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1-2 入寮

 あれから2日後。

 シャイルは学園へと足を運んでいた。

 それは学園に入学する為の手続きの為だ。

 勇者育成学園は、学園都市セントヘプタグラム南地区の中央に位置する。


 学園は思う以上の広さがあり、色々と迷いながらようやく目的である事務室に辿り着いた。

 事務室に必要な書類を受付に渡すと、学校案内やカリキュラムの資料を渡され、それと一緒に学生服と運動着を受け取る。


 丁寧に折りたたまれた新品の学生服は、黒をベースとしたブレザータイプであり、襟など所々に装飾として施された赤いラインや、胸の学園の紋章(エンブレム)などに(コダワ)りが垣間見える。

 学生服等は学費に含まれており、戦闘訓練などでボロボロになる事を考え予備を含めて2着ずつ支給される。

 それ以上必要な場合は、自腹で購入しなければならない。


 制服と運動着は持っていたマジックポーチにしまう。

 マジックポーチと言っても形状は様々で、本当にポーチタイプの物やバッグタイプ、ショルダータイプなどがある。

 中に入る容量は別として、サイズがポーチくらいの為にそう呼ばれている。


 マジックポーチの容量は所持者の魔力量に相当し、入れ口を通せる大きさは値段に相当する。

 というのも、マジックポーチの値段はピンからキリまであるのだが、安い物だと入れ口と同じ大きさの物しか通せず、高い物だと家具などの様に入れ口よりも大きな物でも通す事ができる。

 本当に高級となると、大きさの際限が無い物もある。


 シャイルが持っているマジックポーチは、ショルダータイプであり値段もそれなりの物なので、ある程度の大きさの物でも入れられる。

 今回は制服と運動着だけなので、安物でも特に問題はないのだが。


 それから学園寮に入る事になっているシャイルは、学園寮の場所や規則の書いてある資料と入寮証を受け取った。


 学園寮は部屋には必要最低限の家具も置いてあるし、食堂や共同の風呂もあるため、自分で買い揃える物はほとんど無い。

 強いて言えば、着替えなどの日用品くらいの物だ。


 学園寮は男女別となっているが、建物自体は一緒である。

 玄関から入って右側が男子寮、左側が女子寮であり、さらには中央が教師寮となっている。


 借りられる部屋は2階から4階であり、男子寮・女子寮・教師寮はそれぞれ壁で仕切られ、互いに行き来する事が出来ないようにしてある。


 特に女子寮には、教師といえどもよほどの緊急事態が起こらない限りは男子禁制だ。

 男子寮には女子生徒の立ち入りは厳禁。

 女性教師や管理人に限り、許容の範囲で男子寮への立ち入りを認められている。


 これを守らなかった場合は厳しいペナルティーを科せられる事になるのだ。


 そして、1階には学園寮管理人室や男子寮・女子寮管理事務所、食堂やお風呂、洗濯室や歓談室などが設けられている。


 学園寮管理人室は玄関付近、管理事務所やお風呂、洗濯室、談話室などは男女各寮に、食堂は中央でキッチンを隔て男女に分けられている。


 寮内で唯一男女兼用なのが、エントランスホールにもある談話室や、寮裏手に隣接し中から直接行く事が出来る室内訓練場とトレーニング室、その中にある休憩室、それと室外訓練場である。

