2-4 スコティーとシェットランの因縁2
「おっはよ~!」
エンゼルランが寮の入り口で、学校へと向かう生徒達に声をかけている。
「おはよう、エンジー」
「おはようございます、ランさん」
階段から降りてきたシャイルとスコティーが並んで、彼女に近づきながら挨拶をする。
「およっ!シャイル君にスコティー君、おっはよ~!」
「エンジーは、朝から無駄にテンション高いな」
朝からテンションが高すぎるエンゼルランに、シャイルは苦笑まじりでそう言った。
「ちょっとシャイル君?無駄にって何?無駄にって!こんなに綺麗なお姉さんを朝から見る事が出来て、普通だったら喜びに打ち震える所でしょう!?鼻血を出して、涎を垂らしながら、はあはあ言う所でしょうが!」
「・・・いや、それはただの変態だろう・・・本当にそんなのを見たいのか?」
朝からテンションマックスのエンゼルランは、滅茶苦茶なことを言い出す。
それを冷静に返すシャイル。
「・・・ううん、ごめん。それは見たくない」
素に戻るエンゼルランが、シャイル達のそんな姿を想像してしまい一瞬ブルッと震えると、両手で自分の身体を抱くような仕草をしながら素直に謝った。
「あははっ、エンゼルランさんも相変わらずですね」
その様子を見ていたスコティーが笑う。
「ん?スコティー君、なんか笑顔になってない?」
スコティーの笑っている姿を見たエンゼルランがそう呟く。
「そりゃあ、エンジーの奇行が面白いんだから、笑顔になるのも当たり前だろう?」
何を言っているんだ?とでも言わんばかりにシャイルが告げる。
「そうそう、私の奇行の賜だね~・・・って、私は奇行なんてしてないよ!?って、違う違う、それは置いといて、そういう話じゃ無くて」
「「??」」
エンジーは一人で乗り突っ込みをした挙げ句、言いたい事が違うと手を振る。
シャイルとスコティーは、彼女が何を言いたいのかいまいち要領が掴めない。
「いやあ、昨日までのスコティー君は笑っていても陰があったというか、笑顔なんだけど笑顔じゃないみたいな・・・」
エンゼルランも見て感じた事を話しているので、言葉にしようとすると上手く表現出来ない。
「でも、今日の笑顔にはそういう感じ全くないからね。・・・うん、いい笑顔になったよ!」
エンゼルランもニコッと可愛い笑顔でスコティーにそう言うと、スコティーは少し照れたように頭をかきながら笑い返した。
シャイルもエンゼルランの言いたい事が理解出来た為、フッと笑っていた。
「そうそう、そういえば、アリーちゃんとは学園ではまだ会っていないんだって?」
エンゼルランがシャイルに近づいてこそっと呟いた。
確かにあれからアルストロメリヤには会っていないなと思いながら、シャイルは答える。
「ああ、まだ会ってないけど、これからいくらでも会う機会はあるだろう?」
「まあ、そうだけどね。だけど全然会えないって嘆いていたよ」
「別に俺と無理に会う必要なんてなくないか?」
「んもう!シャイル君てば、乙女心がわかってないんだからぁ」
「いや、そんな事を言われてもだなぁ」
「まあ、乙女心は冗談だけど、機会が会ったら顔を見せてあげてね」
シャイルは自分に会いたいと思われるほど、何か気に入られる事をしただろうかと疑問に思いながら、「わかったよ」と一言だけ告げて、見送るエンゼルランに手を挙げこの場を後にした。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
その日の訓練授業にて。
昨日のように、スコティーの所へシェットラン達がニヤニヤしながらやってきた。
「よう、へっぽこ!昨日あれだけ痛めつけたのに、よく逃げ出さなかったな」
シェットランは、あれだけ痛めつけたはずのスコティーの怪我が、ほとんどよくなっている事に疑問を抱きつつも、相変わらず悪態をついている。
「・・・うん、逃げ出すわけにはいかないよ・・」
スコティーの胸の内には、皇帝守護騎士になるためにという思いもあるが、それ以上に今考えているのは、シャイルの隣に立つ事が彼の今の目標となっている。
そのためには、この程度の事で逃げ出すわけにはいかない。
そんなスコティーの胸の内を知らないシェットランは、軽く舌打ちをしてさらに話しかける。
「ほう、そうか。じゃあもちろん、今日も俺達の相手をしてくれるんだよな?」
スコティーを見下したように告げるシェットランに。
「うん、いいよ」
と、彼の目を見ながらスコティーは答えた。
そのあまりの堂々とした態度に、シェットランは一瞬物怖じしたが、すぐに余裕の態度をとった。
「よし、じゃあさっさとやるぞ!早く構えろ!」
そう言ったシェットランは少し距離を取り、剣を構える。
スコティーもそれに併せて、適度な距離を保って剣をしっかりと両手で持ち構える。
しかし、やはりいざとなると少し震えてしまう。
それを見るシェットラン達は、やはりニヤニヤしている。
スコティーは目を堅く瞑り、歯を食いしばる。
(くそっ!・・駄目だ!こんなんじゃ駄目だ!僕は自分に誓っただろう!彼の隣に立ちたいんだと!彼の後ろを歩くんじゃ無くて、彼と共にあるくんだと!)
