1-9 シャイルの災難?
「こっちに行くと・・・なるほどな」
シャイルは朝食も早めに済ませ、まだ殆ど生徒が来ていない校舎の付近を一人で歩き回っていた。
資料等で案内図を確認するのと、実際に目で見るのとでは大きく違う。
そのためシャイルは、例え資料だけでわかる事であったとしても、自分の目で必ず事前に確認しなければ気がすまない。
以前、書類を提出する時にも軽く見て回ったのだが、もっと詳しく配置や間取り等を確認しようと考えていた。
そして今は、外から見た校舎の構図や教室等の位置関係を調べていたのだ。
ちなみにスコティーとは別行動で、今頃は朝食を取り身支度をしているだろう。
スコティーはシャイルが寝ているうちに早朝トレーニングをして、起きる前には戻ってきて風呂で汗を流している。
シャイルは、スコティーが風呂に入っている頃に目を覚まし、用意を済ませてから朝食を取り、そのまま学園へと向った。
もちろん、風呂から戻ったスコティーと会った時、先に行く事は伝えてある。
実はシャイルはスコティーが毎朝、早朝トレーニングをしている事を知っている。
スコティー自身はシャイルに内緒にしているつもりではあるのだが。
それを知っているからこそシャイルはわざと、スコティーのトレーニングが終わり汗を流して部屋に戻ってきてから、起きるのが習慣になりつつあった。
いつもなら、スコティーが汗を流してから起きて一緒に朝食を取るのだが、シャイルは一人で見て回りたい部分があったため、今回はスコティーを待たず早めに起きることにしたのだ。
「よし、大体把握出来たな」
そして現在、校舎の外からの間取りなどはある程度把握できたシャイルは、出来れば中も確認したい所だったのだが、それは面倒な事になりそうで躊躇われる。
と言うのも、生徒が登校するにはまだ若干早いこの時間だと、校舎内には巡回している者がいるためだ。
ただ生徒や教師であれば何も問題はないのだが、生徒でも新入生だけは別である。
というのも入学式当日である今日は、新入生は入学式に出席する為に校舎に隣接する離れの大講堂へ直接向うことになっている。
そのため、入学式前に校舎内に新入生が入る事はない。
であれば、いるはずのない新入生が校舎内にいれば、色々と詮索されても仕方が無い事である。
ちなみに学年はネクタイの色で見分けられる。
今年の1年生はカーマイン(赤)、2年生がエメラルドグリーン(緑)、3年がアクアブルー(青)である。
ただ、それは今年のという事であり、3年間は同じ色のネクタイとなるため、来年の1年生はアクアブルーという事になるわけだ。
「あら?こんな所でどうかしましたか?」
急に声をかけられた事によりシャイルは一瞬驚き、その声のした方・真後ろへと慌てて振り返る。
シャイルが驚いたのには訳がある。
と言うのもシャイルには知覚領域という物がある。
知覚領域内に入る者は、人であろうが魔物であろうが感知する事が出来るのだ。
それは意識せずとも無意識下でも感知できるほどである。
シャイルの知覚領域は魔力を探る魔力感知を主として、他に音・気配・空気の流れ等から察知しているものである。
魔力感知だけであれば、意識をする事でその範囲はかなり広域に広げる事も可能だが、無意識下では20m程となる。
その20mというのがミソなのだ。
敵の不意打ちを想定した場合、遠距離からの攻撃に対してシャイルが躱す事の出来るギリギリの距離となる。
それに20m以上となると、接近された時に音・気配・空気の流れ等で察知する事は難しく、20m以下・例えば10m程だと接近された事に気づいてからでは、相手の攻撃に対処出来ない可能性がある。
従って、無意識でも20m以内を魔力感知出来るようにして、魔力・音・気配・空気の流れ等の全てから察知出来る知覚領域を造り上げたのだ。
そのシャイルの感知能力を掻い潜り近づいてきたのだから、驚くのも無理はないだろう。
ただ、シャイルの知覚領域はあくまでも感覚的な領域であり、魔法による探知やスキルを用いたものではない。
従って、何かしらのステルス効果を発揮させれば、掻い潜る事も出来無くはないのだ。
とはいえ、それでもシャイルが本気で感知しようと思えば感知する事が出来ただろう。
しかし四六時中、全力で知覚領域を保つ事などは不可能である。
なぜならそれは、100m走を全力で走るスピードを保ちながら、ずっと走り続けているようなものだからだ。
ただし近づく相手に悪意があれば、どんなにステルス効果があろうともシャイルは気づく。
しかし、今回それが全くなかったのだ。
そして、振り返ったシャイルが声の主の正体に気づいた時、舌打ちをしたくなった。