 室内訓練場へ行くまでは男女別であるのだが。


 これだけ設備が揃っていながらも、勇者養成機関は国営なので学費も寮も格安で入る事が出来る。

 卒業後の就職先が確約されている以外で、入学希望者が殺到する要因の一つでもある。


 ただ、実力の無いものは最初から入る事が出来ないため、万が一受かれば幸いと考え記念受験をしている者も少なくない。



 貰った資料に軽く目を通したシャイルは、一緒に貰った学園寮の場所を記した地図を見ながら歩いていく。


 資料の中には、自分の寮の部屋やクラスの事に関して書いてある物はなかった。

 寮は行けばすぐわかるからいいものの、クラスに関しては入学式当日に入学式に出席する事で初めて教えてもらえるようになっている。



 入学生は400人で、1クラス40人の10クラスとなる。

 多いと思うかも知れないが、最終的に卒業する者が1/4程までに減る上に、卒業後は故郷の国に戻る者がいる事を考えると少ない方なのである。


 だからといって、入学生を増やした所で卒業できる人数に変わりが無い上、人数を多くするせいなのか質が下がってしまう。

 入学生を減らした場合は、卒業生が減ってしまうのは当然だ。

 これらはすでに実証済みである。


 そこから得た結論が、入学生の適正人数は400人であるという事なのだ。



 とりあえずクラスに関しては当日わかるのだからと、シャイルは特に気にする事はない。


 それよりも寮の事だ。


 シャイルは本当なら一人部屋が良かったのだが、二人部屋しかないらしく他の新入生と相部屋になるとの事。

 しかも学園寮は学園の敷地内にあるのだが、この敷地内というのが曲者でかなり広大なのである。


 事務室を出てから20分程歩いて、ようやく寮が見えてきた。


 玄関に入るとすぐに管理人室があり、そこで鍵を受け取る事になっている。


「すみません、今日からここに入室する事になっているんですけど」


 小窓を覗いても人がいなかったので、シャイルはガラスを開け中に呼びかけてみた。

 すると、奥の陰になっている所から、どたばたと慌てたような音が聞こえてきた。


「はいは~い!ごめんね~、お待たせしちゃったね!」

「・・・子供!?」


 奥から出てきたのは、ピンク色の髪をツインテールにした見た目が12歳前後の女の子が現れた。


「失礼ね!こう見えても、貴方よりもずっと大人ですぅ~!」


 抗議するように口を尖らせながら語尾を伸ばす様は、どう見ても子供にしか見えなかったのだが、シャイルはさらに(ヤブ)をつつく様な真似はしなかった。


 彼女を見て思わず子供と口にしてしまった時、背筋がゾクッとしたからだ。

 今も頬を膨らませながら抗議の目で見つめてくる彼女から感じられる雰囲気は・・・



 シャイルは気を取り直し、その雰囲気に気づかないフリをしながら目の前の女性に声をかける。


「あ、そうでしたか、それは失礼しました。・・え~と、今日からここでお世話になることになっているんですけど」

「ああ、新入生だね?入寮証は貰ってきた?」


 シャイルは入寮証を渡すと、目の前の女性は入寮証に書いてある名前を見て「シャイル、シャイル・・・」と言いながら、台帳の様な物を確認している。


「あった、203号室だね。はい、これが鍵だよ!部屋まで案内するかい?」

「いえ、先程貰った資料を見ればわかりますので」


 寮は階ごとに学年が別れており、4階は三年生、3階は2年生、2階が1年生の部屋となっている。

 そのため、部屋番号でもわかるようにシャイルの部屋は2階にある。


 たった1階上るだけだし、部屋番号もわかっているのだから案内してもらうほどの事ではない。


「そう?じゃあ簡単に規則だけ説明するね。細かい事はその資料を見てもらうとして、必ず守ってもらわないといけない事は、異性の寮には行かない事、門限を守る事、寮内では無断での喧嘩や決闘はご法度、この3つだけは絶対厳守だよ!そうじゃないとペナルティー、最悪なら退寮もあるからね~」

