2-14 2人1組(ツーマンセル)
あれから2週間ほど経ち、ロシブルは今のままでは勝てないと悟ったのか、シャイル達を襲撃する事も無く大人しくしていたため、それ以外にも特に何事も無く過ぎていた。
訓練授業は基礎訓練から少し実戦寄りへ移行し、今は別の武器職同士で2人1組になり、手合わせをすることになった。
別の武器職という事で、タルトやスコティーはシャイルと組む事が出来ない。
2人は少し残念そうにしていたが、シャイルは組む相手は誰でもいいだろうと特に気にする事はない。
プディン辺りと組もうかと考えていた所に、シャイルは背後に近づいてくる気配を確認した。
その相手がシャイルの背中に声を掛けた。
「あ、あの・・・シャイル、少しいいですか?」
その声にシャイルが振り返ると、ティラが少し俯いていた。
「ん?ああ、構わないけど、どうかしたのか?」
何かあったのか?と思いながらも尋ねたシャイルに、ティラはそうではないと首を振る。
「あ、いえ、大したことではないのですが・・・シャイルは、もう誰と組むか決まったのですか?」
ティラは上目遣いをしながら、少し遠慮がちに手をモジモジさせてシャイルに問いかける。
「いや、プディン辺りと組もうかと思ってはいたが、別に決めたわけではないさ」
「そう・・・ですか・・・あ、あの!では、もしよろしければ、わ、私と組んでいただけませんか?」
シャイルがプディンと組もうかと考えている事を聞いたティラは一瞬沈んだ顔をしていたが、まだ決まったわけではないとわかると、決心したような顔つきになり、両手を胸の前で組みながらシャイルにグググッと顔を近づけ、力強い眼差しで訴えかけていた。
顔を近づけると言っても、シャイルとティラは頭一個分位の身長差があるため、身体を寄せ付けるといった方が正しいのかもしれない。
シャイルは近いなと思いつつも、そのまま考える。
ティラはクーヘンバウムと組むと考えていた為に除外視していたが、彼女は攻撃魔法も多少使えるとはいえ、回復や補助がメインの援護タイプである。
であるならば、彼女には自分の強化やピンポイントで攻撃魔法などの援護をメインとしてもらい、自分が前衛で戦うのも悪くはない。
別に今回のペアでずっと続けるわけではないし、色々と試してみるのも面白いだろう。
プディンとは互いに知っている上、また機会はあるだろうし今回無理に組む必要もないとシャイルは考えた。
「ああ、わかった。ティラが俺でいいと言うなら、構わないよ」
シャイルがそう言うと、ティラの顔はパァーっと明るくなり、嬉しそうにシャイルの手を取った。
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「あ、ああ、それは構わないんだが、距離が近すぎるし手も離してくれないか?」
俺と組む事がそんなに嬉しい事なのだろうかとシャイルは疑問に思いながら、ティラとの距離が近すぎる事を指摘する。
「あっ!えっ、えっと・・・ごめんなさい!・・・私なんかが近づいた上に触れてしまって・・・嫌でしたよね・・・」
ティラはシャイルに指摘された事で我に返り、手と距離を離して頭を下げた。
そして、少しだけ悲しそうな顔をしながら、自分が近づいた事が嫌だったのだろうと告げる。
「ああ、いや、別に俺がティラに対してどうこうではなくて、一般的な男女として今の体勢はどうなのかと思ってな。それにむしろ逆で、俺みたいなやつがティラに触れるべきではないだろうな」
「そんな事はありません!た、確かに私のあの体勢は問題あるかもしれませんが、貴方が私に触れてはいけないなんて事、ありえるわけがありません」
シャイルの言葉をティラは力一杯否定した。
しかし、シャイルは首を振る。
「それはティラが、今まで俺がやった事を知らないから言える事だ。俺が何をしたのかを知れば・・・・・いや、すまん、何でもない」
