2-2 訓練授業、そして・・・
あれから特に問題は何もなく一週間が過ぎた。
シャイルとプディンの約束に関しては、結果としてプディンが要求する事は叶わなかった。
それはそうだろう。
苦手な事が一朝一夕に身につくわけがないのである。
これからもまだ訓練はあるのだからと、シャイルが慰める事になった。
今週からは、ようやく本格的に武器を使った訓練が始まっていく。
それはシフォンだけに限らず、殆どの者が待ち望んでいた事だろう。
もちろん、基礎体力作りもそのまま継続されながらである。
2時間の座学と3時間目の体力作り、4時間目と昼食を挟んで5時間目が武器を使っての訓練となる。
訓練には、この都市セントヘプタグラムの引退した騎士や、常駐の新米騎士が生徒を指導してくれる。
これは学園と騎士、双方にとってプラスとなる。
というのも、引退した騎士は技術を教える事が出来ても、若い者には動きがついていけず、新米騎士は動きが良くても技術的に未熟な部分がある。
互いを補いながら生徒を指導する事で、騎士の質も同時に上げる事が出来るのだ。
学園としても、様々な武器職がある中で全ての専門分野の教師を雇うとなると、かなりの人数が必要となってしまう。
そこで、新米騎士の中から全ての武器職を複数人、訓練の一環として排出してもらう事で、人手の問題もクリアできるのである。
ちなみに武器は、訓練用の刃引きした物を使う。
様々な武器職に対応するために、一通りの武器は揃えられている。
各々が自分の得意武器を装備し、担当の騎士の所へ向かい訓練を始めていく。
シャイル、スコティー、タルト、シフォンは剣士である騎士の所へ向う。
タルトは双剣士なのだが、双剣士は比較的少ない為、彼らと同じく剣士の所で訓練を行う。
ヴェリーはもちろん槍士の所へ向っている。
ティラとショコラは魔法が得意なため、扱える武器も限られてくる。
というのも、別に剣などの長物を扱えるようになっても構わないのだが、魔法を主として戦う者にとっては魔法を使う時に帯剣していると邪魔になる。
であるならば邪魔にならない程度で、自分を守る事が出来る武器を選ぶのが一般的なのだ。
そこで選ぶ武器は主に短剣となる。
プディンに関してはチャクラムが得意なのだが、それだけを主とする武器職は無い。
従って、3人合わせて隠密者の騎士の所へ行く。
隠密者は、主に斥候・諜報・支援・先制・撹乱などであり、遠距離から近距離の武器に精通しており、敵に見つからない、かつ敵を見つける為のスキルを持つ者達である。
特に短剣・投擲が得意であるため、彼女達には適していると言えるのだ。
しかも、後方支援の者が敵に見つかりにくくなれば、それだけ前線での戦闘も楽になるため、隠密者のスキルを覚える事も出来れば一石二鳥でなる。
ただ、隠密者のスキルを覚えられるかどうかは、本人の資質次第ではあるのだが。
・・・・・・・
・・・・・
・・・
シャイルは一人、後悔をしていた。
というのも、当たり前ではあるのだが剣士が一番多い。
その為、厄介な者達も集まってくるのも必然なのである。
スコティーとシャイルを目の敵にしているシェットラン、ドーベル、デーンも剣士であり、シフォンを敵視しているエクレイアも、もちろん剣士である。
他にも、シャイルが面倒そうだなと感じる人物もいたのである。
シャイルは他の武器も扱う事が出来る為、これならば槍士だとでも言っておけば良かったと考えていた。
今更もう遅いので、仕方が無いと割り切る事にしてはいるが。
それに、今の所は表立って動きを見せてはいないので、なるようになればいいとさえ思っている。
今は一人一人が騎士と手合わせを行い、そのやり取りを見て引退した騎士が、それぞれの問題点と良い所を指摘している。
とはいえ、初日なので騎士からの打ち込みは無く、生徒に打ち込ませて受けるというスタンスではあるが。
