幕間 問い詰められるシャイル
2-6後の話です。
シャイルは学生寮の室内訓練所を出てエントランスに戻ってきた。
するとそこにはアルストロメリヤが、さらにはフランボワーが待ち構えていた。
しかも、シャイルの後ろにはエンゼルランが付いてきている。
前門の虎、後門の狼・・・
確かに1つの問題事は終ったのだが、今は完全に文字通りの状態である。
シャイルは、そうすんなりとはいかないか、と肩を落とす。
「さて、シャイル君?さっきのはどういう事か教えてくれる~?」
「そうですね。私もシャイル君に用事があったのですが、先にその事を伺いたいですね」
アルストロメリヤとフランボワーが、シャイルに詰め寄る。
「・・・さっきのってのは?」
基本的に自分への質問に対しては、聞かれない事には答える気がないシャイルは、2人の質問に惚けてみせる。
「もちろん、私達が無詠唱魔法を使えると言った根拠に決まってるじゃな~い」
「そうですよ。それと、貴方が何を考えてその発言をしたのかも知りたいですね」
「確かにそのせいで、1番被害を受けたのは私なんだから、私には聞く権利があると思うんだよ」
2人に加えて、シャイルの後ろから付いてきたエンゼルランまでもが話に加わる。
というか、エンゼルランは元々シャイルを問い詰めようとしていたのだから、必然とも言えるのだが。
「はあ、別に大した事じゃない。3人とも自身の身体に流れる魔力が綺麗すぎるんだよ。普通なら有り得ないほどにな」
溜息を吐きながら、3人が無詠唱魔法を使えるだろうと考える理由を説明する。
さらに、ここまで来たら、この程度なら明かしてもいいだろうと思う事を、続けて説明していく。
「更にアリーとエンジーに関しては、2人から感じる力の波長は違うものだが、どちらにしても大したものを感じない。逆にそれが不自然さを感じさせる。教師と管理人になれる程の者が、俺達より弱いわけがないしな。たまにエンジーからはものすごい圧力を感じたし・・・自分の力を相手に悟らせないように出来るというだけで、相当な実力者という事はわかる」
細かい事を言えばまだあるのだが、それ以上は言う必要は無いだろうと考える。
「フランボワー生徒会長にしても、俺と初めて会った時、明らかに俺を監視していた上、更に俺の事を試しましたよね?」
フランボワーとの出会いを思い出しながら、シャイルはそう口にする。
「俺が気配を察知できると読んで、完全に気配や魔力を絶って近づいてきた。完全に気配や魔力を絶つ事なんて、普通ならそう簡単にできる事ではないですからね」
しかもシャイルには知覚領域がある。
その中で、完全に気配を絶つなんて事は至難の業なのだ。
「それだけ自分の力をコントロール出来る3人が、無詠唱魔法程度を出来ないはずがないんだよ」
シャイルの説明で3人は(なるほど)と思うのと同時に、そう説明する彼自身も先ほど見せた程度の実力しか無いわけがない事を確信する。
実際、彼が無詠唱魔法を使える理由も嘘なのでは無いかと感じている。
ただ、彼の言葉や力には不自然さを感じない。
エンゼルランとアルストロメリヤには、彼の力に関しては理由がなんとなくわかるのだが、フランボワーはそこまでには至っていない。
そして、各々がまだ疑問に思っている事を質問していく。
「シャイル君が言っている事は理解したわ。でも私は、おそらく貴方はわかっているでしょうけど、ただの剣士よ?確かに上位職ではあるし、力をコントロール出来るからといって、無詠唱魔法が出来るかどうかは別問題だと思うのだけど?」
そうシャイルに向けて言ったのはアルストロメリヤ。
それに対するシャイルは。
「アリーがただの上位剣士なわけないだろう?」
と言い放つ。
その言葉に、アルストロメリヤは僅かに眉をピクッと動かす。
「それは、どういう意味なのかしら?」
それでもアルストロメリヤは惚けてみせる。
「この場で、その先を言っても本当にいいのか?」
シャイルはエンゼルランだけならまだしも、フランボワーが居る前でアルストロメリヤの質問の答えを告げてもいいのかとほのめかす。
シャイルとアルストロメリヤがしばしの間、目を見つめ合わせていると、アルストロメリヤが溜息を吐きながら先に折れた。
「はあ・・・んもう!わかったわ、降参よ!貴方には誤魔化しても無駄みたいだし、これ以上は墓穴を掘りそうね」
アルストロメリヤは「私にはシャイル君の事がわからないのに、シャイル君には私の事がわかっているなんて、なんか不公平だわ」とか言いながら、すごすごと下がっていった。
