第四十一話 小さな指輪
「穂澄くん、ちょっと手伝ってくれる?」
「あ、はい」
俺は、真琴さんに言われ帳簿を棚に納め、中庭に出る。
灯真さんが居なくなってから一週間以上が経とうとしている。相変わらず灯真さんからの連絡は無く。尊お嬢様達の様子もどこか覇気が無い。
水穂が灯真さんが抜けた穴をしっかりカバーしてくれているのでこの邸を切り盛りしていくにはなんとか出来ているので問題はない。
・・・・・・いや、今思えば自分がいなくなる事をわかっていたからメイドを雇うことを認め、基礎の仕事をしっかりと教えていたのかもしれない。
「穂澄くん! そこの刈り取りバサミ取って」
「あ、はい」
尊お嬢様達に比べて今までと余り変わらないのがこの目の前にいる真琴さんだ。
見た限り、灯馬さんと一番仲が良く、一番過去の事も知って居そうなのだが特に思いつめた様子も無く、毎日庭の手入れをしているばかりであった。
「あの・・・・・・? 真琴さんは灯真さんの事は気にならないんですか?」
「ん〜? どうだろ? 確かに灯真が出て居ちゃった事はびっくりしたけど騒いでもしょうがないし、それに灯真がそう決心した事だから僕がどうこう言ってもしょうがないかなーって思うんだよね・・・・・・」
真琴さんは余り難しそうな顔もせずにそう言う。
俺はそんな姿にムッと来た気がした。と、言うよりこんな状態でよく落ち着いていられるなと、少し薄情ではないかと変わらない真琴さんの横顔を見ながら思ってしまう。
「穂澄君。今僕が薄情だと思ったでしょ?」
「はい」
気付かれていたということに関してはびっくりしたが、何故か俺は隠すことなく素直に答える。
と、真琴さんの庭を手入れする手が止まり俺の方に向き直りまじまじと俺の顔を見つめてくる。
「な、何ですか?」
整った真琴さんの顔が俺の顔を下から覗き込んでくるのだ。居心地は余り良くない。
「髪、切ろうか?」
「えっ?」
「伸びたからね。待ってて、道具を持ってくるから」
「えっ? ちょ――」
真琴さんはスッと立ち上がると軽快な足取りで道具を取りに行ってしまった。
「さて、始めようかな?」
待つこと数分。真琴さんは大きい道具箱とパイプ椅子を持って現れた。
「また気絶させなくて良いんですか?」
「気絶って?」
「前に切って貰った時は起きてると気が散るからとかで首に手刀を喰らって――」
「ああ、あれは嘘。第一、気が散るって言ったて今回は穂澄君に起きていてもらわないといけないからね」
俺はその言葉に少し引っかかったが、どうせそれも数分すればわかるであろうと思い、その事については触れなかった。
真琴さんは前と同じ手つきで俺の首にシートを巻き櫛で俺の髪を梳いていく。
「・・・・・・穂澄君にとっては灯真はどんな人?」
髪を梳かしているので真琴さんの顔を見ることは出来ないが、声は弱弱しく先ほどとはまるで違う。
「なんと言うか・・・・・・兄貴分というか? まあ、頼りになって居ないとこんなに不安になるとは思っていませんでした」
「そう・・・・・・僕にとっても灯真はね。大事な人なんだよ」
髪を梳かすのが終わり、真琴さんは霧吹きで軽く髪に水分を持たせる。
「灯真が成松を追い出されたって話は聞いてるよね?」
「詳しくは聞いていませんが、概要ぐらいは・・・・・・」
「灯真はね。『僕と結婚したい』って言って成松から勘当されたんだよ」
「えっ?」
「おっと、動かないで、10円ハゲが出来ても知らないよ?」
俺は振り向きかけた身体を元に戻しパイプ椅子に深く座る。
真琴さんの顔を見ることは出来なかったが、声は随分重いものが感じられた。
多分、この散髪をするというのは、お互い顔を合わせない様にする為の物であろう。俺はそう思うとそのまま顔を固定し、真琴さんがいる方向とは反対側を凝視する。
「一応僕もそれなりの家の出でね。だけど、成松の前ではそれこそ吹けば飛ぶような家なんだけど。まあ、それでも僕は灯真とは家の良さと言うことで同じ学園にいて、腐れ縁って奴なのかな? 小学生から中学とどんどん仲良くなって・・・・・・それで、高校生になったある日。告白されたんだ」
『好きだ。多分、今まで会った誰よりも、いや、これから会う誰よりも』
「流石の僕もクサイこと言うなって一瞬ドッキリかと思ったぐらいだよ。だけど、本当だった。灯真は家柄とかそういうことは全然気にしないで僕を好きになってくれた。『俺が18歳になったら結婚しよう』って真顔で言ってくれた。」
「・・・・・・」
言葉は出ない。いや、出せなかった。真琴さんの手は確かに俺の髪を切ってくれているのだが、声はそれこそ深刻で今までの淡い思い出を無理矢理引っ張り出してきているようだった。