もちろん武器は学園の刃引きしてある物を使う。
「とりゃああああ!!」
シフォンが大声を上げながら、騎士へと剣を振り下ろす。
それを騎士は軽々と後ろに避け、さらにシフォンもそれを追う様に足に力を込め、剣を横に持ちながら突進する。
「てりゃああああ!!」
それは騎士に剣で受け止められている。
シャイルがシフォンに対する剣の感想は、いちいち五月蝿いな・・・だった。
だが、剣筋は悪くない。
悪くはないのだが、いかんせん我流が強すぎると感じていた。
その後も数合打ち合っていたが、終了の声を受け両者は手を下ろす。
シフォンが騎士に指摘された事も、シャイルと同じ事であった。
そして掛け声に関しても、敵に攻撃するタイミングを教える事になるから止めろといわれている。
シフォンは無意識だったと言いながら、「たははっ」と笑って誤魔化していた。
その点、エクレイアの剣捌きは見事であった。
フィナンジェ家が剣術の名門と呼ばれるだけはある。
華麗という表現が実に適しているだろう。
使っている武器は細剣であるが、その剣技は舞っているようにも見える程だった。
それでも騎士にはまだ及ばず、全てを受けきられてしまっていたが。
特に問題点は無く、騎士達にもそのまま熟練度を上げるよう指示を受けていた。
そしてシフォンの横を「ふふん」と、してやったり顔をしながら通り過ぎていく。
エクレイアの華麗な剣技に見とれていたシフォンだったが、横を通り過ぎるエクレイアに笑顔で負けないよと訴えかけていた。
タルトは双剣を持ち、騎士と対峙する。
双剣士が使用する剣は通常の剣よりも短めであり、一撃で相手を倒す事よりも手数で勝負する事を前提としている。
故に、剣士と比べて1対1よりも複数の相手もしくは乱戦に適している。
既に手合わせが始まっており、その双剣士であるタルトの連続攻撃を騎士は剣1本で防いでいた。
二人の攻防を見ている周りの生徒達から、軽いどよめきが起こる。
それは、タルトが自分を中心として円を描くような剣技を見せていたからだ。
エクレイアとは方向性が違うとはいえ、彼女も見ている人からすれば舞っているように見えた。
シャイルも感心していた一人である。
ただそれは、実力を知るタルトの攻撃にではなく、攻撃を防いでいる騎士に対してではあるのだが。
手合わせが終わると、さらに精進するようにと告げている騎士の額には、少しだけ汗が滲んでいるようだった。
そしてドーベル・デーン・シェットランが次々に騎士と対峙し、まだ荒削りだが悪くはないとのお達しを受けている。
その言葉にシェットランは、自分には実力があるのだと嬉しそうに顔に滲ませていた。
その他のクラスメイト達も順々に手合わせを終え、今度はスコティーの番である。
「よ、よろしくお願い・・し、します」
スコティーはシャイルとの手合わせには大分慣れてきたとはいえ、まだ他の人とだと遠慮と言うか緊張をしてしまうようだった。
シャイルは初日の訓練であるし、スコティーが自分で何とかしていかないといけない問題でもあるので、特に口を出すようなつもりはない。
シャイルとの手合わせの時とは違いぎこちなく構え、手は少しだけ震えている様子が伺える。
それを見た騎士は。
「どうした?そんなに緊張しなくていいぞ?」
「は、はい!」
スコティーに緊張をほぐすように笑顔で話しかける。
しかし、そうは言われても中々緊張の解けないスコティー。
それを見ていたシェットラン達は、馬鹿にするように指を差しながら笑っている。
このままだと、スコティーは剣を振らずに終わるだろうとシャイルは思った。
手助けをするつもりはなかったシャイルだが、さすがに見るに見かねて持っていた剣を鞘に入れたまま、ドンッ!と地面に強く突く。
その音にビクッとなったスコティーが振り返ると、その先にいたシャイルと目が合う。
じっと見つめられているシャイルの目つきは鋭く、スコティーを諌めているように感じられた。
