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2-7 シフォンとエクレイア

 


 訓練授業で生徒同士の手合わせが始まり、スコティーがシェットランに絡まれていた頃。

 別の場所でもいざこざが起こっていた。


「早速、機会が訪れましたわね、シフォン。是非とも、お相手願いますわ」


 シフォンが誰とやろうかと考えていると、後ろから声をかけられた。


「あっ、エクレイア!・・・よしっ!うん、やろうか!」


 エクレイアを見たシフォンは一瞬迷ったが、すぐに頭を切り替えエクレイアと対峙することを承諾する。


 というのも、シフォンは誰にも負けるつもりはないが、エクレイアの剣技を見る限り、自分よりも強いことは間違いない。

 であれば、もう少しだけでも強くなってから戦いたいというのが本音だった。


 ただ、やるからには最初から負けるつもりはないし、勝負の結果は別として彼女と手合わせする事で得られるものも大きいだろうと考えて出した結論である。


「さすがにいい度胸ですわね。ですが、最初にも申し上げた通り、二度と勇者になろうだなんて考えられなくなる程、完膚なきまで叩きのめして差し上げますわ!」

「ふふっ、ボクのこの思いだけは決して折れる事はないよ。例えどんな結果になろうともね」


 シフォンは挑発してくるエクレイアの言葉に、受けてたつとばかりに笑顔で返す。

 誰から何を言われようと、シフォンは考えを覆すような事はない。


「その能書きがいつまで持つか、見物ですわね」


 そう言いながら、エクレイアは模擬剣を構える。

 彼女が使うのは、やはり細剣(レイピア)である。


 それに向き合うように、シフォンも模擬剣を両手で構える。


「先手は譲って差し上げますわ。いつでもどうぞ」


 シフォンの攻撃など大した事はないと、余裕を見せるエクレイア。

 それに対してシフォンは。


「そうかい?じゃあ、行くよ!」


 特に怒ったりする事もなく、その言葉を素直に受け取り、自分から攻撃を仕掛ける。


 騎士との手合わせの時とは違い、大振りをするような事はしない。

 力ではシフォンの持っている通常の剣の方が有利であるが、手数・素早さで言えば細剣の方が有利になる。


 そのため、細剣相手に大振りをした時点で、勝敗は決してしまうだろう。


 それを理解しているシフォンは、最初に構えた剣の位置から動かさずにエクレイアへと駆ける。

 そして間合いに入る手前で剣を少し上げ、間合いに入った瞬間に剣を振り下ろす。


 ちなみに、騎士に指摘されたかけ声は、意識して出さないようにしているようだ。


 シフォンの振り下ろした剣を細剣で受けようものなら、その勢いに負けてしまうだろう。

 しかしエクレイアは、シフォンの剣の腹に軽く細剣を当てて、横に受け流している。


 ここで攻撃の手を止めてしまえば、エクレイアの反撃を受けてしまうため、すぐに剣を切り返して横に払う。

 それをエクレイアはバックステップで躱す。


 シフォンはさらに追撃するために、一瞬で距離を詰める。

 それからもシフォンが幾度も剣を打ち込んだのだが、その全てがいなされてしまう。


 最後に弾かれたのと同時に、互いに一端距離を置いて仕切り直す。


「やっぱりエクレイアは強いね」


 全て防がれたというのに、シフォンは嬉しそうにしている。


「ふん、貴方こそ・・・思っていたよりも、やるようですわね」


 エクレイアは鼻を鳴らしながらも、どこか嬉しそうである。


「普通に攻撃していても当たらないようだね・・・だったら、これは受けきれるかな!?」


 シフォンは、フッと息を吐くと丹田に意識を集中しながら最初の構えよりも腰を落とし、剣を両手で持ったまま居合いの様な構えを取る。


 そして溜めた力を一気に爆発させる様に、エクレイアに向けて突進する。

 最初の突進よりも格段にスピードが上がっている。

 それでもエクレイアにとっては、捌く事が可能だと思った。

 しかし・・・


 ゾクッ!!


