1-11 入学式
入学式が開始すると、進行役の声に従い最初は学園長の話から始まった。
「新入生の諸君、入学おめでとう!私が学園長のハイエラーだ。本日は諸君の入学に相応しく好天であり・・・・」
とまあ、入学生のお祝いの言葉から始まり、入学生に全く関係無いどうでもいい話題を散々話した後、学園生としてのあり方や相応しい行動、そして実力主義である事などを長々と話していた。
ちなみにハイエラー学園長は4,50代位に見える男性である。
「・・・そして最後になるが、新入生も含めここにいる全生徒が卒業出来る事を真に望む!以上だ!」
ハイエラー学園長の話の中には、もちろん聞いておくべき部分もあったし、タメになるような話しも存分にあった。
しかし、いかんせん話が長すぎた為に誰も話を聞いておらず、学園長の話が終わった頃には皆ぐったりとしていた。
それ以外は順調に進み、各祝辞やら答辞やらは淡々と進んでいく。
進行に従い、入学生に対する学園生活の注意事項や、上級生としての心構えなどが説かれるが、ありきたりな言葉などは殆どの者が聞いてはいない。
そして、入学式の最後となる生徒会長の祝辞へ。
生徒会長であるフランボワーの名前が進行役の口から告げられると、会場からザワッと声が上がった。
それも仕方ない事だろう。
シャイルは彼女の事を知らなかったが、全勇者養成学園・学園生の中で現に最強である。
そんな彼女は、新入生からして見れば雲の上の存在であり、2年生からすれば憧れの存在、3年生は追い越すべき存在なのだから。
ただ、会場がザワッとしたのには他にも理由がある。
それは彼女の美貌によるものだ。
男女問わず彼女に見惚れてしまい、自然と感嘆の声が口から出た者が半分ほどいるのだ。
いや、むしろそっちの方が多かったのかもしれない。
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。新入生の皆さんは入ったばかりでわからない事が多いと思います。ですから、遠慮せずに上級生である私たちや教師の方を頼ってください。もちろん頼るだけでなく、自分自身で考え自分を高める努力も怠らないで下さい。そして上級生は新入生のお手本になるように心がけてください。新入生と上級生のみならず、同級生同士でも競い合うだけで無く切磋琢磨し互いに精進できるよう努めてください。私は口下手ですので短いですが、これが新入生とその先輩となる上級生への贈る言葉と致します」
フランボワーの言葉には殆どの生徒が耳を傾けていた。
ただそれは、単純にフランボワーの声が聞きたいだけであり、その内容を覚えているかどうかは定かではないが。
そんな中、シャイルだけがちょっとした違和感 を受けた。
それは彼女に対しては悪い意味ではなく、むしろ好感が持てるのではあるが・・・
シャイルが学園に来た理由、学園に対して抱いていた考え・・・
もしかしたら、自分の思う学園とは違うのかも知れないと思わせるわずかな光。
それを垣間見た瞬間である。
だからといって、シャイルのやろうとする事に変わりはない。
彼女がその障害に成り得るのであれば、容赦するつもりは毛頭ない。
そんなシャイルの様子を知ってか知らずか、フランボワーが祝辞を述べた後に礼をして顔を上げると、やはりシャイルと目があった。
その瞬間、フランボワーの目元がわずかに笑みを浮かべたように見えた・・・
入学式が無事に終り、これから入学式前に伝えられた教室へと向う事になる。
それぞれが席を立ち上がり出口に向う中、シャイルも色々と面倒な事に巻き込まれない内にと、そそくさと教室へ向おうとしたのだが・・・
「あ、ちょっと待ってよ!シャイル君!」
と、大きな声でスコティーに呼び止められてしまう。
その声に気づかなかったフリをしようとしたのだが・・・
時既に遅し・・・
シャイルは右腕をガシッと誰かに掴まれてしまった。
「そんなに急がなくてもいいんじゃないかな?シャイルくん」
シャイルの腕を掴んでいるその声の主は、彼は振り返らなくてもわかっている・・・
顔は笑顔なのに目が笑っていないシフォンである。
さすがに自己紹介をしていないとはいえ、周りから散々名前を呼ばれてしまっているのだから、覚えられて当然である。
「なんで引き止めるんですか?一度限りの女性さん」
「ちょっと!変な言い方しないでくれるかな!?ボクはシフォン!シフォンだよ!これで見知らぬ同士では無いよね?」
「いや、まだ俺は名乗ってないから、ギリ見知らぬ他人で通る」
「さっきも呼んだけど、君の名前はシャイルでしょ!?君が名乗らなくても、もうわかってるんだけど」
「え?名乗ってないのに、俺の名前を知っている・・・貴方はストーカーですか!?」
「なっ!!なんてことを・・・人聞き悪い事を言わないでくれるかい!!」