はっとしたスコティーは、まだぎこちなさは残ってはいるものの、手の震えだけは治まったような気がした。
そして再び前に向き直り、騎士に向ってもう一度。
「お願いします!」
と今度は力強く告げていた。
スコティーの剣はシャイルとの手合わせの時ほどの鋭さはなかったものの、まさにお手本と呼べるような剣捌きであった。
騎士からもそう告げられ、後は緊張をどうにかする事だとアドバイスを受ける。
その一連を見ていたシェットラン達は、最初は笑っていたものの、途中からは苦々しい顔に変わり、今では憎悪すら感じられるような目つきでスコティーを見ている。
スコティーはその視線に気づきながらも、すぐにシャイルの所に向かい礼を言っていた。
そして、最後にシャイルの番である。
いつも通りに剣を構え、騎士の「いつでもいいぞ」という声を合図に斬りかかる。
結果として、一般人と比べれば鋭いものの、この場にいる誰よりも剣の腕前が劣っていた。
シャイルも含め、この場で見ていた誰もがそう思っていたのだが・・・
「う~ん・・・君の剣は不思議な感じがするな。身体が技術に追いついていないというか・・・」
という騎士の声で、周りも近くの者とひそひそと話始める。
なぜなら、まだ身体に技術が追いついていないと言われていたのなら、技術が未熟という事だろうと理解出来るが、身体が技術に追いついていないという言葉の意味がわからなかったからだ。
ここで言う身体とは、筋力・動作・感覚など、動きに必要な要素を差し、自分の身体を越えた技術など到底出来るものではない。
無理に自分のレベル(水準)以上の技術を習得しようとしても身体が追いついていない為、それはただの無駄な動きでしかないだろう。
その為、その技術に必要な身体というのを作り上げ、身体が技術と一致した時に初めて習得出来るものなのである。
それが故に、生徒達は周りと互いに話し合ってみても、騎士の言う事が理解できずにいた。
騎士ですら、ニュアンスのような感じでしか告げる事ができない中、その意味を明確に理解しているのはシャイルだけである。
「まあ何にしろ、今のままでは全然駄目だ。もっと鍛錬を積むように!」
シャイルは「わかりました」と一言だけ告げて下がった。
そのシャイルに、大した事無いと嘲笑う視線や侮蔑にも似た視線、奇異の視線が少なからず向けられていた。
そして、タルトもその一人である。
「なあ、シャイル。お前・・・どうしたんだ?」
戻ってきたシャイルにタルトが声をかける。
彼女は向けていたのは奇異の視線であり、どうしても不思議で仕方が無かった。
「ん?何がだ?」
「いや、お前の実力はあんなものではなかっただろう?だからといって、力を抜いているようには見えないし・・・」
「いや、元からあんなものだろう。もちろん本気でやったさ」
「そんなはずは無いだろう!少なくとも兄上と、ごか・・フグッ!」
タルトが大声で何かを言いかけた所で、シャイルがタルトの口を塞ぐ。
「・・・いいか?そんな事実はない。俺はただの勇者養成学園の生徒の一人だ、わかるな?」
タルトの耳元に口を寄せたシャイルにそう囁かれ、離れたシャイルの目をじっと見ながら、何かを考えた後に「・・・あ、ああ」と頷いた。
「それと誤解の無いように言っておくが・・・本気でやったというのは間違い無い。現状ではあれが限界だ」
そう言いながら、シャイルは右手を上げて見せた。
そのシャイルの手・・・正確には、中指に付けられた指輪にタルトは注目した。
普通に見ただけではただの指輪、もしくは何かしらの付与されたアクセサリー程度にしかわからない。
その指輪が何であるのか・・・いや、指輪そのものではなく、なぜシャイルが指輪をしているのか、という事が重要である。
タルトはこの学園に来る以前、シャイルがアクセサリーを身につける事の意味を教えてもらった事があるのを思い出した。
