第四十二話 条件・脅し
最後にここに来たのはいつだっただろうか?
和風に統一された屋敷の中には着物を着た女中や鯉が泳ぐ池まであった。
「久しぶり・・・・・・で良いよな? 灯真」
俺が後ろを向くとこれまで会わなかった溝を感じさせないほどフランクに話しかけて来る一人の男性が立っていた。
窮屈そうなスーツに身を包みながらも、どこか大雑把な雰囲気を醸し出している男性はニヤニヤと笑いながら俺の近くに寄ってくる。
「やっと目が覚めたみたいだな? アホな女はしっかりと捨ててきたか?」
明らかに嫌味が込められた言葉。思わず手を出しそうになったが、そんな事をしたらこの十年の努力は泡となって消えるであろう。
一瞬力を込めた拳を解き、俺はその男性から視線を外す。
「一応、ケジメはつけて来たつもりですよ。久留間さん」
男性は表情を崩さない。
男性はスッと音もたてずに俺の横を通っていく。
「また、落としてやるよ・・・・・・今度は登れないくらいにな」
ボソッと呟いた男性の声は俺に届いていたが、俺はもちろん答えない。
俺はその言葉を無視してそのまままっすぐと歩き出した・・・・・・
「灯真が成松に戻ったのは確実だ」
ある日、俺は竣夜様に呼ばれ、櫻坂のビルに行くと竣夜様にそう言われた。
「先日、成松の副社長が代わったと言うことで俺の所に挨拶に来たんだが・・・・・・灯真だった」
予想はしていたがはっきり言われると確かに重いものがある。
「それで、何で私を呼んだのでしょうか?」
俺は竣夜様に質問すると、竣夜様はまさに困った表情を絵に描いたように顔を歪め、眉間に皺を作る。
「あ〜・・・・・・いや、その。灯真がお前を寄こせって言ってきてるんだ」
「えっ?」
意味がわからなかった。
今まで尊お嬢様たちが困らないように俺に執事としての能力を持たせていたと思っていたのに、急に成松に来いと言われてもその真意が理解できなかった。
もちろんそんな真意が不透明な事を竣夜様が承諾するはずがない。と、俺は思っていたのだが竣夜様の顔色がどうも優れない様子から俺も次第に不安に駆られる。
「それで、竣夜様はそれを承諾したのですか?」
「いや、承諾はしなかったが、灯真の奴、俺を脅してきやがった」
「脅す!?」
穏健な灯真さんが、元雇い主。それも幼なじみを脅すなんて考えても居なかった俺はつい、声を荒げてしまう。
「元々、櫻坂と成松はそれこそ犬猿の仲と言うのに相応しいぐらいの敵対意識を持っていたんだ」
確か、それはどこかの新聞で読んだ事がある気がする。
昔は良きビジネス相手だった両社だったが、あるビジネスで成松が失敗し火の粉を掃う為に櫻坂がそのビジネスから手を引いたと言うことがあって、その為成松は一時期傾き。会社がつぶれかけた事があった。
それを逆恨みした成松が会社が立ち直ると直ぐに櫻坂のビジネスを邪魔するようになったのが、犬猿の仲の始まりだと言われている。
「俺は時々灯真に仕事の手伝いをしてもらっていたからな、取引相手の事はもしかしたら灯真のほうが詳しいのかもしれない・・・・・・もしお前を寄こさなければ、今櫻坂が取引をしている会社を全て奪うって言って来やがった」
竣夜はデスクにうな垂れ頭を抱え、溜息を付く。
この様子から見るに、何とか俺を渡さないように対策を練っていたのであろう。しかし、ここまで準備を進めていた灯真がそんな穴を残すわけはない。それは竣夜様の様子を見れば明らかであった。
「・・・・・・まあ、とり合えず。それだけでもお前に伝えとこうと思ってな。灯真が抜けた事で尊や栞も不安だろう? 今日は帰って良いぞ」
これも竣夜様なりの気遣いなのだろうか? うな垂れていた頭を上げるとニカッと笑顔を見せて俺を帰らせようとする。
「し、しかし・・・・・・」
「いーから! 帰れっ!」
俺は無理矢理部屋から穂澄を追い出す。穂澄は不安そうな顔で俺のことを見ていたが、この話の中心はお前なんだよな、と思いつつその不安そうな顔も見なかったフリをする。
バタンッ!
