2-8 シャイルの休日 金髪美女との遭遇 前編
週末の学園休日にて。
シャイルは1人、ある目的の為に西地区を歩いていた。
武具店やアクセサリー店などが立ち並ぶ商店街を抜けて、広場へと差し掛かる。
広場では週末になると、以前と同じようにフリーマーケットが開かれている。
学生が平日の間に自分達で作った物を、売りに出しているのだ。
シャイルは目的の人物がいないか探しながら、広場を通り抜けていく。
今日はここに居ない事を確認したシャイルは、そのまま広場を抜けて鍛冶錬金学校へと足を向ける。
しばらく歩き、学校の門が見えてきた。
門の前には、警備員と思われる者が2人ほど立っている。
シャイルは警備員に学生証を提示し、会いたい人がいる旨を伝える。
きちんと身分を証明する事が出来れば、別の学校であっても入る事は可能である。
ただし、入る事の出来る場所は限られており、門で渡される仮入校証を一目でわかる位置に付けておかなければならない。
この仮入校証は、魔法付加されているアクセサリーで、学校内を警備する者と反応する様になっており、隠していてもわかるし居場所も筒抜けになっている。
そのため、無駄に隠してわざわざ怪しまれる様な事をする者はいないし、許可された場所以外に入ってもすぐにばれるため、それも出来ない。
ちなみに、一度受け取った仮入校証を許可無く身体から離すと、仮入校証から警報が鳴り響き警備員が押し寄せてくる事になる。
シャイルは仮入校証を受け取り、目的の人物がおそらく居るであろう学生寮の場所を聞き出す。
素直に教えてくれた警備員にお礼を言って、学生寮へと向かう。
鍛冶錬金学校も勇者養成学園ほどではないが、それなりに広大な敷地を持つ。
10分程歩いてようやく学生寮へと辿り着いた。
シャイルは学生寮の入り口で、管理人に自分の学生証を見せながら、目的の人物がこの寮にいるかどうかを確認する。
管理人は、おそらく名簿と思われる資料を見て、入寮している事を教えてくれる。
その人物が、今部屋にいるなら呼び出してほしいと伝えると、快く承諾してくれて、エントランスの椅子に座って待っている様に進めてくれた。
シャイルは椅子に座り、待つ事5分。
ドタドタと走る音と、「寮内で走るんじゃありません!」「あ、すみません!」というやりとりが聞こえてきた。
そして・・・
「シャイル君!!」
「やあ、ペキニー。そんなに慌てなくてもよかったんだぞ?」
シャイルが探していた人物はペキニーであった。
「いや、まさか僕を訪ねてくれるとは思わなかったので、嬉しくて・・・」
「前にも、もしかしたらお世話になるかもしれないと、言っておいただろう?まあ、こんなに早くなるとは、俺も思わなかったけど」
「え、いや、だって・・・あの時は社交辞令かと思っていたので、本当に僕を必要としてくれるとは思っていなくて・・・」
「俺は社交辞令とか、そんな無駄で面倒な事は言わんよ」
シャイルの言葉を聞いて、ペキニーは嬉しそうに微笑んだ。
「そっか、ありがとう」
「礼を言われるようなことは、言ってないんだが・・・」
「僕が勝手に言っている事だから気にしないで・・・それで、今日はどのようなご用件があったんですか?」
「ああ、前に売ってもらった指輪があるだろう?あれと同じ物・魔力除去をしてある物を、また幾つか売ってほしいんだよ」
「え?本当ですか?」
「ああ、別に嘘は言わんよ」
「あ、ごめんね。嬉しかったので、つい・・・でも、お金を貰うのも何か悪い気が・・・」
「何を遠慮してるんだ?俺が無理に頼んでるんだし、材料と作業にかかる対価を払うのは当然だろう?」
「確かにそうなんですけど、でも・・・」
「デモもストもない!むしろ、金を払わずに貰う方が、気が引けるっての」
ペキニーの気持ちとしては、せっかく知り合ってわざわざ訪ねてくれた人から、お金をせびる様な事をしたくはないと、つい尻込みしてしまう。
対するシャイルは、いくら知り合いだからと言って、それに甘えるような事をするつもりはないのだ。
「そう・・だね。わかりました!それで、何個用意すればいいんですか?」
「それはだな・・・と、その前に、普通に話していいんだぞ?なんか、その話し方だと落ち着かないし」