「あら、ごめんなさい。急に声をかけてしまったので、驚かせてしまいましたね」
「ああ、いえ、大丈夫です」
相手は言葉では謝っているがニコニコしながら言っている為、本気でそう思っていない事がわかる。
(白々しいな・・・)
シャイルは心の中でそう思った。
それは、相手が心から謝っていないという事にではなく、今のこの状況に対してである。
シャイルは、少しだけ腹立たしい気持ちになりながらも平静を装い返事をしていた。
「貴方は新入生ですよね?こんな所でどうしたんですか?」
「いえ、道に迷ってしまいましてね」
「ああ、なるほど。それにしても、随分早く登校されたのですね」
「ええ、根が臆病者なので、遅刻をしたくはなかったのですよ」
相手の人物は、学園に来てからのシャイルの行動をある程度わかっていることだろう。
なぜなら、すでに実力を試すような事もしている。
であるならば、相手はシャイルの言っている事が嘘だというのもわかっているはずだ。
だから、一刻も早くこの茶番を終わらせてさっさとここを去りたいとシャイルは思っていた。
「そうですか・・・あ、申し遅れましたが、私はこの学園の生徒会長をしております、フランボワーと申します」
そう、彼女は以前スコティーと一緒の時に、街で見かけたフランボワーだったのだ。
シャイルはその時に目が合った事を覚えていた。
その時から嫌な予感はしていたのだが、まさか入学初日にこうして直接出くわすとは思ってもみなかった。
というよりも、今回のは明らかに待ち構えられていたとシャイルは感じている。
先ほどシャイルの実力を試すような事というのは、完全に魔力を隠し気配を絶って近づいた事だ。
討伐・対戦・戦争であったり暗殺をするとかなら話は変わってくるが、日常の生活では気配を絶つなどする必要のない事である。
というよりも、常に気配を絶ち続ける事など出来ないのだ。
シャイルの全力の知覚領域程ではないが、同じように精神力を使う事には違いないからだ。
であれば、これは相手が感知する能力を持っている事を想定していると言える。
ただしシャイルの知覚領域は、先ほど述べたように魔法やスキルを用いた物ではないため、普通なら感知した事に気づかれる事などありえない。
それなのに感知能力がある事の疑いを持つという事は、それだけでフランボワーは様々な面での力量・ポテンシャルを秘めている事を証明している。
ただ、それならばあえてシャイルに感知させて後ろから声をかけた方が、確実に感知能力を持っているかどうかがわかったはずであろう。
なぜなら先ほどのシャイルのように、普通であれば後ろから急に声を掛けられれば驚くはずだ。
しかし感知能力で相手が近づいてくるのを把握しているのであれば、同じ事をしても驚くことは無いからである。
そうしなかったのは、フランボワーが相手を驚かせてリアクションが見たいという茶目っ気を持っているためだ。
悪意があっての事ではないのだが、シャイルからしてみればそっちの方が性質が悪いと感じる。
悪意なきイタズラに対しては、どうしていいのかわからないからだ。
「ああ、生徒会長ですか。だから貴方こそ、こんな早くから学園に来ているんですね。中々大変ですね、生徒会長も」
「いえいえ、私が好きでやっていることですから、大変とは思っていませんよ」
「へえ、生徒会長は素晴らしいお方ですね」
「そんな事はありませんよ。私などはまだまだ至らない事だらけです」
互いに笑顔で話してはいるのだが、会話自体はイメージとして吹き出しで話しているような感じである。
というのも会話は意識の外にあり、実際は全く別の部分に向いている。
互いに当たり障りのない適当な会話を、互いに合わせているだけで内容に意味は全く無い。
シャイルは適当な会話をしながらもフランボワーを見定めようとし、フランボワーもまた然りなのである。
「お忙しい生徒会長を、あまり引き止めてしまっては申し訳ないので、俺はこの辺で・・・」
「いえ、全然構いませんよ。それより道に迷っていたようですが、ご案内しなくて大丈夫ですか?」
「ええ、これから毎日通う学園なのですから、今は道に迷うのも一興でしょう。今後、迷うなんて事はなくなるのでしょうから」
「確かにそれもそうですね」
「たかが一入学生である俺を、気にかけてくださってありがとうございます。それではこれで・・・」
シャイルは自分が相手を見定めているように、自分も相手に同じ事をされている事を感じているため、名乗る事もせずにさっさと立ち去ろうと、強引に話を切り上げて後ろを振り向こうとした瞬間。
「同じ学園の生徒になるのですから当然ですよ、シャイル君」
(ちっ!)
