2-16 2対2試合の行方
まず始めに動いたのは、シャイルに念を押されていたティラである。
神経を集中し、コインが地面に落ちるのとほぼ同時に詠唱を開始。
詠唱を始めたティラを見たヴェリーが、その詠唱を止めようと駆け出す。
そして、シャイルが先に動くのを待っていたシフォンは、シャイルが動き出さないと悟り、ヴェリーのフォローをする為にも自分から先に動き距離を詰めていく。
ヴェリーがティラの詠唱を止めようと考えたのはいい判断なのだが、いかんせん動くのが少しだけ遅かった。
ヴェリーはシフォンとは違い、冷静に周囲を把握し的確な状況判断をする事を是としている。
そのため、何もわからない状況で自分がすぐに動く事はしない。
更に言えば、本来ならシフォンがシャイルに仕掛けている間に、ヴェリーがティラへ牽制するつもりだった。
なぜなら、先にヴェリーが動いてしまえば、それを止めようとシャイルがヴェリーに向う可能性があったからだ。
実際、自分達からティラのいる位置までは多少距離がある上、その直線状にはシャイルがいるため、ティラに向うにはシャイルの攻撃が届かない位置から周らなければならない。
それでもヴェリーは、ティラが魔法を使うとしたら攻撃魔法であり、攻撃魔法の詠唱時間を考えれば十分に間に合うだろうと考えていた。
そしてまさか、誰よりも早くに魔法を使うとは思ってもみなかった。
しかし、現実として一番先に動いたのはティラであり、使う魔法も攻撃魔法ではなく支援魔法。
詠唱時間も攻撃魔法ほど必要とはしない。
そのため、ヴェリーが動き出して少し距離を詰めた頃には、ティラの詠唱は完成し魔法を発動させていた。
ティラの魔法がシャイルにかけられ、シャイルの身体からは薄い光で包みこまれる。
・・・はずだったのだが、その包み込む光が通常では考えられないほど、あまりに強い光となっていた。
ティラに向っていたヴェリーと、シャイルに仕掛けようとしていたシフォンが驚いたのはもちろんの事、何よりも一番驚いていたのがティラであった。
自分は普通の身体能力強化の魔法を使ったはずであり、今までこんなに強い光を出す事などなかったからだ。
3人が驚いている間に、シャイルを包み込んでいた光は収束し消えていく。
それと同時に、シャイルはニッと笑みを浮かべながらシフォンを見た。
目が合ったシフォンは、一瞬気圧される。
そして次の瞬間に、シャイルの姿が消えた。
シフォンの警鐘が最大限に鳴らし始める。
(来るっ!!)
シャイルの姿を捉えてはいないが直感した。
その感覚に素直に従い、横に構えていた剣を正面、正眼に構える。
すると構えなおした剣に、キィーンと金属音が響き渡る。
シフォンに一瞬で距離を詰めたシャイルは、順手で持っていた右の剣でシフォンの正面から首筋を狙っていたのだ。
(あっぶな~!!一歩遅かったらやられてたよ!!)
シフォンはギリギリで受けられた事に安堵したが、次の瞬間には正面にいたはずのシャイルが再び消えていた。
「どこを見ている?」
自分の背後から聞こえるその言葉に、シフォンは背中にゾクリと悪寒が走った。
攻撃されるとわかってはいるが、今のスピードを考えると振り返る間にやられてしまう。
そう考えたシフォンは勘にしたがって、今度は大きくしゃがみこむ。
そのシフォンの上を、ビュンと風きり音が聞こえてきた。
またしてもシャイルは、シフォンの首筋を今度は背後から切りつけていたのだが、なんとかシフォンは躱す事が出来た。
(今のも危なかった!声が聞こえなかったら、完全にやられてた!)