次に口を開いたのはフランボワーだ。
「確かにシャイル君が私に仰る通り、ある意味で迂闊でしたね。あんなことをしなければ、貴方に悟られる事も無かったのでしょう。ですが、そういう事がわかるのは新入生では、おそらく貴方くらいでしょうね」
フランボワーはたかが新入生に、まさかあの程度でそこまで気づかれるとは思いもしなかった。
それを反省しつつも、シャイルがただ者ではないと暗に告げる。
「それはまあ、今はさて置いて・・・まだ彼女達を前にして、私も無詠唱魔法が使えると告げ、私に師事させようとした理由を仰っていませんよ?」
フランボワーは、ショコラ達を押しつけようとしたシャイルを問い詰める。
「ああ、それはあれですよ。貴方が俺にしてくれた悪戯に対しての、ちょっとした仕返しですよ」
シャイルは笑いながら、そう答えた。
出会いの時、そして先程ショコラから質問されたフランボワーとの関係の時にされた悪戯の事だ。
「まあ、ひどい!貴方に運命を感じたのは本心ですのに、それを悪戯だなんて・・・フランボワーは泣きそうです・・およよっ・・」
フランボワーがシャイルの言葉に傷ついたと、ハンカチを口に咥えながら泣き出した。
「いや、全く泣いてないし・・・しかも、あんたが自分をフランボワーとか言ってる時点で嘘くさい」
あまりに芝居くさい泣き姿に、完全に泣き真似だとシャイルは切って捨てる。
さらには、いい加減に敬語を使うのが面倒くさくなってきたようだ。
「ま、悪戯もほどほどにな。さすがに俺もやられっぱなしと言うのも癪だから、たまには反撃させてもらうよ」
そう言って、シャイルはニヤッと笑う。
シャイルの言葉に泣き真似をやめたフランボワーは、頬を膨らませながら「シャイル君のほうが意地悪です」とブツブツ言っていた。
そして、シャイルによって一番被害を受けたエンゼルランが口を開く。
「そんな事より!そんな事よりもだよ!なんでただの管理人である私が、この2人よりも無詠唱魔法に詳しいなんて言ったんだい!?」
エンゼルランは、プンスカ怒りながらシャイルに詰め寄る。
「それこそ、この学園の管理人がただの管理人なわけないだろう?」
シャイルはニヤリとしながら応える。
「それにさっきも言ったが、アリーと同じような印象を受けつつも、感じる波長というか質は全く違う。アリーから感じるのは剣士特有のそれだが、エンジーから感じるのはおそらく魔道士・・・だな」
先程シャイルが言っていたように、2人からは大した力を感じない。
というよりも正確に言うのなら、研ぎ澄まされていると表現した方が正しいのだろう。
さらに言えば、2人には全く隙が無い。
その事から、綺麗に力を押さえ込む事で、周りからは大した力を感じないと錯覚させているのだとシャイルは考えている。
そこまでは2人に共通している。
ただ、研ぎ澄まされている力の源とでも言えばいいのか、力の本流が異なっている様に感じ取れる。
片や近接戦闘、主に剣士としての力、片や魔法を得意とする者の力である。
さらに言えば、シャイルはエンゼルランに対して並みの魔道士だとは思っていない。
彼女はおそらく・・・
「魔道士と言っても、その武器職階級は「わあああああ」」
シャイルが何かを言おうとすると、エンゼルランが大声で遮った。
「わかったから!もういい、もういいよ!」
エンゼルランは、それ以上は言わないでとシャイルに訴えかける。
その様子を見ていたアルストロメリヤは、苦笑と共に溜息を吐いており、フランボワーは訝しげな顔をしながら首をかしげていた。
アルストロメリヤとエンゼルランは色々な面で互いに解り合っているが、フランボワーはそうはいかない。
フランボワーは2人の武器職階級もおそらくで予想出来るのだし、そんなに隠すようなことなのだろうかと考える。
さらには、シャイルが彼女達を完全にわかっている様子である事が、今わかる彼の実力が本当の実力では無いのだろうと考える。
そして、シャイルにしてやられたエンゼルランは・・・
「もう、私は本気で怒ったよ!絶対にシャイル君をメロメロにしてやるんだから!」
と、シャイルにとって訳のわからない事を言いながら、拳を握りしめていた。
「それはそうと、私は別の理由でここに来たのを思い出しました」
これ以上は、聞いた所でシャイルが答えない可能性が高いのと、これ以上は自分達の首を絞める事になりそうなので、自分の本来の目的を果たそうとフランボワーは口を開く。
「という事で、シャイル君?生徒会に入りませんか?」