「わかりました。ありがとうございます」


「・・・ふ~ん、へ~、ほ~、なる程なる程・・・これはこれは・・・」

「??」


 シャイルが礼を述べた後、彼女はシャイルの全身をまじまじと眺め、何かをしきりに感心しているようである。


「どうかしました?」


 シャイルは何か見透かされているようで少しだけ不快感を抱いたのだが、それを顔に出す事はせずに視線を遮る為に声をかけた。


「ああ、いやいや・・・うんうん、貴方は見た目によらず素直でいい子だね~。やっぱりお姉さんが案内してあげよう!」


 シャイルの質問には答えることはなく、誤魔化すようにとってつけたような言葉を呟く。

 さらには案内をするとまで言い出す始末。


「見た目によらずって・・・別に道に迷う程の事じゃないんで、案内はいいですよ」


 先に述べたように案内は不要であるし、これ以上一緒にいると見透かすような視線に晒され続けそうだと考えたシャイルは、やんわりと断ったのだが・・・


「まあまあ、お姉さんの言う事は素直に聞くものだよ」

「お姉さんて・・・」


 お姉さんぶる彼女はシャイルの言っている事には聞く耳持たずに、急いで管理人室から出てきた。


「はい」

「??」


 そして彼女は出てくるなり、さも当然とばかりに両手を上げて何かを催促してくる。

 しかしシャイルには、その行動の意味がさっぱりわからない。


「もう察しが悪いなぁ!いいから、その背中の剣は外してから後ろ向いてしゃがんで!」

「???」


 シャイルは訳がわからなかったが、とりあえず彼女に言われるがまま行動をする。

 すると・・・


「とぉ~!」


 という叫び声と共に、シャイルは背中に重みを感じた。

 彼女はシャイルの背中に飛び乗ったのだ。


「ちょ、何してるんですか!?」

「いいからいいから、このままレッツゴー!」


「これのどこがお姉さんなんですか!?」

「まあ、あまり細かい事は気にしないで」


「それに仕事があるんじゃないですか?」

「それはほら、私って優秀だから?」


「なんで疑問系なんですか?もしかして・・・仕事をサボる口実を作ろうとしているわけじゃ・・・?」

「ギクッ!そ、そんなわけないじゃん!」


「ギクッて口で言う人初めて見ましたよ」

「あ、あのねえ、あんまりお姉さんをからかうんじゃありません!」


「背中に乗られたまま言われても・・・」

「もう、いいから早く行きなさい!」


 最後には命令されてしまう。

 仕方が無いので、シャイルは彼女をおんぶするように背負ったまま自分の部屋へと向かう。


「あ、そうそう。遅れたけど、私は管理人のエンゼルランだよ。可愛らしくエンジェルちゃんって呼んでもいいんだよ?」

「この状態のまま自己紹介!?・・・はあ・・・わかりましたよ、エンゼルランさん」


「ちょっと!エンジェルちゃんって呼んでって言ったでしょ!?」

「いや、あまりにもふざけ過ぎでしょう?エンゼルランさん」


「ごめん、許して・・・エンゼルランって呼ばれるのは堅苦しくて苦手なの・・・お願いだから、せめてランもしくはエンジーって呼んで・・・あ、エンジーは親しい人にしか呼ばせて無いけど、貴方には特別許しちゃうよ」