安堵と同時に冷や汗が流れて来た。
そしてシャイルのこの異常なスピードに対してどういう事なのか気になったものの、今それを考えている余裕はなかった。
そして避けたのはいいが、大きくしゃがみこんでしまったために、次の動作に移るのが遅れてしまう。
このまま攻撃されたらまずいとシフォンは思ったのだが、攻撃されない所かシャイルの気配が近くから消えた。
なぜなら、シャイルは避けられる事を前提に背後からシフォンの首筋を狙い、斬りつけた勢いそのままにヴェリーへと向っていたのだ。
それに気が付いたシフォンは大声を上げる。
「ヴェリー!!」
その声に気が付いたヴェリーは、振り向きざまに持っていたスピアの穂先を上に向ける。
その槍によって、シャイルが右手で振るった剣が止められる。
そのまま、鍔迫り合いのような状態でシャイルが口を開く。
「状況を把握してから動こうとする判断は悪くはない。しかし、それは一歩が遅れるという事を意味し、致命的な結果につながりかねない可能性もある。状況判断するのであれば事前に出来る事であれば事前に、現場で判断しなければならないのなら一瞬で判断し、そして常に予測した上で先に行動に移せ。もちろんその際、あらゆる可能性を想定しておく事も忘れるなよ」
「っ!!」
シャイルは猪突猛進気味なシフォンと常に一緒にいるヴェリーに対して、常に周りを冷静に把握し的確な思考を導き出せる判断能力は評価している。
しかし、いかんせん慎重すぎるのが欠点だとも感じている。
シフォンのように感覚で動いた場合、自分一人しかいないのであれば何も問題はないのだが、仲間が複数人いた場合にはそれがウィークポイントになりかねない。
だからこそ、ヴェリーの様な常に状況を確認する者が必要なのではあるが、それに徹しすぎてしまうと動きが鈍くなってしまい、そこが致命的な結果を生み出す可能性もある。
故に、事前に把握できる状況は事前に済ませて現場では即座に実行、行動中では状況判断は一瞬で行い予測して即行動に移せる、というのが理想なのである。
それを口で言って、すぐに実行出来る者などいるわけがない。
特に、これに関しては経験が物を言う。
それをわかっていながらも、シャイルはヴェリーに理想の形を伝える。
いきなりすぐには無理でも、ヴェリーならいずれは出来るようになるだろうと考えた為である。
指摘されたヴェリーは、今回の出遅れた件も含めて色々と思い当たる事があり、苦々しい顔をしていた。
「それと、こんな風に鍔迫り合いをしていていいのか?俺は右手しか使っていないんだぞ?」
「――!!」
右手のみで押し込むシャイルが、自分は双剣を使っているのだという事を暗に告げる。
シャイルが言わんとしている事を理解したヴェリーは、今までシャイルの左手に注意を向けていない事に気が付いた。
シャイルは身体能力強化の魔法により、右手一本だけでヴェリーが両手で持つ槍を押し込めていたのだ。
そのためヴェリーは、剣士との鍔迫り合いと同じ感覚で受けてしまっていた。
実戦であれば、自分は既にシャイルに切り伏せられていただろうと考える。
その時ヴェリーは、双剣士との戦闘に慣れていない事を改めて実感したのだった。
そしてシャイルの意図を感じ取り、心の中で深く感謝していた。
ただ感謝するのも一瞬だけで、すぐに気持ちを切り替え行動に移す。
受けているシャイルの剣を軸にして、シャイルの右側に回りこむ。
そのまま勢いを利用し、石突でシャイルの右腹を狙う。
シャイルはそれに対し、前に一歩踏み出すのと同時に身体を左に回転させる。
そして左手に持っていた剣で、ヴェリーの石突を弾く。
「――!!」
さらにシャイルは右手の剣で追撃をかける。
ヴェリーは石突を弾かれ、槍を持つ状態が不安定になり槍では受ける事が出来ないと悟り、大きく一歩後ろに下がって回避する。
そこにシャイルは、さらに回転しながらヴェリーに詰め寄り、遠心力を生かした状態で左手の剣を横薙ぎに払う。
下がりながら体勢を整えていたヴェリーは、今度はなんとか槍で受ける事が出来ると判断し、それを槍で受け止める。
「くっ!」
しかしながら、遠心力の乗ったシャイルの剣の重さは先程の比ではなく、受けたヴェリーはその重さに思わず声が漏れる。
そして再び、先程と同じように鍔迫り合いのような状態で膠着する。
ただ先程と違うのは、今度はシャイルが左手だという事。