先ほどからペキニーは、普通に話していいのか敬語を使うべきか迷いながら話していた。
さすがにそれに落ち着かなくなってきたシャイルは、普通に話す様に告げる。
「あ、ああ、うん、ごめんね。わかったよ」
「そこまで気にしなくてもいいけどな。それで数だけど・・・10個用意してほしいんだ」
シャイルの提示した指輪の数は、いつものメンバー・主にショコラからだが、無理矢理約束させられた全員分と、自分の分と予備を含めたものである。
「え?じゅ、10個ですか?」
さすがに思っていた以上に数が多くて、びっくりするペキニー。
「ああ、急な話である上、多くて悪いな。別に急ぎではないから、時間が掛かってもいいからさ」
「あ、うん、わかった。頑張ってみるね」
「別に無理はしなくていいからな・・・ちなみに、出来上がっている指輪はあるかい?」
「う~ん、あれからも少し作ってて、まだ売れていないから・・・確か、3個はあったかな」
「じゃあ、とりあえず3個でいいから、先に売ってくれないか?」
「うん、いいよ!じゃあ、取ってくるから、少しここで待っててね」
ペキニーは嬉しそうにしながら、部屋へと戻っていった。
そしてすぐに戻ってきて、シャイルに手渡してくる。
「うん、前と同じくらい魔力除去されているな。じゃあこれ、3個分の指輪の代金と、残りの分を前払いで渡しておく」
そう言って手渡したお金は、指輪1個に対して以前ペキニーから購入した時と同じ金額ではなく、店で売っている金額に相当するものであった。
「え?え?こ、こんなに貰えないよ!」
「いいから素直に受け取っておけ。俺はペキニーを学生ではなく職人として見て、正規の金額を支払うんだから。それと悪いけど、指輪が出来たら勇者学園寮に届けてもらえるか?それも含めた金額と考えてくれれば、それならいいだろう?」
シャイル自身はお金に困っている訳でも無い上、学園に入ってからは使い道がないため、本当ならもっと多く渡しても構わないのだが、不必要に多く渡す事は相手のためにもならないと考えている。
それでも渋っているペキニーに対し、配達費も含めていると伝える。
それを聞いてもペキニーは多いとは思うが、シャイルの有無も言わせぬ物言いに、「わかったよ、ありがとう」と言いながら受け取っていた。
「寮に着いたら、管理人のエンゼルランという女性に言えば、俺を呼ぶか、俺がいなければ受け取っておいてもらえる様に伝えておくから」
「うん、わかったよ」
「ちなみに、彼女は歴とした大人だから、それを踏まえて余計な事は言わない様にな」
「??う、うん・・・よくわからないけど、わかったよ」
エンゼルランに取り次ぎをお願いしておくと言ったシャイルは、彼女の見た目からペキニーが余計な事を言って怒らせない様に注意しておいた。
もちろん、シャイルの不十分な説明でペキニーが理解出来るはずもなく、よくわからないまま返事をしていた。
最後に「別に焦らず、いつでもいいからな」と一言残し、シャイルはペキニーと別れこの場を後にした。
本日の用事はこれだけなのだが、折角街に来ているのだから素直に寮に戻るのも勿体ないと考えたシャイルは、鍛冶錬金学校を出てから、寮の方向へ向かいながらも適当に歩いていた。
南地区に入り、大きな公園を見かけたのでその中を通ることにした。
そこでは、醤油やソースの焼けた匂いや、スイーツの様な甘い匂いが鼻を刺激する。
この公園では定期的ではなく、年中において様々な屋台が出店されている。
そのため、いつ来てもそれなりに人で賑わっている。
今日は週末であり、家族サービスでもしているのだろう。
特に家族連れが多い。
シャイルもそれに混じり、何か食べて行こうと思い、屋台を見て回っていた。
そして、クレープ屋の近くに差し掛かった時、金髪の綺麗なロングヘアーで透明感のある肌の人間の女性がいた。
その女性は少し離れた場所からクレープ屋をじっと見つめ、買いに行くのかと思いきや踏み止まり、かと思えばやっぱり行こうとする仕草をして、やはり踏み止まる、という行為を繰り返している。
シャイルはその女性の後ろを我関せずに通り過ぎた。
のだが・・・
シャイルは頭を掻きながら立ち止まった。
