2-3 スコティーとシェットランの因縁1
翌週。
今までの訓練授業は、騎士との手合わせや基本を中心に行っていたが、今日からは学生同士でも手合わせを始めていく。
基本が大事なのはもちろんだが、型にはまりすぎていてもよくない。
戦闘中は臨機応変に動かないといけないからだ。
基本や基礎に関しては、自分達の自主性に任せることになり、授業では実践的に進められていく事になる。
とりあえずは好きな相手とやっていいとの事だったので、スコティーはシャイルと行おうと思って声をかけようとした。
するとそこに、近づいてくる者がいて声をかけられた。
「よう、へっぽこ!俺と一緒にやろうぜ!」
「え?」
それはシェットランだった。
彼はニヤニヤしながらスコティーに声をかける。
ドーベルとデーンも同様で、ニヤニヤしながらスコティーを見ている。
急に声をかけられたスコティーは、驚きで固まってしまったままだ。
「おい、どうした?何固まってんだ?まさか俺が声をかけるとは思わなかったか?おいおい、そりゃないだろう。せっかく同郷のよしみじゃないか」
シェットランは言葉では、寂しいことを言うなよと話しているが、顔は相変わらずニヤニヤしている。
「それとも、俺とはやりたくないって事か?」
「え?い、いや・・・そんな事はないけど・・・」
「じゃあ、いいだろう?さっさとやろうぜ!」
「う、うん・・・」
強引に手合わせを行う流れを作ったシェットランにスコティーは否定することが出来ず、そのままなし崩しに手合わせを行うことになってしまった。
シャイルはその様子を見ていたが、口を出すような事はしなかった。
スコティーから助けを求めるような視線を受けたが敢えて無視して、自分は手合わせの相手を求められたタルトに向かい合った。
そのような態度をするシャイルを見て、彼はこの件に関わりたくないんだ・・・とスコティーは考えた。
仕方がなく、意を決してシェットランに向かい合う事にした。
「お、ようやくやる気になったみたいだな」
キョロキョロしていたスコティーの目が、自分を捉えた事を認識したシェットランは、右頬をあげて嫌らしい笑いをしながら構えた。
スコティーもそれに応じ、剣を構えたのだが・・・
「おいおい、どうしたんだ?剣が震えてるぞ?」
シェットランに向けられた剣が小刻みに震えている。
それを見たシェットランは馬鹿にするように、スコティーに向かって言葉を投げつけた。
そのシェットランの言葉もスコティーには遠くに聞こえる。
極度の緊張により、五感が急激に狭められてしまっていた。
手の震えも止まらない。
(なんで・・・なんで・・・なんで!!)
スコティーはシャイルと剣を交える事で、少しは克服出来たと思っていた。
しかし幼き頃に染みついてしまった懼れというものは。そう簡単に拭う事は出来ない。
シェットランと出会ってからは、稽古という名目で手酷くやられていた過去。
ボロボロになり、それでも無理矢理立たされ続けられる。
そしてシェットランからの制裁が終わると、今度はドーベルとデーンからの制裁が始まる。
そんな事がずっと繰り返されてきた。
それでもスコティーはめげる事なく、隠れて剣を振り続けてきた。
だが、その剣を彼らに振り下ろす事は一度も出来なかった。
なぜなら、ずっと叩き込まれてきた記憶により、彼らを前にすると体が思うように動かなくなってしまうからだ。
自分が反抗することで、自分の周りに被害が出ると考えていたなんて・・・
そんなのは嘘だ。
自分の剣が相手を傷つけてしまう、確かにそれも考えなくはなかったかもしれない・・・
でも、一番の理由は簡単な物だった・・・
ただ単に、自分の心が弱かっただけ・・・
家柄とか関係なく、彼らが怖かっただけ・・・
当時だけでなく今でもそうだ・・・
彼らを目の前にし、足が竦み、身体の震えが止まらず、思考はうまく働かず、視界は狭く、耳は聞こえにくい・・・
その狭い視界の中で、彼は自分に向かってきているのがわかった。
しかし、それでも身体が言う事を聞いてくれない。
シェットランが下から剣を掬い上げるように、スコティーの持っていた剣を弾く。
スコティーの手から剣が飛ばされていくが、目は虚ろで動く事が出来ない。
剣が弾かれ、手に持っていない事は何となく理解できるが、ただそれだけだ。
そしてシェットランはスコティーの剣を弾きながら上げた剣を、そのまま容赦なく袈裟斬りに振り下ろす。
「うあっ!!」
スコティーは軽く悲鳴を上げ、肩から走る痛みで少しだけ我に返るが、その時にはすでに片膝を付き痛む肩に手を持って行く事しか出来なかった。
