電気羊
俺を追いかけてくるのは〈可愛い白羊〉。
ふわふわ、モコモコ、くるくる、バチバチ。
── そう、バチバチしながら、俺を追いかけてくる。
……しかも、〈可愛い白羊〉とは名ばかりの、狂気を帯びた顔をして、猛スピードで追いかけてくるのである。
《ぎぃやぁぁぁぁあああああああああ》
「こんな命懸けの散歩とかホントなんなんだよぉぉぉおおおっっ!!」
全力で逃げる俺。
お前ほんとに羊なのかと言いたくなるくらいメチャクチャ速く追いかけてくる、〈可愛い白羊〉。
どこが可愛いんだろうコイツ?! 目とかもう狂っちゃってるよ?! こんな名前つけた飼い主どういう神経してんだろう頭大丈夫かな?!
てかこれ、きり無くね?! 俺の体力もう底つきるよ?!
よぉっし、方向転換だっ!!
くるっと身体の向きを変えて、俺は走る、走る、走る!
……が、俺は重要なあることに気づいた。
「そうだここ草原だから方向転換しても大して変わんないんじゃんっっ!?」
《ぎぃやぁぁぁぁあああああああああ》
「やめてその断末魔みたいに叫びながらバチバチ走ってくるのやめてぇぇぇえ! マジで悪夢だからぁぁぁあっっ!!」
……ことの始まりは、数分前に戻る。
俺はカラノ。貧乏すぎて生活に困ってるから、仕事を幾つも掛け持っている
で、最近引き受けた仕事が超くだらねぇ。
その仕事名も、
[ご貴族様のペットの散歩]
な? 超くだらないだろ? でも、給料はすげ〜高いんだ。
で、その仕事をくれてるのが、 スラバイ・リステアル様。この方は由緒正しい貴族様でらっしゃる。
しかも、有名エリート校、アラカロ大学院の出だから、年頃の女性陣にとっては、頭良し、家柄よし、性格もまぁ普通の、『そこそこ良いかなー』っていう優良物件・・・・なのである。
……しかしこの貴族様、やはり困った性癖が1つ。
そう、このスラバイ様、実は超・ヘンテコな物がだぁぁ〜い好き。
ちょ〜びっとヘンテコな物、ってレベルじゃないぜ? 『超』ヘンテコな物がお好きなんだ。
蛍光色を使ったトラ柄の模様の変な形の服を着て、髪を紫に染めてパーマにかけ、飴玉を大量に常備して……あれ、なんか何処かのオバチャンに似てる気がする?
まぁとにかく、変わり者なスラバイ様は、ある日見つけてしまったんだ。
……そう、世界的に取り扱い要注意の危険動物、電気羊を。
すぐに飼い始めたスラバイ様だけど、その世話をする使用人達はもう大変。
電気羊の育て方も散歩の仕方も、エサの種類ですら分からない。
しかも、ネーミングセンスの無い……いや、生まれてこのかた名前を付けたことが無かったスラバイ様は、その電気羊を〈可愛い白羊〉と名付けた。
……が、使用人達はエサをやることは出来たが、散歩できる奴が居なかったので、高給料に惹かれた俺が引き受けたってわけ。
《ぎぃやぁぁぁぁあああああああああ》
「マジで誰か助けてぇぇぇええ?!」
もう俺の体力限界だから! 誰か! って誰もいねぇぇぇ! そうだねここ[スラバイ様の庭]っていう草原だもんねそうだよね!
『お呼びですか、お客様』
「うんお呼びです……ってあんた誰っ?!」
俺と同じスピードで滑るように隣に並んできたそいつ……は、黒いスーツを着た人間の女だった。
『私は、アンドロイド24と申します』
「うん人間じゃなかったね人造人間だったんだねごめんね! てかなんで24なんだろうね1とかいるのかな?!」
てかなんでアンドロイドがここにいるんだろう?! あ、でもスラバイ様の庭だからな〜……庭の管理をアンドロイドに任せてんのかな。
『何かお困りですか?』
「困ってる! チョーお困りです! 電気羊を止めて欲しいんだ!」
いや、あの電気羊を止めるとか、さすがのアンドロイドさんでも不可能だろうけどさッ?
まぁダメ元で聞いてみるしかないよねヒャッハーッ!
やべぇ、人間って限界超えるとテンションおかしくなるみたいだな!
てかアンドロイドってなんだよそれ?! 初めて会ったよ、人造人間とか!
『了解致しました』
「了解されちゃった?! てかあの電気羊どうやって止める気なの?!」
『ご心配なさらず。すぐに終わらせます』
そして、アンドロイド24さんは、ふわりと足を止めた。
……って、何してんのアンドロイド24さん?!
丸焦げにされるよ?!
《ぎぃやぁぁぁぁああ……あ?》
ん? 電気羊が反応した?
《ぎぃや? あぎぃ……あぎゃあ??》
……何こいつ、1人で……いや、1匹でなんかブツブツ言ってるよ、この電気羊?
と、その瞬間。
……ひょい、パクッ。
「……ん゛?!」
そう、電気羊が……
バリバリッ、ばくもぐ、ムシャムシャぐしゃ。
アンドロイドに、食べられた。
「……って、え゛ええええええええ?!!」