ただ、詳しい理由までは教えてはもらえず、その時も不可解に思ったのだが・・・
中指につけていた指輪を見たタルトは、多少訝しげな顔をしながらも納得したと目を閉じた。
「はあ・・わかった。詳しくは聞かないが、この学園に来たのも何か事情があるという事なのだな」
タルトの言葉には特に答える事はせず、シャイルは一言「すまんな」と告げるだけに留めていた。
本日の授業が全て終了し、シャイルは帰路へとついている。
「いやあ、思ってた以上に皆すごいから、見ているだけでも面白かったし勉強になったよ」
とはシフォンの言葉。
シャイルは一人でさっさと帰るつもりだったのだが、いつの間にか周りにはいつものメンバーが寮に向うため一緒に歩いていた。
「ふふっ、シフォンらしいですね」
「ホントよね。アタシ達は必死でそれどころじゃないってのに・・・」
ティラはいつもの様に笑いながら、ショコラは呆れながら相槌を打つ。
「それで、そのシフォンのお目にかかった方はいたのですか?」
「そうだね・・ボクを目の敵にするだけ合って、エクレイアの剣技はずば抜けていたよ。他には・・タルトも凄かったよね!」
シフォンがエクレイアを褒めた後、周囲を見渡しタルトと目が合った所で、そう告げた。
「いや、私程度、シ・・ある人からすれば足元にも及ばんよ」
「シ?」
「いや、なんでもない気にしないでくれ」
「??・・・でも、あれだけの動きが出来るタルトですら、それだけ言う人がいるんだね。しかもあれ、本気じゃないよね?」
「--!!」
タルトは余計な事を言いかけシフォンから追求されそうになったが、あまり追求して欲しくなさそうなタルトの対応にシフォンはそれ以上聞くのをやめた。
その代わりにした発言でタルトは驚かされ、一瞬顔に出そうになったが平静を装っていた。
タルトとしてはクラスメイトの実力を見た上で、同じくらいのレベルに合わせて本気で戦っているように見せていたからである。
それを見抜いたシフォンには、心の中で素直に賞賛していた。
「そんな事はない。買いかぶりだろう」
本来なら、タルトとしては別に隠す事でもないのだが、簡単に手の内をばらすような事はしたくないため、敢えて誤魔化した。
シフォンは「そう?」と言いながらニコッと笑う。
「そうそう、スコティーも基礎を疎かにしていない実直な剣で、剣筋が綺麗だったよ」
「え?え?・・ぼ、ぼく・・そ、そ・・」
急に振られたスコティーは、あまりにビックリしすぎて言葉にならなかった。
そんなスコティーの言葉を無視するように、シフォンは話を続ける。
「思えば、ボクが朝の訓練をしていた時に見かけた人・・・あれはスコティーだったんだね」
「え?」
シフォンが朝練をしていた時に、いつも先に来て剣を振り続けていた人を見かけていた。
それがスコティーである事に気づいたが、スコティー自身は自分の訓練に夢中でシフォンの存在に気づいていなかったのだ。
「あ、ねえねえ、ヴェリーは手応えどうだったのさ?」
シフォンは他の人を置いて、一人で矢継ぎ早に話していく。
「そうね。私自身は、まだスピアには慣れていないからなんとも言えないけど・・・まあ、それでもなんとかなりそうね」
「そっか、ランスからスピアに変わるとそんなに違うんだね。でも前にも言ったようにヴェリーなら大丈夫だね!」
「ええ、ありがとう」
「それで、誰かヴェリーの気になる人はいたかい?」
話を振られたヴェリーは、素直に思った事を述べる。
シフォンはヴェリーを励ましながらも、気になるのは他にも強い人が居るのかどうかという事。
「そうね・・一人だけ居たわ、マカローナよ。あの娘の槍捌きは群を抜いていたわね」
「背の高い青い髪の娘かあ。確かに只ならぬ雰囲気があったけど、ヴェリーが言うなら相当だね」
シフォンはマカローナを思い出しながら、自分で感じていた以上に強者であるかもしれないと思った。