しかも、我に返る事でさらに過去の事が走馬灯のように蘇り、震えがさらに大きくなってしまう。
そんなスコティーを見ながら、シェットランは侮蔑を含んだ言葉を口にする。
「なんだ、全く何も変わってねえんだな。へっぽこ君」
その言葉も、今のスコティーに届いているのかどうかすら怪しい。
「本当に、どうやってこの学園に入学出来たのか・・不正を働いたとしか思えないな」
スコティーを見下しながらシェットランはそう呟く。
その後もやはり、昔と同じように無理矢理立たされドーベル、デーンとも代わる代わる相手をさせられる事になっていた。
その様子を見ていたシフォンは、あまりの仕打ちに頭に血が上りそうになったのだが、シャイルが何もしないという事には何らかの意図があるのだろうと思い、止めにいくのを踏みとどまらせた。
ただ、どんな意図があるにしろ、その状態を放置しているシャイルに対しても少しだけ苛立ちを覚えていた。
周りの生徒達も思うところはあったようだが、その場にいる教師や騎士も止めるような事はしていなかったので、自ら進んで止めにいく者はいなかった。
教師達も、別にいじめを推奨しているわけではないが、ここは勇者養成学園である。
この程度の事、自分で乗り越える事が出来ないようでは、戦闘になったときに役に立たないと考えている。
その為、よほどの事がない限りは生徒達の問題は自分達でなんとかさせようとしている。
もちろん、死に直結するような事をしているのであれば、すぐにでも止めに入るのであるが。
授業が終わり、散々スコティーを痛めつけたシェットラン達は、スコティーに侮蔑の眼差しを送りながら早々に戻っていった。
彼らがその場を去ってから、倒れているスコティーにシャイルが近寄ってきた。
「起き上がれるか?」
手を差し出しながら言ったシャイルの言葉に、スコティーは「・・・なんとか」と答えながらその手を取る。
起き上がったスコティーは、立っているだけでも辛そうにしていた。
その様子を見たシャイルは、目を閉じながら軽くため息を吐いた。
そしてスコティーに肩を貸して、人気のないところへ向かっていく。
その様子を他の生徒達も見ていたが、彼らを見送るだけで声をかけるような者はいなかった。
そして彼らが人気の無い所までくると、シャイルはスコティーを座らせる。
スコティーには、なぜこんな所に連れてこられたのかを考える余裕はなく、なすがままにされていた。
今シャイルがやろうとしている事は、人気のある場所で出来る事ではない。
意識を集中し知覚領域を広げて、周りに人がいない事、自分が監視されていない事を確認してから行動に移った。
シャイルはスコティーの足に自分の手を翳す。
すると、シャイルの手の周りに光が帯びていく。
スコティーは、シャイルの手を翳した箇所が、段々と暖かく柔らかい物に包まれているような感覚を受けている。
シャイルは翳した手を足全体にスライドさせていく。
そして、患部の酷い箇所にもその手を持って行く。
すると、スコティーの意識も段々とはっきりしてきて、シャイルが手を翳した部分の痛みが徐々に引いていくのを実感した。
その事にスコティーは驚いていた。
今シャイルが使っているのが、回復魔法だとわかったからだ。
ただ、別に回復魔法そのものに驚いた訳では無く、それが使えるという事。
そして剣士であるシャイルが、しかも無詠唱で使ったという事。
それがあり得ない事だと思ったのだ。
というのも、絶対に剣士が回復魔法を使えないというわけでは無いが、回復魔法に関しては努力だけでどうにかなる物ではなく。単純に資質があるか無いかなのである。
実際資質を持った人は少ないのは確かだ。
学園内でもティラを初めとして、数えられるほどしか存在しない。
資質があったとしても、剣士などの前衛職の場合は回復魔法を覚える事よりも、身体能力強化などに重点が置かれる事が多い。
なぜなら、前線で戦う事が想定される剣士は、回復に時間や魔力を裂いている時間や余裕がない事が挙げられる。
敵を目の前に回復しよう物なら、その隙を突かれて怪我だけではすまなくなる。
回復する時間があったとしても、回復魔法に魔力を削られて、いざというときに魔力が無いでは笑い話にもならない。
それならば、身体能力強化などに魔力を使用し温存する方が、よほど建設的である。
回復は、治癒魔法士に任せる方が効率や効果が高いと考えている。
さらに、普通であれば詠唱無しで魔法を使う事が出来ない。
詠唱を行う事で、魔力の流れ・質・ベクトルなどに統一性を持たせて初めて、使いたい魔法が完成するからだ。
