の時間が少しだけ残っている為、ティラと今後の戦い方について打ち合わせをするのだった。
登場人物
◆シャイル:謎多き主人公。シャイルの力や過去が少しずつ明らかにされてきている。
◆シフォン:勇者を志すクラスメイトの少女。思慮深い一面もあるが、それ以上に猪突猛進な所は否めない。剣士
◆ティラ :シフォンとシャイルに助けられたクラスメイトの少女。双子の妹。治癒魔法士
◆ヴェリー :シフォンと同室でクラスメイトの少女。槍士
◆タルト:シャイルと知り合いの魔族でクラスメイトの少女。双剣士
シャイルの力の一端を垣間見せようとした結果
2人1組の話から終了まで長くなりすぎました。
すみません・・・反省しています。
本当はもっとサクサク進められるようにしたいとは思っています。
次話から2話くらいは幕間的な内容を入れる予定です。