何が何でも引きとめようとするシフォンと、何がなんでも逃れようとするシャイルが低レベルな言い争いをしている。
シャイルも自分でバカ臭いなとは思いつつも、このやり取りが少しだけ楽しいと感じてしまっている事に驚いてもいた。
周りの面々は黙って成り行きを見守っている。
「それはいいとして、急いで教室に行かないと、遅れて行ったら皆に迷惑をかけるだろう?」
「自分で振っておいて、ボクのストーカー疑惑はスルー!?いや、ストーカーじゃないからいいんだけど・・・というか、教室でのHRは30分後だからまだ時間あるよね?」
「30分なんてあっと言う間だ。その前に俺はトイレに行かないといけない。ちなみに俺はトイレに25分かかるから、そこんとこよろしく!もちろん付いてくるなよ?」
「ちょ、ちょっと!レディの前で何てこと言うのさ!付いて行く訳ないし、せめてオブラートに包んでくれない!?それにそんなに時間がかかるわけないよね?」
「なんで俺のトイレ事情がわかるんだよ?やっぱりストー・・「違うから!!」」
シャイルの言葉に食い気味で否定するシフォン。
「はあ・・・トイレは冗談だ。わかったからいい加減、腕をはなしてくれないか?」
「あっ」
話している間ずっとシャイルの腕を掴んでいた事に気づき、シフォンは手を離した。
「で、俺を引き止めて何がしたいんだ?」
「あ、それは・・・」
シャイルを引き止めておきながら、実の所シフォンも何を聞きたいのかまでは考えていなかった。
逃げる者がいたら追う。
これを地で遂行するのがシフォンである。
そこに目的は何もなくてもだ。
逃げるからには、何かしらのやましい気持ちがあるから。
そう考える正義感の強いシフォンは、結果は捕まえてからでも遅くはないという考えが本能に組み込まれているのだ。
従って、シャイルを引き止めたのも、彼がシフォンから逃げる姿勢を見せる事により、ただ単に本能が彼を捕まえただけなのだ。
「・・・まあいいや。クラス戻ってからもする事になるのだろうけど、互いに知らない顔もある訳だし、とりあえず自己紹介でもしておくか?」
「うん、そうだね」
話す事など何も考えてなかったシフォンに拒否する理由はないため、その提案を受け入れる。
周りも既に大半の生徒が大講堂から移動をした為まばらにしか残っておらず、そんなに周りに気を使う必要も無い。
まだ残っている生徒も、シャイル達をそれほど気にする事なく出口へと向っている。
「俺を引き止めたのはお前だから、悪いけどそっちから頼む」
「あ、うん、わかったよ。・・・じゃあボクからするね。ボクはシフォン!剣士であり、こう見えて勇者を目指してるんだ!クラスはJ組だよ!よろしくね~!で、この子は私と寮で同室のヴェリー!」
シフォン側にいる女子の紹介は、シフォンが仕切るようである。
「ヴェリーです。槍士です。クラスはシフォンと同じくJ組です。よろしくお願いします」
ヴェリーは定型文のような自己紹介を淡々としている。
そんなヴェリーの紹介をスコティーは微動だにせずに聞いていた。
「で、こっちの二人は見てわかるように双子で、この娘がティラ、この娘がショコラだよ!」
ティラは、シャイルとシフォンがやり取りしている間ずっとシャイルを眺めていた。
シャイルもそれはずっと感じていたが、なぜなのかは理解できずにいたのだが、それがようやくわかる事になる。
「シフォンからご紹介に預かりましたティラです。治癒魔法士です。クラスはJ組です。・・・・・そして、以前助けていただいたのにお礼も言えず申し訳ございませんでした。あの時は本当にありがとうございました!」
「--!!ああ、シフォンが助けた娘か。いや、俺は助けたわけじゃないし。たまたま、あいつらにぶつかって、ただただボコられてただけだし」
シャイルは覚えの悪い方ではない。
特に人の顔に関しては、どんな相手でも一度出会えば覚えてしまうほどだ。
ただあの時は、シフォンのあまりに自己主張の強い圧倒的存在感によって、少しだけかすんでしまっていた。
「そんな事はありません!間違いなく貴方は!・・・いえ、貴方がそう言うのであればそうなのでしょうね。ですが、私は貴方に感謝しているという事だけは覚えておいてくださいね」
「ああ、あんまり畏まられても困るけどな」
ティラはシャイルとは殆ど会っていないにも関わらず、彼と会った時にはずっとその言動を見ていた彼女には、彼が自分のプラスになるような事は言わない、もしくは頑なに否定するという事を見抜いていた。
それ故に、それ以上シャイルの正当性を説こうとするのは止めて、ただ自分の感謝の気持ちだけを素直に伝える事にした。
「ほらほら、こんな男だよ?絶対もっといい男が・・「姉さん!!」」
ビクッ!!