「・・・わかったよ、エンジー」


「ええ!?確かに私が許したとはいえ、いきなり呼び捨て!?しかも敬語まで無くなったし!」

「いや、だって・・・エンジーに敬語は辛い。今までの言動から、どう見ても年下にしか見えないし」


「ガーン!!こんなにナイスバデーで色気ムンムンなお姉さんに向かって何てことを・・・」

「だったら、背中から降りなさい!」


 シャイルはエンゼルランの言葉の中身は軽くスルーしておいて、背中から降りるように告げる。


「ごめん!それは無理!」

「・・・」


「だって貴方の背中は乗り心地がいいし」

「・・・」


「・・・ごめん、怒ったの?」

「・・・いや、怒ってはいない。なんかまあ、エンジーって面白いなって思ってさ」


「ちょっとぉ!そこは、可愛いねとか綺麗だね、でしょ?」

「ああ、可愛いな」


「ちょっ!!」


 シャイルは言われるがまま素直に口にすると、エンゼルランは意外にも顔を赤くしながらうろたえた。


「貴方って実は、天然の女垂らしでしょ・・・?」

「何か言ったか?」


「ん~ん、何も言ってな~い」

「??」


 エンゼルランが小声で言った言葉はシャイルの耳には届かなかった。

 頭に?マークを出しながらもシャイルは男子寮に入り、中央にある階段から2階に上がっていく。


 ちなみに、男子寮は女人禁制じゃなかったっけ?とシャイルは疑問に思ったのだが、エンゼルラン曰く、自分は管理人なのだからこのくらいなら許容の範囲なのだとか。


 この寮の規則は、どれだけこの人に甘いんだ?と心の中で溜息を吐きつつ、シャイルは自分の部屋を探している。


「そうそう、同室の子はもう既に部屋にいるからね」

「そっか」


「名前は・・私が教えるよりも直接聞いた方がいいね!ということで、そこは会ってからのお楽しみで!」

「ああ、わかったよ」


 何がお楽しみなのかはわからないが明るいエンゼルランに対し、シャイルにとっては相手が誰だとかは別にどうでもいい事であったので空返事で応える。


 話していると、すぐに自分の部屋番号が書いてある部屋を見つけた。

 するとエンゼルランが残念そうな声を上げる。


「あ~あ、もう着いちゃった」

「そりゃあ、寮内で2階までなんだから、すぐに着くに決まっているじゃないか」


「それはそうなんだけどぉ・・・あ、いい事考えた!このまま私を背負って、一生私の手足となって生きていかない?」

「ぶっ!な、何を言ってるんだ!?どこがいい事なんだよ!?しかも一生って」


「ええ~?いいじゃない!思っていた以上に乗り心地がいいんだもん」

「俺はエンジーの馬車でも執事でもありません!」


「あ!それいい!学園辞めて私の執事になろっか!」

「入学もまだしてない、この段階で辞めろと!?しかも何勝手に俺の進路を決定させてんだよ!?入学前に俺の人生を頓挫させないでくれ」


「ええ~?いい考えだと思ったんだけどなぁ」

「冗談はもういいから、いい加減に背中から降りなさい!」


「うう~、もう少し貴方の背中を堪能したかったなぁ」

「はいはい、いいからさっさと仕事に戻りなさい!」


「はぁ~い」


 シャイルに叱られてしまい、エンゼルランは渋々背中から降りた。

 そして仕方無しに管理人室に戻ろうとしたエンゼルランは、何かを思い出したように振り返り。


「あ、言い忘れていたけど・・・これから宜しくね!シャイル君」

「ああ、宜しく。エンジー」


 一言だけ挨拶を残して去っていった。




 シャイルはエンゼルランが戻っていく姿を見送ると、ノックをしてから部屋の鍵を回しドアを開けた。


 中に入ると、左側に二段ベッドがあり、右側には机と椅子が2セット備えてあった。

 その二段ベッドの下段に、座っている人がいた。

 その彼はシャイルの姿を見ると立ち上がり、笑顔で声をかけてきた。


「やあ、君が同室になる人だよね?僕はスコティー。これから宜しくね」

「ああ、俺はシャイル。こちらこそ宜しく」


 スコティーはシャイルよりも身長が低く、茶色の髪をギリギリ目にかからないくらいの長さで揃え、ぱっと見では頼りないというか虫も殺せなさそうな優しい顔をしている。


 シャイルはスコティーが握手を求め差し出された手を取った。


 そしてスコティーは、シャイルが握手した手とは反対の手に持っていた剣を見て尋ねる。


「シャイル君は剣士(フェンサー)なの?」

「うん?ああ、まあ一応は。スコティーはどうなんだい?」


 スコティーの口から出た剣士(フェンサー)とは一般的に武器職と呼ばれ、主とする武器・魔法の職業の総称であり一般の職業とは異なる。


 剣士(フェンサー)以外にも僧兵(モンク)槍術士(ランサー)魔術師(ウィザード)治癒魔法士(ヒーラー)etc…もこれに含まれる。

 さらに武器職には熟練度合いによって、上級職も存在する。


 そしてこれらは、主に人族(ヒューマン)の間で用いられる。

 というのも他の種族は、種族によって得意な系統が似ている為、武器職で分ける必要が特にないというのが理由だ。