絶対に詠唱が無いとだめかというと、そういうわけでもない。
ただしその場合は、ただ小さい火を出すとか、ただちょろっと水をだす、ほどよい風が吹く程度にしかならず、実用出来るレベルとかけ離れてしまう。
無詠唱でも魔法を使う事が出来る者もいるにはいるが、それはアークの名を冠する魔道士・魔法士、その中でも上位の存在以上の者のみである。
それを当たり前のようにシャイルは使っていた。
シャイルが人気のない場所に移動したのは、これを他の者に見せたくは無かったからである。
「・・・シャイル君は、回復魔法を無詠唱で使えたんだね」
「ああ、効果は大した物ではないけどな」
シャイルの言うように、多少痛みが引いてきた程度の回復しかしていない。
だが先程までは、一人で歩けない状態だったのが今では普通に立てるし、他の痛くて動かせなかった箇所も、多少の痛みはあれども普通に動かす事が出来るまでに回復していた。
「ううん、十分だよ!ありがとう!」
「別に礼はいらないさ。それよりも、このことは絶対に他言無用で頼むな」
そう言われたスコティーも、さすがに馬鹿ではない。
人気の無い場所に来たという事は、誰にも知られたくないからだろう、という事をちゃんと理解している。
シャイルに念を押されなくても、誰かに言うつもりは無かった。
だから返事は・・・
「もちろんだよ!」
その返事を聞いたシャイルは、スコティーにフッと笑顔で応えた。
そして、
「さて、教室に戻ろうか」
と、それ以上の事を言う事はなく、教室へと足を向けていた。
スコティーは今回の事で、シャイルに何か言われるのだろうと若干萎縮していたのだが、それは拍子抜けに終わる結果となった。
しかも騎士との手合わせの時には、緊張をほぐすような行動を起こしてくれたが、今回は何もしてはくれていない。
その事が、自分が見放されてしまった、もしくは呆れられてしまったのだろうと思った。
無詠唱でかつ回復魔法が使える事に関しても気にはなったが、こんな自分には何も答えてはくれないだろうと考え、聞く事はできなかった。
スコティーはそれ以上口を開く事はせず、そのままシャイルの後に続いて教室へと向かう事にした。
とりあえず今は、自分の怪我がある程度治った理由を、周りにどう言おうかと考えていた。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
「んもう!何なの!?何なのさ、あれ!」
放課後、いつものメンバーで帰っていると、急にシフォンが怒りだした。
「シフォン、ちょっと落ち着いてください」
「そうよ。煩いし、落ち着きなさいよ」
ティラとショコラに諭されても、シフォンの怒りは収まらない。
「だって、酷くないかい!?一方的にスコティーを痛めつけるなんてさ!」
「確かに、離れた場所にいた私から見ても、酷いと思うものではあったわ」
シフォンの怒っていた理由は、スコティーに対するシェットラン達の行動であった。
ヴェリーは槍士なので、剣士の生徒達とは少し離れた場所で訓練をしていた。
その彼女も、見ていて気にしていたようだ。
「シフォンさんに・・ヴェ、ヴェリーさん。そう言ってくれるのは嬉しいけど、でも・・自分に問題ある事だし、仕方ないんだよ」
確かにシフォンやヴェリーが言うように、普通に考えれば酷い仕打ちである。
しかし勇者養成学園に来たからには、そんな甘い事も言ってはいられないし、自分の問題であることもスコティーは理解している。
それをシフォンと、名前を言い淀みながらもヴェリーに伝える。
「そうなのかもしれないけどさぁ・・・てか、なんでシャイルが助けてあげないのさ!」
スコティーに気にしないでというニュアンスで言われてしまっては、それ以上の事が言えなくなってしまったシフォンだが、その怒りの矛先は思い出したようにシャイルに向けられた。
「スコティーが自分でも言っているだろう?スコティー自身の問題だと」
シャイルのその言葉を聞いたシフォンは、苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。
スコティーもシャイルの言葉を受けて、やっぱり呆れられているんだなと苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。
そしてこの不穏な空気を感じ取ったタルトは、この話は以上で終わりだとでも言わんばかりにシャイルに話しかける。
「というか、私と手合わせをした時の、あの体たらくは何なんだ?シャイル」