ショコラが何かを言おうとする前に、ティラが思いの他大きな声でそれを遮った。
その声に一瞬肩をビクッとさせるショコラ。
「余計な事はいいですから、さっさと自己紹介したらどうですか!?」
「は、はい!・・・アタシはショコラ、ティラの双子の姉で武器職は魔道士。クラスはJ組。いずれは聖天導師になる事が私の夢よ。その時は、貴方は私の召使くらいにはしてあげるわよ」
さすがにスコティーですら、ショコラの自己紹介には少し引いていたようだ。
ショコラはシャイルを自分の召使にでもすれば、必然的にティラと一緒に居られるだろうと考えた末での言葉である。
ティラの「もう姉さんたら・・・」という声も空しく、ショコラはしてやったりと得意げな顔をしていた。
「さあ、じゃあ今度は君たちの番だよ」
シフォン達の紹介が終わると、シャイル達に自己紹介をするように促す。
「ああ、わかったよ。・・・俺はシャイル、人間・・人族だ。武器職は一応剣士だな。クラスは皆と同じでJ組だ。よろしく」
シャイルがJ組と聞いたティラの顔には一瞬の反応が見られたが、一瞬過ぎて誰も気づく事はなかった。
そしてシャイルが種族を名乗ったのには、これから紹介する事になる女生徒に起因する。
その前にスコティーが自分で紹介するために口を開いた。
「僕はスコティー、剣士です。クラスは僕もJ組になります。シャイル君とは寮が同室で仲良くさせてもらっています。よろしくお願いします」
スコティーの自己紹介は、相手の親御さんに自分を紹介しているようであり、かつシャイルありきの紹介をしている事にむず痒さを感じるシャイル。
「そして、こっちはタルト。種族は魔族だ」
「「「「「えっ!?」」」」」
シャイルがタルトを魔族だと紹介した事により、プディン以外の全員が驚きの声を上げた。
人族では無いのだろうと誰もが思ってはいたのだが、それでも魔族であるとは思いもよらなかったようだ。
一般の人にとって、魔族は基本的に良いイメージがないのが実情である。
事実、魔族の進行によって滅ぼされた町などが無いわけでは無いからだ。
それにはちゃんとした理由もあるのだが、内情を知らぬ者からすればそれは知る由も無い事。
従って、こうして普通に表に魔族が現れるという事は珍しい事でもあった。
「えっ?えっ?本当に魔族なの!?だって魔族なんて・・「おい!!」」
「「「「「――!!」」」」」
シフォンが驚いて余計な事を言いかけた所で、シャイルが殺気を放ちながら声を発しそれを遮った。
そのあまりの殺気に一瞬ひるむ一同。
「何を言おうとしたのか知りたくもないし知るつもりもないが、それ以上は口にするなよ?」
「だ、だって・・」
「いいか?この学園に入学するには、それ相応の実力があり悪意が無ければ種族は関係ないはずだよな?タルトがこの学園に入れたという時点で、学園側がタルトを認めたという事だ。彼女を区別する事はあっても、差別するというのであれば、俺はそれを許すつもりはないぞ」
「・・・」
「それにシフォン!お前はさっき勇者を目指していると言ったよな?お前の掲げる正義ってのは、相手の中身を理解する事なく、外見や種族で善悪を決めるつもりか?その程度の下らない志だというんだな?」
「・・・ごめん・・・うん・・・そう・・・そうだよね。紹介の途中で腰を折ってごめんね。続けてくれるかな?」
シフォンの素直な言葉を聞いたシャイルは殺気を抑え、一瞬だけ顔に笑みを浮かべた。
シャイルの放った殺気については、シフォンが何かをいう事はなかった。
それは彼が、種族差別をしかけた自分達を戒める物だと理解していたからだ。
ただ、あのままタルトを否定し続けていたら、本当に殺されていたかもしれない。
それだけの力を秘めているという事をシフォンが確信した瞬間でもある。
そして当のシャイルは何事も無かったかのように、タルトに自己紹介をするように合図する。
「シャイルの紹介にあったように、私の名前はタルトで種族は魔族だ。クラスはJ組。他の種族にとって魔族が忌み嫌われている事は重々承知している。ただ私は、身に降る火の粉は振り払うが、意味の無い殺生をするつもりは全く無い。かと言って、特別仲良くしてくれと言うつもりも無いし、そうする必要も無い。この学園に来たのもシャイルが入ると聞いて、私も興味を持った次第だ」