「はっ?」
あまりの急展開に、シャイルは訳がわからなかった。
そもそも前置きも無しに、という事も何も無いだろうと内心で突っ込む。
「言っている意味がわからないが・・・」
「ですから、生徒会に入りましょうと誘っています」
「全然質問の答えになってないな・・・そもそも、生徒会って何をするのかがわからない」
「ああ、そこからですか・・・」
シャイルは、今まで学校とは無縁であった上に、それほど興味があったわけでも無い。
そのシャイルにとって、生徒会と当たり前のように言われた所で、一体何をするものなのかはさっぱりわからない。
生徒会長の事も、スコティーがフランボワーの説明をした時に初めて、生徒の中から纏める人を選出しているのだと、何となくで理解しただけである。
「そうですねぇ・・・簡単に言ってしまえば、学生による学園の管理と言う所でしょうか。行事の運営・設営や学園の問題点における改善や校則に関してなどと細かい事は色々ありますが、貴方が入ってくださった場合にお願いしたいのは、学生同士のいざこざの仲裁役となってもらう事です。学生の皆さんを影から支える、やりがいのある仕事ですよ」
「・・・なぜ、それを俺が?俺の実力がどんなものなのか、わかっているのだろう?」
「ええ、わかっていますよ」
「だったら・・・」
「貴方が本気で勝つ気なら誰であろうと簡単に負けない、という事くらいは・・・ね?」
「・・・・・」
買いかぶりもいい所だ、とシャイルは思う。
少なくとも目の前にいる3人には、今のシャイルではどう足掻いても勝つ事は不可能だろうと感じている。
「それで、どうですか?生徒会に入っていただけますか?」
「・・・いや、悪いが入るつもりはないな」
「理由を伺っても?」
「俺は別に、見知らぬ誰かの為に何かを成し遂げようとするつもりがないからだ。そういうのはシフォンの様な奴の方が向いているんだから、あいつに頼めばいい」
「私は貴方にお願いしたいのですけどね」
「そもそも新入生である俺が、こんなに急に入れるものなのか?」
「そこはあれです。生徒会長特権発動ですよ」
「いいのかよ、そんな勝手な事をして」
「皆さん、私が学園のためを思って動いている事を理解してくださっているので、私に異論を唱える者は誰もいませんよ」
「・・・はあ、そうか。まあ、何にしても俺には無理だ」
「どうしてもですか?」
「ああ、どうしてもだ。はっきり言って、俺には他人がどうこうとかなんてどうでもいいんだよ。・・・ああ、だったらシフォンもそうだが、スコティーなんかいいんじゃないか?」
シャイルは、以前フランボワーを最初に見かけた時の事を思い出して、スコティーなら見知らぬ他人でも動こうと考えるだろうし、何よりも彼にとってプラスになると思っての発言だった。
しかし、それに対するフランボワーは・・・
「スコティー君ですか?・・・彼が入れば貴方も入りますか?」
と、スコティーを誘うのなら、シャイルが入る事を前提とする。
「入らねえよ!なんで、俺を入れる事を前提で考えてるんだよ」
フランボワーがどうしてもシャイルを入れようとするため、つい強い口調で反論してしまった。
「いえ、貴方がいたほうが色々と楽しそうだと思いましてね」
フランボワーはシャイルの口調には特に気にする事無く、平然とそう告げた。
その言葉でシャイルは、フランボワーが自分を生徒会に入れたいという理由が何となくわかった。
要は、自分という得体の知れない者を、彼女の監視下に置きたいという事なのだろうと。
それがわかっておきながら、生徒会に入りたいと思う者がいるはずがない。
従ってシャイルの答えはもちろん・・・
「そうか・・・しかし悪いけど、諦めて他を当たってくれ」
初志貫徹して、生徒会には入らないと答えた。
「そう・・・ですか。それは残念です」
そういいながらもフランボワーは、ニコニコと笑顔を見せていた。
「まあ、フランちゃん、諦めなって。シャイル君は人の話は聞いてくれるし反応はしてくれるけど、一度決めた事を曲げる様な子じゃないよ、多分」
「そうねぇ、今までの感じからすると余程の事が無い限りは、一度首を横に振ったのを縦に振る事は無さそうねぇ」
まだ諦めて無さそうなフランボワーに、エンゼルランとアルストロメリヤがフォローになっているのかなっていないのかわからないフォローを入れる。
「まあ、そういう事だ・・・ただ、人を頑固者の様に言われるのは、なんか釈然としないけどな」
シャイルは2人の言葉を肯定しつつも、素直に受け入れ難かった。