そしておもむろにクレープ屋へと向かう。
「ストロベリーアイスとチョコバナナを1つずつ頼むよ」
シャイルはクレープ屋の店員に注文をすると、「ありがとうございます。少々お待ち下さい」と言って、すぐに作り始めてくれた。
思ったよりも早く出来上がり、2つ分のお金を支払ってからクレープを受け取る。
シャイルはクレープを両手に持ちながらテクテクと歩きだす。
そして・・・
「ほら、どっちがいい?」
「え??」
先ほど、買いに行くのを躊躇っていた女性に話しかけていた。
その女性からしてみれば、クレープを買っている男性の姿をぼんやりと眺めていたのだが、まさかその男性が近づいてきたかと思うと、いきなり声をかけられクレープを差し出されたのだから驚くのも無理はない。
もちろんシャイルは、見ず知らずの女性に声をかける様な性格ではない。
見知った顔であり、何に困っているのかわかってしまっているため、素通りする事が出来なかった。
とは言えこの女性も、正面から向き合って初めて、見知った顔である事がわかったものの、今まで接点がなかった為、さらに戸惑ってしまう。
「ほら、スフレール・・・だったな。遠慮しなくていいから、どっちか好きな方を選んでくれ」
「え?あ、は、はい・・・では・・・」
そう、彼女はクラスメイトのスフレールである。
ただ、2人は今まで話した事が無く、この時点で初めて言葉を交わしたのである。
スフレールは、選んでくれと強引に差し出された2つのクレープから、ストロベリーアイスを選んで受け取った。
「・・・あ、ありがとうございます」
そう言って見せる笑顔は、引込まれる様な美しさを持っていた。
しかしシャイルは、それに動じる事もなくフッと笑いながら、「ああ、別に礼はいらない」と告げた。
「そんな訳には・・・あ、あと、お金はいくらですか?」
「本当は俺が2つとも食うつもりで買ったんだよ。それを、たまたま居た君にあげただけだから、気にしなくていいさ」
どう考えても嘘だとわかるのだが、普通に金はいらないと言っても納得は出来ないだろうと考え、2つともシャイルが自分のために買ったという事にした。
「そう・・・ですか。ふふっ、ありがとうございます」
「それよりも、早く食わないと溶けるぞ?」
「あ、そうでしたね。では、あちらのベンチで座って食べましょうか」
「はっ?あ、ああ・・」
シャイルはクレープを渡したら去ろうと思っていたのだが、スフレールはシャイルと食べるのが当たり前と言わんばかりに、シャイルの手を引いて木陰のベンチへと向かった。
スフレールは、わざわざ自分の為にクレープを買ってくれた相手に、ここで“はい、さよなら”などと言える程、薄情な性格の持ち主ではない。
そのため、一緒に食べるという選択肢以外は存在しなかったのである。
2人はベンチに座ると、スフレールは口を開く。
「シャイルさん・・・でしたよね?改めて、ありがとうございます」
スフレールはシャイルにお礼を言うと、「はむっ」とクレープを一口頬ばる。
シャイルは礼に対しては特に何も言わず、スフレールが頬ばる様子を微笑ましそうに見てから自分も一口食べる。
「はわっ、はわわわわ~」
スフレールは、頬ばったクレープを飲み込むと、言葉にならない声を上げている。
シャイルはどうしたのかと疑問に思い彼女を見てみると、どうやらクレープの美味しさに感動しているだけだったようだ。
その様子を笑顔で見つめながら、屋台に買いに行けなかった理由、クレープを食べて感動している理由がわかっていたシャイルはボソッと呟く。
「・・・エルフの里には屋台、ましてやクレープなんてあるはずないもんな」
「――!!」
登場人物
シャイル:謎の多き主人公
ペキニー:錬金術師を目指す鍛冶錬金学校に通う同年代の少年。シャイルが学園に通い始める前に、西地区の広場で行われているフリーマーケットで知り合う。
スフレール:シャイルのクラスメイトの金髪美女。入学式初日の自己紹介時に、シャイルが気にした人の内の1人。狩人
魔法付加、|魔力除去は錬金術師の括りに含まれます。
剣士の扱う武器が、大剣なのか片手剣なのか細剣なのか、という違いと同じに考えていただいて結構です。