「・・・・・・さて、と。ドナルド」
「HAHAHA! ココニ居マスヨ」
一瞬の内に真面目モードに入った竣夜はドナルドを呼びつける。と、何処からかこの空気を一方的に無視したドナルドが高笑いを上げながら現れる。
「成松の情報を出来るだけ集めてくれ・・・・・・必要ならグレーラインの方法をとっても良い」
「了解シマシタ。・・・・・・竣夜様、大丈夫デスヨ。ソンナニ心配ソウナ顔シナクテモ、グレーラインヲバリバリ使イマスケド、私ハ捕マリマセーン! HAHAHA!」
一瞬で竣夜の不安を察知したのか? ドナルドは再び高笑いを上げ、部屋から消えて行った・・・・・・
「フッ・・・・・・んじゃ、俺も本腰を入れようか? 灯真。勝負だ・・・・・・」
部屋で1人になった竣夜はニヤリと笑みを浮かべデスクに向かうのであった・・・・・・
「ただいま、戻りました」
良く考えると、灯真の事もあり暫くお嬢様達の相手をしていない事が多かったので機嫌を悪くしていないであろうかなどを考えて邸に帰るのは少々憂鬱だったのだが、帰るわけにも行かず帰ってきたのだが・・・・・・
「誰も・・・・・・いない?」
いつもならこの時間はリビングでくつろいでいるはずのお嬢様達の姿はない。
「食堂かな?」
俺は小首を傾げながらリビングのドアを閉め、ふと後ろを向くと・・・・・・・・・・・・荒縄を持った栞が猛スピードで目の前を横切っていくのが見えた。
「えっ? あれ? 栞お嬢様!?」
いつもなら、その荒縄で俺を苛めるはずだが今回は違っていた。穂澄には目もくれず、今までとはケタ違いのスピードで食堂へ入っていった。
「お腹が空いていたんだろうか?」
俺はとり合えず歩き食堂の方へ歩を進める。
「――――――」
「――――――」
「――――――」
「――――――」
何やら声がいくつか聞こえるが此処からでは内容まで聞く事は不可能であった。とり合えず、俺はそのまま食堂へ入る。
「・・・・・・尊、縄!」
「は、はい」
「いたたたたっ、すみません。痛いです痛いです!」
「・・・・・・うっさい、黙れっ!」
バキッ
「痛っ!?」
「・・・・・・なにをしているんですか?」
食堂からはなにやら栞が誰かに馬乗りになり、荒縄で羽交い絞めしている様であった。周りには水穂と真琴がその周りに仁王立ちしており、どうしても逃がす気はないらしい。
とり合えず誰が苛め―― いや、羽交い絞めされているかを確認すべく俺は食堂に入り、別の位置からその現状を確認する。
「って! 灯真さん!?」
そこには栞の攻撃でタコ殴りにされている灯真が倒れていた。
「あっ、ああ。穂澄君。良かった、栞お嬢様に退く様に行ってください。いくら顔見知りが相手だとしてもこの格好は、はしたない――」
「てめぇ! どの面下げてここに来てんだァァァッ!」
「えっ? もしかして穂澄君も怒って――うわああぁぁぁっ!?」
その日、邸には久しぶりに灯真の悲鳴が轟いた・・・・・・
時間が経つのって早いよね。どうも、作者です。
気が付いたら20日位投稿の間隔が開いててビックリして書きました。まあ、急ぐ必要もあんまないと思いますけど、まあ、結構自己満足と読者の声を活力として書いているので読者の声があるかぎり頑張りたいと思います。
まあ、流石に此処まで来たら完結させるんで、投稿頑張ります。。。