「なる程なる程・・・じゃあじゃあ、ティラ達はどうだった?」
お次はティラ達の番とばかりに話を振っていく。
「え?そうですね。私は全然未熟者ですし、確かに勉強なりました。特にプディンさんのチャクラムはお見事でしたね」
「へえ、そうなんだ!」
「えへへ~。それほどでもあるよ~!もっと褒めてくれてもいいんだよ~?」
ティラに名前を出されたプディンは、嬉しそうに素直に喜んでいた。
しかも、さらに褒めろとまで言う始末。
「ええ、本当に素晴らしかったですよ。他には、そうですね・・・クーヘンバウムという方が短剣・苦無に加え、穏形もある程度出来る様で、私達の中では一歩秀でていましたね」
「ああ、白金色の髪のいつも楽しそうにしている娘だね。なんとなくそんな気もしていたけど、やっぱり実力があるんだね」
もっと褒めてというプディンを、きちんと褒める所はさすがティラである。
その上で、他にも気になる人を上げている。
そしてやはりシフォンは、自分で節穴じゃ無いと言うだけあって、強者を見分ける力があるらしい。
クーヘンバウムも既にチェック済みであった。
「そうですね、羨ましいです。それに私達の相手をしてくださった騎士の方は、受けるだけで無く多少反撃もしてきたのですが、私は反応が間に合わずに終わってしまいましたが、彼女は難なく受けていましたし・・・」
そう話すティラは少し悔しそうにしていた。
その表情を見て声を掛けたのは、意外にもシャイルであった。
「だったら調度いい。これをティラにやるよ」
ティラの隣に並び腕を取ったシャイルは、彼女の手にポケットから出したある物を手渡した。
「・・・え?え?・・・こ、これは・・・?」
ティラは手渡された物を見て、目を白黒させながら何がどうなっているのか良くわからずにいる。
ショコラも横から覗き込んで、ニヤッと笑った。
「ちょっと、やるじゃない!指輪をあげるなんて!」
そう、シャイルが渡したものは指輪であった。
「奥手かと思いきや、意外と積極的なのね!良かったじゃない、ティラ!」
「え?・・・は?・・・えええええええええ」
普段ならショコラの冷やかしに怒るティラだが、さすがに驚きすぎて顔が沸騰するのではないかというくらい真っ赤になり、かつ脳がオーバーヒート起こしそうになりで、それ所ではなかった。
シャイルは、何を言われているのか良くわからないのだが、とにかく伝えるべき事は伝えておく。
「いや、本当は自分で使おうと思っていたんだが、反応速度を上げる魔法付加をしてある指輪だ。これをつけていれば、かなり反応速度は上がるぞ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
シャイルの説明を聞くと、思っていたものとは違う事がわかり、ティラは少し残念そうに顔を俯かせ、ショコラは呆れたように開いた口が塞がらなかった。
「な~んだ・・・まあ、そりゃそうよね。・・・全く、ちゃんと説明してから渡しなさいよね!冷やかし損だわ!」
「あ、ああ、すまん・・・?」
ティラが怒り、なんで自分が怒られないといけないんだ?と思いつつも、シャイルは素直に謝った。
「姉さん!そんな言い方失礼でしょう!?」
「でも、だって・・ティラだってがっかりしてたわよね?」
「い、いえ・・そ、そんなこと・・・というか、なぜ私がガッカリしないといけないんですか!?意味がわかりません!」
「うひひっ、ほらやっぱりガッカリして・・・」
変な笑いをしながら冷やかそうとしたショコラは、笑顔のティラの圧力の前に沈黙せざるをえなかった。
毎度の事ながらショコラも懲りないものである。
「姉が本当に申し訳ありません。・・・そしてシャイル、指輪ありがとうございますね」
「ああ、どっちもそんなに気にしなくていいさ」
