小さな人形の話
もう昔のことでよう覚えとらん
やっと思い出せるんはご主人の手が暖かかったんと、ミシンの音だけや
魔物として人間を襲ってた時の記憶はもうあらへん、きっとご主人に拾われてからの毎日が楽しかったからやな
ご主人の話やと、森に宝石が転がってたから拾ったら魔物だった、奥さんに言われるまで気ぃつかんかったんや、って
いつだったか、ご主人はどっか抜けてる、けど優しくて、素敵な人やって奥さんが言うてた、ご主人の前では言わんかったけどな
最初はワイも抵抗してたらしい、でも諦めたんかご主人を信用したんか、いつのまにか家族になってたわ
ご主人は裁縫師で、仕立屋の工房を奥さんと開いとった、小さいけど近所の人がよく来とったんやで
魔物の姿のままだとこの国では危ないから、って言ってご主人は、ワイが入って動ける入れ物を作ってくれた、そん時からワイは人形になったんや
初めは動くのがやっとでな、思いどおり動けるようなるのに何日もかかった
その頃やな、人間の言葉覚え始めたんも
話してたらだんだん思い出してきたわ
モノを両手で掴めるようになって、人間の言葉を話せるようになったら、ご主人がワイに裁縫を教えてくれたんや
手を上手く動かす練習になるだろうって、
そん時のワイは気づかんかったんやけど、ワイにタダで仕事手伝わせようって思っとったんやな、人形に給料はいらんから、流石は商売人やで
でも裁縫教わったおかげで両手動かすのも上手くなったし、結果オーライやな
しばらくしてご主人は奥さんの代わりにワイに仕事をさせるようになった、もちろん人形が動くなんて知れたら大事になるから、お客さんが来たら人形のフリしてたわ
今思えばあの頃だったんやなぁ、奥さんのお腹に子供できたんは
ある時期からご主人がソワソワし始めてな、工房にも近所のおばちゃんやおっちゃんがまだかまだかってぎょーさん来るようなって、産まれたんが坊ちゃんや
初めて坊ちゃんを目にした時の感動は今でも覚えとるよ、手でそっと握ると、ワイより小さい命が、ワイよりも力強く生きてる鼓動が直に伝わってきて、何て言うんやろ、言い表せないけど、暖かいものを感じたわ
奥さんが働けるようになって、ワイの仕事は坊ちゃんのお守りになってな
すぐ泣くわワイの耳ちぎるわで、もうたいへんだったわ
ワイのこと抱きしめてそのまま寝てしまうこともしばしばあって、ほんま可愛かったなぁ
坊ちゃんが10歳頃に、裁縫教えてくれ、て言ってな、ご主人が、じゃあ兄弟子に教えてもらえなんて言うから、ワイが全部教えたんや、ご主人はそうやって技は受け継がれるもんやって言うてたなぁ
坊ちゃんとは散歩も一緒やったし、寝る時も一緒やったなぁ、兄貴になったみたいで楽しかったわ
ん?……アハハ、せやなぁ、ワイが子供好きなんもこの頃からやな
それから何年も経って、ご主人と奥さんは仲良う歳とって二人とも亡くなりはったよ
坊ちゃん寂しくなんかないって言うてたけど、ワイに隠れてコソコソ泣いとったなぁ、ワイはきっと二人ともあっちで仲良うしとるんやろなって思ったから、悲しくはなかった、けど、ただただ羨ましかったなぁ
それから坊ちゃんはご主人の工房継いで、ワイも一緒に手伝いしてた
いつやったかなぁ…雨の日に坊ちゃんが女の人担いで帰ってきてな、道端で倒れとったらしい、ほっとくわけにいかんから看病しようってことになったんよ
やっと目ェ覚めてみたらこのお嬢さんがえらいべっぴんさんで、なんていうかその…好きになってしもたんや、おかしいと思うかもしれんけど、ワイもおかしかったと思う
お嬢さんはワイが動くこと見抜いてな、たくさん話しかけてくれて、話せば話すほど好きになった
けど、日が経つにつれて人形には無理やって気づいたわ、ちゃんと考えれば最初からわかるハズやのになぁ
そしたらすぐに気ィついたよ、お嬢さんも坊ちゃんもお互いのこと好き同士やってことに、ワイの入り込む隙間なんて微塵もないことに
眠れなくて起きてみたら二人で結婚の話してた
あの時ほど泣きたいて思たことはないよ
その数日後に二人があらたまった様子で、俺たち結婚します、って言うてきたわ
ワイは黙って自分の部屋から、こっそり用意してた箱を渡した
中に何を入れたと思う?………フフ、ちょっと惜しいなぁ、ワイが入れたんはな、お嬢さんによーく似合う白いウェディングドレス、昔ご主人が奥さんにプレゼントしたのを見よう見真似で作ってみたんよ
そしたら坊ちゃん、俺にはタキシードないのかい、て言うもんやから、お前は自分で作れるやろ、って言うてやったわ
悔しかったからな、坊ちゃんに負けて
え?坊ちゃんにそのこと話したかって?ハハ、言えるわけないやんそんなこと、恥ずかしいわ
それから結婚式上げてな、二人とも幸せそうやったなぁ
お嬢さんの親御さんはもちろん工房のお客さんまでお祝いしにきてくれてな、ワイもご主人と奥さんの席に座らせてもらったんよ、坊ちゃんの親族代表にな
あぁ、もちろん人形のフリしてたよ、でも、お嬢さんがブーケの中にワイを押し込んで投げたもんやからそん時ばかりは叫んでしもたけどな
それから坊ちゃんとお嬢さん、それからワイも一緒に、工房で働いて笑って楽しく過ごさせてもろたわ、楽しかったなぁ…
「じゃあ、師匠も奥さんも、今頃あっちで仲良くしてますよね」
坊ちゃんのお弟子さんが、ワイの方を向く。
笑おうとしとるみたいやけど、目からはボロボロ涙がこぼれてく
「おいおい泣くなよ、墓前やぞ、あとワイの耳で鼻水拭こうとすんな。」
「この手の話には弱いんですよう。」
仕方ないなぁ、間抜け面にハンカチを渡してやると、間抜け面は盛大に鼻をかんだ
「年寄りの長い話聞かせてすまんかったな。」
「いえそんな!!僕が先に聞いたんですから!!師範代は悪くありませんよ。」
「じゃあ泣くなよ…。」
コイツ仕事はしっかりできるんやけどなぁ
持ってきた花束を墓に供える
坊ちゃんが死んで一年が経った、今は先に旅立ったお嬢さんと同じ墓で静かに眠ってる
二人には子供ができんかったから、工房はお弟子さんが継ぐことになった
「…師範代、本当に工房出ていっちゃうんですか?」
やっと泣き止んだみたいやな
「ああ、もう決めたからな。二代に渡って世話になったし、そろそろ自分の店が欲しいんや。三日後には出ていく。」
「そうですか…分かりました、止めません。帝国なら人間以外のモノも住んでいると聞きますから、やっと師範代も堂々と表を歩けますね。」
「まるでワイが指名手配者みたいに言うんやめてくれるか…。」
本当はずっとあの工房にいたい、コイツのことも心配や、でも、もう見送るのは辛いからってのが本音や
「じゃあ僕先に帰ってますね、危ないですから、夕方には帰ってきてくださいよ。あと人に見つからないように。」
「わかったわかった、ほんじゃ。」
さてと、次はご主人と奥さんとこやな、坊ちゃんの分もワイがやらんと
残っている花束を掴む
ご主人の墓はどこやったっけ、今までお世話になりましたって、報告せんとなぁ