その状態のままで、シャイルがまたヴェリーに話しかける。
「さっきの俺の腹を狙った動きは悪くなかった。しかし双剣には、ああいう防ぎ方もある。まあ、実際あの距離で相手に背中を見せるのは悪手なんだけどな」
「さっきから、貴方はご丁寧に解説ばかりして、余裕のつもりなの!?」
ヴェリーはシャイルの意図がわかりつつも、やはり悔しいものは悔しい。
そのため、口からは不満が漏れ出る。
「今の俺の状態なら、まあそうだな・・・確かに余裕はある」
「っ!!」
シャイルはヴェリーの言葉を肯定する。
「お前達の気持ちはわかるが、今の俺を相手に一人だけでいいのか?」
そう言いながらシャイルが示したのはシフォンである。
シフォンはいくら自分がシャイルと戦いたいからといって、ヴェリーに言われた様にティラを放置するわけにもいかないのも承知。
そのため、ヴェリーがシャイルを抑えている間に自分がティラを戦闘不能にして、ヴェリーに加勢しようと考えていた。
もちろんシャイルはそれに気が付いている。
そして・・・
「ティラ!!」
と叫びながら、右手で軽く合図を送る。
ティラはシャイルに言われていたように、タイミングを計りながら攻撃魔法を詠唱していた。
それに気づいていたシャイルは、今が撃つタイミングでありその相手が誰であるかを示したのだ。
その相手はティラに向って来ているシフォンに・・・
ではなく、ヴェリーに対してである。
「はい!いきます!火球!!」
ティラは迷う事無く、ヴェリーへと火球を撃ち放つ。
ヴェリーへというよりは、ヴェリーと鍔迫り合いをしているシャイルの背中に向けてである。
というのも、ティラは最初からシフォンを狙ってはおらず、シャイルの動きを見た上でヴェリーをターゲットにしていた。
そしてシャイルへと向けて撃つのも、シャイルの考えを少なからず理解し、かつ信頼しているが故である。
彼は言っていた。
自分が2人を相手すると・・・
それならば、今向って来ているシフォンも、自分の所に来る前に彼が相手をしてくれる。
だから、シフォンがこちらに向って来ている事に対して、何も不安はないし気にする必要もない。
であれば、自分が魔法を向ける相手はヴェリーなのだと。
ただ魔法を普通に撃ったのでは、いくらシャイルの相手をしているからといって、よほどヴェリーの意表をつかない限り当たらない可能性の方が高い。
従って、ヴェリーの視線上にシャイルを置く事で、自分が魔法を放つ瞬間を悟らせないようにしていたのだ。
そして、ティラから火球が放たれると同時に、シャイルはヴェリーから離れてシフォンへと向う。
「きゃああ!!」
シャイルによりティラが死角となっていた事。
それが致命的な遅れとなり、ヴェリーは回避すら出来ずに火球をまともに受けてしまう。
もちろん模擬戦という事もあり、ティラは威力の低い攻撃魔法を使っているため、ヴェリーが一撃で戦闘不能になる事はない。
多少の火傷や傷は負うかもしれないが、どちらかと言うと目くらましという役割の方が強い。
そして、その役割はしっかりと果たされていた。
まともに受けたヴェリーは、怯んで一歩後ろへ下がってしまう。
かつ、火球の直撃によって目も眩んでしまい、シャイルの動きを見失ってしまった。
今のシャイルには、たったそれだけで十分である。
その間に、すでにシフォンへと差し迫っていた。
「どこに行く?お前の相手は俺だろう?」
そう一声かけてから、シャイルはシフォンに向けて剣を振るう。
ティラに向かって駆けていたシフォンは、声に気が付いた瞬間に足を止め、反射的に剣を前に出した事によりギリギリでシャイルの剣を受け止める事が出来た。
「くっ!・・・なんなんだい!?君のその力や動きの速さは!身体能力強化だけでは説明つかないんだけど・・・今まで実力を隠してたっていうわけじゃないよね!?」
シフォンはシャイルの剣を押し留めながら、答えてはくれないだろうと思いつつも疑問を口にする。
「それに関して、戦闘中に律儀に説明してやるほど、俺はお人好しじゃないぞ?」
シャイルは、事細かに教えるわけがないとばかりに言ってのける。
(まあ、そりゃそうだよね)
シフォンはそう思いながらも
(でも、攻撃する前にわざわざ一声かけてる君が、お人好しじゃないと言っても説得力はないけどね。しかも戦闘中じゃなければ教えてくれるって事だよね?)
