2-12 タルトvs・・・
あれから3日経った日の放課後、タルトは珍しく1人で学園を出て、寮に向かうでもなく学園の敷地内を歩いていた。
学園の広い敷地を探索でもするかのように、辺りを見渡しながら進んでいく。
それなりの広さがあり、それでいて目立たず人気のない場所に辿り着くと、そこで足を止めた。
そして誰も居ないにも関わらず、ボソッと1人呟く。
「さて、ここら辺でいいだろう」
その声は決して大きくはないが、周りにはよく通るものであった。
周りには誰も居ないのだから、タルトの呟きに何か反応があるはずもない。
タルトは特にそれを気にする事も無く、その場で腰に下げた双剣を抜く。
それは模擬剣などではなく、自身の愛剣である。
そして、タルトは徐ろに後ろを振り返りながら、右手に持つ剣を振るう。
その瞬間・・・
キィイイン!!
と金属を弾く音がした。
タルトが振った剣は、途中で止まっていた。
なぜなら、背後からタルトに向けて剣が振り下ろされ、それに気づいていたタルトは、受け止める為に剣を振るったのだから。
相手はそのまま押し切ろうと、力を込めている。
タルトはその力に押し負ける事はないが、だからと言って押し返す事も出来ずにいる。
そこでタルトは左手の剣も使い、剣をクロスさせて一気に力を込める。
その力で、相手の剣を弾くように押し返した。
「ちっ!」
押し返された相手は、舌打ちをしながら後ろに下がった。
この時が、タルトに殺意を持った者と正面から向かい合う、初めての瞬間である。
その相手は少年であり、顔は毎日見ているため知っている者だ。
クラスメイトなのだからそれは当たり前だが、顔は知っていてもタルトはもちろんの事、シャイル達も一度も言葉を交わした事はない。
そんな少年が魔族を目の前にして、憎悪をたぎらせた目で睨んでいる。
「どうした?それで終わりか?まさか、そのまま逃げるなんて事はないのだろう?」
タルトは、ここで逃げられても面倒だと考え、相手を挑発するように不適な笑みを浮かべながら話しかける。
「ちっ!やっぱり訓練では手を抜いていたのか!」
「ほう?さすがに、その程度の事には気づく事が出来たていたか」
相手はタルトの訓練を見ていて、大した実力ではないと思いつつも、どこか腑に落ちない感じはしていた。
ただ、訓練時では本気ではないとしても、それでも自分の実力なら勝てると自負していた。
それが、不意打ちを防がれた上に力負けをした事で、その情報が完全な偽りだったと気づかされ、苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
タルトは自分が手を抜いていたと感づかれていた事を、素直に賞賛する。
一応、その程度の事は見抜けるほどの力を持っているとわかったからだ。
逆に言えば、
それがばれた所でタルトにとっては大した問題とはならない、と言う事でもある。
というのも、この場に引きずり出す事が目的だったのだから、不信に思われようが何だろうが、今相手が目の前にいるという事が重要であるのだ。
ただタルトにとっては、思惑通りに進まなかったとしても、それはそれで何も問題はなかった。
その時は、タルトが正面からぶつかって叩き潰すか、直接対峙しなくても力を見せつければいいと思っていたからだ。
どちらかというと、タルトにとってはその方が楽だしストレスも発散出来るからいいとさえ思っていた。
しかしそれは結局、仮定の話でしかないのだが。
「ふむ・・それで、お前は確かロシブルといったか?」
「魔族風情が、俺の名前を気安く呼ぶな!!」
タルトは話を続ける前に、入学式の自己紹介時を思い出しながら、相手の名前に間違いがないか確認する。
