だるま少女
大変残酷で猟奇的な描写があります。
苦手な方はご注意ください。
少女が、転がっていた。
欠けた四肢とつり合いのとれていない向日葵のような笑顔がとても不気味だった。
欠けた少女は笑みを浮かべたまま言葉を発する。
「ちょっと私を運んでくれないかな?」
これは超能力という形で事象が存在することが認められている、少し異常な世界でのお話。
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「おはよう」
俺の家の食卓を占領している少女は言った。先日とは違い、四肢は存在している。
「いやー、昨日はごめんねー?」
ニコニコとしている。実に憎たらしい。ダルマにして捨ててしまいたい。でもダメだ。俺は堪える。
「びっくりしたでしょ? あれ、私の能力だから安心してねー」
そう言って、にへらっと笑う。よく笑う少女だ。大抵笑っている。容姿は整っているから、もしまともな世界だったら少女は人気者になっていただろう。いや、明るい性格のようだしアイドルになっていたかもしれない。
「まさかあんな場所に私以外の人が来るとは思わなかったよー」
俺もだ。心の内でつぶやく。まさかこのタイミングで他人に出くわすとは思ってもいなかった。
「近代的なこの都市の中心の地下。先人の知恵を独り占めしてると思ってたんだけどなー」
超能力の影響もあってか、発展したこの世界。その中心の一つであるこの都市の、さらに中心の真下。その空間を知っている人物は多いはずだ。しかし、俺や少女といった本来知るよしもない人物でここを知っているものもいる。
そういう奴らは大抵、探索者か頭のおかしい奴だ。
「まあ、君も通ってるようだったしいずれはバレてたかな」
呟いた少女は椅子から立つ。
拘束された俺を見下ろし、猿轡を解いていく。
縛られた四肢はそのままだが、呼吸の圧迫感がなくなったのは素直に嬉しい。
「私が解体しているところ、見てたよね?」
俺はこくりと頷く。
普段通り、地下に降りた俺を縛った男を解体している少女が迎えてくれた。少女は俺をちらりと見た後も、悲鳴を上げている男の解体を淡々と続け、男の一物や顔を破壊、切断していく。
しかし少女は不思議と男の四肢には一切危害を加えていなかった。
それと、解体の最中ずっと笑っていた。高笑いではなく、押し殺した感じで。
男がずっと子音を発して死因を証明しようとしている間、少女は一時手を止めた。多分この時俺の様子を確認したのだろう。
このとき見えた全裸の男には性器がなく、規制なしでも別の意味で見ることができる状態だった。
規制から逃れようとしている漫画みたいでどこか滑稽だと思った。
「じゃあ、君も解体しちゃおっかな」
軽いノリで言われた。
改めて、少女を見つめる。そして、思う。男を解体した後能力らしきもので己をダルマとした少女は何を考えていたのか、と。ダルマになった少女は何故嬉しそうだったか、とも。
俺の脳内はそのことでいっぱいだった。
「……そろそろ何か喋ってよ」
「喋るのは苦手だ」
しばし、沈黙が守られた。
「君、存在が矛盾してるねー」
あははっ、少女は口元だけで笑った。先程までとは違い、目は笑っていない。
「じゃあ私が、そんな君を整えてあげるよ」
どうやら返答を気に入ってくれたようだ。
少女は今までで一番の笑顔でのこぎりを手にした。
こんな不完全な僕を整えられるのだろうか。
こんな未完成な俺を完成させられるのか。
率直に言うと、戯言を語る少女に興味が湧いた。
「やってみろよ」
「え?」
あっけにとられる少女の顔を見て、瞬時に興味が失せた。
俺はため息をついて自分で拘束を解き始める。
あたふたとする少女を視界から逸らしながら、縄をほどき終わる。
さっきの男より今の少女の方がよっぽど滑稽だ。
思わず鼻で笑ってしまう。
むっとした顔をした少女の頭部に手を置く。
今度はマヌケな顔になった少女の頬をハサミで切り裂こうとする。
ポケットからゆったりと自然に出されたそれを少女はぼけっと見て、その場から飛び退く。
「さっき自分でもやってただろう? なぜ逃げる?」
「自分がやるのが好きなだけでやられるのは好みじゃないんです!」
俺の疑問は即座に否定された。何故か少女は敬語になっている。あと顔に畏怖の念が浮かんでいる気がする。
「先生に習わなかったか?」
「何をですか?」
「人にすることは自分がされてもいいことだって」
「習いましたけど……」
なら、と俺は自由になった身体で伸びをして少女を捉える。
へっぴり腰になった少女をその場に押し倒す。
ヒッと小さな悲鳴を上げてされるがままになっている少女の手を結ぶ。
外に開かれた足を優しく閉じて、結う。
ポケットからガムテープを取り出して口に貼り付けようとすると、やっと少女に動きがあった。
首を横に大きく振る。それも、幾度も。
「顔は嫌なのか」
そう思った俺は、顔に危害を加えないであげようと決意した。
しかしまだ、少女は震えている。
そこで俺は気付いた。少女は俺に怯えているのだと。
「そういえば、お前の能力ってどんなんだ?」
少女に気を遣って、世間話をすることにした。
でも少女は話そうとしない。
いや、震えて話せないのか。
一人で納得した。
それならば、少女にキスをする。
少女を食い尽くすように、覆いかぶさって。
舌で舌の下を舐めてみる。
そして、告げる。
「話さなきゃ、食べるぞ?」
あいにく四肢欠損は能力で可能なようなので、ここくらいしかいじることができないのだ。
唾をゴクリと飲み込み、少女は話し始めた。
「ダルマ、です。自分の自由に四肢欠損することができます」
「痛みはあるのか?」
「……ないです」
思わず質問してしまった。とても興味深い。
「能力以外で四肢欠損したら?」
「……わかりません」
舌なめずりをした。いやまだ、こらえなきゃ。
ずるっ。
そんな音がした。
俺は思わず目を見張った。
少女の四肢が、消えている。
綺麗な切断面であった。
少女は丸くなって震えている。
四肢と共に、引きこもろうと、丸くなって震えている。
でも四肢と同じで、自らの思いは隠し切れていないようだ。
この地下にいるのだからもっとすごいと思っていたが、そうでもなかった。
怯えた目でこちらをみている少女の頬を撫で、俺は少女を抱き上げた。
そして、これからのことについて思いを馳せた。
この後あなたはどうしますか?
僕は仲間にします。