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第四十話 さようなら

「約束……まさか、忘れてはいませんよね?」


「…………」


 いつもと変わらない笑顔。

 いつもと変わらない様子で、その青年は俺の前に一通の封筒を差し出してきた。


「『十年』……口で言うのは簡単ですけれど、今改めて思い返すと大変な毎日でした」


「…………」


「約束を守る為にあなたに仕え、自分の青春を棒に振ったのですから」


「……後悔しているのか?」


 俺は彼の言葉にやっと、ひと言返す事が出来た。

 椅子に座った状態から目の前に立つ青年を見上げる状態で俺は彼の目を見据える。

 彼の目が、キュウっと細くなり、鋭くなるが、顔に浮かぶ笑みは変わっては居なかった。


「いえ、後悔なんてしていませんよ。貴重な経験をさせてもらったと、ある意味では感謝しているほどです」


「……残る気は――」


「――ありません。ありえません」


 間髪いれずに青年はそう言い切り、俺は迂闊な事を言ったと思いきつく口を結ぶ。


「いままで、ありがとうございました。結構……楽しかったですよ…………竣夜」


 青年は相変わらず、そして変わらない笑みで俺の顔を見据えると背を向け出て行く。


「そうか……約束だもんな…………灯真」


 俺は、何のためらいをもたない灯真の背中を見つめながら、革の椅子に再度、深く寄り掛かった…………






「人生には出会いと別れが数多くあると思うんだ」


「…………」


「…………聞いてるのか?」


「まあ、一応は」


 俺は、適当に頷き、苦笑いを浮べる。

 今現在、俺の目の前にいつもと変わらない不敵な笑みを浮べる竣夜が革製のソファーにどっかりと座っている。

 ある休みの日の早朝。今だ帰ってこない灯真の代わりに邸の仕事のほとんどをこなす為、穂澄は早めに起きて、仕事を始めようとしたとき、予期せぬ珍客が訪れた。

 そして、その珍客は訳のわからない話を言い始め、俺は今、苦笑いしか浮べる事しか出来ない。


「実はな。今日、灯真が執事を辞めちゃったんだ」


「…………へっ?」


「てへっ♪ 灯真が執事辞めちゃった」


「『てへっ♪』じゃ、無いですよ! 何で!? 何故!? why!?」


「まあまあ落ち着け、お前もこの頃の灯真の変化に少なからず気付いてはいただろう?」


 確かに少しは気付いていた。いつもは完璧超人の灯真さんが、仕事を遅らせたり、わざわざ難しい仕事を俺に時間をかけて教えてくれたり、今考えるとそれは、自分が辞めた時に、尊や栞が困らないようにする為だったのかもしれない。


「まあ、予想はついてはいたんだよな……」


「それは、灯真さんがやめる事をわかっていたんですか?」


 もし、わかっていたのなら、何故それを止めようとしなかった。それは竣夜ほどの優秀な人なら何の事でもないはずだ。

 俺はそう言おうと喉まで言葉を出すが、竣夜の厳しそうな顔を見て、その言葉をギリギリのところで飲み込む。


「……あいつはな。もとは俺と同じぐらい……いや、ある種、俺より良い家の出なんだよ」


「えっ? そうだったんですか」


 確か前に聞いた話では灯真、真琴、竣夜、秋水辺りは年がほどんど同じで通っていた学院も一緒だったらしい。それだからこそ竣夜は昔の事情を知っているのかもしれない。


「まあ……いろいろあって、その家に入れなくなった灯真を俺が執事として雇って、今まで過ごしてきたわけだったんだが……」


 どうも、竣夜の言葉にキレがない。いろいろと聞きたい事もあるのだが、ここは言葉を紡いだ。

 言葉を紡いで言葉を待っている俺に気が付いたのか、竣夜もそれを悟り、言葉を続ける。


「……あいつはその誘いを断ってきたんだ。家を追い出された負い目もあったのかしれない。それとも、追い出されてただの無一文になった自分に手を伸ばす、俺に苛立ちを感じていたのかもしれない…………だけど、俺はあいつの意思を無視して櫻坂の執事にした。『十年。櫻坂に付いていてくれ、もし、それでもいやなら、俺はお前を見送ろう』って言ったんだ」


 竣夜の顔には先ほど笑みはなく、ただただ灯真を手放してしまったと言う事実に今にも押しつぶされそうになっていた。


「灯真さんは何処へ?」


「あいつは、多分。本家に戻ったんだと思う」


「本家?」


「辻って言う苗字は母方の字で、元の苗字は成松なりまつっていうんだ。」


「な、成松って!?」


 成松とは、櫻坂と並ぶ世界を中心とした大企業だ。日本の代表企業を上げろと言われればほとんどの人が櫻坂と成松をあげる。


「あいつは、執事の仕事をこなしながらも、ビジネスのことを学び、成松とコンタクトをとっていた。自分を戻らせてくれってな」


「それは――」


「――もちろん知っていた。だけど、俺に止める義務はない。止めることはできなかったんだ」


「じゃあ、灯真さんは今、その成松に?」


「ああ、戻ってるだろうな。多分、もう誰にも止められないよ…………」


 その竣夜の深い言葉が、穂澄の心を深く抉った。

 先ほどまで寝ぼけていた脳は完全におきており、二人しかいない邸のリビングは、いつもより広く思えた…………



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