第4話 2人で走る沖縄を見る旅
奥武島の海を見ていた2人。
くぅ…
そんなとき、薫子のお腹が鳴る。
スマートフォンの時計を見ると、12時を回っていた。
「(小雪、お腹減ってない?)」
「(うん、お腹空いたー)」
薫子はダイエット目的でロードバイクを始めたが、今では趣味としても楽しんでいる。
スポーツバイクと呼ばれる自転車は、ロードレースやトライアスロンで使われるタイプのロードバイク、街乗りやちょっとした遠乗りで使われるクロスバイク、林道やダウンヒルで激しいスポーツを行ったりするマウンテンバイク等がある。
ロードバイクや、クロスバイクで普通の道路を走る運動は、有酸素運動で血糖の消費が結構激しい。
それ故に、お腹が空くのである。
適度にカロリーを摂取しないと、ハンガーノック、俗に言う低血糖症状のガス欠状態になってしまう。
激しい運動であるため、スタイルの維持については申し分のない状態ではあるが、意図せず太腿の筋肉が付いてしまうので、年頃の薫子としてはちょっと悩みの種であったりもする。
ひたすら踏み込む普通の自転車と違って、ビンディングシューズを使用してペダルと足を固定することにより、ペダルを回すということによって、効率のいい筋肉の動かし方ができるので、ヒップアップにも繋がっていると薫子は思っていたりする。
あちこちに【てんぷら】という看板が掲げてあるので、買ってみることにした薫子。
イカと白身魚の天ぷらを2つづつ買うと、ちょっと離れた場所で座って食べてみる。
「(あ、これ、衣が厚くてフリッターみたい、軽く味もついてる)」
冷ましてから、掌に乗せて小雪にあげる。
「(ホントだね、もちもちしてる。
でも美味しいよ)」
「(そうね、これはこれでありだわ)」
ちょっとぬるくなった水を飲みながら、残りを食べる。
バッグから小雪用の広めのコップに水を注ぐ。
水を飲んで、また食べるを繰り返し、小雪も食べ終わる。
観光で来たわけではないので、早めに出発することにする2人。
「(じゃ、いくよー)」
肩に飛び乗る小雪。
「(いけー、薫子!)」
「(それさっきも聞いた…)」
「(てへっ…)」
なんとボキャブラリーの多いことだろうと、薫子は思った。
小さい頃も、TVを見ている薫子の隣で見ていたので、それなりの知識を持っている小雪。
奥武島を出て、331号線へ戻る。
右折して、上り下りを何度も繰り返す。
だんだん海から遠ざかっていく。
左に知念郵便局を過ぎて少し行くと、また右側に海が見えてくる。
ホルダのスマートフォンを見ると、3時を過ぎたあたり。
そこから30分程走ると、与那原町の看板が見えてくる。
ここで今日の目的はほぼクリアであった。
「(だいたい、南部半周は終わったね。
今日はこれくらいで一度帰ろうか?)」
「(そうだね、一度帰ろうよ。
潮風で毛がベトベトして気持ち悪い…)」
そして、そのまま部屋へ戻る。
着いた時間は午後4時半くらい、街中は信号が多く、予想よりも時間がかかったみたいだ。
凡そ60km少し、久しぶりに長距離を走って足の筋肉も張っている。
鍵でオートロックを開けて建物正面玄関に入る。
エレベーターで上って、部屋の鍵を開けて部屋へ。
自転車を入口近くへ置き、部屋に入ってエアコンをつける。
スマートフォンで紫子へ電話をかける薫子。
「あ、お姉ちゃん、今部屋に戻ったよ」
『薫子ね、まだ営業時間中だから、店にいるけど。
どこまで行ってきたの?』
「えっとね、豊見城、糸満、奥武島、知念、与那原町いって、そのまま戻ってきたんだよ」
『へぇ、結構遠くまで行ってきたのね。
中部や、名護あたりだと日帰りは出来ないでしょうから、宿は取っておくのよ』
「うん、ありがとう。
明日から西側から中部へ向かう予定。
だから、そうすることにするね」
『お疲れさま、暑かったでしょう』
「そうね、でも日陰は涼しかったから不思議だったわ」