そう思いながら、剣を握る手に力を込める。
それでもまだ震えが完全には止まらない。
自分の心はこんなにも弱いものなのかと、嘆きながらもなんとか震えを止めようと頑張る。
と、その時。
パチンッ!
周りも訓練しているこの喧噪の中、指を鳴らす音がスコティーの耳によく響いた。
そしてもう一度。
パチンッ!
その音の正体を探ろうと、スコティーは目を開けて周りを見渡した。
するとそこには、少し離れた場所でスコティーをじっと見つめるシャイルがいた。
(あっ・・・)
パチンッ!
シャイルの下ろした手が指を弾くのが見えた。
そして、指を鳴らす3度目の音が一際大きく耳に響いた後、スコティーの頭の中で波が起こったような気がした。
その波が、自分の過去の恐怖を洗い流してくれるような・・・
そんな気分に襲われた。
なんかすっきりする・・・
そう感じたスコティーの手の震えは止まっていた。
そして俯き、もう一度深く目を瞑り・・・
顔を上げてシェットランと目を合わせた。
その目には、今までのような懼れ・怯えなどは窺えない。
相手に対する憎しみも感じられない。
その目にあるのは、ただただ純粋な闘志。
シェットランを憎んだ事が無いわけでは無い。
シェットランを恨んだ事が無いわけでは無い。
しかし、スコティーは何となく理解していた。
憎しみや恨みをもって剣を奮えば、彼らと同じ事になるだろうと。
それに剣の腕が鈍り、自分の力を出し切る事は出来ないのだろうと。
その眼差しから、純然たる闘志を感じ取ったシェットランは、一歩後退りしてしまう。
スコティー相手に、自分が一歩引いてしまったという現実に、シェットランは憤慨した。
「ふざけるなああ!へっぽこのくせに、生意気な目をしてんじゃねえ!俺を誰だと思ってやがる!」
そういいながら、剣を横に構えながらスコティーに向かって突進する。
その勢いのまま横薙ぎに奮われた剣は、スコティーの剣によって止められる。
剣を弾く予定だったシェットランは、驚いた顔を隠せずにいる。
最悪、剣を弾けなくとも、スコティーなんて力で押し勝てると思っていたからだ。
しかし現状はどうだ。
スコティーはシェットランの剣を受け止めただけではなく、明らかに余力を残しているように見える。
シェットランが本気で押し倒そうとしているにも関わらず。
それに気づいたシェットランが、さらに怒りで顔を赤くする。
そして屈辱だと思いながらも、自分から後ろに飛び退く。
下がったシェットランの足が地面に付いた瞬間に、その力をバネにまた一瞬でスコティーとの距離を詰め、剣を振り下ろす。
それも難なく防ぎ、今度は剣を弾き返す。
後ろに持って行かれる剣の勢いに合わせて、シェットランも再び下がる。
「・・・何なんだ・・・何なんだよ!お前はああああ!」
シェットランがまたスコティーに向かっていく。
もう剣技とか関係なく、我武者羅に剣を奮いまくる。
その全てをスコティーは剣で受け返す。
「やっぱり、今までは本気じゃなかったっていう事かああ!!」
上から、横から、下から、シェットランはただただ剣を奮い続ける。
「最初からそうだったんだろう!?」
剣を上から振り下ろし、スコティーがそれを受け鍔迫り合いになった時に、シェットランは強い口調でそう口にした。
その言葉を聞いた時、スコティーはふとシャイルに以前言われた言葉を思い出し、シェットランがこうなったのは自分のせいなのだと気づき、悲しげな表情を見せた。
そして、更に過去の事を思い出す。
シェットランと初めて会った時の事を・・・
父は騎士として、一個小隊とはいえ隊長を務めていた。
隊長を務めるからには、護衛などにより貴族達と顔を合わせる事もある。
その中でシードック侯爵と顔見知りとなり、侯爵家に呼ばれた際に、スコティーも一緒に行く事になった。
その時、スコティーは10歳。
騎士である父に憧れて、10歳ながら毎日のように木剣を振っていた。
そのため、同年代と比べてもスコティーは一歩秀でていた。
ただ、その当時から本番には弱い為、誰かと対峙する時は力を出し切る事が出来なかった。
そんな彼が父に連れられて、シードック侯爵家へと足を運んだ時、同じ年の子供と出会った。
それがシェットランである。