と考え、少しだけおかしくなって顔に笑みを浮かべていた。
「何がおかしい?」
「え?ああ、いや、ごめん。なんでもない」
シフォンの顔に浮かんだ笑みを見たシャイルは不可解なため問いかけたのだが、シフォン自身も自分が笑っている事には気が付いていなかった。
そのため、謝りながらもすぐに気持ちを改め、目の前の相手・シャイルに集中する。
「まあ、なんでもいいが、楽しんでいる余裕はないと思うぞ?」
シフォンの笑みを、戦いを楽しんでいるのだろうとシャイルは受け取った上、そんな余裕があるのかと言わんばかりに空いている左の剣をシフォンへと向けて振るう。
その際、右の剣で押し込んでいた事でシフォンとの距離が近すぎる為、剣を振るう間合いにするためにシャイルは一歩引いていた。
シャイルは下がりながらも、シフォンの剣は押さえつけており、シフォンは剣による回避は不可能である。
そのため、シャイルが後ろに一歩下がった事で、シフォンも後ろへ下がる為に踏み込む事が可能であると判断し、すぐに下がって回避する。
しかしシャイルは、回避されてそのまま振り抜いた左の剣をすぐさま返し、シフォンへ詰め寄りながら振るう。
シフォンは下がった事で、抑えつけられていたシャイルの剣から自分の剣が離れていた為、今度は剣でガードする事が出来た。
その瞬間。
キィン!キィン!
と、なぜか二回金属音が響いた。
それは、シャイルが左の剣を振るう勢いを利用して身体を捻りながら、同時に右の剣も振るっていたためだ。
二回受けた剣撃にシフォンは驚いたものの、シャイルが両の剣を振るった直後の一瞬出来た隙を見逃さず、すぐに反撃に移ろうとした。
・・・のだが、シフォンが素早く振り上げようとしていた剣にさらに衝撃が走る。
シャイルは左腕を振り抜いた後、右の剣がシフォンの剣に当たる瞬間には、両の剣を振るう勢いを利用して身体を回転させており、すでに左の剣はシフォンの剣へと向けられていたのだ。
そしてその直後には、再び右の剣がシフォンの剣に衝撃を与える。
しかもその衝撃は一回目よりも強くなっている。
もちろんそこで終わるはずもなく、シャイルはさらに回転を続ける。
そのため回転すればするほど、遠心力により剣の衝撃が徐々に増していく。
とはいえ、回転しているのだから、来る方向はわかっている。
そのため、シフォンが自分の左から来る剣に注意を向ける。
その瞬間・・・
今度は右側から剣に衝撃を受け、シフォンは一瞬困惑した。
シャイルは回転しながらも、シフォンを注意深く観察していた。
そして、シフォンが左側に意識を向けた瞬間に回転を止め、すぐに逆回転へと切り替えていた。
シャイルの剣撃はシフォンに反撃をする余裕を与えない。
シフォンはこのままではまずいと考え、体勢を整えるために一旦大きく後ろへ下がる。
そのシフォンの右後ろには、回復したヴェリーが構えていた。
ヴェリーはティラを再び狙ったとしてもシャイルがそれを阻止するだろうと考えた上、自分がシャイルと対峙した時の感覚では、シフォン一人では今のシャイルの相手は無理だろうと考えた結果、シフォンに加勢する事にした。
シャイルはそれを見て、深追いはせずにその場に手を下ろして立ち止まる。
しかし、シャイルの動きが止まったにも関わらず、シフォンとヴェリーはすぐに攻撃に転じる事が出来ない。
双剣士にとって手を下ろしている状態は、楽な体勢であるのと同時に無形の位として構えてもいる。
従って、決して隙などありはしない。
防御をするにしても攻撃をするにしても、その状態からすぐに移行する事が可能なのだ。
それを2人は感じ取っており、迂闊に攻める事が出来ずにいた。
中々動かない2人にシャイルは声をかける。
「どうした?ただ見ているだけか?迂闊に動けないというのもわかるが、俺が先に動いていいんだな?」