『沖縄ってそういうものみたいね。
慶介さん、薫子がもう南部回ってきたみたいよ』
『(そうなんだ、ロードバイクって凄いんだね)』
受話器の遠くから聞こえてくる慶介の声。
『じゃ、お客さんきたから切るわね。
ゆっくり休んでね、薫子』
「うん、ありがと、お姉ちゃん。
慶介兄さんにもよろしく言ってね」
『わかったわ、あ、いらっしゃいませ。
じゃ、斬るわね』
プツ…ツー…ツー…
紫子のが先に電話を切った。
実に優しい姉である。
小雪を見ると、人化してベッドで横になり、エアコンにあたっている。
「あ゛~、すずしい…」
実に人間臭い狐であった。
この部屋のバスルームには浴槽があった。
これは助かった、と思った薫子である。
習慣から、湯船に浸からないと浸かれが抜けない。
自転車を持ちあげてバスルームに入り、温水シャワーをビアンキにかける。
スポンジに中性洗剤をつけて、泡をたて、チェーンとスプロケット以外軽く洗ってウェス(ぼろきれ)で拭きあげる。
部屋に戻り、ディスプレイスタンドへかけて、ペダルを手で回し、チェーンを軽く拭く。
チェーンオイルを注油して、洗車はおしまい。
バスルームの床を軽く洗って、ついでに湯船も洗ってお湯を張る。
「小雪ー、お風呂入るわよー」
「はーい」
脱衣所でサイクルジャージとレーサーパンツとアームカバー、レッグガードを脱ぐ。
汗で張り付いて、脱ぎにくい。
紫子の用意してくれた洗濯機に入れ、手もみ洗いにセットして洗剤を入れて洗う。
バスルームに戻り、シャワーで汗を流して、小雪も軽く流して浴槽へどぼん。
「ふーっ、極楽極楽…」
ぼちゃん…
狐の姿に戻っていた小雪も入ってきて、薫子の膝の上に。
「薫子、歳よりくさいよ…」
「だまらっしゃい!」
お湯に浸かりながら、薫子は思った。
こっちに来るまで、沖縄はリゾート地だと思っていた。
確かにレンタカーも多く、観光地もそれなり以上にあり、海も綺麗だった。
帰りに通ってきた国際通りなども、観光地さながらの雰囲気であったが、その一方、この地に暮らす人々が今日行った先々でもいたことを。
観光産業だけが、沖縄ではないと改めて思った。
紫子と慶介はこのことを気付いて欲しかったのだろう。
浴槽から出て、小雪をシャンプーで泡だらけにしながらも、今日の行った先々で出会った人々の顔を思い出す。
優しい人が多かった。
観光客だと思われたからか、それとも地域柄の優しさだったのか。
これから学んでいけばいい、と薫子は思うのだった。
風呂からあがり、小雪と自分の髪を乾かす。
選択が終わっていたので、ベランダに干しておく。
アームガードとレッグガード以外、サイクルジャージとレーサーパンツは紫外線対策の施されたものではなかったので、熱いシャワーを浴びたら少し体がヒリヒリしたのを憶えている。
確か大手スポーツショップ、アルペンの店舗が那覇にあったなと思い出し、近いうちに行ってみようと思った薫子。
チェレステカラーのリボンでポニーテールを結い上げ、いつもの丸メガネ。
薄いデニムのスリムパンツと肘丈のサマーセーターに着替えてリビング兼寝室へ戻ると、また人の姿をしてエアコンにあたって悶えている、小雪。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、涼しいわ…」
小雪は姿を消すことができるが、消しっぱなしだとかなり体力を使うらしく、今日は消えていた時間がなかったため、結構長い間人の姿を保つことが出来るみたいだ。
「そういえばさ、小雪」
「ん~?」
「なんで人の姿になるときは、煙出すの?」
「それはさ~別に煙出さなくても人化できるけど、そのままだったら裸じゃない。
わたしだって裸は恥ずかしいから、その間に服を作ってるんだよね」
今の巫女服姿は、力を使って具現させているらしい。
「あ、そうか」
「これからごはん食べに行くけど、その恰好目立つから着替えて行く?