シェットランも侯爵家に生まれながらも剣に憧れ、毎日のように特訓していた。
ドーベル・デーン以外の同年代の子と剣を交える機会が少なかったシェットランは、スコティーを見た時に喜んでいた。
ドーベルとデーンはいずれ自分の護衛やお目付になる。
彼らと相手をしていても、もし自分より強くなったとしても自分に勝つ事はありえないだろう。
だから自分の純粋な強さがわからない。
そう考えていたシェットランは、一目見てスコティーが剣をかじっている事を見抜き、剣を交えようと言った。
「お前も剣を振っているんだろう?手合わせしようぜ!絶対に本気でこいよな」
今考えれば、あの時のシェットランは勝ち気ではありつつも無邪気な子供だったと思える。
だが、その当時スコティーは幼かった為に、そこまで深くは考えていなかった。
いつもとは違い、そんなに緊張をする事もなくシェットランと対峙することが出来たのだが、幼いながらにしてスコティーは考えていた。
相手は貴族、それも侯爵家の息子。
幼くても相手の立場を理解していたスコティーは、ここで自分が勝ってしまえば彼の自尊心を傷つけてしまうかもしれない。
さらには父にも迷惑がかかってしまうかもしれない。
そう考えてしまったスコティーは、シェットランに本気で向かう事が出来ずに、手を抜いて勝たせてしまった。
そう・・・
そこからだ。
スコティーに勝ったはずのシェットランが、悔しさを隠そうともせず唇を噛み、憎しみを帯びたような目で見ていた。
彼はスコティーが手を抜いた事に気づいていたのだろう。
本気で来いと言われていたに・・・
彼は本当に、純粋に本気で戦いたかったのだと・・・
それは勝ち負け関係無しに・・・
思い出したスコティーは、あの時の自分を殴ってやりたい衝動に駆られた。
しかしそんな事は出来るはずもないし、今はシェットランとの手合わせ中だ。
頭を軽く振り、当時、そして今までの事を詫びながら、今再び真剣にシェットランを見つめる。
そして鍔迫り合いで膠着していた状態から抜け出すために、シェットランを思い切り押し返す。
「・・・今までごめん」
シェットランに聞こえない程度に、小さく呟いた。
そして、今度はスコティーから攻める為に、離れたシェットランへと突っ込む。
剣は正眼に構えたまま、動きは最小限に。
無駄な動きをせず、そのまま右手だけで突きを放つ。
「くっ!」
シェットランは剣でなんとか右へと逸らす。
スコティーにとってそれは想定内。
突進の勢いを殺さず、そのままシェットランの右横をすり抜けた直後、前に出ている右足が地面に付いた瞬間に、その足を軸にクルッと反転する。
その遠心力を利用して、隙が出来たシェットランの右腹を目掛けて剣を振る。
そして当たる瞬間に寸止めをした。
勝負ありの瞬間である。
スコティーは、シェットランに寸止めをしていた剣を鞘に収める。
そのまま彼を背中越しに見ると、悔しさで震え下ろしていた両手を堅く握りしめ、ボソボソと呟いていた。
「(・・くそがっ!やっぱり実力あったんじゃないかよ!!)」
シェットランの呟きは聞こえなかったが、その姿を見たスコティーは悲しそうな表情を浮かべ少し俯いた。
そんなスコティーにシャイルが近づいてきて。肩にポンと手を置く。
スコティーは振り返りシャイルの顔を見ると、何も言わずに小さく頷いた。
言葉は無くとも、よく乗り越えたなと言っているのがわかったので、スコティーもありがとうと頷き返す。
そして再びシェットランの方を向き、彼に声をかけようと一歩前に出ようとした時、肩に置かれていたシャイルの手で強く押さえつけられる。
シャイルの顔を見ると、今度は横に首を振った。
その時、スコティーは以前シャイルに言われた事を思い出した。
勝った時に相手に情けをかけるなと。
今回は別に情けをかけるつもりは無く、今までの事を謝ろうと思ったのだが、それでも確かに今その事を言っても逆効果になるだろう。
勝ちたい・勝てると思っている相手に負けて、冷静でいられる者などそうはいない、
冷静では無い相手には、何を言っても逆効果にしかならないのだ。
シャイルはスコティーの肩に手を置いたまま、踵を返してこの場を離れようとすると、シェットランが振り返り二人を睨みながら叫んだ。