 ただし、人間(と言うと人族の事を指す)社会に溶け込んでいる、もしくは共存している場合は武器職を用いる場合がある。



「うん、僕も一応は剣士(フェンサー)だよ。実力はまだまだだから、この学校には多分ギリギリで受かったんだろうけどね」

「そうか?でも毎日剣を振っているんだろう?」

「!!」


 シャイルはさっき握手をした時に、スコティーの手のひらが豆で硬くなっている事に気づいていた。

 そうとう剣を振らないと、そこまではならない。


 それに七部袖から垣間見える腕の筋肉もしっかりと付いている。


「あ、あははっ、君にはわかるんだね。でも・・・僕は今まで誰にも勝った事がないんだよ・・・」

「ふ~ん、そうなのか」


 スコティーには素質がありそうなのに、勝てない理由がシャイルにはわからなかったのだが、会ったばかりの相手に踏み込みすぎるのもどうかと考え、それ以上は聞かなかった。


「でも、僕には夢があってこの学園に来たんだ」

「夢?」


「うん。僕はこの国の西隣にあるナバール皇国出身で、皇帝陛下が国を治めてくださっているんだ」

「皇帝陛下?」


「そう、僕はいつかその皇帝陛下を守る皇帝守護騎士(インペリアルガード)になりたいんだ!」

「そっか、なれるといいな」


 スコティーが会ったばかりのシャイルに夢を語るその様子は、本当になりたいのだとわかるくらい眼が輝いていた。


 ちなみに騎士とは馬に乗って戦う者の事ではなく、国の機関に所属し国全体や中枢を守る事を主とした兵の事だ。


 もちろん馬に跨る騎士もいるのだが、それは騎士の中の役割の一つとしてである。

 そして、兵士が主に街の治安部隊となる。


 国内の役割として言うなれば、兵士(ソルジャー)は街・市民を守る警察、騎士(ナイト)は王族や貴族・国を守る軍の役割を担っている。

 もちろん戦争等の国としての戦いが起これば、兵士も騎士も前線に出て戦う事には変わりない。


 スコティーの語った皇帝守護騎士(インペリアルガード)とは、騎士としては最上級の役職であり、皇帝を直接守る役割を持つため、騎士の中でも特に秀でた者だけがなれる。


 ちなみに皇帝を守るから皇帝守護騎士なのであり、王を守る者は王国守護騎士(パラディン)と呼ばれ同格の存在となる。

 国によって呼び方が違うというだけだ。



「うん、ありがとう!シャイル君はどこから来たの?」

「俺?俺は各地を周っているからなぁ・・・まあ、ここに来る前にいたのはユーザビア王国かな」


「ユーザビア王国ってこの国の東隣の国だね。各地を周っていたって、生まれ故郷は?家族はどうしてるの?」

「・・・」


 初対面で随分、踏み込んで聞いてくるなとシャイルは思う。

 逆に初対面だから聞いてくるのも当たり前か、と割り切って考える事にした。


「あ、ごめん。いきなり聞きすぎたかな?」

「いや・・・俺の生まれというか故郷はウグダーラだ。俺の親は死んだし、家族もいないから気ままに旅をしているんだ」


「そ、そうだったんだ・・・ごめん」

「いやいい、気にしないでくれると助かる」


 スコティーは余計な事を聞いてしまったと落ち込んだのだが、シャイルは答えたくない事であれば最初から答えるつもりはない。

 なので、自分が答えた事で気にされてしまうと、かえって困るというものだ。


「う、うん・・・でも、ウグダーラって聞いたこと無い国だね?」


 気にしないでくれと言われたスコティーは少しだけ表情が戻り、触れてはいけないだろうと思う部分には触れずに気になる部分を聞いた。


「ああ、大陸の遥か遠くの小さな国だから、聞いたこと無いのも無理はないだろうなぁ」

「へえ、そうなんだね・・・じゃあ各地を周っている君が、この学園に来た理由は何かあるの?」


「そうだなぁ・・・特にスコティーみたいに明確な理由はないね。しいて言えば知りたいことがあったからかな」

「知りたいこと?」


「ああ、まあ特に大した事でもないけどさ」

「そっか・・・あ、もう少しで夕飯の時間だけどすぐ行くの?」


 スコティーの質問に対しシャイルは少し濁すような発言をした為、これ以上は聞かない方がいいのだろうと判断したスコティーは話を変えることにした。


「いや、とりあえず少し休んで、貰った資料に目を通した後に行く。それにどうせすぐに行くと、混んでるだろうし」


 やはりどんな所でも、夕食時の食堂というのは一番込む時間であろう。

 落ち着いて食事をしたいと思ったシャイルは、ピーク時を外すのが無難だと考えた。


「そっか、そうだよね。じゃあ僕も読む物あるから、シャイル君が資料読み終わったら一緒に行こう?」

「ああ、わかったよ」


「じゃあベッドは上を使ってね。僕が他の人に背中を向けるなんて恐れ多いから・・・」

「それは構わないけど・・・」


 気にしすぎだろう?とシャイルは言いかけたが、こういう相手には何を言っても意味がない。

 そのため、途中まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 そしてそのまま二段ベッドの上に上がって荷物を置き、ゆっくり休む事にしたのだった。