彼女に殺意を向けていたのは、ロシブルと言う名のクラスメイトであり、タルトに名前を呼ばれた彼は激怒した。
「そうか、わかった。まあ、そんな事はどうでもいい。それよりもどうするつもりだ?まさか殺意の対象である魔族を目の前にして、戦う気がないなど興ざめする様な事は言わないだろうな?」
「ふん!そんなわけないだろ!お前は絶対に、俺が殺してやる!」
タルトが名前を確認したのは、話をする上で相手の名前を呼ぶ方がいいと考えた為で、相手がそれを否定するのなら、はっきり言ってどうでもいい事であった。
元々、目の前にいる相手の名前には興味がないのだから。
そんなどうでもいい名前の事はさておいて、タルトはさらに挑発し、戦わないという逃げ道を塞ぐ。
もちろんロシブルも、対峙したからには逃げるつもりなどは毛頭無い。
訓練時には手を抜いていた事がわかったとはいえ、不意打ちを防がれ押し返された事で、タルトの実力を上方修正したとしても、本気を出せばまだ自分の方が上だという自信があったからだ。
何よりも、彼の目的を達成する為に、避けては通れない道でもある。
「私を殺す気なら、ただ見ているだけでは不可能だぞ?さっさとかかってきたらどうだ?」
「言われなくても・・・すぐに殺してやるさ!!」
タルトは剣を構えるでもなく挑発を続ける。
実際には彼女は構えていないのでは無く、剣を持った両手を身体の横に垂れ下げた無形の位で待ち構えているのだ。
そしてその挑発にのったロシブルが、殺すといった瞬間に足に力を込め、一瞬でタルトとの間合いを詰める。
そして、不意打ちの時には速さを重視した為、余計な力を入れていなかったのだが、今度は若干速さが落ちても力を重視して腕に力を込めながら剣を振り下ろす。
さっきの感じからすると、相手は自分の力を過信している。
それならば、攻撃を避けずに受け止めるだろうと考えての事だ。
ロシブルの予想通り、タルトは振り下ろされた剣に対して避けずに、双剣をクロスさせて受け止める。
「ぐっ!」
タルトは簡単に受け止められると思っていたが、先程よりも重い一撃に顔をしかめる。
更に力を込めるロシブルに対し、タルトはこのままでは押し切られると思ったのか、剣を双剣で受け止めながらも、地面を蹴って後ろへ下がる。
そして一度距離を取り、仕切り直そうとするタルトに、ロシブルがフッと笑いながら告げる。
「いいのか?そこは俺の間合いだぞ?」
そう言った瞬間、ロシブルは両手で持った剣を横薙ぎに振るう。
その剣速により空気の刃が発生し、タルトへと向かっていく。
タルトはそれを、持っていた剣で相殺する。
しかし、ロシブルは立て続けに剣を振るい、その刃を飛ばしてきた。
タルトはそれも剣で相殺するが、ロシブルは次々と刃を放って来る。
しかも、ロシブルは、振るった剣の勢いを殺さずに剣を返している為、ロシブルが剣を振るえば振るうほど速度が増し、刃が飛んでくる感覚が短くなってくる。
それでもタルトは双剣を使い対応しているのだが、徐々に完全には相殺しきれなくなってきて、相殺し切れなかった分のかすり傷を負い始めてきた。
その事に、タルトの顔も段々と苦々しいものへと変わっていく。
飛んでくる刃、全てには対応が出来なくなったタルトに向って、さらに刃が飛んでくる。
その刃に剣で相殺する事は無理だと悟ったタルトは、すぐさま回避行動に移った。
タルトの居たはずの場所を刃が通り抜けていく。
そして、タルトが避ける事を読んでいたロシブルは、斬撃を飛ばす事を止めてタルトの回避先へと突進し、剣を振り下ろす。
タルトは自分に向って振り下ろされる剣を、先ほどのように受けるのではなく、ロシブルの剣を弾き飛ばすように剣の腹へ向けて自分の剣を振るう。