「だけど、そんなこと成松は許してくれなかった。正面からも反対されたし、僕の家を潰すと脅しもかけられた。」
「っ!」
「それでも灯真は僕を嫌いになる事はなくて、僕も灯真のことが、その・・・・・・えと、好きだった・・・し」
「それで、業を煮やした成松は灯真さんを?」
「うん、引き剥がせないとわかったら、灯真だけをあっさり成松から切り落としたんだよ。それこそ、灯真はその内成松のトップに立つ人間だったんだろうけど、当時はビジネスも世間も何も知らない子供だったからね。まあ、その後は竣夜君が灯真を拾ってくれて、僕も庭師の勉強を一生懸命して、櫻坂に庭師として入ったの」
「その事は、灯真さんには?」
「言わなかった。ううん、言えなかった。灯真が勘当された後、頭の良い灯真は婚約を解消して僕だけを助けてくれたの。もちろん、そんな事をしても1回切り捨てられた灯真は成松に簡単に戻れるわけはなかったんだけどね。どこかで幸せになってると信じていた少女が汗臭い作業着を着て泥まみれになりながら庭の手入れをしているなんて言えなかったんだよ」
パチンッパチンッと聞こえるはさみの音が随分大きく聞こえる。
真琴さんは泣いて・・・・・・いるのだろうか? 声が少し鈍くなってきた。
しかし、俺が後ろを向く事はない。ただ、真っ直ぐ前を見ながら真琴さんと話を続ける。
「灯真は自分を責めただろうね。自分が彼女を好きになってしまったから、彼女は今、泥だらけになって庭の害虫と戦っているんだって・・・・・・まあ、それでぎこちない毎日が何年か続いて、それこそ日常会話をするのに一年以上掛かったかもしれない。ある日、穂澄君が来たんだよ」
「えっ? 俺」
「うん、それこそ僕にとっては救世主だったよ。灯真の顔も日に日に柔らかくなっていくのもわかったし、今まであんまり表に出してなかったけど邸の管理は灯真1人じゃ大変だったと思うよ・・・・・・だけど、多分、それがスイッチになっちゃったんだと思う」
「スイッチ?」
「うん、自分が櫻坂から出て行くチャンス。丁度十年が経とうとしてたぐらいだったからね、灯真は穂澄くんに執事としての仕事を覚えさせて、そして自分は前々から考えていた成松に戻ろうと・・・・・・あっ! 別に穂澄君を責めてるわけじゃないよ。穂澄君がいなかったら僕も灯真も、それこそお嬢様達だって窮屈だったと思うんだ」
「大丈夫ですよ。真琴さんが嫌味を言っているなんて事思ってませんから」
「うん、良かった。・・・・・・えと、それでね。水穂ちゃんも入って、それで多分灯真の中じゃ最大のチャンスだったと思うんだ。不安要素は全部無くなって、後は自分が櫻坂を去るだけで終わると・・・・・・」
急に真琴さんの声が暗くなるのがわかる。
「それで、この前、僕の机の上にこれが置いてあったんだ」
後ろを振り向かなくてもわかった。真琴さんは泣いている。
涙声になりながら、正面を向いている俺に差し出してきたのは小さな指輪であった。
「これはね。10年前。灯真が僕に告白した時に渡してくれた指輪なんだ。その時はお金の出し入れは細かく管理されていて監視の目を盗むのは大変だったと思うんだ。だけど、その告白の時に灯真はペアの指輪を僕に・・・・・・・・・・・・私にくれたの。」
確かに真琴さんの左の薬指には小さな指輪がはめられている。
しかも、その指だけ少し細くなっている事からこの十年間ずっとその指輪をしていた事がわかる。
そして、それとは別に差し出された同じデザインの指輪。
「もしかして?」
「うん、これはね。灯真の・・・・・・なんだ」
もう、言葉を出すのが精一杯だった。
真琴さんはハサミを取りこぼし、地面に膝を付く。
「うっく・・・えぐっ。と、灯真ぁ・・・・・・」
俺は間違っていた。
相変わらず真琴さんの顔は見えないが、わかる。
一番悩んでいたのは真琴さんだったのだ。
真琴さんは誰より悩んで、それを誰かに見せることが出来ずにずっと自分の中に溜めていたのだ。
真琴さんの泣き声が中庭に響き、俺は顔を真琴さんに向けることが出来なかった・・・・・・
何か湿っぽくなっちゃったけどまあいいか? どうも作者です。
とり合えず執事になる50の方法もあと少しで終わり的な雰囲気になってきました。(ちなみにラストはどうなるかまだ考えていません)
今回は作者も若干忘れかけていた真琴さんが中心になった話です。情景描写がなく言葉が増えた所は愛嬌で誤魔化してくれると嬉しい限りです。
まあ、ずっと前から言っていた真琴の一人称が『僕』から『私』になった所で心境の変化が現れたと感じてくれればこの話は成功なのですが? わかってくれた人は少ないかもしれません。
まあ、気楽に後九話頑張りたいと思います。
感想&評価はこまめに確認していますので書いてくれたら嬉しいです
まあ、投稿頑張ります。。。