シャイルは自分の事を誰にも語っていないのだから、ティラの反応が当たり前だと言えなくもない。
だからこそ、彼女の様に純粋な者に自分が深く関わるべきではないのかもしれないなと、シャイルは思い始めていた。
「もちろん、私はシャイルの過去を知りません。ですが、それがそんなに重要な事なのですか?過去を知らなければ、相手と触れ合う事は許されない事なのですか?」
「・・・・・・」
シャイルにしてみれば珍しく、問いかけられた事に答える事が出来ずに黙ってしまった。
「私は、ここにいる今の貴方を常に見てきました。その貴方は、自分の為よりも誰かの為にしか動いていない事を知っています。そんな貴方を私は誰よりも信頼しています。それで十分ではないですか?」
ティラはシャイルの手を取り、目に少しだけ涙を為ながら、そんな悲しい事を言わないで欲しいと訴えかけた。
シャイルは自分の手を取りながら話すティラを見て、この娘は純粋なのだなと思った。
しかし、純粋であるが故に、人の闇を知らなさ過ぎる。
人はどれだけ欲深いのか・・・
どれだけ醜いのか・・・
どれだけ汚いのか・・・
もちろん全ての人がそうだとまでは言わないが、そういう一面を持っている者がいる事も事実。
彼女はそんな闇を知らずに生きてきたのだ。
いや、それを知らずにいられるのであれば、無理に知る必要はないのだろう。
それ以上に、彼女達の様な者に知らせるような事があってはならないのだ。
それを知り、背負うのは自分のような者だけでいいのだと、シャイルは考えていた。
「そう・・・だな。いや、すまなかった。余計な事を言った」
「い、いえ・・・私こそ差し出がましい真似を・・・」
シャイルは自分の発言を素直に詫びた。
その言葉を受け、ティラも我に返り顔を俯かせている。
「それはそれとして、やはり手を離してくれないか?この状態は、なんか気恥ずかしいからさ」
「あっ!すみません!」
シャイルはティラがいつまでも手を握り続けている事に、少しだけ恥かしさを覚えた。
ティラも、自分がずっとシャイルの手を握っている事にようやく気づき、顔を赤くしながら大きく一歩引いた。
と、そこに・・・
「シャイルさん!私と組みませんか?」
スフレールがシャイルとティラに近寄りながら、そう話しかけて来た。
「いや、悪いけど、今回はティラと組むことになったんだ」
シャイルがそう言うと、スフレールは「がぁ~ん」と言いながら、この世の終りでも来たのかと思えるほど残念そうな顔をしながら項垂れてしまった。
「そう・・・ですか・・・」
「スフレールさん、すみません・・・」
落ち込むスフレールに対しティラは謝るものの、一大決心してシャイルを誘いOKを貰ったのだから、さすがに譲る事だけは出来なかった。
「まあその、なんだ・・・何も今回で決まったペアで一生組むわけじゃないんだから、これから組む機会はいくらでもあるだろう?」
「それはそうですけど・・・」
「い、一生・・・」
シャイルがフォローをしたのだが、スフレールには理解は出来ても納得出来ない顔をして、ティラはシャイルの発言の一部分にだけ注目してしまい、顔を真っ赤にしていた。
スフレールは、そんなティラの様子に気が付きはしたのだが、何事もなかったように振舞う。
「わかりました、今回はティラさんに譲ります。ですが次回は、絶対に私と組んで下さいね!」
「ああ、わかったよ」
「スフレールさん、ありがとうございます」
スフレールはこれ以上駄々をこねても仕方がないので、次の機会にと念を押してこの場をさった。
「スフレールさんには申し訳ない事をしてしまいました」
ティラはスフレールの後ろ姿を見ながら、ボソッと呟いた。
「そんな事はないだろう?別に誰と組んだっていいんだから」
「いえ、そういう事ではないのですが・・・」
「??よくわからないな・・・」