「おい、待てっ!俺が・・・シードック家である俺が、へっぽこであるお前に負けるはずがねえ!負けていいはずがねえんだ!」
シェットランも曲りなりにも剣士である。
その彼が、剣を切り結んだ相手の実力がわからないわけが無い。
しかし、シードック家という彼のプライドと、もう一つの要因がスコティーに負けたという事実を許さない。
従って、口から出るのは有り得ない言葉。
「不正だ・・・不正だな!?そうか・・・お前だ!お前がスコティーに何かしたんだろう!?」
シェットランはスコティーの横にいるシャイルを指差していた。
矛先が自分に向いた事で、安堵と呆れの混じった小さな溜息を吐いた後、シャイルは口を開く。
「・・・なるほどな。俺が不正をしたからスコティーを勝てたのだと・・・じゃあ、俺がどんな不正を出来たんだ?」
「そんなもん知るか!不正は不正だ!何かをしたに決まってる!!」
冷静さを失っているシェットランの言葉は、支離滅裂となっている。
「それにスコティーの動きがよくなる直前に、お前の方をちらっと見たのはわかっているんだぞ!」
あの時は余裕があったシェットランは、スコティーの目の動き、そして視線の先を確認していた。
「くくっ・・・」
シャイルは、滅茶苦茶な事を言いながらもある意味正しいと思える言葉を受けて、なんだか段々おかしくなってきた。
「何がおかしい!!」
その笑いが癇にさわったのか、さらにシェットランは怒り出す。
「いや、悪い悪い・・・確かに、何かしたと言えばしたし、何もしていないと言えばしていないな」
「何を訳のわからない事言ってんだ!それは不正をしたと認めたという事だな!?」
曖昧なシャイルの言葉にシェットランは突っかかる。
「まあ、それは何を持って不正とするかによるんじゃないか?」
「煩い!そんな細かい事はどうでもいい!」
冷静さを欠いた者に何を言っても無駄。
しかしそれが故に、ある意味乗せやすいとも言える。
従ってシャイルは、言葉巧みにある方向へと誘導していた。
「なるほど、不正が許せないと・・・なら、どうするんだ?」
そして、最後の一押し。
「お前に決闘を申し込む!」
これがシャイルの思惑であった。
本来のシャイルなら、こんな面倒くさい事は御免だし回避しようと考える
しかし、スコティーが過去の自分に打ち勝とうと必死に足掻いていた事を知っている。
そしてようやく乗り越える事が出来た。
その彼の頑張りに準じようと思ったのだ。
シェットランがシャイルに矛先を向けた時の安堵の溜息は、そういう理由からである。
仕向けなくても、スコティーから自分へと標的を変えてくれたという事に。
自分に対してだけなら、いくらでも対処のしようがある。
という考えもあるが、それよりも重要なのはもう一つの思惑。
今のスコティーでは決して出来ない事。
それをシャイルは成し遂げようと考えている。
その為には今の状況になることが必要だったのだ。
「決闘?」
「そうだ!シードック家の名にかけて、正式に申し込む!!」
「それを俺が受ける必要があるとでも?」
「ああ、あるさ!お前が勝てば、今回の件を不問にしてやる!そして、今後お前達には一切手を出さないと誓ってやる!」
「俺が負けた場合は?」
「その時は、お前達二人とも俺に跪け!そして俺の下僕になれ!それが嫌ならシードック家の力で二人を追い詰めてやる!」
シャイルは正直、勝敗後の内容はどうでもよかったが、自分がシェットランと決闘する理由があるという体裁を整える為に聞き出す必要があった。
今後、自分が決闘を申し込まれた時、決闘を受けるには条件が必要であるという事を印象付けるためである。
そうすれば、無用な決闘を申し込まれなくて済むと考えていた。
そしてその内容は、自分にとってデメリットの方が大きいとは言え、対峙する理由には十分だろうと判断する。
実際、負けたとしてもシャイルにとっては、いくらでもどうにでも出来る内容だったからだ。
「なるほど・・・負けたリスクの方が高い気もするが、考える余地はあるみたいだな」
「どのみち、お前に拒否権などない!」
「・・・まあいいさ。で、日時・場所・勝敗条件は?」
終わった後で、何か言われないようにするためには、きちんと確認だけはしておかなければならない。
