ACT2
傾いでゆく身体を支えたのは、彼だった。どうにも身体が動かず、さきほどから、瞬きさえろくにしていない気がする。
「おい。鍵はどこだ?」
知らないと言いたいけれど、声も出ない。
「しかたない、か……」
先刻から、彼は独り言ばかりだ。なぜだか私が話せないのはともかくとして、彼は普段から独りになれているような、そんな気がした。
『契約の証を』
どこかエコーのかかったぼんやりとした彼の声。
首に彼の手がかかり、何をされるのかとひやりとしたが、伝わってきた彼の手は、ただただ暖かいだけだった。
首から身体全体に暖かさが広がってきて、ふうと息をついた。
「ようやく動き出したか。こんな強引な魔法人形は初めてだな」やや苛立った声と共に後頭部を引き寄せられる。
「取り敢えず、俺はお前と契約をする気はない。お前の作成者に問い合わせ、即刻、契約の破棄を……」
そこまで一息に言い切った彼と、先程よりも確かに瞳がかち合えば、彼の瞳が驚愕に見開かれた。
「イミテーション、だと?」
「俺を謀ったのか!」
ぎろりと睨み付けられて、悪いことなんてしていないけれど、思わず身を小さくした。どうして美形の怒った顔ってこんなに怖いの……。
「いや、本当に知らないですって……」
それより眼前に美形とかマジ辛いんですけど。こんなにドアップになっても、毛穴ひとつ見当たらないようなきめこまやかな肌とか、女として完敗だよ。というか、私はアップで見れたような顔はしていない。
「IDを見せろ」
「はい?」
「IDだ」
彼はその距離のまま、私に強い口調で命じる。息のかかるほどの距離に異性がいるなんて、初めてじゃないだろうか。人並みにある羞恥心に瞳を伏せたが、そんな状況ではなかったことを思いだした。
「そんなことより、あなたは誰?ここはどこなの?私をどうするつもり?」
眼光鋭い瞳に負けぬよう睨み返す。
すると、意外にも彼は表情を和らげ、感心したように頷いた。
「瞳はイミテーションだが、人形としての技術は高いな。」
そうして、私の頬を手のひらで撫でた。
「瞳に関しては違約金ものだが、IDがわかり次第、俺が契約してもいい。お前の買い取り手はあるから、安心してIDを見せるんだ」
先程よりは、人間扱いされているようだが、言葉の端々に違和感がある。人間を人形扱いしている意味もわからないし、IDなんて会社支給の社員証か、運転免許証しか持っていない。そんなものが、このいやにフリフリしたロリータのポケットから出てくるとは思えなかった。そもそも彼が誘拐犯の一味ならば、相手の情報くらい調べてくるのではないだろうか。先刻彼の手が触れた瞬間に広がった暖かさ。そして、急に身体が動くようになった魔法のような出来事……。
私は、夢でも見ているのだろうか。