シャイルは、たかが授業でペアを組むくらい誰でもいいだろうと思ったのだが、ティラはシャイルの言葉を否定する。
否定されたシャイルには、全く意味がわからなかった。
「まあ、確かにシャイルに取ってみれば、関係無い事なのかもしれませんね」
「・・・ますます意味がわからん」
頭にクエスチョンマークを浮かべながら首をかしげるシャイルを見て、ティラはクスッと笑っていたのだった。
全員がペアを組んだ事で、訓練授業が開始される。
「いいかお前達!自分の相棒がやられても、まずは目的を達成させる事を最優先させろ!今回の事に関して言えば、助ける事を考えるより相手を倒す事を考えろ!なぜなら、相棒を助けようとする間に自分がやられてしまえば、助けようとした相手も助からないんだからな!これは多数での戦いにおいても同じ事だ!」
授業を担当する教師のウォンバルトが、声を張り上げて多対多での戦い方を指導する。
シャイルはウォンバルトのその言葉に、一瞬だけ顔に反応を現した。
(やはり・・・始まった・・・か)
シャイルは内心、苦々しい思いをしていた。
彼がこの学園に来た理由・・・
それはある事を探る為・・・
そして、それが本当に行われているのであれば是正をするため。
結果、その一端を垣間見てしまった事になる。
杞憂であれば、それはそれで構わないと思っていたのだが、その思いは叶わなかったのだ。
だが今はまだ、全ての始まりでしかないと考えている。
そのため、表立って動くわけにもいかず大人しくせざるを得ない。
今は行動を起こすよりも情報が必要である。
それに、何も知らない他の生徒まで巻き込むわけにはいかない。
行動を起こすには、ある程度は出揃った上に、誰も巻き込まない状況を造りださなければならない。
とりあえずシャイルは、機を見計らう事にして大人しく授業を受ける事にした。
「これから模擬戦を始めるが、適当にやりたい相手とやって構わん。もし、対戦相手が決まらないようであれば、俺が決めてやるからな」
ウォンバルトのその声に、各々が戦いたい相手に声をかけ、対戦相手を決めていく。
シャイルはそれこそ対戦相手などは誰でもいいし、ティラは「シャイルにお任せします」と一任しているので、余った者とでもやろうかと考えていた。
そんなシャイルに、声をかけてきた者がいる。
「ねえ、シャイル。ボク達とやろうよ!」
それはシフォンであった。
シャイルにとっては意外な事だった。
シフォンは強い者を求める傾向があったため、まさか自分に声をかけてくるとは思わなかったからだ。
「ああ、まあ・・・別に構わんけど、シフォンなら他に戦いたい相手がいるんじゃないのか?」
シフォンだけでも面倒くさいと思う上に、シフォンが組んだのはヴェリーである。
一応、2人とも近接タイプとは言え、剣と槍で別の武器職であるから組む事自体は問題ない。
ただ、シャイルのペアはティラである。
そうなると、支援タイプの彼女に2人のどちらかを任せるわけにはいかない。
であるならば、ティラに支援をしてもらいつつ、シャイルが2人の相手をしなければならないのだ。
正直、これほど面倒くさいと思う事はない。
シャイルはそう考えての先ほどの発言である。
出来れば、別の相手を見つけてくれと暗に言っているのである。
しかし、それを察する芸当などシフォンは身につけてはいなかった。
「まあそりゃあ、他にも気になる人はいるけど、なんだかんだで君とはまだ戦えていないからね。ずっと気になっていたんだよ」
「ったく、よりにもよって2人1組の時かよ・・・」
それだったら自分が一人の時に来てくれよと思って、シャイルはわかりやすく溜息を吐いた。
「シャイル、すみません・・・」
「いや、ティラが悪いわけじゃないさ。空気を読めないシフォンが悪いんだ」
