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第四十七話 それぞれの考え

「兄様? どうしたんですか」


「ん? なんでもないよ……それより気分は良いのか?」


「うん! だって、兄様が一緒なんだもん! 元気いっぱいだよっ」


 そう言って真希菜は、庭の中ほどにある池に駆けていく。どうやら、真希菜に注意されるほど顔を顰めていたらしい。

 灯真さんに連れられて、成松の屋敷に来てから早一週間。真希菜の事も心配ではあるが、心の隅でお嬢様達の事が引っかかっている。今何をしているか? ちゃんと生活出来ているか? そんな事ばかり考えている俺がいる。

 執事をしている毎日は楽しかった……が、それを断ち切って真希菜達の所に来たはずだった。

 ただ、そう思っていても。心の奥底にまでお嬢様達の根は伸びていたのだろう。


「……ふぅ」


 溜息しか出ない。

 もちろん、凛や真希菜の前ではそんな表情を出す事はないが、一人の時は緊張が、解けてどうしても、溜息や欠伸が零れてしまう。


「大変ですね?」


「……誰のせいでしょうね?」


 聞き覚えのある声に穂澄は後ろを振り向く事無く、回答する。


「さて? 私には心当たりはありませんが……?」


 いつの間にか、後ろに立っていた灯真。

 いつも着ていた執事服とは違い、ぴっしりとノリの効いたブランド物のスーツを纏っている。


「それにしても、私も疲れました」


 同じ様に溜息を付いて、スーツに負けず劣らず高そうなネクタイを乱暴に緩める。


「まあ、あと少しで、竣夜の息の根を止める事が出来ますし、そうすれば、後はゆったりまったりと、成松のトップとしてやっていけますし。今は我慢ですね」


「物騒な事を、俺に聞かせないでください。それに、仕事の事を俺に話したら、そこから竣夜様に流れるとは考えないんですか?」


 灯真に限ってそんなヘマをするとは思えないが、あまりに無防備に言うので、一応聞いてみる。


「大丈夫ですよ。穂澄くんは成松の『力』が必要ですからね」


 真希菜の方に目を向けつつ、灯真は含みを持った笑みを俺に見せる。


「『力』がいらなくなったら――」


「――『如何するんですか?』ですか?」


 言いたい事を言われ、一瞬驚く。


「まあ、その時には全部終わっているでしょう」


 再び含みを持った笑みを向けてくる灯真。


「兄様ーっ!」


 と、池の向こうから真希菜の声が、俺の耳に届く。


「どうやら、喋りすぎたようですね。穂澄くんのお姫様が呼んでますよ」


 灯真はそう言うと、再びネクタイを締めて笑顔のまま、屋敷の中に入っていった。


「……お姫様って古くね?」


 灯真の後姿を見ながら、そう呟くが、もちろん灯真には聞こえていない。


「にーさまっ!」


「今行くよ!」


 ここからでもわかるほど、頬を膨らませた真希菜の所へ俺は足を進めた……






『こちらとしても、そうしたい所なのですが……』


 電話越しに、申し訳無さそうな声。


「そうですか、わかりました」


 竣夜は声こそは穏やかだが、デスクの上に置かれている右手は強く握られ、指先は白くなっていた。

 こちらが、何度頼んでも、返ってくるのは上辺だけの謝罪。つまり、ていよく断られていると言うわけだ。

 ドナルドに資料を頼んで、それをツテにしつつ、こうして味方になる会社を探しているのだが、何処に電話をしても灯真の手が回っている。昔から櫻坂との関係が深かった会社までもが、こうして俺から距離を置いている。


 竣夜は受話器を乱暴に置くと背もたれに大きく寄り掛かり、溜息を一つ。

 そして、左手の指で眉間をグッと押さえる。


「眠い……」


 ここ何日か、ろくに寝ていない。

 寝不足だと思考が鈍ると言うが、しかし仮眠を取っている暇があったら対抗策を練らなくてはならない。それだけ、灯真の計画は緻密にくみ上げられていた。

 ただ、前にも思ったが、何処か少し違う……いや、違うと言うより灯真らしくないのだ。


「いかに、俺と灯真の能力がかけ離れているかが、わかるな」


 順位が付くような物事じゃ、竣夜は一度も灯真に勝った事がなかった。テストの点数しかり、持久走でのタイムしかり、告白された回数しかり……


「らしくない計画を打ち崩すのに、全力を尽くすって言うのも、ある意味惨めだよな……」


 大体、いつもの竣夜だったら、出る者は追わずと言って灯真も穂澄もそのままポイッだった。

 屋敷の資産管理は、ドナルドに任せられるし、栞達の世話をする執事もまた雇えば良いだけの事だ。


 なのに、こんなにも必死になっている自分に疑問を持つ竣夜。


「まぁ、あんなに楽しそうな顔をしている二人も珍しいからな……」


 一見華やかそうな風に見える櫻坂の家系だが、本家やら、分家やらで揉めた時期があった。

 その為、そのストレスのはけ口と言わんばかりにまだ幼かった栞達は親戚中から疎外され、肩身の狭い生活をしていた。二人の親は海外にいて、影響も少ないせいか、その疎外も日に日にエスカレートしていた。


「だから、あんな捻くれた奴になったんだよな……特に、栞は」


 二人は自分を守った。

 栞は、誰も引寄せない様に変人に扮して周りを小ばかにして――

 尊は、誰も怒らせない様に声を窄めて、周りの声に頷いていた――


「ほんと、あの二人を立ち直らせたのは穂澄のお陰だな」


 気まぐれの買物。

 人員が少なくなり、気まぐれで目に止まった青年を執事にした。それが、青年に出会う前――両極端で歪んでいた二人を少しずつ、矯正してくれた。


「ドナルドー?」


 ついつい、間の抜けた声で、ドアの向こう側に待機しているはずのボディガードに声をかけてしまう。


「ハイ?」


「もう一踏ん張りだ。俺は、ちょっと出掛けてくるから、少しの間頼んだぞ」


「ハイ、ワカリマシタ」


 ドナルドに、そう言ってネクタイを締めなおす。相変らず、一度スイッチが入ると顔のニヤケが止まらない。


「俺だって、この何年間もずっと立ちぼうけていた訳じゃない」


 俺だって、前に進んでいるはず。

 それを、灯真に勝つことで証明できるのなら、穂澄を取り戻して、栞達の笑顔を取り戻せるのなら。


「さてと、お仕事お仕事っ!」


 極秘、と判子の打たれた書類を鞄に詰め込んで、竣夜はオフィスを後にした。

 ちょっと、遅れましたが、投稿頑張ります。。。

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