それとも、狐の姿で行く?」
「薫子が買ってくれたあの服がいいかなー」
薫子は開梱の済んでいない荷物から、小雪の服を出す。
いつの間にか下着姿になっていた小雪。
薫子から受け取った服をいそいそと着始める。
「準備おっけー」
デニムのキュロットスカートに、黒い地に白い髑髏のイラストが描かれたTシャツを裾を出して着る。
黒いニーハイソックスを履いて、黒の艶のある靴を。
「可愛いんだけど、とんでもない趣味のTシャツよね、小雪」
「いいじゃない、かっこいいでしょー」
苦笑いの薫子だった。
前に、上野のアメ横で小雪にねだられたものの1枚だった。
しかし、薫子も決していい趣味とは言えないかもしれない。
身に着けるものの多くはチェレステカラーかデニム。
コンタクトが嫌いで、いつも数種類の丸メガネ。
工学部情報工学科出身の彼女は、コンパに出ることもなく、今時の女の子の恰好をすることもなかった。
所謂オタク気質の女子であった。
特に、パソコンの自作が好きで、休みの日はわざわざ電車を乗り継ぎ、秋葉原へパーツを漁りに行くような…
紫子は優しくて美人なのに、薫子は浮いた噂が全くない。
素材は悪くないはずなのに、磨き方を全く知らない残念な子でもあった。
なので、小雪が着ているTシャツをどうこう言える立場ではないのである。
スマートフォンもiPhoneが好きになれず、Windows10Phone。
持っているノートPCもWindows10。
薫子曰く【MACでプログラムが書けるか!】であった。
紫子からこの部屋はインターネットが常時接続になっていると聞いていたので、荷物からWifiアクセスポイントを壁にあるLANに差す。
これでネットが使えるようになったので、早速タブレットPCを荷物から出して、起動し、この周辺の飲食店を探す。
「小雪、何食べたい?
っていうか、何時間くらいその姿でいられるの?」
そう言うと、小雪に目を向ける薫子。
「ん~、姿を消してるとやたら力を消耗するからね。
今日はまったく消してなかったから、3~4時間かな。
えっとね、お肉とケーキが食べたいの!」
なんていうミスマッチな注文だろう。
グーグル先生で検索すると、国際通りMAPなるものを発見した。
安直にケーキなら、国際通りを走ったときスターバックスがあるのは知っていたので、その周辺を探してみた。
それによると、中ほどにあるスターバックスの近くにもステーキハウスがあるではないか。
「よし、ステーキとケーキにしようか」
「やったー」
飛び跳ねて喜ぶ小雪。
戸締りをして、徒歩で歩き出す2人。
流石に何十分もビアンキを放置するのは盗難、悪戯の面でも怖いのだろう。
一度ふぉっくすほーむに顔を出す2人。
店内を見ると、お客さんはいなかった。
チリンチリン…
「お姉ちゃん、お疲れさま」
「あら、薫子じゃないの。
小雪ちゃんも、その姿なのね。
大丈夫なの?」
「紫子おねえちゃん、こんばんわ~。
3時間くらいなら今は大丈夫なの。
薫子がステーキとケーキ食べさせてくれるんだ~」
「そう、よかったわね」
「あれ、慶介兄さんは?」
「宅建協会に顔を出すって出かけたけど、そろそろ戻ると思うわ。
でも、閉店まで1時間くらいあるから、2人で行ってくるといいわね」
「そう…じゃ、行ってきます」
「いってきま~す」
「いってらっしゃい、外食ばかりでは偏るから、ちゃんと自炊もするのよ」
「わかってるよ、お姉ちゃん」
チリンチリン…
ふぉっくすほーむを出て、国際通りへ行く。
薫子は用事がない限り、基本、道路を走るときのように、左側を歩く癖がある。
それにしても、夜だというのに人通りの多い国際通り。
沖縄の人と本土からの旅行客とは見たらなんとなく違いがわかる。
いかにも旅行で来てます、みたいな人もいれば、地元の人も沢山いる。
10分ほど歩くと最初の目的地のステーキハウスが見えてくる。