 シフォンの剣が一瞬霞んだ様に見えた瞬間、エクレイアの背筋に悪寒が走り、頭の中で警鐘が鳴る。

 これは、受けては駄目なのだと。


 エクレイアは自分の勘を頼りに、シフォンが奮う剣を大袈裟とも取れるくらい大きく後ろへ下がって躱した。


 下がりながらエクレイアが目にしたのは、彼女が躱さなければ居たはずの場所へと向かって、構えた状態から振われて伸びる剣閃と、それとは逆方向から全くの同時に伸びる剣閃だった。

 そして、二つの剣閃が交錯したかと思うと、その場所で小爆発が起こる。


 爆発と言っても、そう見えるというだけであり、正確には爆発というわけではないのだが。


「へえ、やっぱりエクレイアはすごいね。初見でボクの霞双刃(カスミフタバ)を見切った上、特性に気づくなんて」


 シフォンの使った霞双刃は、初撃とほぼ同時に逆方向から不可視の一撃を加える2連撃である。

 不可視と言っても、初撃に意識を向かせるため、逆側からの剣に気づきにくいという意味ではあるが。


 ただ、剣速が遅ければただの2連撃であり、霞双刃にはなりえない。

 何度も言うが、1撃目と2撃目が、ほぼ完璧に同時に打ち込まないといけないのである。


 従って、シフォンの最初の1撃目が見えたのは残像であり、その時点ですでに2撃目も打ち込んでいたのである。

 これは防御する場合には、どちらも捌かなければならないため、基本的には防御不可。


 であれば、回避するしかないのだが、これがまたやっかいなのだ。

 もし、紙一重で躱した場合、1撃目と2撃目の剣から生じる空圧が衝突する事で衝撃波が発生し、その衝撃でダメージを受けてしまう事になる。


 だからエクレイアが取った大袈裟な回避行動、それが正解なのである。


 シフォンにとって、この技が最強な訳では無い

 もちろん他にも技はあるし、更に言えば奥の手もあるにはある。


 ただ、自分よりも上だと思える相手の力量を測るには、霞双刃が最適である為この技を選んで使っている。

 それ故、躱された事に驚きはしたものの、焦りはしていなかった。


 だからと言って、万が一勝てそうになかったとしても、訓練授業で全てを見せるつもりなど毛頭無いのだが。


「驚きましたわ・・・さすがに、今のは危なかったですわね」


 そう言いながらも、エクレイアは笑みを浮かべる。

 もちろん彼女に余裕があったわけではない。

 自分が思っていた以上にシフォンの実力が高く、それを認めざるを得ない事実に自然と笑みが浮かんできたのだ。


「では、今度はワタクシから行きますわよ!」


 そう言って駆けだしたエクレイアは、シフォンに向かって突きを繰り出す。

 騎士との手合わせの時には見せなかった戦い方だ。


 とは言え、細剣は斬る事も可能だが、本来はどちらかというと刺突に適している。

 そのため状況にもよるが、これが本来の彼女の戦い方なのだ。


 その突きをシフォンは、剣の腹を使いながら躱す。

 それでも更にエクレイアは突きを繰り出し続け、その突きは次第に速さを増していく。


 さすがに剣だけで捌ききれなくなってきたシフォンは、身体を捻ったり顔を逸らしたりしながらも何とか躱す。


 そして最終的には、一瞬で無数の突きの嵐がシフォンを襲う。


 これが彼女の百花繚乱である。

 真剣であれば、無数に繰り出された突きを受けてしまう場合、刺さった場所から血が噴き出す。

 剣を茎と見立て、噴き出した血を花と見立てられた事から名付けられている。


 全てを躱しきれなかったシフォンは、何カ所かに突きを受けながらも、後ろへ大きくさがった。

 もちろん、刃引きしてある模擬剣なので、本当に刺さる事はない。

 ただ受けた場所のダメージは相当である。


「ぐぅ!」


 左肩と右太ももに受けてしまったシフォンは、右足を落とし左肩を押さえていた。

 だがそれも一瞬の事で、痛みをこらえてすぐに立ち上がり剣を構える。


「ふぅ・・・まさかこんな技があるなんてね・・・さすがに全部は躱しきれなかったよ」

「・・・ワタクシの百花繚乱を受けて、まともに入ったのがたったの2撃だけですとは」


 シフォンからしてみれば、1撃でもまともに受けてしまった事が悔しいのだが、エクレイアからすると、2撃しか入らなかった事が悔しいようだ。