「・・・確かにそのようですね。ですが、私は諦めたわけではありませんよ?」
フランボワーはにっこり笑いながらそう言った。
そして・・・
「それでは、私はシャイル君を引き入れる為の作戦会議をしないといけなくなりましたので、そろそろ退散させていただきますね」
「本人を目の前にして、引き入れる作戦会議をするとか言わないでくれよ・・・」
フランボワーの冗談かどうかわからない言葉に、シャイルは大きく溜息を吐いていた。
「ふふっ、それではシャイル君、またお会いしましょう。メリヤ先生とランさんもそれでは!」
「ええ、また明日学園でね」
「ちゃんと門限までには帰ってくるんだよ」
挨拶をしてこの場を立ち去ろうとするフランボワーに、アルストロメリヤとエンゼルランも挨拶を返すと、最後にニコッと笑顔を見せてからこの場を後にした。
シャイルはその光景を見ながら、本当なら二度と会いたくは無いなと密かに思っていた。
フランボワーの姿が完全に見えなくなってからシャイルは口を開く。
「っと、そうだ。エンジーに話があるんだけど、少し時間いいか?」
「え?なになに?・・・あ、もしかして・・・愛の告白だね!?」
「ちがうわ!そんなわけないだろう!」
「ええ~!?シャイル君が私の魅力にメロメロになったのかと思ったのにぃ・・・」
シャイルは、エンゼルランの言葉に突っ込んだ後、がっくりと肩を落とす。
「いや、エンジーの魅力には、もうすでにメロメロだ」
「・・・・ちょっと、シャイル君?そんな顔で言われたら、さすがに嘘だとわかるんですけどぉ?」
シャイルは若干面倒くさいとは思いつつ、たまには冗談に付き合ってやろうと考えたのだが、その面倒くさい気持ちが前面に出てしまっていた。
「あ、ああ、いや、すまん・・・というか、それは置いといてだな・・・真面目な話なんだよ」
「んもう、しょうがないなぁ・・・わかったよ。本来ならシャイル君からは、愛の告白以外は受け付けないんだけどね」
必ず冗談をねじ込んでくるエンゼルランに、シャイルは溜息を吐いた。
そこに、蚊帳の外にされていたアルストロメリヤが口を挟む。
「ところで・・・ねぇ、シャイル君?私だけ除け者なのぉ?」
艶めかしく身体をクネクネとさせ、頬を膨らませ若干上目遣いにシャイルへと迫るアルストロメリヤ。
「別に除け者にしているって訳じゃなくてだな・・・てか、近い!近い!」
説明をしようとするシャイルの顔に、徐々にアルストロメリヤの顔が近づいていく。
そんな彼女の肩を手で押さえつつ、さらに話を続ける。
「アリーが駄目とかじゃなくて、エンジーにしか頼めない事なんだよ!」
シャイルがそう言った瞬間、エンゼルランの顔がパアッと明るくなり、アルストロメリヤの膨れっ面が更に膨れた。
なんか変な事を言っただろうかと、シャイルは首を傾げた。
「ちょっと、シャイル君!私がいなくちゃ生きられないなんて・・・何言っちゃってんの!?もう、何言っちゃってんの!?・・・・これはもう愛の告白だね!?」
「・・・はっ?」
エンゼルランが意味不明な事を言い出してトリップし始めたため、シャイルは呆然とした。
どうやら、エンゼルランの都合の良いように、シャイルの言葉は変換されてしまったらしい。
そしてシャイルが呆然としていると・・・
ムギュッ!
「フグッ!」
呆然として油断していたシャイルは、アルストロメリヤに顔を桃源郷の奥へと引込まれていた。
「もう、シャイル君?こんな私の身体より、エンジーの身体の方がいいだなんて・・・悲しいわぁ」
シャイルの頭を撫でながら、アルストロメリヤは泣いている仕草をする。
「だあああ!!いい加減、人の話をちゃんと聞けえええ!」
アルストロメリヤのホールドから何とか脱出したシャイルは、さすがに切れて叫んだ。
そしてその後、なんとか2人を正気に戻した上で、もう面倒くさくなったシャイルは、アルストロメリヤも一緒に話を聞かせ、ある頼み事をしたのだった・・・
登場人物
★シャイル:勇者養成学園に通う謎多き主人公。
★スコティー(名前のみ登場):シャイルと同室でクラスメイトの内気な少年。剣士
★シフォン:勇者を志すクラスメイトの少女。剣士
★フランボワー:勇者養成学園の3年生で生徒会長。シャイルを気にかけている。
★エンゼルラン:勇者養成学園、学園寮の管理人。見た目や言動が幼いが、大人である事は間違いない。
★アルストロメリヤ:勇者養成学園の教師。エンゼルランと仲が良いいため、それが元でシャイルと顔を合わせる。