右の先にスターバックスが目視できる場所にある。
階段を上がり、2階へ。
「いらっしゃいませ、2名様でよろしいですか?」
地元の若い女の子だろうか、声が通っていて笑顔も可愛い。
「はい」
「こちらへどうぞ」
「ご注文が決まりましたらお呼びくださいね」
メニューを見る薫子。
「今日だけはちょっと贅沢にいこうか」
「うんうん、薫子がいいなら」
「すみませんー」
先ほどの案内してくれた子がこちらへ来る。
「ご注文はお決まりですか?」
「はい、石垣牛のサーロインステーキのセットを2つ、あと生ビールとシークヮーサージュースを」
「はい、石垣牛サーロインのセットを2つ、生ビールとシークヮーサージュースですね。
焼き加減はどうしましょうか?」
「2つともレアでお願いします」
「はい、かしこまりました。
少々お待ちくださいね」
注文を取り、カウンターへ戻って、ビールとジュースを持って来てくれた。
「じゃ、まずは、乾杯ー」
「は~い」
チンッ
「わ、これ、すっぱくて、甘い、美味しい~」
「それはね、沖縄で取れる別名ヒラミレモンって言って、美味しいって聞くわ。
んぐんぐ…ぷはぁ、旨いわ、ビールは一口目が最高ね」
「薫子、おじさんくさいよ…」
「だまらっしゃい!」
小雪の髪は、狐のときと同じ毛質で、プラチナブロンド。
最近の若い子達もたまにいるので、それほどツッコミが入らない程度なのだろう。
ただ、瞳の形がちょっとだけ違うことに気付く人はいなかった。
コーンスープ、サラダときて、メインディッシュが運ばれて来る。
「はい、焼けどしないようにお願いしますね」
沖縄でステーキを食べるとき、ちょっとだけ本土と違うところがある。
塩コショウを振って焼かないのだ。
A1ソースというイギリス産のステーキソースがどのステーキハウスにも備えてあり、これをかけて食べるのがここでは一般的らしい。
薫子もちょっとだけかけてみたが、すっぱくてどうにも好きになれない。
備え付けの塩と胡椒を軽くかけて、食べる。
高い肉だけあって、肉汁もあふれ、歯ごたえも柔らかく、とても美味しい。
小雪はそんなのおかまいなしに、ナイフとフォークを起用に使い、食べていた。
「うま、肉、うまっ…」
夢中で食べている小雪、口のまわり脂でべとべとにしながら。
「もう、仕方ないわね」
紙ナプキンで小雪の口を拭ってあげる薫子。
それにしても、ビールに合うこと。
薫子はビールをおかわりしてしまう。
「んぐんぐ…ぷはぁ、お肉も美味しいし、ビールもまた格別」
「美味しいね~、柔らかいし、お肉の味も濃いし」
「そうね、でも今日だけよ、毎日こんな外食はしないからね」
「うんうん」
「(でも、ごはんがあまり美味しくない…)」
「(それは言っちゃダメよ…)」
米は薫子の地元のが美味しいのは仕方がないことである。
水の違いもあるのだろう。
「あ~、美味しかった、ごちそうさま、薫子」
「はい、ごちそうさま」
注文票を見ると、そこにある金額…2人で1万円弱。
ビールの単価が思ったよりも高い…
知ってはいたが、ちょっとびっくりした薫子だった。
「まぁ、今日くらいはいいわよね…」
「薫子、顔青いよ?」
「うん、大丈夫」
レジで会計を済ませる。
階段を降りて、よしもと沖縄花月の前の横断歩道を渡る。
左折して、スターバックスへ。
「小雪、どれがいい?」
「えっとね、これと、これ」
「2つも食べるんか…」
結局、ケーキを2つ、抹茶クリームフラペチーノを目の前にしてホクホク顔な小雪。
薫子はお腹いっぱいなので、スターバックスラテを。
「よく入るわね…」
「おいしー…女の子だからケーキは別腹なのです!」
目を細めて見ていてる薫子。
幸せになるくらいいい笑顔の小雪。
そんな風にして、2日目の夜は更けていきました。
読んでいただきまして、ありがとうございます。