と、シャイルはタルトにまで怒られた。
「そうは言われてもな・・・前にも言ったが、あれが俺の実力だからしょうがないだろう」
シャイルはタルトと何度か手合わせをしたのだが、全部完敗だったのだ。
「それはわかってはいる。わかってはいるんだが・・・」
タルトもシャイルの今の実力に理由がある事は、詳しくはわからなくても重々承知している。
それでも以前のシャイルを知っている彼女からしたら、それは許せる事ではなかったらしい。
というよりも、もどかしいと言った方が正確なのだろう。
シャイルにとっても都合の悪いこの話を変えるべく、今度はシャイルがティラに話しかける事にした。
「そういえばティラ、聞いてなかったけど、指輪をつけてからはどうだ?」
「ええ、その節はありがとうございます。クラスの人達に遅れを取らない所か、圧倒できるほどに反応速度が上がり、本当に驚きました。まさか、これ程とは思いもよりませんでした」
そう言いながらティラは、右手の薬指にはめた指輪を嬉しそうに、そして少し照れながら見せてきた。
90%近く魔力除去が出来ているペキニーの指輪に、全て反応速度を上げるための魔法付加を行ったのだから、当然の結果だとシャイルは思っていた。
そしてティラが顔を赤くしているのは、その結果が嬉しくて興奮しているのだろうと、シャイルは捉えた。
しかし、ティラが照れていた理由はそこでは無かった。
シャイルから指輪をもらった日、懲りないショコラと一悶着あった為である。
ショコラは指輪を貰ったんだから、はめるのは左手の薬指一択しか無いでしょうと宣った。
それにティラが切れるといういつものパターンだったのだが、ショコラが逃げていった後に、ふと左手の薬指にはめようとしている自分がいた。
ハッとして我に返り、自分は何をしているのかと首を振ったのだが、指輪を持っている右手は左手の薬指にはめる直前から動かない。
仕方がないので、一度深呼吸をしてから諦めたように右手を離したのだが、心の中ではなぜか残念な感情が拭いきれない。
そこで左手では無く右手ならと考えたティラは、右手の薬指にはめる事に決めたのだ。
そうしたやりとりや、葛藤などがあった経緯を思い出して、ティラは少し照れていたのだった。
そんな事とは露知らず、シャイルは「そっか、それならよかった」と、ティラに笑顔を向けていた。
その指輪が相当羨ましかったのか、プディンやタルトは指輪を凝視している。
ショコラに至っては再度、直接シャイルにねだっていたのだった。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
その日の夜、シャイル達の部屋でスコティーは浮かない顔をしていた。
「ねえ、シャイル君・・・?」
「ん?なんだ?」
「・・・ううん、なんでもない」
「そうか?」
スコティーは何かを言いたげにしてはいるが、口には出せないでいた。
「・・・今日の事だろう?」
シャイルにはスコティーが何を言いたいのか、何となくわかっていた。
「・・・う、うん」
「何か言ってほしいのか?」
それでもシャイルは核心に触れようとはしなかった。
「え?あ、い、いや・・・」
そう言われてしまっては、スコティーにとっては何も言えなくなってしまう。
「スコティー自身わかっているんだろう?だったら、俺から言うべき事は何もないさ」
「そ、そうだよね・・・」
スコティーからしてみれば、何も言わないでいてくれるシャイルが嬉しいような、それでいて寂しいような複雑な気分でいた。
実際の所、何かを言われてしまえば傷つく可能性はある。
だから言わないでくれるのはありがたい。
でも、それは見放されているのだろうと考える自分もいるからだ。
そして、スコティーのような気の小さい者にとっては、自分自身で何とかしないと理解はしていても、他者からの一押しがほしいと思う事があるのだろう。
ただ、スコティーはシャイルからそれを何とかしないといけないと言われているため、直接どうしたらいいかなどと聞く事は出来ない。
シャイルに言われたように、自分を変える事など中々出来る事でもない。
それこそ一朝一夕に出来る事では無く、これには時間が必要なのだ。
シャイルは、そんなスコティーの心情などを理解していた。
理解しつつも、今まではなるべく口も手も出さないようにしてきた。
俯くスコティーを見かねたシャイルは、少しため息を吐きながら話を続けていく。