名乗らなかったはずの名前を呼ばれたシャイルは、心の中で舌打ちをした。
彼女は生徒会長である事を活かし、すでにシャイルの事を入学書類などで下調べはしていたのだろう。
書類には顔写真も貼り付けてあるのだから、調べればすぐにわかってしまう。
別に書類に知られて困るような事は何一つ書いてはいないのだから、何も問題ないといえば問題ないのだが・・・
しかしシャイルにとっては、あの時たった一回目が合っただけでここまでマークされている事が予想外であり、あの時の自分の失態であったと考えていた。
その反面、思っていた以上に勇者養成学園の生徒(のみならず、学園に携わる者を含めて)が非常に優れている事に、ある意味で安心感を抱く。
しかし、それが故に色々と厄介であるとも感じていた。
シャイルはフランボワーに名前を呼ばれたことに対して何も言う事はせず、ただ一礼だけしてその場を去ったのだった。
☆
「あ、ようやく見つけた!」
「・・・?」
「朝から見かけないと思ったら、こんな所で油を売っていたのかよ、フランボワー生徒会長!」
「あらアビシニア副会長、どうしたのですか?」
シャイルが立ち去る後姿を見ていたフランボワーに、ずっと彼女を探していたのであろう生徒会副会長のアビシニアが声をかける。
「どうしたもこうしたもないだろう?今日は入学式なんだから、打ち合わせやら何やらとやる事は山積みなんだ」
「それはそれは、ご苦労をおかけしました」
「ご苦労じゃないよ、全く・・・・それで、あいつがどうかしたのか?」
「ええ、まあ・・」
アビシニアがフランボワーに文句をいいつつも、彼女が見ていた遠ざかっていく少年・・・シャイルの後姿を指差して尋ねた。
「ふふっ、今年の学園は面白くなりそうです」
「見た所、別に気にする程の奴にはみえないけどな。生徒会長がそう言うなら、あいつはそれほどの力があるって事なのか?」
「そうですねぇ、それに対する答えは・・・・正直わからない、です」
「はあ!?ありえないだろ!?あんたが相手の力を読めないとか・・・」
アビシニアは驚いていた。
フランボワーの強さは全学園を含めてトップである。
それは純粋な強さだけではなく、相手の力を読む事が非常に長けている点もトップとして君臨する要因の一つである。
もちろん100%完全に読み解く事は出来るわけではない。
しかし対峙する上で、相手の力を知るか知らないかでは戦局は大きく変わってくる。
自分よりも強いのか弱いのか、どの程度の攻撃が通用するのか、相手の攻撃は?スピードは?使える魔法のレベルは?
それがある程度わかるだけでも、戦術を立てやすくなるし、相手が自分よりも弱いとわかったからといって油断するようなフランボワーではない。
なぜなら、万が一読みきれなかった力があり、自分を上回るかもしれないからだ。
力を読み解いた上でどんな相手にも油断をしない事が、フランボワーを学園最強足らしめる強さの秘訣なのである。
そんなフランボワーから、相手の強さがわからないという言葉が出るとは思っていなかったのだ。
「学園などの試合であれば、私達の足元にも及ばないでしょう。しかし、それが戦場などの殺し合いとなった場合は・・・」
「俺達は負けると考えているのか?」
「ええ、多分・・・」
「アンタがそんなにあいまいなのは珍しいな・・・俺にはよくわからないが、試合よりも実戦向きだと言いたいのか?だからといって、試合で俺達の足元に及ばない奴が実戦では俺達より強いなんて事がありえるのか?」
「実際に彼が戦う所を見ていないのでなんとも言えませんが、単純な技量だけではないのでしょうね」
「はっ?それはどういう・・・」
フランボワーには何か感じる事があったようだが、シャイルの去った方向を見ながらそれ以上答える事はしなかった。
アビシニアも口を噤んだフランボワーを見て、彼の事を聞いても答えないだろうと悟り口を閉ざした。
そして、彼女の言う事を疑うわけではないが、自分で直接確かめてみないとなんとも思えないと考えていた。
「・・・さて、いい加減戻らないときっと皆が困っているぞ」
少しの間を置いてから、アビシニアは話を変えることにした。
というよりも、実際早く戻らないと本当に時間が押している。
それがわかっていながらも少し間を置いたのには、アビシニアはフランボワーに気遣ったからだ。
「ええ、そうですね。皆さんには謝らないといけませんね」
アビシニアの気遣いに心の中で感謝をしながら、フランボワーは戻る事を承諾する。
「ああ、謝っても許してもらえないかもしれないけどな」
それに対して、多少皮肉を込めてアビシニアは返事をした。
「ふふっ」とフランボワーは笑いながら生徒会室へと向うのだった。
登場人物
シャイル:本編主人公
フランボワー:勇者養成学園生徒会長
アビシニア;勇者育成学園生徒副会長
知覚領域:魔力・音・気配・空気の流れ等を全て感じ取り、感知するシャイルの能力