ティラが謝罪と礼を言いながら頭を下げると、シャイルは頭を下げる必要はないと身振りを加えながら応える。
そこにショコラが近づいてきて、シャイルに向って手を伸ばす。
「で、アタシには??もちろん、あるわよね?」
「ね、姉さん!!」
ショコラが自分も貰えるのは当たり前だとばかりにシャイルにねだる。
ティラはショコラの予想外の行動で、恥ずかしさで顔を赤くしながら「やめなさい!」ともう片方の腕を引っ張る。
それでも動こうとしないショコラに。
「え?い、いや、その指輪は一個しかないんだが・・・」
「は?・・・・・ムキィィィィイイイイイ!なんでよ!なんでティラだけなのよおお!差別よ!双子差別よ!断固訴えてやるわよ!」
ティラの分しか無いとシャイルは切って捨てた。
貰えるのが当たり前だと思っていたショコラは一瞬考えた後、ブチ切れて地団駄を踏みながら訳のわからない事を言い出した。
訳がわからないとは思いつつも、シャイルは以前に差別は許さないと発言している手前、全く持ってそういう意図はなかったにしろ、その言葉を言われてしまってはどうしようもない。
それには、さすがに困ったシャイルは。
「わ、わかった。今度用意しておくから、それまで待ってくれ」
「絶対ね!?絶対でしょうね!?」
「あ、ああ、絶対だ」
そうショコラに約束をしながら、余計な事をしてしまったなと一人後悔していた。
しかも、その様子を見ていた周りの面々も「私にはないのか?」「私には~?」「ボクにもあるんだよね?」「・・・わ、私も欲しいな」「ぼ、僕も・・・」と、全員から訴えの眼差しを向けられる事によって、全員分を用意すると約束するはめになってしまった。
その諦め顔をしていたシャイルに、スコティーが申し訳なさそうに謝った後でこそっと聞いてくる。
「あれって、前にペキニー君から買った指輪だよね?本当に魔力付与出来たんだね」
それには、「ああ」と一言だけ頷いていた。
そして、もう余計な事はしないでおこうとシャイルが思った矢先。
「あ、そういえば、思い出したよ!シャイル、やっぱり君はあの時手を抜いていたんだね!」
と、シフォンが疲れた顔をしているシャイルに向かって唐突に叫んだ。
「・・・はあ?何の事だ?」
もう精神的に疲れたシャイルには、何を言っているのかよくわからない。
「最初に出会った時だよ!」
「・・・やっぱり・・・そうだったんですね」
訓練時のシャイルの動きを見ていたシフォンは、当時は誤魔化されたけど間違い無くあの程度の相手を倒せる実力がある事を確信していた。
それを今思い出したのだ。
ティラはシャイルの訓練を見てはいないので実力はわからないが、シフォンの言葉を聞いてあの時の自分の考えに間違いはなかったと納得していた。
シャイルは今更思い出すなよと思いながら、これ以上付き合っていれば面倒くさいことになると考え、さっさと逃げる事にした。
それをシフォンが追いかけ始め、他の皆が後に続いて追いかけていった。
その皆の姿は楽しそうで、満面の笑みを浮かべていた。
登場人物
シャイル:本作主人公
スコティー:シャイルと同室でクラスメイト
シフォン:勇者を志すクラスメイトの少女
ティラ:シフォンが助けた少女でクラスメイト
ショコラ:ティラの双子の姉でクラスメイト
ヴェリー:シフォンと同室でクラスメイトの少女。
プディン:シャイルと知り合いの天人族の少女。クラスメイト
タルト:シャイルと知り合いの魔族の少女。クラスメイト
シェットラン:シードック家の嫡男。スコティーを目の敵にしているクラスメイト。
ドーベル:シェットランの護衛でクラスメイト
デーン:シェットランのお目付役でクラスメイト。
マカローナ (名前のみ):青髪で背の高いクラスメイトの少女。
クーヘンバウム (名前のみ):白金色の髪をした明るいクラスメイトの少女。
ペキニー (名前のみ):鍛冶錬金学校に通う少年。シャイルは彼から指輪を買っている。