シャイルの言葉を聞いたシフォンは、シャイルからは決して目を離すこと無く、後ろにいるヴェリーに話しかける。
「悔しいけど、確かにシャイルに先に動かれたら終りだね・・・それに、折角ああやって待ってくれているんだ。ボクが前に出て仕掛けるから、ヴェリーは彼の間合いの外からボクのフォローをよろしくね!」
「ええ、それは構わないわ。だけど・・・気をつけてね。わかっていると思うけど、正直・・今の彼は私たち2人がかりでも厳しいと思うわ」
「うん、そうだよね。だからボクも全力をぶつけてみるよ!だけど、シャイルだけに気をとられすぎて、ティラから攻撃を受けたらまずいよね」
「もし、ティラが魔法を撃ちそうな時は私がなんとか対処するから、シフォンはシャイルだけに集中して」
「うん、わかった。じゃあ、お願いするね・・・それじゃあ、行くよ!」
シフォンはヴェリーにそう言うのと同時に、自分の持てる限りの力で一気にシャイルに詰め寄る。
そして渾身の力でもって、シャイルへと剣を振う。
しかし、その剣は難なくシャイルの剣で防がれる。
しかし、シフォンはそれでめげる事はない。
それならばと、唐竹・袈裟・逆袈裟・薙ぎ・逆風と連続で剣撃を叩き込む。
シャイルはその全てを、左右の剣でもって順手・逆手と持ち替えたりしながら、片手で防いだり時には両手で防いでいた。
そして、シフォンが放つ連撃の最後の一撃が防がれた瞬間、シフォンの後ろからヴェリーの槍が伸びてくる。
それすらもシャイルは、いとも簡単に弾き返す。
しかし、ヴェリーは槍を弾かれた勢いをそのままに、槍を持つ位置を変えて遠心力を上手く使い、シフォンの横をすり抜けながら今度は石突きでシャイルへ向けて槍を突く。
シャイルはそれに対し、今度は剣で弾く事はせずに紙一重で避ける。
そして、シャイルの間合いへ入ってしまっていたヴェリーへ向けて剣を振う。
「あっ」
ヴェリーは思わず口から声が漏れた。
というのも、攻撃している体勢のままであった為、躱す事も槍で防ぐ事も出来なかったからだ。
もう駄目だ、と思った瞬間。
キィン!!
と目の前で金属音が響いた。
ヴェリーに当たる寸前、ギリギリの所でシフォンが何とか剣で防いだのだ。
「ヴェリー大丈夫!?まだいけるよね!?」
「ごめんなさい。判断ミスだわ・・・もちろん、まだやれるわ!」
シフォンがヴェリーに声をかけると、すぐにヴェリーは気持ちを切り替えてシフォンの後ろへ下がって体勢を整えながら、自分の判断ミスを詫びた。
「うん、その反省は後でゆっくりと聞くとして、今度は前に出すぎないようにフォローを頼んだよ!」
「ええ、わかったわ!」
シフォンはヴェリーに念を押すと、再びシャイルに向けて連撃を叩き込む。
そしてヴェリーは、しっかりと2人の動きを見つつ、自分も立ち位置を変えたりしながら、シャイルがシフォンへ攻撃を仕掛ける事が出来ないように、槍で突きや払いを繰り出していた。
シャイルは攻撃に転じる事が出来ずとも、その2人の攻撃全てを防いでいた。
というよりも、今は完全に防御に徹しているため、攻撃をする気が無いというのが正解である。
2人の猛攻を防ぎきれば、痺れを切らし勝ち急いだシフォンの剣技が繰り出されるであろう。
シャイルはそう考え、そのタイミングをじっと待っているのである。
シフォンは一度体勢を整えるため、一度シャイルから距離を置く。
そしてヴェリーに小声で話しかける。
「このままじゃキリがないから、ボクが一気に仕掛けるよ」
「ええ、それは構わないけど、大丈夫かしら?」
「もちろん完全には決まらないかもしれないけど、それでも隙くらいは作ってみせるさ」
「そこまで言うなら、あてにするわよ」
シフォンはヴェリーの言葉を聞くと、後ろを振り返らずに頷く。
そして再び、一気にシャイルへと駆け出す。
そしてシャイルへと向けて剣を振う。