 ☆




 シャイルが部屋に入りスコティーと話している頃、学園寮入り口前にて。


「あ~!ティラだ!」


 シフォンは見知った後ろ姿を確認すると、大声で叫びながら猛ダッシュで目的の人物に駆け寄った。

 声を掛けられたティラはそれに気づかなかったのか、そのままスタスタと寮に入ろうとしている。


「ちょっと待ってよ~!はあ、はあ、やっと追いついた!」

「え?何?アタシに言っていたの?」


 シフォンがティラに追いつき肩に手をやると、ようやく振り向いた。


「そうだよ!ティラって呼んだじゃない」

「アタシはティラじゃないし」


「は?どこからどう見てもティラでしょ?」

「はぁ~・・・アタシはティラじゃなくて別人よ」


 シフォンは言葉の内容が理解できなくて、困惑の表情を浮かべていると、寮の入り口から声があった。


「姉さん、鍵を貰ってきましたよ。私達は205号室みたい」

「え?え?えええええええええ」


 シフォンは寮から出てきた人物を見るなり、目の前の人物と指を差しながら何回も見比べて驚いた。


 そっくりと言うよりも、ほとんど全く同じ顔だからだった。

 強いてあげれば、ティラの方がわずかにタレ目、目の前の人物の方がわずかにつり目だという事くらい。


 それは一緒にいるからわかる事であって、別々に見たらあまりわからないくらいの違いであった。


「あ、シフォンじゃないですか」

「今度は本当にティラ?」


「はい、そうですよ?どうかしたんですか?」

「この()がアタシをティラと間違えたんだよ」

「あ、あはは~・・・」


「ああ、なるほどですね。これは姉がご迷惑をおかけしました」

「ちょっと!それじゃあ、アタシが悪いみたいじゃない!」


 シフォンが声をかけたのは、ティラの姉だったようだ。

 ティラの姉はシフォンが自分とティラを間違えた事を伝えると、ティラは姉が悪いとばかりに謝った。

 それに対してティラの姉は抗議している。


「では改めまして、こちらは私の双子の姉のショコラです」

「ちょっとぉ!アタシを無視するんじゃない!・・・まあいいわ。アタシはショコラよ。今後間違えないでよね?」

「ボクはシフォンだよ!宜しくね!・・・うん、もう大丈夫!はっきり覚えたから間違わないよ」


 ティラとショコラがそっくりなのは双子だったからだ。

 ショコラは無視された事を怒っていたが、いつもの事なのであろう・・・すぐに気を取り直して自己紹介をした。


 シフォンも自己紹介をしつつ二人の顔を何度も交互に見比べた後、うんうんと頷いて覚えた事をアピールしている。


「どうかしら・・・」

「大丈夫だよ!ボクの目は節穴じゃないよ!?一度覚えた人の顔は絶対に忘れないよ」


 シフォンの言葉を疑っているショコラに、以前シャイルと会った時にも言っていたように、見る目は確かだとばかりに胸を張る。


「・・・何をどうやったら、こんなに育つのかしら?」


 その張った胸を、羨ましそうに指でツンツンするショコラ。


「ちょ、ちょっと!何するのさ!?」

「ちょっと、姉さん!恥ずかしいから止めなさい!」


 いきなり胸をツンツンされたシフォンは、胸を手で隠すようにしながら後退りした。

 それを見ていたティラは少し顔を赤くしながら、ショコラを引き離していた。


「だって、ティラは気にならない?」

「姉さん!・・・それは、私だって気にならないわけじゃないけど・・ゴニョゴニョ」


 それでもしつこく食い下がるショコラに聞かれ、ティラもチラッとシフォンの胸を見ながら小声で呟いている。


「とにかく、この話はおしまい!ほら姉さん行きますよ!シフォン、また後ほどお会いしましょう!」

「ちょ、ちょっと!首!首絞まってるって!襟を引っ張らないで!」

