ACT3
「おい」
「……IDなんて知りませんけど」
美形の険のある表情に促され、思わず敬語になる。西洋人かハーフか知らないが、恐らく私より年下でありそうなのに。
「IDがないわけないだろう。見せてみろ」
彼の手が、首筋をなぞる。金属音がして思わず身じろぐと、軽く叱責された。腑に落ちないまま、なるべくじっとしておく。
「本当にないのか……?」
彼の髪が首を擽る。彼からは、清涼な香りがした。
「じっとしていろよ」
「ひゃ……」
じんわりと暖かい感覚が身体をなぞってゆく。人肌より暖かなそれが、確かめるように肌を辿る。しかし、彼の手は、首で固定されたままだ。何が起こっているのか分からない混乱の中、その感触が背筋を下った瞬間、身体が大きく震えた。
「ぁ……」
訳もわからぬまま、喘ぐように大きく息つく。離してほしいような、そのまま腕に抱えていて欲しいような……。危機感と安堵感、どちらが自分の抱く感情なのか定かでないが、それが嫌悪感でないことだけは、確かだった。
「……っは。とんだ詐欺師だな」
長いような短いような時間の末、彼は私を解放した。
「詐欺師……?」
明らかな侮蔑を含んだ声音に、眉を寄せる。人を捕まえておいて、なに一人で苛立っているのだろうか、この男は。
「お前の作成者のことだ。……IDも付けずに、よく出品できたものだな。だいたいオークションの運営側は、どうなっているのだ?」
「なんの話をしているの?」
ぶつぶつ呟いていた彼は、置き去りにしていた私に気付いたようで、ようやくフォローを始めた。
「起動していなかったお前は知らないだろうが、お前の作成者はIDなしにお前を出品した。……これがどういうことか、わかるな?」
「……いや、わかりませんけど」
「感情面の表現能力は高いのに、常識を設定しなかったのか?それとも、教え込む仕組みなのか?」
難しい顔で考え込む彼は、何やら宝石の埋め込まれた板をこちらに寄越した。
「使い方は?」
「え?」
「はあ。それは魔法人形売買の規約だ。上から三行目」
面倒臭そうに指示され、少しむっとした。そもそも私はまだ、あんたが何者か聞いてないのですけど。
言われるままに視線を落とすと、一瞬視界が歪んだ。
……疲れているのだろうか。
次に瞬きしたときには、文字が霞むこともなかった。
「……作成者は、ID組み込みが義務付けられている」
「そうだ。だが、お前の作成者はそれを怠った。規約違反と言われても、反論の余地はないだろう?」
「ねぇ、ちょっと待ってよ。私の作成者ってどういうこと……?」
やっぱりこいつ、頭おかしいやつだった!普通の人間捕まえて、人形って何よ。
「何を言っているんだ?お前を作った人間のことに決まって…、おい!」
まさか、まさかおかしいのはこいつじゃなくて、
視界の端に鏡を捉えた私は、思わずそれに駆け寄った。やたら豪華な客室のような部屋。その続き部屋に置かれた姿見。
「はは、嘘でしょ……」
鏡に写ったのは、世にも稀な、絶世の美少女だった。