第三十三話 メイドさん、初仕事
夜、櫻坂の屋敷。
「くっ!まさか本当に執事をやっていたとは・・・・・・」
ソファーに座っているのは水穂そして机を挟んで正面のソファーに座っているのは栞と尊、そして灯真であった。
穂澄は水穂の横に立っている。
「それでは、契約書にサインしてもらいます。えっと・・・水穂さんの場合はわざと辞められる場合がありますので、規則違反をした場合は罰金と言う形になりますので気をつけてください。」
契約書、それは穂澄も書いた物とほとんど同じであった。
しかし違う部分も幾つか見られる。
櫻坂家の人には決して危害を加えることが無いよう。
雇い主はお嬢様、○○様と言うこと(注、男の場合)
雇い主を最優先に考える事。と、ここまでは一緒だったのだかその下に幾つか付け加えられていた。
この規約に違反した場合。一回につき10万円の罰金に処す。
穂澄と仲良く。
「待て!罰金までは良いとしよう。だが何故私がこいつと・・・・・・」
「ダメ・・・ですか?」
「・・・・・・いや・・・なの?」
どうやらこれを書いたのは栞たちらしい。2人が不安そうな顔をすると水穂は黙ってしまう。
「くっ!2人の頼みなら仕方がない。わかりました。穂澄。よろしくお願いします。」
仲良くしている所を2人に見せる為か、握手をしてきたが水穂は力を入れてきた。
穂澄も応戦するがそんなに握力に自身がない穂澄は呆気なく力負けしてしまう。
「そろそろ・・・離しませんか?」
「いえ。私たちは仲がいいのでしょう?もう少し・・・・・・あと少しで折る!」
「今、小声でなんか物騒な事を言いませんでした!?」
「水穂さん。そろそろサインをしてください。」
呆れた灯真が事態の修正をしようと水穂を座らせる。
水穂は座ると契約書に書かれている事を飛ばし読みして最後の部分にサインをした。
「はい、ありがとうございます。それではこれに着替えてください。」
「えっ!?」
出されたのはメイド服。
水穂はそれを見ると明らかに嫌そうな顔をする。
「契約書の最後にも書いてありますよ。『あなたをメイドとして雇う。原則屋敷の中はメイド服で過ごす。』って」
水穂が契約書を引ったくり再度確認すると確かにはっきりと書いてあった。
「それでは水穂さん。着替えましょうか!」
「・・・・・・お着替えタイム。」
2人は手をワキワキさせながら水穂に近づく。
「穂澄くん。私たちは外に出てましょう。」
「そうですね。」
「ま、まて穂澄!助け―――」
「雇い主の命令は聞かないといけませんよ。それでは」
穂澄は笑みを浮べながら応接室のドアを閉めた。
ガチャリと応接室に音が響く。どうやら鍵を掛けられたらしい。
水穂が迷っている間にも栞たちは迫って来る。
「ま、待ってください。」
「大丈夫ですよ〜ちゃんと着せますから。」
「・・・・・・良いではないか〜良いではないか〜」
その夜、応接室に水穂の悲鳴が轟いた・・・・・・
次の日。
「―――きて下さい。」
誰かの声が聞こえる。穂澄は睡魔に襲われながらも目を擦りながら起き上がる。
「おはようございます。」
「ああ、すみません。灯真さん、寝過ごして・・・・・・」
穂澄の動きが止まる。目の前には長い髪をツインテールにしてメイド服を纏っている水穂がいたからだ。
「おはようございます。」
昨日の水穂からの殺気は消えていた。と言うかめっちゃメイドっぽくなってる。
「あ、あの?何かあったんですか?」
穂澄は額に嫌な汗をかきながら聞く。と一瞬水穂が後ろを向いた。
寝起きで気がつかなかったが、穂澄の部屋の扉が少し開けられておりそこから2人の視線が注がれていた。
どうやら水穂は見張られているらしい。
「すみません。今起きますのでもう良いですよ。お嬢様達のところへ行って下さい。」
「解りました。穂澄さん。」
こちらにニッコリと笑み(口の端はかなり引きつっていた。)を浮かべそのまま穂澄の部屋を出て行った。扉の向こうでは栞たちの話し声が聞こえている。どうやら見張られているのは本当だったらしい。
穂澄は時計を見るとまだ、6時少し前。いつも起きる時間とそう、変わっていなかった。
と言うことは栞たちがいつもと比べて早起きなのであろう。
「さて、着替えるか。」
穂澄はテーブルの上においてあった執事服を着てそのまま自分の部屋を後にした。
階段を下りていると栞たちの声が聞こえてきた。覗いてみるとどうやら水穂と3人でなにやら話している。
