第四十五話 治療費・肩代わり
「お嬢様。どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
「……ありがと」
私はお嬢様達と屋上で弁当箱を広げて、三人は昼食を食べていた。
私と尊と栞。三人だけいる屋上はいつもより広く、そして寂しく感じられた。
「水穂さん? あの……えと……やっぱり穂澄さんは…………」
この重い空気はかれこれ一週間以上続いていた。流石にそれが耐え切れなくなったのだろう。尊お嬢様は恐る恐る、私に声をかける。
「ええ、成松に行くと言っていました」
「……調教が足りなかったか」
栞お嬢様は、持っていた割り箸を片手でパキッと折る。
表情はいつもと変わらないが、苛立っているのは確かなのであろう。
確かにこの一週間、穂澄がいなくなってからいろいろ大変だった。
真琴さんは表情には見せないが、時折辛そうな顔をするしお嬢様達も、何だか私が初めて邸に来た時より元気がなくなっている。
それだけ、穂澄の存在が大きかったのだ。私はこの頃良くそう思うのだ。
漂々として、自分は執事としてまだまだ甘いと言っておきながら、やらなければいけない事は全てやっていた。それは、今穂澄が抜けたということで初めて思い知らされる現実。私は割り箸の先をガジガジ噛みながら、僅かながら渋い顔をする。
ガチャッ
「っ!?」
私は慌てて後ろを振り向く。
屋上のドアが開く音がしたのだ。本来ならば、外が見れて、開放感のある屋上はお昼には丁度良い場所なのだが、この学院の生徒は教室の自分の席で食べる事が通常となっている。それは、椅子に座って食べる事が習慣付いているお嬢様、お坊ちゃまならではのもので、いつも、野性的(?)なお嬢様達以外にこの屋上に来る生徒は少ないのだった。
それに加え、私が驚いたのは、心の隅には『もしかしたら穂澄なのかもしれない』と言う、淡い希望があった為であろう。
「おっはーっ! 尊ちゃん、栞ちゃん。今日は一段と可愛いね」
現れたのは、長身の金髪の青年。いかにも軽そうで、『遊んでいます』と言う雰囲気が充満している。
淡い希望を抱いていた、私が急に自分が馬鹿みたいだと思い。自分でも顔が赤くなるのがわかる。
「うはっ!? 誰、この美少女! 一年生? 俺、遠藤蛍ね。『ほたる』って書いて『けい』って読むんだ! 尊ちゃんと栞ちゃんは『ほたるくん』って呼んでるけど、『けい』だからね! あ〜でも、君は可愛いから『ほたるくん』って呼んでも良いよ!」
やけにテンションの高い青年は私の顔をジッと観察するように眺め、某ペコ○ゃん人形の様に舌をぺロッと出しながら親指をグッと立てて私に満面の笑みを浮べる。
と、それが一瞬穂澄と被って、私は胸が痛くなるのを感じる。
「すみません、ほたるさん。今はお話しする様な気分ではないので……」
「……って言うか空気読め」
「っ!? の、罵られた」
さっきまで、あんなにテンションが高かった蛍さんだったが、いまは手と膝を地面に付いてガックリとうな垂れている。なんて、浮き沈みの早い人なんだろう。
そんな事を思っていると、再びドアが動く音が聞こえた。
「蛍っ! 早いって、何でお前は女の子が絡むと身体能力以上の力が出せるんだよ。一応俺の方が体育の成績は上のはずだろ!」
「アホらしい。急ぐ用事でもないんだから、走る必要はないだろう?」
続々と続いて出てきたのは、二人の青年。髪は長いが、こちらは蛍さんより遊んでいる雰囲気はない。どちらかと言うと優等生の序列に入るだろう。
それにあの二人は確か見覚えがある。
それは入学当時、私がまだ穂澄の事が大嫌いだった時、一緒にいた二人。
確か、杉崎亮平と社愁寺だったような気がする。二人とも特進クラスで穂澄と同じぐらい頭が良い。
「……なんでこんなに来るの? 何か用? 用じゃないなら何処か行って、邪魔」
栞お嬢様の目がキュウと細くなる。いつもは怒っている時でも表情は変えず、行動で示すお嬢様だが、それに表情が加わると言う事は単純に考えていつもより怒っていると言う事なのだろう。
「し、栞。ちょっと言いすぎだよ……」
尊お嬢様もこの事を察したのか、行動に移す前に宥めようと言葉で制す。
「五月蝿い……尊もそう思ってるはず。穂澄がいなくなって私達はイライラしてるんだ。何処か行って」
言葉の溜めが無くなった。
どうやら本当に怒っているようだ。
「知ってるよ。穂澄がいなくなったんだろう?」
威圧されて、押し黙るかと思ったのだが、亮平さんは言葉をとめなかった。それも、屋上に出てきたときとは違い大真面目な顔だ。漂々とした雰囲気は微塵も感じられない。