「うん、じゃあまたね~」


 ショコラはティラに襟を掴まれ、強引に引きずられていくのをシフォンは見送った。



 二人が中に入っていった後、少し送れてシフォンも寮に入り、管理人室の窓から中に向って声をかける。


「すみませ~ん!今日から寮に入らせていただくシフォンです」

「は~い!ああ、新入生だね?」


 受付窓の近くにいたエンゼルランがすぐに顔を出す。

 そしてシフォンの全身をジーっと見ていた。


「へぇ~・・・これは・・・なるほどねぇ」

「あ、あの~?」


「はっ!い、いや・・・貴方、いい物を持ってらっしゃるねぇ!」

「え?え?」


 エンゼルランは誤魔化すようにシフォンの胸を指差して言い放った。


「もう!またなの~!?」

「また??私は一度しか言ってないと思うんだけど?」


 シフォンは連続で胸の事を言われ、胸を手で隠しながらつい口に出してしまった。

 エンゼルランは初めて会うはずだよね?という顔をしている。


「い、いえ、こちらの事です・・・」

「ふ~ん?ま、いっか。シフォンさん、これが貴方の部屋の鍵だよ」


「ありがとうございます!ところで、貴方のお名前を聞いてもいいかな?」

「うん、いいよ!私はエンゼルラン。可愛らしくエンジェルちゃんと呼んでもいいんだよ?」


 エンゼルランは見た目が子供なせいもあってか、シフォンも敬語を使った方がいいのか普通でいいのか迷いながら話している。


 それに対して特に気にする様子もなくエンゼルランは、シャイルの時と同じように愛称で呼んでと訴えかける。


「うん、わかりました!エンジェルちゃん!」

「ゾクゥ!!・・・うう、ごめん・・・やっぱり止めて。本当に言われるとは思ってなかったから、実際に言われるとすごく恥ずかしい・・・」


 エンゼルランは初めて会う人にエンジェルちゃんと呼んで欲しいと言っているのだが、実際は冗談であり本当に言われるとは思っていない。

 それを言った後の、相手の反応を楽しんでいるだけだった。


 それなのに、シフォンに普通にエンジェルちゃんと呼ばれた事で、あまりの恥ずかしさに身悶えてしまった。


「え?じゃあ、なんと呼べばいいのかな?」

「うう・・・ランでいいよ・・・ちなみに私はシフォンさんよりずっとお姉さんだからね」


「え、あ、そうなんだ?じゃあ、ランさん!これから、よろしくお願いします」

「うん、よろしくね~!」


 エンジェルちゃんと呼ばれる破壊力はすさまじかったようで、未だに悶えながらも何とか笑顔を作りシフォンに応えるエンゼルランだった。



 その後シフォンは女子寮に入り、2階にある自分の鍵番号と同じ番号の部屋を見つけ、ノックをしてから鍵を開ける。

 中に入ると、まだ同室の()は来ていないらしく誰もいない。


 シフォンは同じ部屋の娘の事やこれからの学園生活の事を考え、楽しみで仕方がなくウキウキしながら荷物の整理をするのだった。





地名

ナバール皇国:スコティーの出身国

ウグダーラ:シャイルの故郷。

ユーザビア王国:シャイルがセントヘプタグラムに来る前にいた国。



登場キャラ

シャイル:主人公

スコティー(スコティッシュフォールド):シャイルと同室の少年

シフォン:勇者を志す女の子

ティラ:シフォンに助けられた女の子

ショコラ:ティラの双子の姉

エンゼルラン(エンゼルランプ):学園寮管理人


武器職

剣士(フェンサー)


職業

皇帝守護騎士(インペリアルガード)


マジックポーチ:容量は魔力量に相当し、入れ口は値段に相当する。


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