ロシブルは剣を横に払われ少し体制を崩したが、逆にそれを利用して足を出して踏みとどまりながら、横薙ぎに剣を払う。
回避が間に合わなかったタルトは、両手を前に出し双剣でロシブルの剣を受ける。
その際にまともに受ける事はせず、少しだけ両足を浮かせて衝撃を受け流す事を選択する。
その結果タルトは、ロシブルの剣の勢いにより数m吹っ飛ばされてしまう。
後方に飛ばされたタルトは、一回転しながら危なげなく着地した。
そしてすぐに構えなおして、相手の出方を伺う。
「ちっ!仕留め切れなかったか!」
ロシブルは今の攻撃でタルトを倒すつもりだったようだが、仕留め切れずに舌打をする。
「いや、今のは中々悪くなかったぞ」
ロシブルの言葉を聞いたタルトは、今の攻撃を素直に賞賛し、にやっと笑う。
逆にそれがロシブルの気に障ってしまう。
「余裕のつもりか!?馬鹿にするな!!」
「馬鹿にしているつもりはないぞ?私の予想を超えた攻撃だったのだからな。正直驚いたぞ」
「ふざけるな!!魔族風情が上から物を言いやがって!!」
「ふっ、まるで駄々をこねる子供だな」
感情的なロシブルに対して、タルトはあくまでも冷静に対応し、そして子供のようだと苦笑する。
「うるさい!だまれ!だまれ!だまれーーー!!」
タルトの言葉に激高したロシブルは、タルトに向って突進する。
怒りに身を任せたロシブルの攻撃は先程までとは違い、ただ力任せに剣を振るう。
剣技も何も無いただの力技であれば、タルトにとっては防ぐ事は造作も無い事である。
何度も何度も打ち込まれる剣撃、その全てをタルトは防いでいる。
「どうした?先程までとは全く違うじゃないか。それでは魔族を殺す事など夢のまた夢だぞ?」
「うるさい!黙れって言ってんだよ!!魔族は、俺が必ず殺してやる!!」
傍から見ればタルトが撃ち込まれ、押されているように見えるだろう。
しかし実際には、タルトは難なく防いでいる上、ある狙いによってわざと撃ち込まれているだけである。
もしロシブルが冷静であれば、その狙いにも気づく事も出来たのだろうが、頭に血が上っている今の状態では、それは無理な話であった。
タルトが撃ち込まれるごとに、その狙いは着実に達成へと向う事になる。
そして・・・
ガキィーン!!
その音と共に、ロシブルの剣が折れた。
ありえないその現実に、ロシブルは驚愕の色を顔に浮かべる。
なぜロシブルの剣が折れたのか・・・
武器破壊、それがタルトの狙いだったからだ。
タルトは防いでいる時に、寸分違わず同じ箇所に撃ちこんでいた。
その結果、ロシブルの剣の耐久が徐々に衰え、段々と亀裂が生じ、最終的には衝撃に耐えられなくなり、折れてしまったのである。
そして、ロシブルの剣が折れ驚愕しているその瞬間にタルトは距離を詰め、剣は使わずに強烈な拳をロシブルの腹に叩き込んだ。
「がはっ!」
あまりに強烈な一撃を受けたロシブルは、身体がくの字に折れ曲がり、口からは息と涎が漏れ出る。
「ごほっ、ごほっ・・・くっ、くそっ・・・!」
腹に受けたダメージで咳き込みながらも何とか踏みとどまり、腹を押さえながらタルトを睨みつける。
しかしその足は、ダメージにより震えている。
タルトはそれ以上の追撃をする事は無く、ロシブルの視線を真っ向から受け止めていた。
そしてロシブルが何かを言おうとした瞬間・・・
「終わったようだな」
と、ロシブルの背後から声が聞こえてきた。
登場人物
★シャイル:謎多き主人公。今回登場無し
★タルト:シャイルと知り合いでクラスメイトの少女。双剣士
★ロシブル (ロシアンブルーから):初登場。タルトに殺意を持っているクラスメイトの少年。剣士