「……なんで知ってる?」
「穂澄本人に頼み事をされたからだよ、栞ちゃん」
落ち込んでいたはずの蛍さんも立ち直って話し始める。
もちろん、顔は真剣そのものだった。
「……頼まれた?」
栞お嬢様の雰囲気が再び変わる。いつも通りのお嬢様だ。
ふぅっと小さく息を吐いて少し安心する。
「これを一週間経ったら渡してくれって頼まれた」
愁寺が一通の封筒を取り出して、栞お嬢様に渡す。
「なんて書かれているんですか?」
「――――……ふざ るな」
「えっ?」
栞の声が聞き取れなかった。ただ、表情は再び険しいものへと変わっていた。
「――ふざけるな、こんなの認めない」
栞お嬢様は封筒から取り出した手紙をくしゃっと丸めて力いっぱい蛍さんにぶつける。
だが、風に乗った紙くずは蛍さんの頭に軽く当たると屋上の地面に音も無く落ちる。
「な、なんて書いてるんですか!?」
尊がそう言う。栞が怒っている事も原因の一つであろうが、それが穂澄からの手紙と言うことで焦りが感じられた。
「んじゃ、愁寺。読んで」
「わかった」
丸められた手紙を丁寧に伸ばすと蛍さんはその手紙を愁寺に渡し、愁寺はそれを読み始めた。
『栞お嬢様、尊お嬢様、水穂、真琴さんへ――』
それは、お嬢様達だけではなく、私や真琴さん宛てでもあった。
『勝手な事をして、すみません。僕は櫻坂を出る事にしました。理由は借金です』
借金とは何の事だろうか? 竣夜様は借金をお嬢様達の傍に穂澄を止めて置く枷としか使っておらず、返済を迫るような事はしないはずだ。
『俺が、櫻坂に入った理由は親父が作った3000万の借金が理由でした。ただ、それは博打で作ったとは俺は思っていませんでしたし、実際違いました』
私はここら辺の事情をよく知らないが、穂澄の父親が借金を穂澄に押し付けたと言う事は知っていた。
『借金の原因は、妹の病気です』
「えっ?」
「……びょう……き?」
黙ってきていた尊お嬢様も驚いて声を上げてしまう。そりゃそうだ。なんたって、病気の為の借金と言えば、治療費の事だろう。だが、3000万も掛かるという事はそれなりの難病にかかっていると言う事だ。
『真希菜は、重い病気にかかっていて、それなりにお金が要りようだったそうです。親父は俺に借金を押し付けたように見せていましたが、それは真希菜の治療費を稼ぐ為の負荷を減らす為の考えだったそうです』
『親父にとっては苦渋の決断だったらしいです。俺に借金を押し付ける事は流石に気が引けたでしょう。ただ、そうしなければ真希菜は助からないとわかっていた親父は漂々とした顔を崩さないまま、その判断に至ったんだと思います』
『真希菜は、さっき話したとおり、重い病気にかかっています。治療費もまだ足りないそうです。そこで俺は成松に行きます。灯真さんは、真希菜の治療費を無担保で返済期限無しで貸してくれると言ってくれました。勝手な事を言ってすいません。お体に気を付けてください。』
『P.S.冷蔵庫の中に団子を入れておきましたので、四人でどうぞ。 桂穂澄』
「穂澄さん……」
「……なんでっ!? お金なら、櫻坂がいくらでも出すよ! 竣夜兄様だって、それぐらい――」
「――それは君達の事を思っての事だったと思うよ」
栞が叫ぶ中、亮平が言葉を遮る。栞の目にはもう、涙が溜まっておりその悲しい表情は今まで誰にも見せた事の無いものだった。
「……え?」
栞は小さく反応する。
「灯真さんだっけ? 櫻坂の執事さん。あの人は櫻坂を潰す気なんでしょ? それなのにいつ返せるかわからない借金を櫻坂にするわけにはいかない。最悪、自分と同じ様に裏ルートで売りに出されるかもしれないと穂澄は心配して、成松の方へ言ったんだと思う」
「……ずるい、ずるいよ――」
栞は呟く。
「そんな事言われたら…………反論出来ない……会ったら殴ってやろうと思ってたのに……そんな事言われたら、どうすれば言いかわかんないよ」
栞のすすり泣く声が屋上に響く。
その場に居る。全員が、誰も栞に声をかけることはできない。
ただ、時間が過ぎるのを感じながら、呆然と立ち尽くしていた……
疲れたーどうも作者です。
そろそろ、終わりですが、何か出てなかった奴を出していくと、終わりが近づいてくる気がしてきますね。まあ、こじ付けと言われてしまえばそれはそれで、一気に自分の中でのこの話の価値的が大暴落します(笑)
まあ、気長に、まったり見てくれたら幸いです。
評価&感想待ってます。
投稿頑張ります。。。