そして、ある事に関しては意図的に聞かずにしている。
「ふん・・・今日の放課後、寮の室内訓練所だ。デーンに使用申請をさせておく。そして勝利条件は、致命傷となる部位に一撃入れた方とする!」
シェットランはシャイルに聞かれた事を指定していく。
勝利条件に関して、学園内における訓練及び私闘などでは、誰が誰と相手をしようと基本的には模擬武器を使用する。
そのため、例え致命傷となる部位に攻撃をしたとしても、打撲や骨折はあれど余程でなければ死ぬような事はない。
それが故に、立てる限りはいくらでも立ち向かう事が可能と言える。
しかし、今回は訓練ではなく決闘という形を取った為、明確な勝利条件を決め、その時点で勝敗を決しなければならない。
そうしなければ、先の理由により勝敗の判定が曖昧になってしまうからだ。
そして、致命傷になる部位に一撃を入れるというのは、真剣であれば死んでいるという事を示唆するものであり、言い逃れが出来ないと考えたからだろう。
「・・・わかった。それで構わない」
必要な事を聞き出したシャイルは素直に頷く。
その言葉を聞いたシェットランは、未だ怒りが冷め止まないながらも少し乾いた笑いを浮かべ、ドーベルとデーンを連れてこの場を去って行った。
今まで心配そうにしながらも、黙って二人の様子を隣で見ていたスコティーが口を開く。
「シャイル君・・・こんな事に巻き込んでごめんね」
「ん?ああ、いや、気にしなくていいさ」
シャイルがスコティーを思って、わざと自分に仕向けるようにした事には気づいていない。
それをわざわざ言うシャイルではないし、それに・・・
「寮で絡まれた時から、遅かれ早かれこうなる事はわかっていたしな」
そう、今回の事が無くても、いずれはシャイルにも食って掛かってくる事が予想される。
であれば、早い内に問題は片付けておいた方がいいとシャイルは考えていた。
「・・・あ、それと、さっきシェットラン君も言ってた事だけど、僕が震えていた時に助けてくれたよね?ありがとう!」
「ああ、それは・・・」
シャイルは正直、言おうか言うまいか迷った。
ただ、先日には回復魔法を無詠唱で使える事を見せてしまっている。
何もかも黙りという訳にもいかないかと考えたシャイルは、今回の事には答える事にした。
「別に対したことはしていないさ。ただ、指を弾いた時に出る音の波に精神干渉の魔法を乗せただけだ」
「え?精神干渉!?」
「ああ。と言っても、別に精神に異常を来す様なものではなく、多少リラックス効果がある程度のものだ。それもかなり弱めに送っているし、誰にでも効果があるのでは無い。興奮状態、まあ緊張も含むが、そういう状態の者であり、その状態から脱出したいという意思を持たない者には何も効果がない」
スコティーが、3度目の音で自分を取り戻したのには、そうした訳があった。
あまりに微弱な魔法の波動であり、かつ重ね掛け出来る魔法では無い。
そのため、1度目2度目の魔法は届けど不発。
3度目の時にシャイルを見た事で、スコティーの強い意思に加え、彼が見守ってくれていると言う安堵感により、シャイルの魔法が干渉したのだ。
干渉したと言っても、ほんの少しだけリラックスさせる程度でしかない。
「え?それじゃあ・・・」
「ああ、俺がやった事はただのきっかけで、スコティーが自分であの状態から立ち直ったんだよ」
そう言われたスコティーは嬉しそうにしていた。
それでもシャイルが居なければ、あの状態から克服することは出来なかっただろう。
だから何度礼を言っても言い足りない。
だが、それをすればシャイルは困った顔をするだろう。
だから最後に一言。
「本当にありがとう・・・」
と小声で呟いておくだけに留めたのだった。
登場人物
シャイル:本作主人公。謎多き少年。
スコティー:シャイルと同室でクラスメイトの少年。剣士
エンゼルラン:学園寮の管理人の女性。通称エンジー、ラン。
アルストロメリヤ (名前のみ):学園の教師の女性。エンゼルランと仲が良い。通称アリー
シェットラン:シードック家の嫡男。スコティーと同郷でクラスメイト。何かにつけてスコティーを目の敵にしている。剣士
ドーベル:シェットランの護衛でクラスメイト。剣士
デーン:シェットランのお目付役でクラスメイト。剣士