「・・・・・・今度は朝ごはんの仕度。灯真は中庭の掃除を頼んだから、穂澄と2人でやるんだよ。」
「えっ?ふ、ふふふ2人でですか!?」
「ダメだよ。穂澄さんはいい人なんだから仲良くなってね。」
どうやら2人の差し金で灯真を追い払いキッチンに穂澄と水穂に仕事をさせるらしい。まあ、多分灯真もそれを承知で中庭の掃除に向かったのであろうが・・・・・・
とり合えず穂澄は話を聞いていないふりをしながら階段を下りて行く。
「3人ともおはようございます。」
「!・・・・・・お、おはよう!」
「あっ!お、おはようございます。」
―――2人とも挙動不審です。
そう言いたかったが2人が早起きして頑張っているのに水を差すわけにもいかずそのまま気にせずキッチンへ向かう。
と、後ろでは栞たちが水穂の背中を押しているが水穂はその一歩を踏み出せずにいる。穂澄は三人に聞こえないように溜息をつき、
「水穂さん。朝食の準備をしますから、手伝ってくれませんか?」
「えっ!?は、はい!」
穂澄は水穂を連れてそのままキッチンへ入って行った・・・・・・
「水穂さんは料理は出来ますか。」
「は、はい!すすす、少しなら。」
2人きりと言う空間で緊張の糸が切れたのか起こしに来た時の面影はすっかり消えていた。
「お嬢様たちなら席についてるので普通にしてくれて良いですよ。」
「何だ・・・早く言え!」
―――変わるの早ッッ!?
水穂の引きつった笑みも穂澄がそう言うと一瞬で消え昨日のきつい瞳に戻ってしまった。
「大体なんだこの服装は?こんなフリルだらけのひらひらした服動きづらくてしょうがないではないか!?なんで私がこんな事を・・・・・・」
そして2人が居ないことを良い事に穂澄に愚痴りだした。
やれ、動きづらいだの。お前には執事服似合わないだの。
「わかりましたから、水穂さんはお米を研いでください。」
「水穂さんと言うのはやめろ。なんだから気持ち悪い。」
真顔で少女に気持ち悪いといわれるのは流石にきつい。穂澄はそう思いながら冷蔵庫に貼ってある今日の献立を見た。
これは灯真が栄養バランスを考え作っている為一つでも材料を入れ忘れるとあとでお仕置きを受ける事があるため穂澄はまず料理する時はこの献立を見ることにしているのだ。
「おい、聞いているのか!?」
「じゃあ二つ目のお願いです。呼び捨てで良いですね。」
二つ目のお願いとは昨日穂澄が水穂と勝負した時に決めた事、穂澄が勝った場合水穂に三つお願いを言えると・・・
そして一つ目は櫻坂のメイドになる事。
そして二つ目は今、のお願い。
多分、普通に呼び捨てでいいか?などと聞くと『馴れ馴れしい!』と怒られるのは目に見えていた。と言う訳でお願いと言う形で言ったのだ。
水穂は一応勝ち負けでの約束はしっかり守るタイプらしくメイドになれと言った時も愚痴は言っていたがしっかりとメイド服を着てこうして働いているのだ。
「くっ!人の弱みに付け込むとは何と卑劣な!?」
「解りました。卑劣でも最低でも良いですから。さっさと仕度しましょうよ。灯真さんに見つかったら怒られます。」
穂澄は献立に目を移しながら冷蔵庫から食材を引っ張り出している。
「何だ!その態度は!」
水穂は怒ってこっちに寄って来た。しかし足もとには米俵があって水穂はそれに見事に足を取られた。
「きゃっ!?」
ガンッ!
水穂は倒れた。それも穂澄の背中に、しかし人の背中に倒れただけであんなに良い音はしないであろう。
水穂は恐る恐る穂澄の顔を覗くと・・・
「気をつけてくださいね・・・・・・」
額から血を垂らしている穂澄がいた。
水穂にぶつかられその震動を抑えることが出来ずに冷蔵庫の角に頭を打ちつけたらしい。
「あ・・・ああ、・・・・ち、ちがぁ〜」
「えっ?水穂?」
様子がおかしかったので穂澄は水穂に近寄るが顔が青ざめている、そして穂澄と向き合った瞬間。目を回し倒れた。
倒れた水穂は『ちがぁ〜』とうわ言の様に言っている。
「医者の妹が血が苦手で如何するんだよ・・・・・・」
その後水穂を栞たちに任せ穂澄は朝食の準備をしたがもちろんいつも2人でやる仕事を1人でそれもいつもよりも短い時間で出来るわけもなく、その後帰ってきた灯真にみっちりと叱られた・・・・・・
どうも、作者です。
二話連続投稿。あと十七話・・・そろそろ終わりと言うのも良いですがなにやら寂しいような悲しいような・・・
まあ、投稿は頑張ります。。。