しかし先程までとは違うのは、振った剣とは全くの逆方向からも同時に剣撃が振われていた。
それはシフォンの得意技、霞双刃である。
防御をする場合、初撃だけでなく同時に繰り出される不可視の2撃目、それをも同時に防がなければならないため実質防御不可。
回避する場合も、二つの剣閃が交わった瞬間に小爆発を起こすため紙一重で躱してしまうと、その爆発でダメージを受けてしまう。
シフォンは技を繰り出している一瞬の間にも、シャイルの動きを注視し続ける。
そのシャイルには回避する気配がない。
という事は防御するのだろう、と考えたシフォンはニッと笑う。
しかし、次の瞬間にシャイルの取った行動は、シフォンにとっては想定外であった。
シャイルは、シフォンの霞双刃の特性を瞬時に見抜いていた。
確かに武器を一本しか持っていない場合、もしくは霞双刃の特性を理解出来ていない場合には有用な技であっただろうが、いかんせんシャイルは双剣を使っている上、特性を完全に理解出来ている。
そんなシャイル相手に霞双刃を選択したシフォンは、悪手であったといえよう。
双剣士との戦いが、圧倒的に経験不足である事が浮き彫りになった結果となる。
シャイルは双剣を体の前でクロスさせ、それを外へと向けて思い切り振り払う。
その瞬間、シフォンの霞双刃は2撃とも弾かれ、キィン!という2つの金属音が一度に重なって聞こえてきた。
そして弾かれたシフォンは、剣を大きく後ろへ持っていかれる。
シャイルは両の剣を振り払った為、胴体ががら空きとなる。
その隙をヴェリーは見逃さない。
自身が繰り出せる最速の突きを、シャイルの胴体へと向けて撃つ。
シャイルはその突きを、自分に当たるギリギリまでひきつけてから身体を捻り、紙一重で躱す。
そして右の剣を逆手に持ち、左の剣を順手で持ちながら突進し、剣を後ろに反らされ体勢が整えられていないシフォンの横をすり抜ける。
渾身の突きを繰り出したヴェリーも、シャイルの速さに対応する事が出来ていない。
シャイルはシフォンの横をすり抜けるのと同時に、逆手に持った右の剣の刃をシフォン首筋に当て、順手で持っている左の剣先を伸ばして後方にいたヴェリーの首元に突きつけていた。
剣を突きつけているシャイルも、首に剣を突きつけられている2人もその状態で止まっていた。
「ま、まいったよ・・・」
と、シフォンが口にする事でシャイルは剣を下ろした。
2人同時に剣を首につきつけられてしまったのでは、さすがに降参するしかないとシフォンは考え潔く負けを認めた。
その瞬間、シャイルとティラの勝利が確定したのであった。
登場人物
◆シャイル:謎多き主人公。シャイルの力や過去が少しずつ明らかにされてきている。
◆シフォン:勇者を志すクラスメイトの少女。剣士
◆ティラ :シフォンとシャイルに助けられたクラスメイトの少女。双子の妹。治癒魔法士
◆ヴェリー :シフォンと同室でクラスメイトの少女槍士
書こうと思っていて忘れていた事ですが、
シャイルが種族差別は許さないと言っていたにも関わらず
ロシブルに対して特別怒っていなかった件について
種族差別をしなさそうな者、種族差別をしてはいけない者などが種族差別をした場合、
例えばシフォンが勇者を目指しているにも関わらず、スフレールがエルフであり種族差別を受けているにも関わらず差別をしてしまったなど、
そういう時には、幻滅や戒め等という感情により、シャイルは激怒します。
逆に、最初からあからさまに種族差別をしているような者に対しては、
驚異や面倒な事にならなさそうな限りは意に介す事はありません。
勝手にしろ、という感じです。
特に魔族は普通の人々からは忌み嫌われている事を、シャイルは重々承知しているからです。
他の種族に関しても、致し方ない部分がある事を理解しています。
従って、シャイルが種族差別に対して必ず怒ると言う事ではありません。