 シフォンの場合は、真剣であれば一撃でも受けてしまえば、戦闘に差し支えてしまうか下手をすれば戦闘不能に陥ってしまうと考えている為。


 エクレイアの場合は、受けきれるはずがないと自信を持って繰り出した突きの嵐。

 その、ほとんどを躱されてしまったのだから。


 逆にその事実こそが、互いの力を認めざるを得ないと感じている。

 もちろん、シフォンは元々エクレイアの力を認めてはいるが、自分が考えていたよりも更に上だと認識を改めた。


 エクレイアも、別にシフォン自体が嫌いなわけではない。


 自分の持つ勇者像とシフォンが、あまりに掛け離れていると感じた事から、我慢出来ずに突っかかってしまった。

 勇者になる、と軽はずみな発言をする者が許せないから、


 しかし、エクレイアも一端(イッパシ)の剣士である。

 彼女も基本的には強き者を好み、戦いたい、そして勝ちたいと願うのだ。


 ただそれでも、シフォン同様に勝ちたいからと言って全てをさらけ出すつもりはなく、もちろん彼女の繰り出した百花繚乱も最強の技ではない。


 2人共、力を出し惜しみしながらも、心の中で互いの実力に驚き、認め。そして敬意を払っていた。

 そういう表情で顔を見合わせていたのだが・・・


「ははっ」

「ふふっ」


 どちらともなく、互いに軽く笑いを噴き出す。


「やっぱり君は強いね。それも思っていた以上に・・・だからこそ、君に負けるわけにはいかないね」

「それはこちらのセリフですわ。今度こそ勇者になるなどと、恥ずかしくて口に出せない様にして差し上げますわ」


 互いの力を認識したからこそ負けられない。

 2人からは、そういう強い意志が窺える。


 エクレイアの言葉も以前の様に高圧的ではなく、少しだけ楽しそうな口調であった。




 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・




 訓練授業の終了時間が迫る。

 あれからもずっと、シフォンとエクレイアは戦っていた。


 結果として、互いに最初に使った技以外を使う事は無く、純粋な剣技のみで応戦し、シフォンは何度か攻撃を回避し損ねてダメージを負っていた為、勝負としてはシフォンの負けと言えるだろう。

 ただ体力で言えば、シフォンにはまだ余裕があるのに対し、エクレイアはほとんど消耗してしまっている。


 終った頃には、2人とも色んな意味でボロボロだったが、顔には笑顔が浮かんでいた。


 ダメージでフラフラなシフォンは、体力が尽きて座り込んでいたエクレイアへと近づき、手を差し出しながら話しかける。


「今日はボクの負けを認めるよ。でも、それは今日だけだよ!これからは絶対に負けないからね!」

「ふふっ、貴方がワタクシに勝とうなんて無理な話ですわ。ただ、完膚なきまで叩き潰して、貴方が泣いて田舎へ帰る姿を見たかったのですが、それが見られなかった事が残念で仕方がありませんわ」


 シフォンの手を取りながら、エクレイアは悪戯っ子の様な笑顔を見せていた。


「なにおう!!ボクがそんな事するわけないじゃん!そういうエクレイアこそ、ボクに負けて泣きじゃくるんじゃないのかい?」


 シフォンは握られた手を引き、エクレイアを立たせながら笑顔でそう言った。


「それこそ有り得ませんわ。そもそも、ワタクシが貴方に負ける道理がございませんもの」

「ボクだって、もう負けないよ!」


 2人はそう言い合うと、しばし目から火花を散らしていたが・・・


「あははっ」

「ふふふっ」


 と、2人ともすぐに笑い合うのであった。





登場人物

シャイル (出番無し):謎多き主人公

シフォン:勇者を志すクラスメイトの少女。剣士(フェンサー)

エクレイア:剣術の名門、フィナンジェ家の長女でクラスメイトの少女。シフォンによく絡む。剣士


スコティー (名前のみ):シャイルと寮が同室でクラスメイトの少年。剣士

シェットラン (名前のみ):シードック家の嫡男でスコティーと同郷のクラスメイト。事あるごとにスコティーに絡んでいたが、シャイルのおかげで(ワダカマ)りが少し解消した。


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