「シャイルは人族で間違いないんだよね?・・・どこで出会ったのか聞いてもいいかな?」
シフォンのこの発言は魔族を差別した物ではなく、魔族は特に人族と仲が悪いとされている。
そのため、互いに出会い親しくなるなど皆無に等しい。
それが故に、どのように知り合ったのかが気になったという、ただの好奇心からである。
「それについては、信用の置けない者においそれと話せる事じゃない。これからの学園生活を共にすごし、信用の足る人物だと判断した時に話してやるよ」
シャイルの言葉を聞いたシフォンは、さすがにそれ以上突っ込む事は出来ず素直に引き下がった。
「そして最後だな。こっちはプディン。見ての通り天人族だな」
プディンが最初に現れた時に背中から生えている羽を見て、皆気づいていたというか本物の羽な訳がないと半信半疑だったのだが、シャイルの紹介により天人族である事が確証された。
皆が半信半疑だったのも仕方の無い事である。
というのも、天人族は魔族以上に出会える可能性が低いからだ。
人前に現れるなどめったにある事ではない。
実際、魔族は大陸のどこかにいるという事がわかっているのに対し、天人族は大陸に存在しているのかすら定かではない。
天人族と言われるだけあって、天に住んでいるのでは?と言う考えが最有力とされている。
遭遇率のあまりの低さから天人族そのものが架空、もしくは伝説であるとさえ言われていたのだ。
「は~い!私はプディンだよ~!天人族?っていうらしいね~。ちなみに私も皆と同じJ組だよ~!シャイルとはちょっとした縁あって、仲良くなったんだ~!皆も仲良くしてくるとうれしいな~!」
プディンもクラスを言った結果、ここにいる全員が同じクラスである事が判明した。
そして、プディンの仲良くして欲しいという発言に対して先ほどのタルトの件もあり、シフォン達は差別などするつもりはないのだが、それでもやっぱり若干気後れしてしまう。
天人族が珍しい事はシャイルも重々承知しているので、その様子に関しては特別何かをいう事はない。
差別をするような発言・行動をするのであれば、先ほどと同じ事になるのは間違いないであろうが。
ただ、先ほどシャイルに戒められたばかりのシフォンは一度頭を横に振り、「うん!」と頷き自分自身に何かを納得させた後で口を開いた。
「こちらこそよろしくね!これから仲良くしようね!」
そう言いながら握手を求め、手を差し出した。
その差し出された手を見たプディンは嬉しそうにその手を握った。
そして他の皆もシフォンに習って握手をし始める。
もちろんシフォンは、タルトにも握手を求めて手を差し出す。
タルトは少しだけ戸惑いながらも、差し出された手を振り払うような事はせず、遠慮がちに握る事にした。
シャイルだけは、その輪から外れてこそこそ逃げようとしたのだが、そうは問屋が卸さなかった。
その行動を見逃さなかったシフォンに腕をつかまれ、無理矢理手を握られるという強制握手の執行である。
それを皮切りに、逃げられないようにシフォンが握った逆の手をティラが握り、そしてシフォンが離した手をショコラが握り、ティラが離した手をヴェリーが握って挨拶をしていく。
そして何故か、それに続いてスコティー、プディン、さらにはタルトまでが強制握手に参加したのだった。
「っておい!お前達は握手する必要ないだろうが!!」
なすすべも無く執行される強制握手に諦め顔をしていたシャイルも、さすがに身内側の三人には突っ込まないという選択肢はなかったのだった。
登場人物
シャイル:主人公
ハイエラー:勇者養成学園の学園長
フランボワー:勇者養成学園の生徒会長
スコティー;シャイルの寮のルームメイトであり、クラスメイト。
シフォン:勇者を志す少女。シャイルのクラスメイト。
ティラ:シフォンに助けられた少女。シャイルのクラスメイト。
ショコラ:ティラの双子の姉。シャイルのクラスメイト
ヴェリー:シフォンのルームメイトでありクラスメイト
プディン:天人族の少女。シャイルとは顔見知り、クラスメイト
タルト:魔族の少女。シャイルとは顔見知りでクラスメイト。