春の女神とウサギの戯れ
ジャンル:小説
キーワード:イースターと見せかけての……
卵から生まれたウサギは、今日もピョコピョコ忙しい。
「あぁ、時間が無い、時間が無い」
「今日はどこへ行くの?ウサギさん」
「今の私には貴女を構う時間も無いんです。お許しください、エオストレ」
「うふふ、久しぶりの逢瀬だというのに、ツレないんだから」
「冗談はおやめください、この世に生まれたその瞬間から、私は貴女のものなのですよ、エオストレ」
ウサギの詩的な言い方にクスクスと笑う女神。
「知ってるわ、ウサギさん。だって貴方はわたしの子で、わたしの伴侶なんだから」
「その言い方は誰かに誤解されかねないと私は思いますよ、エオストレ」
「いーじゃなぁい。別に困ることは無いでしょう?」
「私は困りませんが、貴女が困りますよ、エオストレ」
「構わないわ。春は、面白いことして楽しむべきだというのに、みぃんな忙しそうで、わたしに全然構ってくれないんだもの」
だから構ってくれても良いのよ? と可愛らしく小首を傾げるエオストレ。
「春は忙しいですからね、エオストレ」
エオストレの可愛らしい、遠回しのお願いを聞いてなかったかのように、ウサギは、懐中時計を見る傍ら、杖をカチカチと鳴らして返答した。
余程急いでいると見えるが、エオストレは気づいていないふりをする。
「ねぇ、ウサギさん。卵を探していかない? そうしたら、無駄になったこの時間を返してあげるわ」
「……卵探しですか、エオストレ?」
面倒臭そうにウサギはエオストレを見る。
無邪気な彼女は、時間を戻せる女神だが、普段はなかなかその力を使おうとしない。
そんな彼女が、自発的に力を使ってくれるというのなら、素直に甘えようかとウサギは一瞬だけ悩む。
しかし、答えはとうの昔から決まっている、
「そうよ、昨夜、この為だけに卵を隠してきたの」
「よっぽど暇なのですね、エオストレ」
「うふふ、わたしは忙しくても遊び心を忘れない人よ?」
くすくすと笑うエオストレは、いつになっても若い娘のままだ。
例え、2000年の時が経ったとしても。
ウサギは深い溜息をついて、パタン、と懐中時計の蓋を閉めた。
「わかりました、貴女のお遊びに付き合って差し上げますよ、エオストレ」
「えへへぇ、ありがとぉ」
「……その喋り方は、なんですかエオストレ」
んー? とエオストレは首を傾げる。
「最近の女の子の口調を真似してみたの。可愛い?」
「貴女はそのままの方が可愛いですよ、エオストレ」
「ウサギさん、知らないの? 女の子はいつになっても可愛くなりたい生き物なんだよ」
「……貴女は女の子の歳をとっくに超えたのではないですか、エオストレ?」
「女の子に歳の話は、むかぁしからの禁句だよぉ?」
「なるほど、貴女の言う女の子とは、貴婦人のことですね、エオストレ」
「なーんか違う気がするけど、いいわ、気にしないことにするわね」
「わかりましたよ、それでは卵探しを始めましょうか、エオストレ」
暫く卵を探したウサギは、ふ、と疑問に思った。
「そういえば、今日は何の日でしたかね、エオストレ」
「今日? バニーバニーの日?」
「バニーバニーの日は知りませんがバニーの日でしたら8月21日ですから、まだ先だと思いますよ、エオストレ」
「へぇ〜」
エオストレは、楽しげに笑う。
「でも、わたし、日付とか気にしないからわからない」
「そのせいで貴女に振り回される私の身にもなってください、エオストレ」
「ウサギさんはわたしに振り回されるためにいるんでしょう?」
「失礼な、私は貴女と居たいから仕方なく振り回されてあげるのですよ、エオストレ」
「……なんなの、その口説き文句」
「口説いてあげますから大人しくなさいという事ですよ、エオストレ」
「じゃあ、大人しくしてるから構って頂戴」
「時間が許すのなら、いくらでも構いますよ、エオストレ」
「時間くらい、わたしがいくらでも弄ってあげるわ」
「……」
こういうことをさらりと言える彼女だからどうしたものか。
他の者になら出来るわけがないだろうの一言で済ませられるのに。
どう言葉を返すべきか悩むウサギの心情を露知らず、エオストレは無邪気に言葉を紡ぐ。
「ま〜だ? ねぇ早く早く、ウサギさん」
「貴女は持久力というものを鍛えた方がいいと思いますよ、エオストレ」
それでも、なかなか卵は見つからない。
このウサギは、彼女との付き合いがそれなりに長い。だから、エオストレが隠した卵など、3分もあれば見つけられる、はずなのだが。
卵はなかなか見つからない。
ウサギは、まさか、とエオストレを見た。
「……貴女、本当は卵を隠してないのでは、エオストレ」
そんなウサギを見て、エオストレは微かに笑った。
「気づくの遅いわ、ウサギさん。今日は何の日だと思ってるの?」
4月の1日。
春の女神も嘘をつく。
……エイプリールフール用に書いていましたが、時間が足りなかったのもあり、投稿できなかった物語です。