「スコティーとシェットランとの間に、どんな過去があったのかはわからない。もちろん、それを俺が知るつもりもない。だけどな、一つだけ言える事・・・過去に捕らわれていては前に進めないという事」
「・・・・・」
「過去に捕らわれていては、未来は見えてこない。それどころか現状すら見えていない。過去を振り返る事はいいさ。だけど振り返るのでは無く、常に後ろを向き過去に捕らわれて一切前を向かないのであれば、その先にある物が見えてこないだろう?」
「・・・そう・・・だね」
「まあ、あまり偉そうに色々言うつもりはないが、皇帝守護騎士になりたいんだろう?それは過去に打ち震えているような奴がなれるほど、簡単なものなのか?」
「・・・ううん・・そんな簡単ではないと思う」
「だろう?だったら、何とかして過去を受け入れる、もしくは過去と決別する・・・一歩踏み出すにはどちらかしか無い。スコティーにはどちらがいいのかなんて、もちろん俺にはわからない。それはスコティー自身で決めなければならない事・・・どちらにしても、昔こんなことがあったよねと、笑い飛ばす事が出来るようになるのが理想だな」
以前のシャイルとは違い、優しく諭すように話しかける。
そして最後の言葉を述べた時には、笑顔を浮かべていた。
スコティーはシャイルのその笑顔を見た時に、今日のシャイルの行動の意味を全て悟った。
呆れられているのではなく、この程度の事は自分の力で乗り越えられると信じてくれている。
だから、手も口も一切出さなかったのだと。
倒れた自分を起き上がらせてくれた後に、小さなため息を吐いていたのも、乗り越えられるとは思っても時間がかかると考えたからだろう。
だからといって、実際シャイルが口出しや行動を起こしてしまえば、彼がいない時に自分1人では何も出来ない結果となり、永遠にそれが続いてしまうだろう。
これからもずっと彼に、完全に依存してしまうのだと。
彼はそんな事を望まない。
そんな事になれば、むしろ彼は自分の前からすぐにでも去ってしまうだろう。
それは現実的な意味ではなく、心が離れてしまうという意味で。
なぜなら、彼は一方的に自分を頼るだけの人を望んではいない。
というよりも、同じ立場において上下を持ち出す事が好きではないのだろう。
今の自分には彼が必要だ。
でも彼には自分は必要としていない。
必要としていないというか、いてもいなくても同じなのだろう。
こんな関係ではだめなのだ。
今までの言動から、彼は一人でも生きていけるのだろう。
その彼と一緒にいるためには、自分は彼のいる場所に追いつかなければならないのだと。
その為の第一歩を踏み出す事。
まだ不安は残るものの、スコティーは堅く決意する。
「色々と手間をかけさせてごめんね。・・・そしてありがとう」
「ん?何か言ったか?」
スコティーが俯き加減でシャイルに謝罪と感謝の言葉を述べたが、小声で言ったためにシャイルには聞こえていなかったようだ。
「ううん、何でもないよ。明日も学校がある事だし、もう寝ようか」
「ああ、そうだな」
顔を上げたスコティーは笑顔だった。
スコティーがベッドに入るのを見て、自分もベッドに戻りながらシャイルがぼそっと呟いた。
「・・・自分に負けるなよ」
本当はスコティーの謝罪と感謝の言葉は、シャイルには聞こえていた。
だが、人から謝罪や感謝をされたいわけでも上に立ちたい訳でも無いため、敢えて聞こえないフリをしていた。
だからこそシャイルも、スコティーに聞こえない程度に励ます言葉を呟いたのだった。
登場人物
シャイル:主人公。知覚領域、無詠唱での回復魔法が使える。それ以外について、今の所は全て謎である。
スコティー:シャイルと同室であるクラスメイトの少年。剣士
シェットラン:シードック家の嫡男。スコティーと同郷のクラスメイト。何かにつけてスコティーに絡む。剣士
ドーベル:シェットランの護衛でクラスメイト。剣士
デーン:シェットランのお目付役。クラスメイト。剣士
シフォン:勇者を志すクラスメイトの少女。剣士
ティラ:シフォンに助けられたクラスメイトの少女。治癒魔法士
ショコラ:ティラの双子の姉でクラスメイト。魔道士
ヴェリー:シフォンと同室のクラスメイトの少女。槍士
タルト:シャイルが学園に来ると聞いて入学した魔族の少女でクラスメイト。双剣士
プディン:シャイルが学園に来ると聞いて入学した天人族の少女でクラスメイト。武器職は無し
ペキニー(名前のみ):鍛冶錬金学校に通う少年。入学前のバザーで出会い、シャイルが魔法除去された指輪を彼から購入。
訓練授業では全て模擬武器が使われている。
怪我をすることはあっても、殺傷能力はほぼない。