「そうそう、ティラが悪いわけじゃないよ。空気を読めないボクが・・・って、そうじゃなくって!・・・空気が読めないんじゃなくて、ボクはこの機会を最初から狙っていたんだよ!」
自分が足手まといになると考えたティラがシャイルに謝ると、シャイルはティラのせいじゃなくてシフォンのせいだと告げる。
それにノリツッコミをしながらも、シフォンは何も考えずに声をかけたのではなくて、声をかけたのには意味があると主張している。
ヴェリーはシフォンから誰と戦うという事を伝えられているので、特に文句をいう事も無く黙って様子を見ている。
「だって、今まで見ていたわかったけど、君は1対1だと本気でやらないよね?」
「・・・いや、本気でやっていたけどな」
「うん、まあ、何を持って本気とするかはその人次第だから、そう言われると何とも言えないけどね・・・じゃあ言い方を変えるけど、全力では戦ってはいないよね」
「・・・・・」
「その沈黙は肯定と受け止めるよ?まあ、君は負けても全然悔しそうにしていないし、常に余力を残して戦っているように見えたからね」
余計な事ばかりちゃんと見ていやがると、シャイルは内心で舌打ちをする。
「そんな君でも、身近な人の為には一生懸命みたいだしね。だったら今回君は、ティラと組んだ事によってティラの為に真面目にやらざるを得ないだろうと思ったんだよ」
「一生懸命って・・・・はあ・・・わかったわかった。相手をするから、もうそれ以上余計な事は言わなくていい」
シフォンが、聞いていて恥かしくなるような事をずけずけと言う為、シャイルは余計な事を言わずに最初から素直に受けていればよかったと後悔した。
シャイルの言葉を聞いたシフォンは、シャイルに言葉で勝った為なのか戦うことが出来る為なのか、或いは両方の思いがあってなのかニコッと笑っていた。
2人の様子を見ていたティラは苦笑いを浮かべ、ヴェリーはやれやれといった表情を浮かべていたのだった。
登場人物
◆シャイル:謎多き主人公。シャイルの力や過去が少しずつ明らかにされてきている。
◆スコティー(名前のみ登場):シャイルと同室でクラスメイトの内気な少年。シェットランとのわだかまりが少しずつ解け始めてきた。剣士
◆シフォン:勇者を志すクラスメイトの少女。思慮深い一面もあるが、それ以上に猪突猛進な所は否めない。剣士
◆ヴェリー:シフォンと同室でクラスメイトの少女。勝負事には勝ち気だが、普段は一歩引きながら周りを見て、シフォンのフォローに回る事が多い。槍士
◆ティラ:シフォンとシャイルに助けられたクラスメイトの少女。シャイルにお礼を言いたいと思い続けてきた結果、シャイルが気になる存在となっている。治癒魔法士
◆タルト(名前のみ登場):シャイルと知り合いの魔族でクラスメイトの少女。魔族だけあって、ポテンシャルはかなり高い。双剣士
◆プディン(名前のみ登場):シャイルと知り合いの天人族でクラスメイトの少女。フワフワした成果で天然気味。
◆スフレール:人間と偽り学園に通っているクラスネイトでエルフの少女。シャイルと話した事で、シャイルが助けてくれるのではと期待を込めている。狩人
◆クーヘンバウム(名前のみ登場):入学式の自己紹介時にシャイルが気にしたクラスメイトの少女。訓練で一緒だったティラに懐いている。隠密者
◆ロシブル(名前のみ登場):魔族に殺意を持つクラスメイトの少年。普段のタルトを観察し、力を読み間違えた為、タルトに敗北。剣士
◆ウォンバルト:シャイル達J組の担任教師
後書きの登場人物に、物語上の出来事を少し付け加えたら長くなってしまったので、次回からは簡単に一言のみにしておきます。
もし、今回の様に少しずつ情報を入れておいた方が良いと思う方がいれば、今回の様にしてきます。
あと、中々更新が出来ておりませんが、一週間に一度のペースとか決めずマイペースに載せていきます。
いくら遅くても1ヶ月と言う事は無いと思いますので、ご了承下さい。